テニス孝
 テニスは難しい。昨日のレッスンテニスは、厳しかった。
一時間、4人でのレッスンだが、球出しは右に左にと走らされ、
前に飛び出てボレーで決める。相手は、32歳から42歳、スピード、
球の重さもさることながら、脚も速い。スプリットステップをしないと
球の速さについて行けない。一瞬の反射神経が必要だ。
球質も重いので打点を前で打たなければ、球に押されてしまう。
速い球、バウンドして滑るように走るボールを捉えるには、筋力、脚力、
上腕部、腰の動きが柔軟でなければ、ついて行けない。
ナダルの試合を何度も見る。
なんであんなところに打たれた球を、拾って返せるのか?
相手が球を打った瞬間、ナダルは動きが打たれた球に向かっている。
彼の守備位置は、深く、守備範囲は広い。スピンが強くかかったボールは、
深く返る。返るボールのコントロールは、ライン内、ギリギリに落ちる。
ナダルを真似ても、真似ようが無い。それにしても強靭なバネのような、
肉体の躍動とボールを捉えては打ち返し、打ち負かす爽快さには、
心を踊らさせられる。
踊ったついでに、シャドウプレイ、イメージトレーニングは、まるで
ナダルとなったようだ。テニスを考えることは、毎日のウェイトトレーニングを
楽しいものとしてくれる。
相手は、30歳40歳、イタリア人が相手では、体力向上を目指さないと
テニスのレッスンにはついては行けない。
単純にして且つデリケートで、筋力、体力を必要とするテニス、
又、冷静にして頭を使い、感覚を研ぎ澄ます反射神経、反射運動、
すっかり嵌ってしまったテニスの罠に、弄ばれつつ、愉しんでいる。
 2017/11/23 23:04  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

エアー・フォースワンに乗った男!
う エアフォースワンとは、アメリカ合衆国大統領が搭乗した際に
アメリカ空軍機が使用するコールサインである。
大統領が搭乗していない時や、大統領の任期が飛行中に終了した時は、
その機体がアメリカ合衆国大統領専用機であっても、
このコールサインは使われない。
1963年ダラスで凶弾に倒れたJhon F Kennedy 大統領の
エアーフォースワン機上で、Johnson副大統領は、大統領に就任し
就任の宣誓を、行った〔グーグル先生参照。〕
11月09日、Sartoria Ypsilonの新しいアトリエオープニングパーティー、
そこで,大野順之助先生とお会いした。先生と初めてお会いしたのは、
小生、未だ弱冠25歳の頃だった。鯨岡阿美子先生主催の
アミコファッションズに通う事になったのは、就職先のパターンサービスの
会社が、アミコ式立体裁断の考え方に依るパターンを作製していた。
立体裁断の考え方に触れたのは、その時が初めてだった。
平面図である型紙を、組合せる、縫い合わせると立体を創り出す。
平面、2次元作業のパターン作成作業ながら、
その型紙は、身体と衣服との間の空間を演出する。
布地が人体の上で生み出すドレープを、自在にピンを使って操る大野先生の
テクニックは、眩しいほどの存在感だった。ニューヨーク在住の先生の話、
日本人にして日本人離れした服装、毛皮のコートを羽織った先生は、
当時の私の常識には存在しない人物だった。
折しも、パーティーでは、トランプアメリカ大統領の来日話に花が咲いていた。
すると先生は、「僕も、大統領専用機に乗った事があるよ 。」
「えっ!何故乗れたんですか?」
「僕はレディーバードジョンソン、大統領夫人のデザイナーだったんだよ。」
「大統領就任式のドレスをニューヨークから、ワシントンDCに運ぶのに、
婦人が、エアーフォースワンを使ったらどう!と、
それで乗ったんだよ。 」 最も呆気ない説明だったが、
「それって大統領就任式の婦人のドレスは、大野先生の作品じゃないですか!」
「先生はファーストレディーのデザイナーじゃないですか!」
87歳にして現役で活躍される先生は、屈託ない笑顔で答えてくれた。
民間人で、エアーフォースワンに乗った男は、他には居ないだろう。
 2017/11/23 22:06  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

