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海外で痛感すること
いつものことだが、旅(海外)に出ると、大げさかもしれないが、生きるということの本質を考えさせられる。
仕事でも休暇でもそれはたぶん同じで、いつもと違う環境に身を置くことによって、いろいろなことが俯瞰して見られるようになるのだ。

日本はすべてにおいて予測のたつところで、それも大概はその通りに事が進む社会だが、日本以外の多くの国はそうはいかない。
パリでもロンドンでも想定外のことがおこる。それが当たり前なのだ。
至れりつくせりの日本に慣れていると、これはしんどい。それに適応していくにはある程度の体力を必要とする。

あまり言いたくはないが、私は今回ほど自分の肉体の老いを感じたことはなかった。
時間とお金を節約しようと思うと(円安という環境もあって、それは切実であった)、それをカバーするのはずばり体力である。
列車でもファーストクラスは改札から近い位置にある。すぐにタクシーに乗った方が楽に越したことはないが、それをやっているといくらお金があっても足りない。
そこでエネルギー(肉体と時間)を使うわけだが、その肝心のものがなかなかいうことをきいてくれないのだ。
同世代の女性たちとはこの話で多いに盛り上がったが、若い世代、あるいは会社の経費を使い放題の人たちにはなかなか理解できないと思う。

特に今回は、新しいPCを持参したので、これがなかなか手こずった。
ただでさえ、PCになれるには時間がかかるわけだが、今回のはsurfaceという新戦力。
多機能のあまり、指でいろいろ触っているうちにおかしなことがおこり、ついに日本のサポートセンターの指示をあおぐという事態に至った。
アウトルックが停止してしまって、まったく使えなくなってしまったのだ。
電話をかけたものの、日本時間で金曜日の午後という混んでいる時間帯だったこともあって、待たされること2時間以上。受話器を持ちながらこの時間はつらかった。
さすがに携帯電話はさけたものの、ホテルの固定電話経由で、2時間半つなぎっぱなしが不安になり、後でホテルのレセプションに確かめたところ、電話代は190ユーロ!となった。

考えてみると、昔はPCもインターネットもなかったが、それで済んでいたのだ。
ただ、今は時間の感覚が変わった。いったんそのサイクルの中に入ってしまうと、もう習慣を変えることはできない。
結局はネット中毒になっている自分自身を深く再認識したのであった。

 2014/01/29 17:44  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

古き良きパリが残る通り
いよいよパリ滞在もあと1日になった。
今回、約1週間滞在していたホテルは、初めての場所だったが、ここが実に古き良きパリを感じさせる落ち着いた通りだった。こういう雰囲気はパリでもそう多くない。

エリアとしてはギャラリーラファイエットにも近いオペラ地区で、最寄りの駅はCADET。その名のようにカデ通りに位置する。

1月23日に到着した時はまだ通りの上に電飾があったが、25日を過ぎる頃にあっと気が付くと取り外されていた。きっとクリスマス時期に飾りつけられるものなのだろう。

ホテルのお隣はこんな時間が止まったような昔風の手芸やさん。

日本の女の子好みの店がたくさんある。

チーズやパンの専門店が多い。

ワイン専門店も。

こんなモダンな雰囲気の店も不思議としっくり溶け込んでいる。

通りの突き当りにはこんな古い店が。

こういう環境だと、パリに住みたくなりますね。
 2014/01/29 04:43  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

幸せなライフスタイルとは?
ライフスタイル・ジャーナリストを自認する私にとっての、幸せなライフスタイルとは何か。
その10の要素、10か条を具体的なキーワードにしてみた。
特に50歳以上の人々には、響いていただけるのではないだろうか。
老人が幸せな社会にしたいというのが私の願い。

@ 公園
あくまで都市の中にある公園。自然豊かな田舎には、公園は必要ない。
人の知恵と美意識が盛り込まれた「公園」と、田舎の自然というのはそもそも別のもの。私は田舎の里山(これも人の知恵が盛り込まれいる)も好きだが、文化性は異なります。

A 図書館
言わずもがな、知の宝庫。無料で何時間でもいることのできる図書館は、仕事をリタイアしている人、時間のある人にとっての駆け込み寺(?)。もっと読書をしたい。

B ヨガ

私にとってはヨガだが、ウォーキングでもダンスでも。適度に体を動かし、心身の健康を保ちたい。ポイントは姿勢と呼吸にある。

C おいしい食事とお酒
1日3食、規則正しく、バランスのとれた食事こそが健康の源。おいしいものを食べるために楽しく料理をすること。食事に合ったお酒がおいしさを倍増させる。時々は外食も。

D ガーデニング

もちろん犬や猫など人によってそれぞれ。私の場合、ルーフバルコニーに出て日々成長している植物たちを愛でる時は至福の時間。こんな寒さの中でも植物たちは既に堅い芽をたくさんつけて、春の準備体制に入っている。

E 仕事
私は一生、仕事を続けたい。仕事=自己アイデンティティだから。
逆にいうと、仕事をすべて失ってもアイデンティティクライシスに陥らない方法はあるのだろうか、深い課題です。仕事に代わる趣味のない人はどうすればいいの?

