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老人はおもしろい
今年89歳になる母が、しばしば、おもしろいことを言う(父と違って、母はまだ認知症のかけらもない)。思わずフ、フ、フと笑ってしまう。
何をといわれると困るのだが、以前にはなかった独特のおかしみ感がある。
例えばこんなふう。

最近は、前のように歩けなくなったことが本人としてもかなりショックで、日常生活では「あ、いたたた…」「ふぅうー」(本人いわく、こういうふうに声に出す方がラクらしい)の連続。そんな中でも、友人からの手紙や、街で知らない人に優しく声をかけてもらえるのが何よりの楽しみとなっている。

昨日は、病院の待合室で初めて会った一回り若い女性と話を交わし、盛んに「お若い!」と言われたらしい。
そういう交流が老人にとっては大きな励みになるのだ。特に褒められると勇気百倍だ。

母曰く、人には、思っていても口に出すタイプと出さないタイプの2タイプがあるという。「若い」と言わない人が、いかにも憎々しげな様子である。
そこで、「思っていなくても口に出すタイプもいるんじゃないの」とすかさず言ってしまう私。
こういう私の言葉には母は耳を貸さないので、万事うまく収まるのであった。
 2014/03/27 17:11  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「ここ掘れワンワン」を貫こう
人にはそれぞれに与えられている役割というものがあって、例えば、誰よりも先に何かを発掘したいと思う〈直観貧乏タイプ〉(マイナー志向)と、そこに確実なマーケットがあるものに興味を向ける〈資本形成タイプ〉(メジャー志向)がある。

私は間違いなく前者の「ここ掘れワンワン」型である。
これがいいよ、魅力があるよと、仕事でもプレイベートでもこれまで周りに伝えてきたつもり。
私の周りには、そういう情報をもとに見事にビジネスに転嫁し、花開かせている典型的な知人がいる。今や手の届かない人になってしまって、年収も確実に一桁違う。

そういうことが分かっていても、やはり私は最初に気がつく人でありたいと思うのだ。
有名企業や有名人、既に評価が定まったものには、あまり興味が持てない。誰よりも先に誰もがまだ気がついていない魅力を発掘したいというヘンなプライドというか美意識がある。

これは産業についても同様である。
最初にそれを始めた人はいつしか忘れられ、それを大きく有名にした人や企業だけが歴史に刻まれ、後世に残っていく。

それはそれでいいじゃないかと思う。でも、私は前者をきちんと世の中に伝えるジャーナリストでありたい。
一生貧乏であることは仕方ないじゃない。そもそもお金には縁がないんだから。
 2014/03/26 14:04  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

うれしい春がやってきた
長い冬がそろそろ終局となり、ようやく本格的な春になりつつある。
ここ小田原も、例年にない寒さだったが、インフルエンザにもならず(先週は喉と胃が少しやられたが)、何とか乗り切ることができた。
朝晩はまだ冷えるが、日中の日差しは日ごとに強くなってきた。

先週出かけた新松田では、河津桜のピークは過ぎていたが、葉桜になっても、菜の花との見事な組み合わせが楽しめた。

ソメイヨシノはまだ固い蕾だったが、「足柄桜」という名の八重の桜はこのように満開。

何といっても、この時期はクリスマスローズが盛り(写真は新松田のハーブガーデンにて)。
我が家のは小さな植木鉢に植わっているので、まだまだこれから。


我が家のバルコニーでは、さまざまな植物が次々と花をつけているが、中でもその生命力に関心させられるのは雪柳。
冬の寒さにも雪にも耐え続け、2月ごろから無数の赤い芽をしっかりとつけていたのだが、ここにきて開花のピークを迎えている。

雪柳のように細くても、しなやかに強く生きたいものだ。
 2014/03/24 14:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

コレクションの変わらぬ風景
ファッションといえば、一般には華やかなファッションショーのイメージが先行する。しかし、少しでもあの中に身を置いた経験のある人の中には、あの独特の雰囲気が苦手という人が少なくない。
美しいコレクションそのものには何の罪もないのだが、そこに群がる人々によって排他的なムラ社会が形成されているのがファッション業界。映画『プラダを着た悪魔』までいかなくても、あれに近い虚飾や格付けは日本にも存在する。

東京コレクションが最も華やかなりし1980年代後半のテントの時代から細く長く見続けている私も、最近は遠方に住んでいることもあってなかなか足を運ぶことが難しくなった。
メルセデスベンツファッションウィークTOKYOとスポンサーの名を冠してから数回目になる今回。これだけは見逃せないと楽しみにしていたあるブランド(そのブランドがデビューしたての時に取材をして、小さな会場で実施した最初の展示会から知っていることもあるので私としては愛着がある)のコレクションに時間を合わせて行くと、既に会場は長蛇の列だった。
通常、プレス関係者は、業者や学生など一般来場者よりも早く着席することができるのだが、人気ブランドだけあって、プレスの印付のインヴィテーションを持った人々も並ぶような態勢になっていた。

そこでじっと観察していると、何人かの著名な人々も、私と同様に列に並べといわれている。その1人(スタイリスト)はたぶんそれに気分を害して帰った様子。もう1人(ファッションビジネス大御所)は、ショーが始まってから立ち見で観ていらっしゃることを遠くから確認。そして一番若いストリート写真を得意とする人は、何とブランド関係者の知り合いを中から呼び出し、最前列の席にちゃっかり座っていたことを後で発見した(ジャーナリストはある意味、このずうずうしさ、要領の良さが必須要素)。
ちなみに私は最後列の椅子で、重い荷物を足元に置き、煩わしい社交をすることもなく、コレクションを堪能することができた。

ショー会場に入ると、席はほぼ埋まっていて、最前列などは、こういっては失礼だがまだご存命でいらしたのかと思うような方々が、しっかり着席していらっしゃる。それは20年前と変わらない風景だ。
時代が変わって世代交代がおこり、メディアの勢力図がだいぶ変化していても、変わらないものは変わらないものだと感慨深いものがあった。

どんなにベテランでも有名人であっても、特等席に座ることにこだわるより、地べたに座れる覚悟のある人の方がかっこいいと私は思うのだが、そういう価値観の人はファッション業界にはあまりいない。
でも、そんなことは、すばらしいコレクションを観た後ではすっかり浄化されて忘れてしまうんだけどね。

 2014/03/19 21:41  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

復活しました
私はかなり物事を深く考える方だが、自分をあまり追い込むことは避けたいと思える余裕がまだある。
今回はちょっとまずいな、このままでいくと病んでいくなと思ったので、自衛策に出た。
私が病気になっては、高齢の両親との生活を支えていくことはできないから。

つまり、一人孤独に自分を追い詰めるのではなくて、周りに吐き出す。
ちょうどいい出張の機会を利用し、何人かの方々に相談してみた。
結果、ここ数晩の苦しみの闇から解放されつつある。

自分を大切にすること。自分の気持ちを正直に認めること。
そして、負のエネルギーとたたかうには、少々のテクニックも必要であること(まだまだ修練が足りません)。
私にはまだまだ生きるエネルギーが残っている。

諸行無常。日々は常に変化している。
目先のことにとらわれてはいけないと確信した。
失ったのではなくて、進化しているのだ。そもそも人はいろいろなものをもっと捨てていかなくてはならない。

私も友人にちゃんと助言しているではないか。
「失った(と思った)ものは、必ずちがうかたちでもどってくる」
 2014/03/14 10:24  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

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