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テキスタイル、プロダクト、その次は…
皆川明率いる「ミナペルホネン」の20周年を記念する展覧会「1∞ミナカケル」が、6月7日まで開かれている。

これまでの制作活動とプロダクトの全貌が、ストーリー性豊かに展示されている。
日本の女性たちに愛されている理由を確かに感じることができた。




どこか北欧の空気を感じさせる「ミナペルホネン」の世界。
テキスタイルも自然の一部のように展示されている。

テキスタイルの中にある丸い穴をのぞくと、工場で職人が制作している映像が。


ミナの原点ともなったのが、19歳の時にフィンランドの北極圏で出会った一着のコート。


未来について皆川さんが語っているとことで、滞在客をもてなす「旅館」のようなものをつくりたいとあったのが印象に残った。

 2015/05/31 15:07  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

昔の日本映画を観る
学生時代によく行った京橋の(東京都立近代美術館)フィルムセンターに、先週行ってみた。
新しく建て替わったことは知っていたが、仕事先が近くにあることから、先月ふとその前を通ったことがきっかけとなって、また映画を観に来ようと思っていたのだ。何と30年以上ぶり。
日本映画のアーカイブをはじめ、世界の映画も上映する。

今回観たのは、1969年の大映作品で、増村保造監督の『千羽鶴』。
言わずもがな原作は川端康成。なんとノーベル文学賞受賞記念映画と冒頭にある。
川端康成は私の卒論のテーマだったし、増村保造はかつて好きな監督(そのコンビとして多くの映画に出演した若尾文子も好きだった)だったので、自分自身の過去を確認しようというほどではないけれど、ちょっと興味をもったのだった。

映画がスタートしてまもなく、この映画は以前一度観ていたことに気が付いた。
まあ、それは善しとして、一言でいうと「隔世の感」。時代が大きく変わったと、何とも言えない感慨を覚えた。
まるでパロディか何かを観ているような錯覚に陥るほど、この映画の象徴するものがはるか遠い昔のような気がした。

50年という年月は、何と世の中を複雑にしたことか。
単純に比較はできないが、今の方が文学も映画も芸術表現は高度に進化(?)しているといえるのではないだろうか。
それ以上に人の意識、とくに女性が大きく変わったということをまざまざと見せつけられた。
もちろん観ている私自身も変わったということは言うまでもない。
 2015/05/26 21:13  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

身近な箱根で非日常感を
昨日、今日と、久しぶりに休日らしい日を過ごした。
母と箱根の仙石原へささやかな1泊旅行を楽しんできたのだ。
ちょうど5月は母の日、そして来月6月は母が90歳の誕生日を迎えるので、箱根へ行こうと前々から考えていた。
ちょうどネット情報で、ホテルのリニューアルに伴う格安予約をゲット。
実は私も母もお互いに口には出さなかったが、本当に行けるだろうか不安な面もあったのだが、母も大満足で帰ってくることができた。

一口に箱根といっても、本当に奥が深い。
一昨年は奥湯本、昨年の芦ノ湖畔に続き、今年は仙石原。私もほとんど行ったことがなかった場所だからというより、何よりそのホテルが小田原駅から往復で無料のシャトルバスが出ているというところが決め手になった。
私は車を運転しないのだが、電車の乗継はもう母には無理なので、駅からシャトルバスがあるのは本当にありがたい(我が家から小田原駅まではタクシーで2メーターほど)。
所要時間は行き(快晴)も帰り(風雨から曇空へと変化)もそれぞれ45分。1時間を超えると、それはそれでまた疲れてしまうが、小旅行にはちょうどいい距離感で、母も車窓からの景色を楽しみながら移動することができた。

ここのところの大涌谷の群発地震の影響で、箱根全般に観光客が減少していることはホテルでも実感。その分、ゆっくりくつろぐことができたのもよかった。
現地では、時々、微震があったが、瞬間の揺れなのであまり恐怖心もなかった。

もう一つの心配は食事である。
すっかり少食になった母は、そのホテルのビッフェやコース料理は重すぎる。ルームサービスなどがないかとホテルの人に事前に聞くと、それはないとの返事。その代り、外のお勧めの店(送迎付)を教えてくれたが、温泉に入った後にまた身支度して外出するのは私でもちょっとしんどい。
いろいろ考えた結果、行きのシャトルバスに乗る前に駅ビルのデパ地下のようなところで洋風のお惣菜弁当を買いこみ、私用のワインやビールももちろんのこと、紙の皿やナプキンもきちんと用意して、部屋に持ち込んだ。
大荷物にはなったが、これが大正解。母も部屋でゆっくりくつろいで「おいしい、おいしい」と味わってくれた。

外を出歩くわけではないので、普段の生活とあまり気分が変わらないかもしれないという心配は取り越し苦労。場所の移動、部屋からの景色、温泉への入浴(夕方と朝と2度、私は夜も)、広々としたダイニングルームでバラエティ豊かな朝食と、ちょっとした非日常を楽しむことができた。

私も久々によく睡眠をとったし、部屋のバルコニーで風を感じながら読書もした。
普段は家にいて特に仕事をしない日でも、おさんどんに掃除洗濯、ブログだ、フェイスブックだと落ち着かない。頻繁にスポーツクラブにも通うから、プログラムに合わせて時間に追いかけられている。
そういう意味で、この2日間は(2日目の今日はもう昼過ぎには自宅に到着したのだが、休暇の延長で家でゆっくり)久しぶりに休日らしい時を過ごすことができてよかった。

何より、体への不安が大きい母にとっては、今回の冒険が大きな励みになったように思う。


 2015/05/19 18:54  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

日除け対策も万全
これまでさんざんいろいろなことを試してきた我が家の日除け対策。
5月で既に真夏のような日差しを感じるようになったので、早めに手を打ち、4年前に家のリフォームでお世話になった工務店の人に相談し、写真のような日除けをとりつけてもらった。
開閉も楽だし、これからちょっとやそっとの台風が来てもびくともしない(はず)。
多少は視界が狭くなるが、それはがまん。

布の素材も程よい透け感があっていい

曇りや雨の日は上に閉じておく
 2015/05/18 11:40  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

筆を持って書くということ
とにかく筆まめな母。
お友達への手紙・ハガキをはじめ、毎日何かしら書くことをしている。
本人も、書くことは自分の使命と感じているだけに、いつの日か書けなくなる恐怖がつきまとうらしく、私から書くことをとりあげないでくださいとお祈りしているようだ。

もともとそういう資質はあったのかもしれないが、大きなきっかけになったのは、30年前、小田原に来てから、以前からきちんと勉強したいと思っていた書道(細字から大きな字まで)を習い始めたこと。
いい先生との出会いで、雅号を習得して展覧会などにも出品していた。合計すると20年は教室に通っていたという。
さすがに今は墨と筆で字を書くことはなくなったが、それをペンに持ち替えて時間があれば机に向かっている。

先日のゴールデンウィークには、押入れの外にもたくさんあふれている半紙や道具を整理するのを手伝った(下の写真は、役割を終えてゴミとなった筆たち)。
筆を持つというのは体力、気力の要ることだが、今でも、最初の基本からまたやりたいなどと言っている。

ものすごく乱筆な私は、いつも芳名帳に名前を書かなければならない時が苦痛でたまらない。
ハガキの類を出す時も、こういうものがいつまでも方々で残っているのはつらいと感じる。
いつか習字でも始めようか。
 2015/05/11 13:07  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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