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舞台に出て披露すること
昨夕、友人が習っているフラメンコ教室の発表会へ行ってきた。
「発表会」といっても、大きなホールでの開催だったし、年代もまちまちな生徒さんたちだけでなく、それを主宰する先生が出演するプログラムも充実していたので、舞台として見応えがあるものだった。
私の友人は「まだペーペーだから」と謙遜していたが、いつそんなに練習したのだろうと思うほど、堂々としていたし、大柄で華やかな雰囲気があるから舞台映えした。
フラメンコは私も大好きなので、これまで何度か舞台を観るチャンスがあったが、今回は今までとは違う感慨があった。

それは、先日、登山家の田部井淳子さんが女性らしいドレスで歌を披露しているところをTV番組でふと観たせいもある。いつもはどちらからというと地味な登山姿の印象が強い方だが、がん闘病を経て60歳過ぎから歌を習い始め、どうせやるなら目標が必要とコンサートまで開いているというのだった。

考えてみると、幼稚園の時から学芸会やヴァイオリンの発表会などで舞台に緊張して立つ経験はしてきた私だが、年と共に、そういうことが無くなったなとつくづく思う。
そもそも何でもやってみようというタイプではないが、本来は好きな歌もダンスも、自分がやることについては何かと理由(音痴、口を開けてあちこち修繕してある歯を見せたくない、体が硬い、振り付けが覚えられない、練習が嫌い等々)をつけては避けてきた。人さまに見せるのはそれなりの美しさがないとゆるせないとどうしても思ってしまうのだ。
そもそも私は人に見られることがあまり好きではない。

でも、苦手と思ってきたものにも、もっと飛び込んで、がんばって練習して克服していくということが自分にはもっと必要ではないだろうかとこの頃思うようになった。
特に歌やダンスのように、公衆の面前で、生身の体全体で表現することは大切(私の続けているヨガは、心身のバランスをとるためにやっているのであって、見せることを前提としたものではない)。
その練習量、緊張感は並大抵のものではないかもしれないが、とても出来ないと思うことに挑戦していくことがなければ、これからますます老化するばかり。ボケ防止のためにも何か始めたいが、何がいいだろう。


 2015/11/29 22:41  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

真摯に美を追求した人
もう先週のことだが、渋谷のシアター・イメージフォーラムに山口小夜子の人生と仕事を追ったドキュメンタリー映画、『氷の花火 山口小夜子』を観に行った。
この春から初夏にかけて東京都現代美術館で開かれていた山口小夜子の展覧会を見損なっていたこともあって、この映画は観ようと思っていたのだ。

1949年生まれだから、私より8歳年上。山口小夜子といえば、誰もがあのおかっぱ頭と切れ長の目で一世を風靡したファッションモデルということは、少なくとも私の年代なら誰でも知っている。
最初に彼女を見たのは、1970年代の『ドレスメーキング』という洋裁雑誌。まだ売れっ子になる前の小さなスペースだったが、ハーフ全盛の当時のモデルとは明らかに違う異様な雰囲気をみなぎらせていた。
その後の資生堂専属モデルとしての活躍は、まさに時代を象徴した存在だったと思う。

突然の死からもう8年。つまり今の私とほぼ同じ歳で亡くなった。
この映画は、彼女の遺品(膨大な数の衣服や持ち物。それにしても持ち主を失くした遺品というのは何と物悲しいものか)を、彼女の母校である杉野ドレスメーカー学院で後輩たちが開けて整理する様子が横軸となっている。
縦軸となるのは、彼女と親交のあった友人や仕事仲間の証言で、その横と縦が交差していくという構成。そして最後には再現という仕掛けが用意されている。

独自の美の世界を真摯に追求し、それに合った自分をつくりあげ、必死にもがく表現者の姿がそこにはあった。
彼女の目は実は大きく丸い目をしていたことが印象的に語られているが、そのかわいらしい声やお人形さんのような仕草など、映像の中で話す彼女の素の表情やたたずまいは、もともとはどちらかというとアイドル系のそれに近いものであることは新鮮だった。
いつだったか、どこかのファッションショー会場で、彼女の姿を見かけたことがあるが、長身に見える彼女は実は小柄(170cm弱)であることに驚いたものだ。

まさにプロの仕事人。セルジュ・ルタンス(何と美しいフランス語!)や勅使河原三郎など、一流のクリエイターに触発されながら、自分の表現の世界を磨いていく彼女の一生懸命さが妙に切ない。
映画の最後の方に流れる「美しいことは苦しいこと…」という彼女の言葉が心に響いた。

 2015/11/25 22:41  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

死を癒すもの
パリで同時多発テロ事件がおこった。
報復の連鎖が続きそうな状況に、底知れない不安を覚える。

母が天に召されてから、2か月半以上が経つが、私の悲しみは癒えることがない。
それは、「泣けてしようがない」というのとも少し違う(実際に私はまだあまり泣いていない)。
ましてや、「大往生」という言葉にも違和感を覚える。
私も今まで、高齢の方が亡くなるとこういう言い方をしていたが、確かに年齢的には大往生に違いないが、家族にとってみれば違和感があることよく分かった。私は今後、この言い方をするのはやめようと思った。

