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家系図ソフトは潜在需要大きい
母が亡くなったのを機に、私なりに家系というものを整理してみた。
親戚同士の会話においても、他者にうちの家というものを説明する時にも、口頭だけでは分かりにくい。ビジュアルな家系図が必須だったのだ。

家系図といっても、戦国時代までめんめんとさかのぼるものではなくて、ある意味、今生きている我々を軸に、親戚関係を整理して私なりに把握する必要にかられたのだ。
特に我が家の場合、3代、4代はさかのぼらないと関係性が見えてこない。
親戚関係が既に整理しているいくつかの家系図も参考にさせていただいた。

ただ、家系図というものはあくまで戸籍がベースにあるから、それ以外のさまざまな家族のストーリーというものが重要になってくることも発見であった(昔は戸籍では語れないいろいろなエピソードが豊かだった)。そういう意味も含めて家系図というのは深いものなのだ。

そうしているうちに思ったのは、そういった手作業の手作りの家系図も意味があるが(これはかなりの主観が入り、重要でないと思われるものは排除される)、記録として多様な情報の入った家系図も欲しいなということ。ただ、これはアナログで作るのは限界がある。

基本となる名前(婚姻先の名前も含め)をはじめ、生年月日・死亡月日、出身地、職業や出身校、宗教、できれば顔写真なども入るといい。親戚の家系図には、数代前の戒名まで入っているものもあった。
これを通常の家系図に書き込むというのは至難の業だから、PCに必要な情報を入力していくと自然に家系図が出来上がるというものがあればいいと思う。
そしていくつかの家系図を、例えば嫁ぎ先、母方・父方というように連結して活用していくことも可能だと思うのだ。
もちろん、それらの情報が一度に画面に出てくるのではなく、必要な時に窓をあけると次々に進んでいくというような。
そこまでのイメージにははるか遠く、現状あるものは(無料ソフトも有料も)とても使いにくかったり、難しそうだったり。

個人情報云々ばかりにとらわれていると、大切な記録が消えてしまう。

どなたか、使いやすい家系図ソフトを作ってください。
潜在需要はとても大きく、大きなマーケットだと思います。
 2016/09/28 11:47  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ヨガの映画に刺激を受ける
ヨガのルーツを探るドキュメンタリー映画『聖なる呼吸』を観て、いろいろなことを考えた。以下、覚書。

ヨガは体操というより呼吸法なのだが、体操との共通点もあって、その国の文化を背景にした教育的な要素があること(フィジカル、精神、集中力)。日本のラジオ体操然り。
その教育というのは、もちろんボトムアップではなく、トップダウンのもの(最初はごく限られた特権階級が対象だった)。ラジオ体操とは異なるが。

また、文化というものは、時代の変化と共に崩壊の危機にあっても、独自の哲学があれば、必ず生き残る道があるということ。ヨガは欧米に進出し支持されたことによって、今日のように世界に広がった。

特に東洋の文化は、西洋によって再発見されたり、見直されたりということが多い。西洋フィルター。かつての浮世絵までさかのぼらなくても、今の「日本はすごい」ブーム(私は少々過剰に感じる)もそういうところがあると思う。
それは西洋文化もそうであって、いずれにしても、文化の再発見というのは第三者のよそ者の視点が大事。
そして、ある文化が浸透していく段階において、多くの流派に枝分かれしていく(人間が伝えることだから、独自性や特徴を出して支持を得ようとする)。これは日本の茶道や華道も同様だ。

この映画で印象的だった言葉は、「集中力」。逆に「瞑想」という言葉は1回しか出てこなかった(ヨガはすなわち「瞑想」と私は認識しているが)。

ただ、少し疑問が残ったのは以下のこと。

私はヨガをかれこれ10年近くやっていても(週1日程度の頻度)、相変わらず体はかたい。不得意なポーズ(アーサナ)が多い。それを自分で善しとしている(他人と比べないのがヨガだから)。鍛錬しなさすぎではある。
あの映画でいうように「そのうちにできるようになる」(続けていれば体が柔らかくなる)ということはない。人間の骨格というのはそうは変わらない。それとも、あと数十年続けていれば、いやもっと頻度を増やせば(毎日家で励めば)できるようになるのか。

もう一つは、ヨガは宗教を超えたものだと思っていたが、あの映画の中で語られていたことによると、「ヨガが宗教色をあまり出さないのは、欧米進出の手段だった」ということ。宗教を前面に押し出すと敬遠されるという懸念があったとしている。ヨガが異なる宗教を幅広く受け入れていることは確かだと思う。

ある意味では、ヨガは受け入れる人によってどのようにとらえていいものなのかもしれない。

そんなことを考えながら、夜は仕事関係の人たちとインド料理レストランへ。もともとこちらが先に決まっていて、それに合わせて映画を観たのだった。
インド人も多く来店する同店で、インド人にも人気なのが、このドーサ(クレープ)。パリパリ感がありながら、モチモチ感もある。ほんのりチーズの香りがしておいしかった。
サラダから前菜、カレーもいろいろな種類をいただいた。
ヨガをやる人間にしては食べすぎ。

今日は、世界平和の日(Peace Day)。私にとってはPeaceful な1日でした。


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 2016/09/21 22:56  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

Facebookのつぶやき
最近、Facebook(フェイスブック)への投稿が増えるのと反比例して、このブログ頻度が激減。
友人の中には、Facebookに参加していない人も少なくないので、こちらもフォローしていこうと思うのだが、ついついFacebookの気軽さに頼ってしまう。

Facebookというのは、どちらかというと文章というより写真で伝えるもの。写真のインパクトが「いいね!」のリアクションを左右するものだ。
時々、やたらに長い文章を投稿している人がいるが(従来型ライターの人にそういう傾向が)、はっきり言って、あまり読む気にはならない。
ちなみに、LINE(ライン)はリアクションをスタンプで競うところがあって、私はラインを活用はしているが、のめりこむことができない。

本日、Facebookに以下の投稿をしたところ、写真なしの地味なつぶやきにもかかわらず、予想以上の反響を得てしまった。

私、最近ますます思うのですが、魅力的な人とモノに出会いたい。そしてその感動を伝えたい。私の人生はそれだけで幸せ。

通常は私も写真付き投稿がほとんどなので、このように字だけというのは珍しい。
それでも思わずつぶやいてしまったのは、これはまさに最近の私の実感だったからだ。

この背景にあるのは、「魅力的な人やモノ」以外を切り捨てたいという正直な気持ち。
もう人生もそれほど長い時間があるわけではない。それを無駄なことには使いたくないが、食べていくためにはそんなことも言ってられない。
それでも、私が求めているのは「魅力的な人やモノ」(特に「人」の方)であることをあえて言いたかったのだ。
それは現在生きているものかもしれないし、過去に存在したものかもしれない。いずれにしても現在の自分自身とつながっていることには変わりない。

この「魅力的」というのはあくまで私の主観である。私なりの美意識というものがベースにある。
それに共感し支持してくれるのは、決して多数派ではないだろう。分かってくれる人だけでいいと思う。

「魅力的な人やモノ」――それは私が生きていくうえで必要なもの。
おおげさにいうと「命」。場合によってはそれに人生をささげてもいい。
それがなくては私は生きていけないというものを私は求めている。

このような説明はFacebookには向かない。
こういう青臭いことが書けるのが、ブログの良さだろう。
 2016/09/12 18:38  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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