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懐かしい渋谷駅周辺の変貌
渋谷と横浜を結ぶ東急東横線沿線で生まれ育った私にとって、渋谷という街は子供のころから最も身近な「街」であった。
半世紀もなじんだ駅と街。その渋谷がまた新しい時代を迎えているようだ。

ようだ、というのは、私はもうよその人になってしまって、久しぶりに訪れた渋谷に来て、なんだか妙によそよそしい感覚を味わった。

かつてプラネタリウムや映画館のあったあの東急文化会館が、来春、「ヒカリエ」という名前のビルで生まれ変わるという。
その跡地は長い間工事をしていたが、ふと見あげると、いつの間にかビルの外観がにょきっとお目見えしていた。

なんとなく古めかしさの残っていた渋谷駅周辺がどのように変貌していくのか、私もじっくり見守っていたい。
 2011/07/28 18:10  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

追悼 原田芳雄さま
今日はどうしても観たい映画があって、仕事が一区切りついた後、雨の中を昼過ぎからバスに乗ってローカルな映画館へと向かった。

題名は『大鹿村騒動記』。
最近、映画観てないなと思っていたこともあって、好きな俳優がたくさん出ているこの日本映画に惹かれていたのだ。

常時1000円という映画なのに、映画館の中はがら空き。
甘いポップコーンの香りが漂う今風のシネマコンプレックスだけに、余計もの悲しい。

若い配役もいるが、懐かしい顔ぶれ。それにしても皆、年を重ねたなあ、としみじみ。
主役の原田芳雄は、何を隠そう、私がローティーンの時に恋いこがれていた人。
たぶん、男の人っていいなと最初に思った人かもしれない。
『三丁目四番地』の(確か)気象庁のろくさんが、彼のイメージの原点。その後の超メロドラマ『冬物語』も良かったなあ(両方とも相手役は浅丘ルリ子)。こんなことを言っても、通じる世代は少ないだろうが。
つまり、私にとっての原田芳雄のイメージの原点は、映画のアナーキーな役ではなく、テレビドラマなのであった。
その時の感情が妙にリアルによみがえった。

体型はかなり変わったけど(歌舞伎役者にぴったりの体格におなりになっている)、彼特有の、体全体からにじみ出る男の人のかわいらしさがあの頃のままだったから。

実は、知人の友人だったこともあって、20年前位に、ブルースを歌う彼のコンサートに行き、その後に対面したことが一度だけある。
彼の作品はそれほどたくさん観ているわけではないが、その後もずっと気になる人だった。

映画の余韻にひたりながら、家にもどり、夕食をとりながら、7時のニュースを観ていると、何と、原田芳雄が亡くなった!という訃報。

『大鹿村騒動記』は原田芳雄らしさが満開だった。気の置けない仲間にも囲まれて、彼の最期にふさわしい映画だったと思う。



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 2011/07/19 20:38  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

成田→小田原の我が家まで
フランス革命記念日(日本で俗にいうパリ祭)の前日にパリを発ち、昨日、日本にもどってきた。数日前からパリの街では、式典やパレードにともなう準備や交通規制が敷かれており、何となくウキウキした雰囲気が漂っていた。
なぜならパリの人たちは、この日を境にバカンスにくりだすことになっているから。

成田に着くと、そこは南国熱射の異次元。
1日に3本だけだが、幸いにも小田原まで直行バスが出ているので、2時間ほど、空港でPCを取り出し、写真の整理をしながら時間をつぶす。
バスにゆられて3時間弱、小田原まではうつらうつらと眠っていたので短く感じたが、そこからが地獄であった。

行きは新幹線、成田エクスプレスを乗り継いで成田へ向かうが、これまで2回、帰り路はこのバスを利用している。その体験から、小田原駅西口はタクシー乗り場と遠く離れ、しかも坂道で移動するのが困難を極めるので、今回はそこで降りずに、わざわざ次の市民病院前で降りてみることにした。当然、病院の車寄せ、つまりタクシーが横で待っているものと思ったからだ(我が家は、停留場所になっている小田原駅西口と市民病院のほぼ中間に位置する)。

ところが、何と、降ろされたのは病院の前といっても、幹線道路沿い(しかも我が家とは反対の方向)の一般のバス停留所。
砂漠のような日照りの中でいくら待っても、タクシーの空車は通らない(東京と違って、流しではほとんどつかまらない)し、あちらの方に見える市民病院の玄関まで移動するには、あまりにも荷物が重くて多い。
前回はタクシー会社の電話番号のメモを持っていたのだが、今回は忘れていたから、そこでひたすら空車を待つしかない。
本当に砂漠のど真ん中で、命からがらヒッチハイクをしているような気分であった。

やっとのことでつかまったタクシーの運転手からは、(あまりに目的地が近いため)「最悪!」とはきすてられる(それはこちらのセリフだ!)。
そのおバカな運転手にいくら文句を言っても仕方ないので、腹が煮えくりかえるのをおさえながら、「チップを少しあげるから」となだめすかし、成田から直行バスについてのあまりの不条理さ、不便さをとうとうと述べた。

家にもどって、バス会社に丁重に停車位置の改善を申し上げたことはいうまでもない(電話口に出た人の対応は良かったが、「すぐには改善されないと思います」とのたもうた)。
空港から皆、重い荷物を持っているはずのに、ましてや大雨の時はどうするんですか? と。
「最悪」なタクシー会社にも、いつかお電話さし上げたいと思っている。
タクシーに限らず、サービス業なのにかかわらず、こういう利用者(お客様)目線のあまりに乏しい人たちが少なくないのが「いなか」の現実なのである。

出張の疲れもあって、なんだか初めから絶望的な気分にさせられたが、それでもここで生活していくことを決めたからには、耐えなけれなならないのである。
 2011/07/15 23:30  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

お気に入りの時間
夏のパリで、最も好きなのは、夕暮れ。
夕暮れといっても、21時ごろまで明るいので、夕方の時間が長い。

過酷なまる3日の仕事を終え、やっと一息。
夕食の待ち合わせまでのわずかな時間、疲れ切った心身をいやしたくて、カフェのテラスで一人パスティスを。
今日の強い日差しにぴったり。

南仏と違って、パリでパスティスを飲む人はあまりいない。

目の前は、貸し自転車置き場。
仕事や学校を追えた人々が、狭い通りを行きかう。
さあ、これからがパリらしい時間の始まり。
 2011/07/12 05:53  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

バカンス前のパリ
バカンス前の7月という時季に、初めてパリに来た。
先週に比べて、今週は気温が低めだが、それでも日中、日が差すと、夏のような暑さ。

上には薄めのジャケットを羽織っていても、ここはパリ、皆、足元は素足。
街中、ソルドに突入しているので、バカンスの用意に皆、余念がない。

店頭は、服も靴も明るい色が多い。
特に、オレンジ系のトマトジュースのような鮮やかな色が目に付く。太陽の下で映えるプリントも多い。
くたっとした麻やコットンの服や靴もフランスらしい。
それに、ただカジュアルなだけでなく、バカンス先でのディナーやホームパーティに似合いそうなワンピースやブラウス類も。
水着が必須アイテムであることはもういうまでもない。

バカンスというフランス人にとって欠かせないライフスタイルが、ファッションの市場を動かしていることを目の当たりにした。
やっぱり日本とは大きく違うな。
 2011/07/09 02:46  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

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