当たり前に出来ていたことが日に日に出来なくなり、少しずつ少しずつ弱って、あの世に旅立っていった母をそばで見ていた私としては、その死を自然に受け入れることができたはずなのだが、まだ自分の中では整理ができていないのだろう。日常の雑事や仕事に追われて、ゆっくり「死」と向き合うことができずに、ここのところ何かイライラしている。

そういう中で気持ちが安らぐのは、先日投函した喪中はがきを見て、連絡をくださる方との会話(メールも含め)。直接は母を知らない仕事のおつきあいの方であっても、会った時に一言声をかけてくださるだけで本当にうれしい。

今日も、母より年上の親戚の1人から電話をいただいた。いろいろ話していると、その方のお嬢さんは母と同じ癌で、43歳で亡くなったという。スタンフォード大学を卒業してアメリカで仕事をしていた優秀な方だったが、検査を先延ばしにしていたために手遅れの状態だったらしい。
また、歯の定期検診に行き、母がお世話になっていた歯科医としみじみ母の話になった。母が入れ歯もなく、いろいろなものをおいしく食事することができたのは、その歯科医のおかげ。「お母様はしゃきっとした方だった」とほめてくださった。
そんなふうに誰かと母を偲ぶ気持ちを共有できるのが、今の私にとっての最大の癒しとなっている。

いろいろな死に方があるが、突然に命が奪われることほどつらいものはない。テロの巻き添えになって死ぬのだけは嫌だ。
 2015/11/16 22:58  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

トホホな一日
ついていない日というのはとことんついていないものだ。
今日は朝から冷たい雨の、寒い一日だった。
昨日のヨガの筋肉痛のせいか、天候によるものか、朝から体調も今ひとつ。
それでも都心まで出かけなくてはいけない用事があったので、朝9時過ぎには家を出た。

急いで最寄りのバス停に行くと、来るはずのバスが来ない。時刻表を見ると、9月1日改正で、いつのまにか10分後ろ倒しに変わっている。雨降る中、じっとがまん。
さて、駅について降りようとすると、私のSUICAが何と残金不足。いったんSUICAで入っていると、キャンセルして現金で支払うことはできないということで、いろいろ手間取り、一番前に座っていた私は、後ろに続く同乗客をかなり待たせてしまった。「すみません」と頭を下げながら。

ようやく小田急線に乗り込んだのはいいが、足が冷えて冷えて(小田急線は足元が本当に冷える。これからの季節が憂鬱)、トイレに行きたくなったのをぐっとがまん(つらいなあ)。

新宿で乗り換えて目的地の最寄り駅まで到着。ちょうどお昼時だったので、今日は寒いから蕎麦かラーメンと決めたものの、歩けど歩けど、イメージの店がない。
永遠歩き回ること30分!(たかが昼食に私は何をやっているのだろう)
ある1軒の蕎麦屋をやっと見つけたものの、何とだしの味が効いた関西風うどんのつゆのような蕎麦だった(めずらしい…)。体はあったまったからよしとしよう。

さて、仕事先でも「トホホ」が待っていた。
結論として、わざわざ来なくても、メールや電話のやりとりで十分できたものだった。もちろん体を運ぶことにはそれなりの意義があるが、こんな忙しい時に往復4時間かける用事ではなかった。そんなこと言っても始まらない。
こうなったら上野の博物館か、どこか映画でも観て帰ろうかと気を取り直したが、あまり気も進まないので、特急に乗る前に、新宿駅の上層階にあるカフェでコーヒー&ケーキで一服。このお味もその価格とは比例しなかった…(ああ、無駄遣い)。
とにかく時間を無駄にすることがたまらなくストレスになっている私。
たまに終日、家にいると本当に仕事がはかどるが、いったん家を出るとどこに行くにも時間がかかって、あっという間に一日が終わる。
いろいろなことを同時に効率よく進めなくてはならないのが宿命になっている私にとって、いかに時間を上手に使うか、手際良く進めるかが、命題なのだ。
仕事の単価が安いとこういうふうに貧乏性になる。

ところが、最近、ある人にこう言われた。
「あなたの手際の良さが、人の心をざらつかせている」――。
正直言って最初はかなりむかついた。が、それはそうかもしれないと、私も反省した。
もしかしたら、私が良かれと思ってやっていたことが、母にもストレスだったかもしれない、と。
いや、母ならこういうに違いない。
「お疲れさま。あなたはそれでいいのよ。体に気をつけてね」

明日は、両親のいない初めての誕生日。
相変わらず、やらなくてはならないことの山に追われている私である。


 2015/11/02 18:16  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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