F 安定した収入

仕事=安定した収入とは限らない(書く仕事、話す仕事がノーギャラということも珍しくないご時勢になってきた)。生きていくうえでの最低限のお金をどう確保するかが大きな課題。適度な消費が生きるエネルギーにつながるから。

G 勉強

向上心の乏しい私は勉強がどうも苦手なのだが、習うのは好き(「勉強」と「習い事」は別もの)。人に何かを習うという行為は貴重な体験です。何か習い事を始めようか。一生勉強です。

H 友人
人との交流が人生を左右することは言うまでもない。お互いにリスペクトし合える友人の存在はありがたい。

I ?

家族、宗教…? パッション? 最後に残るものは何だろう。大きな意味での「愛」なのだろう。他者のために何かをすること。



武田尚子さんのINNER通信では、「ライフスタイルの産業化」について言及しています。







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 2014/01/17 10:34  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

町の電気屋さんとの付き合い
母の寝室の電気がつかなくなったというので、蛍光灯など取れるものをすべて外して近くの電気屋さん(大手家電メーカー系列)に持っていった。すると、それはまだ使えるので、照明器具そのものが劣化している可能性があるということで、翌日、私が不在の時に見に来てくれた。
帰宅すると、寝室の照明器具がリモコン調節の最新のものに変わり、26,500円の請求書が残っていた。

こういう時、昔の私だったら母を責めるようなことを言ったかもしれないが、さすがに年老いた母には何も言えない。
予想外の出費に少し動揺した私は、早速、ネットで市場価格を調べてみると、その半分にも及ばない。つまり半分は出張・工事費なのである。
ただ、その日の母の落ち込みようはひどかった。老人はこういうこと(出費そのものというより、情報に無知であること、選択肢がないまま売りつけられた感が残ったこと)で自己嫌悪に陥るのだ。

翌日、確認の電話をしたところ、今ではあの照明器具がベーシックであること、使いこなせないようだったら単純なリモコンもあると、また違う買い物を進める。
運悪く、別に台所の照明がチカチカしていることも器具の劣化が原因らしい。
こちらは12,000円。私としては明細が知りたいので、工事費がいくらかを聞いても、「うちは工事費はいただいていない」という応え。出張・工事費込み、さらには日頃のちょっとしたことにもかけつけてくれるというサービスも含めて価格をつけているのだ。
つまりネットや量販店で買ったものを取り付けに来てくれることには消極的であることは違いない。

なんだか納得いかないので、市の消費者相談センター、そして電気関係の協会に電話してみたところ、違法性はないとのこと。
電気屋さんと上手に値段交渉できない自分にも嫌気がさす(相手は強気なのでそんな隙もないが)。
要は、消費者が買う方法と場所を選ぶしかない時代なのである。そこが嫌なら別のところに行くこと。

町の電気屋さんが生き延びていくのは大変なことはよくわかるが、長続きの秘訣はやはり人柄ではないだろうか。高齢者の多い保守的な地域だけに、こういう店を仕方なくしぶしぶ利用している人も少なくないのではないだろうか。確かに電気関係は困ることがちょくちょくおこるものだから。

いずれにしても、何とも後味が悪い一件であった。
いや何事もポジティブに、物事はいい方にとらえていかなければならない。こうしてブログのネタを提供してくださったことに感謝する。
 2014/01/10 15:14  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

片方の手袋がいっぱい
私はよく物を失くす。どこかに落としてくるか置いてくる。
この暮れから年初にかけても、手袋の片方を立て続けに失くしてしまった。
いつも大きなカバンの中をあれこれ探しているので、そうしているうちに電車の中とか通りとかに落としてしまうのだろう。
神経が別のものに行ってしまうと、ほかのものに注意が払われなくなるのだ(やっぱり私に車の運転は無理。免許を持っていないで正解である)。

ただ、手袋の場合は両方一度に失くすということはなく、片方がどこかに行ってしまって、片方が残る。
そうして残った片方だけの手袋がこんなにある。片方だけあってもそうしようもないが、なんとなく捨てられないのだ。それぞれに気に入って買ったものだけに、未練たっぷり。
こうしてまとめてみて気付くのは、全部ニットで、革製の手袋は一つもないということ。
特に毛糸で編まれたものは軽くふわふわしているので、落としても気づきにくいということなのだろう。
子供時代のように、ひもでつなげておこうか。

今月の下旬にはまた出張で旅に出る。旅先で何か物を失くすと、「私の身代わり」と思ってあきらめることにしているが、やはり物を失くさないにこしたことはない。
大切なものがどこか遠くに行ってしまいませんように。

写真の両側が、最近、片割れを失くしたもの。



 2014/01/06 22:17  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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