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わが軌跡を振り返る機会
久々に母校で講義を頼まれ、自分の仕事人生を振り返るいい機会を得た。
過去数回の講義とは異なり、今回は私自身の仕事について話してくれという依頼だったので、とにかく自分の変遷をまとめてみることからと(えらそうに)年表を作ってみた。
ジャーナリストにもファッションビジネスにも興味ない学生にとっては、何のこっちゃという感じだったかもしれない。

まず、「フリーランスのライフスタイル・ジャーナリスト」である私の自己紹介。取材領域、専門分野、仕事の内容、取材対象、信念に続き、具体的にどういう媒体でこれまで仕事をしてきたかを資料に並べた。
単発の寄稿はのぞき、いずれもが複数(中には20年以上も続いた媒体も)かかわった媒体を列記したが、その多くは消失している(会社が倒産あるいは廃刊、または私の仕事がなくなった)。定期刊行物の仕事は職業ライターにとってはありがたい収入減だが、こうしてみるとやはり虚しさはある。

それらの背景にあるのは、メディア環境の激変。一言でいうと、紙媒体から電子媒体への移行である。
私自身もつい20年前までは手書きで原稿用紙に原稿を書いていたのに、ワープロ、パソコンと進化し、パソコンも既に5〜6台め。携帯電話を初めに持つのも遅かったのに、今やi-phoneを使っている。
私自身もWEBには恩恵を受けている。だがこの変化によって、実用的な情報ばかりが求められ、ライターという職業はマーケットとして確実に地に落ちた。
情報はあふれているが、考えさせる読み物はどれだけあるのか。一握りの有名人をのぞき、書くことで生計をたてていくことが困難な時代になった

先ほどの年表については、年を追って、自分の年齢、(自分の仕事にとって)節目となる出来事、社会の出来事、新しい仕事の動き、そして仕事のツール(メディア)を並べた。
何しろ私の仕事人生は30数年にわたっているから、変遷しているのは当たり前かもしれないが、それでもこの5年ほど大きく変化した時期はなかっただろう。

そして政治は、明日にも「集団的自衛権」の閣議決定という恐ろしい世の中になっている。
フリーランスで仕事をする上で欠かせないのは個人をいかにブランディングしていくかであるが、そんなことを言っていられない時代がくるような気がしてならない。

その日、一日をどうにかして生きること。生きていられるだけでもありがたい。
けれども、私はどうにかものを書くことだけはやり続けたいと思っている。それしか自己表現の方法がないから。
 2014/06/30 23:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

過去と出会った一日
昨日は不思議な一日だった。
友人からの誘いで、ある外資系化粧品会社のセールへ行ったところ、そこのPRの女性に声をかけられた。
今から10数年前、某英会話学校で同じクラスで、もう一人の音楽家の女性と一緒に食事をしたこともあるという。その女性はまだ大学生だったので、私たち働く年上の女性が輝いて見えたのだそうだ。
例のごとく私の記憶からはまったく消えていたのだが、容姿も魅力にあふれたその人のはつらつとした雰囲気はどこか懐かしいものがあった。

午後は思い切って武蔵小杉まで足をのばしてみた。
私の生まれ育った場所で、既に33年前に私はそこを離れて一人暮らしを始め、両親も30年前にそこから小田原に住まいを移したので、今は湘南新宿ラインで通ることはあっても、下車することはなかった。
10年位前に一度、センチメンタルジャーニーをしに行ったので、今回はまた久しぶりの来訪だった。

武蔵小杉というと最近の街の変貌ぶりが話題だが、我が家があった周辺は駅から徒歩10分弱という便利な立地なのに、学校(法政二校)の広い敷地と桜並木の川のせいか、落ち着いた雰囲気はあまり変わっていない。我が家跡と隣家はそのままだったが、周りは新しい戸建の家が増え、人気の街らしく、低層マンションに変わっていたところも多かった。

以前訪れた時は20年ぶりだったこともあって、祖母のことなどを思い出して胸つまるものがあったが、今回はある程度の変化は認識していたのでそれほどの感動はなかった。老いた両親に今の武蔵小杉の様子を伝えたいと、撮影しながらの散策だったせいもある。

昔からある商店は数えるほどだったが、まったく変わっていないのが、子供の頃、よく遊びに行っていたカトリック教会。マリア像のある庭もそのままだった。

通っていた幼稚園もほとんど同じ。半世紀前、スモックの胸元につけていたヒヨコのマークのバッジが、今でもトレードマークになっているようだった。


その後は渋谷文化村で開催されている「デュフィ展」へ。国内外の展覧会によく足をのばした作家で、その昔、パリの蚤の市で安く手に入れたリトグラフは今も寝室の壁から優しく私を見下ろしている。
絵の色彩もいいけど、テキスタイルのプリント柄もすてき。
フランスの魅力いっぱいに満ち溢れていて、やっぱりいいなと思った。
気分よく、友人たちとの食事の待ち合わせ場所に向かった。


以前、ある占い師が、自分の最も輝いていた時期の追体験をすることが大切というようなことを言っていた。
自分自身の軌跡を振り返りつつ、今の自分に欠けているものを再認識させてくれた一日であった。
時々こういう充電をしながら、現実の生活にも向き合っていこう。

 2014/06/18 10:37  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

母89歳の誕生日
母と一緒に暮らすようになって、まる2年が経った。忘れもしない、2年前のちょうど母の誕生日、6月6日に引っ越ししてきたのだ。

母もついに80代最後の年となった。
昨年は母のお友達をお呼びして昼食会をしたが、今年は、母が地域の健康センター(要支援者対象の介護予防通所介護)に週1で通い始めていて、その日に当たっていたので、今年は2人だけで地味にお祝いした。
そのセンターは送り迎えのドライバーさんをはじめ、スタッフの皆さんが優しく接してくれるので、やや心配していた母も楽しんで通っている様子。

センターから帰宅してからのお茶の時間には、母の大好きなチーズケーキ(今年は名前入りのホールではなく、違う種類のチーズケーキを2切れ)。栄養たっぷり実だくさんのトマトソースを作ってスパゲッティの夕食。これまた母の大好物の生ハムを使った前菜も加えた。


最近は、日に日に体が衰えていることを自分でも実感しているようで、将来への不安はつきない。
それでも周りのいろいろな人に支えられていることを幸せに思う。

多くの友人からお花やバスデーカードが届いた。

 2014/06/10 12:45  この記事のURL  /  コメント(2)  / トラックバック(0)

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