衆議院選挙顛末
 衆議院の解散に依って、降って湧いた選挙、自民党の暴挙だ!
憲法改正への布石だ、それに乗じて、野党の思惑は、我々に有利な、
風が吹いている。さあ、新党設立と希望の党なる、雨後の筍党が出来、
それに追随する党が、砂糖に群がるかの如く、その有様は蟻の様で、
いかに民主主義の持つ不確かさを露呈したかは、この結果に現われてしまう。
選ぶ者と選ばれる者との関係は、選ばれた時点で、関係は切れてしまう。
選ぶ者は一般大衆として、その多数の中に埋没し個性は消滅し、
又その多数の意見として、代表として選ばれた者が、多数を代弁すると言う。
 この民主主義と言う幻想を、誰もが不信、不実、非倫理的感覚の象徴として、
感じているのではないだろうか。
 博識で、勇気があり、強い判断力と実行に移す意志と尊敬されるべき
人格を兼ね備えた、政治家と言う職業の本分を持った政治家が、
一体何人居るだろうか。
 政治家になって、辞める理由が、不倫問題、金銭疑惑、マスコミに依る攻撃、
正にこの国の倫理観の喪失こそが問われている。
 巷に目を向けると、犯罪者ならぬつい昨日まで、普通に生活していた若者が、
婦女暴行、痴漢、殺人、強盗と欲望の炎に取り憑かされ、人の人生、
自分の人生を棒に振ってしまう。
 衆議院選挙の結果は、与党の大勝利、!
 えっ!なんで?
森友、家計問題はどうなったの?
 福島の原発事故処理は、終わって安全になったんだ?
 東京オリンピックは?
 選ばれた者は、嘯く。我々を大多数が支持してくれた。
我々が考える事は支持された。核の開発、憲法9条の破棄、戦争行為の認可、
何でも有りだ。大手を振って行くぞ!そんな声が聞こえてくる。
 そして僅か一言で、ひっくり返った希望の党の党首の言、
 「排除します。」
 この一言で希望に膨らんだ風船は、あっという間に萎んでしまった。
 2017/11/04 08:59  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

カズオ・イシグロ ノーベル文学賞受賞
 カズオ・イシグロ ノーベル文学賞受賞御目出度う。
20数年前、ミラノのイギリス人グループの仲間の1人、ピーターから、
カズオがミラノに来るから会わないか?と何度か誘われた。
 既に長崎出身のイギリスに帰化した作家だと知ってはいた。
彼の作品を読んでいなかったのも在って、巧くスケジュールが合わなくて、
カズオとの出会いを逸してしまった。
其の直後、『日の名残り』を読んだ。日本語の翻訳で読んだのだが、
淡々とした文章の中に、繊細な観察眼が全編を仕切っていた。
 其の表現には日本人の感覚が、瑞々しく感じられた。
執事と言う仕事、伝統的しきたりから一歩としてズレない、
ずらさない意志が執事の仕事を支えていた。
凋落して行く国の経済は、次第に国の富裕層にも経済は逼迫し始める。
長年其の地域を支配してきた古城は、米国人の手に移り、其処に
アメリカ人が入り込んで行く。その城に長年使えてきた執事は、
主人が替わろうとも、彼の執事としての仕事には何の変化ももたらせない。
ただただ、決められてきた事、永年の習慣と伝統に沿った生活を淡々と
取り仕切って行く。伝統、文化の持つ流れとは、生活習慣の中に潜む
人間の生きた時間の堆積である意志が、浮かび上がって行く。
アメリカ人にはその執事の仕事は単調でのんびりとした非合理的な
黴臭い物にしか映って行かない。
 城や、土地は買えてもその国の文化、教養、習慣はお金には換算出来ない。
 カズオ・イシグロは、生活、文化の中に潜む
人間の意識、意志の堆積としての時間、歴史を切り刻み解剖して行く。
我々にとって何が大切な物であるのかを、文学で、浮かび上がらせて行く。
「遠い山なみの光」でデビューし、代表作「日の名残り」(89年)や、
「わたしを離さないで」(05年)
そして、今、起こった事件を過去の歴史の中に、埋め込んで、
『忘れられた巨人』を上梓した。
 ノーベル文学賞、賞は始まりの始まり、昨年のボブ・ディランに続き、
私の好きな作家,詩人の受賞は嬉しく思った。
 カズオ・イシグロ、ボブ・ディランの活躍の期待に、胸は膨らんでしまう。
 2017/10/28 11:09  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

カラヴァッジョ展
 カラヴァッジョの内側と言う展覧会が、ミラノのレアール宮殿で
開催されている。早速駆け足で行ってきた。
昨年、上野の近代美術館のカラヴァッジョ展に続く、カラヴァッジョ展である。
 38年前羅馬に降り立った時、片っ端から暇に任せて美術館回りをしていた。
 ヴォルゲーゼ美術館で出会ったカラバッジョ、何度ヴォルゲーゼ美術館を
訪れたことか。ミケランジェロ・メリージ・デット・カラバッジョ!
こんな画家の名前は知らんな!と自分の無知を棚に上げつつ、
圧倒的な絵画の存在感に、押し潰されそうになっていた。
 その中でも、Buona Venturaよい旅を、幸運を!と題された明るい色調の
繪の前に何時間も佇んだ。1人の青年が若い女に手を取られ何かしら微笑みを
投げ掛けられている。
 きっとこの青年は、此れから旅に発つ、その目は遠く未来を見ている。
一方の少女は此れから旅発つ青年の手を優しく包み、青年を見つめている。
此の絵画の中で二つの視線を感じた。その視線の交差は絵画に空間をもたらし、
何とも言えぬ情感溢れた作品に惚れ抜いてしまっていた。
このBuona Ventura,良い旅立ちを、幸運を、はカラヴァッジョは2枚
描いていてもう一枚は、パリのルーブル美術館にある。
青年の旅立ちと勝手に解釈して、この絵画とコミュニケーションをしたのだが、
後日調べたところジプシー女に手相を見てもらい、油断の好きに金品を
奪われると言うナントもお粗末なストーリーが背景に在る繪だった。
 上野の近代美術館では、未公開だったマグダナのマリアを、初めて観た。
カラバッジョは絵画は、闇の中に浮かび上がる主題を光の明暗を利用して、
ドラマティックな物語性を表現している。しかし描かれている人物達は、
起こった事件、出来事へのショック、息を呑む瞬間とか、成し遂げた行為への
自意識、抗い様の無い苦痛、心緩んだ表情、思考、考え、感受性、
その内面の心の動きが、それぞれの人の表情を読み取ることが出来る。
正に心の中の表情までをも、写し取っている。
 カラヴァッジョ、其の類い稀な才能は、時の権力者達が、こぞって
カラヴァッジョの繪を望んだと言う。カラヴァッジョは無頼な性格の上、
凶暴性を持った臆病な男であった。だから弟子はいないし、天涯孤独、
自由奔放な画家であった。其の当時、ローマにはヨーロッパの各地から
訪れる絵描き達が、沢山集まっていた。彼らはカラバッジョの絵画を見て
其の影響を受け、ウィーン、パリ、アムステルダム、マドリッドへと戻り
カラバッジョの影響は、水面に落とした石の様に、其の波紋はヨーロッパ中に
広がって行く。流石に同時代には、カラバッジョ風と言うのはあっても、
時代が下って行き、3世代後にはカラバッジョの模写、同題材の繪、
まるでカラバッジョの作風と言うのが出現して行く。
 上野近代美術館で見たマグダナのマリア、恍惚とした顔の表情には、
マグダナのマリアの人生への思いは、何を想っていたのだろうか?
 カラバッジョの内側、確かに描かれた人物の一人一人の顔には、
心の中で呟いている言葉が、それぞれに違って話しかけてくる。
 ルネッサンス後期、この時代絵描きには、表現すべき人物の心象風景を
どう表現するのか?と言う強い命題が存在していた事を、カラバッジョの
絵画は、強く主張している。
 2017/10/25 19:02  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
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プロフィール
船橋 芳信(ふなばし よしのぶ)
ミラノ在住。
28年、フリーランスのパターンナーを経て、yoshi funabashi,メンズ、レディースコレクションを進行中。
趣味、料理、オペラ、服作り。

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