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「メゾン・エ・オブジェ」展
いつものことながら、パリのインテリア展示会「メゾン・エ・オブジェ」は(会場が巨大なので)疲労困憊してしまうが、楽しい。

パリ中心から乗ったB線列車が、何と(日本では考えられないが)同駅で停車するのを忘れ(?)、空港まで行ってしまって、ここで降りなければならなかった乗客(皆、びっくり)はまた引き返さなければならなかった。それ以外にもいろいろあって、たどり着くまでに異常に時間がかかってしまったけれど、ゆるそう。

毎回すばらしい展示を見せてくれるトレンドコーナーのテーマは、以下の通り。

@ トランスカルチャー (エスニックでもモダン)

A コーポラティブ (まさに新しい暮らし方を提案)

B ハイブリット (インテリアとグリーンが合体)


私が取材を始めた10年以上前には考えられなかったけど、日本からの出展者も多数。合同出展のブースもなかなかセンスよくまとまっている。
 2010/01/27 05:34  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ベルリンを体験
海外で初めての所に行った時、そうゆっくり滞在できる場合はほとんどないわけで、効率良く短時間でその街を一通り知るためには、やはり観光バスを利用するのが便利。大きな都市なら大抵はあるものだ。

明日の午後はもうパリに経つので、今日はベルリンという街を少しでも知るために当てた。
見本市や街を回っているだけでは不十分。ファッションの動きや今の時代におきていることをより深く知るためには、その街の背景や歴史を知ることが欠かせないと私は思っている。

朝10時出発のバスに乗り、約2時間で20ユーロ。ベルリンの主要スポットをぐるり回る2階バスで、乗り降りが自由だが、今日も相変わらずの寒空だし、とにかくバスの車窓から街の様子を記憶にとどめるようにした。
新旧さまざまの建築物やモニュメント。「壁」は、取り壊された後、少し残っているところと、アーティストのための新たなギャラリーのような所になっているところがある。

午後は「カーデーヴェー」というデパートの6階食料品売場(ここは一見の価値あり)のイートインで昼食を済ませてから、同店やクーダム周辺の店を仕事モードで歩いていると、もう夕方近くに。
氷点下のなか、雪はちらつくし(その割に寒さはあまり感じない)、全身には疲労が充満してくる。

この通りにあるモールの中に「ザ・ストーリー・オブ・ベルリン」という、ベルリンの歴史テーマパークのようなところがある(地下には冷戦中に作られた核シェルターが実在しており、そこもガイド付きで公開)。
ここの展示はすばらしいものだった。ベルリンの歴史を来場者が五感で感じられるようになっている。
ベルリンという街が体験してきた歴史。それは確かにヨーロッパの一つの象徴であり、そして平和というものが崩れる可能性はいつの時代にもあることを忘れてはならないと思いながら出ると、外はもう暗くなっていた。
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 2010/01/22 04:14  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

旅は想定外の連続
旅には必ず想定外の出来事がおこる。特に海外の場合はなおさら。
今回は計画通り、忘れ物もなくほぼ完璧と思っていたが、既に「出来事」はおこっている。
まず、いいことから。

早めに成田空港に着いたせいもあってか、乗り換えありの女性一人旅のせいか、身なりがきちんとしていた?せいか(それはないか)、「今日はエコノミーがいっぱいなので」と、ビジネスクラスの座席に変えてくれた。時々こういうことはあるとは聞いていたが、私にとっては初めての経験。
まさに、ラッキー! 
心配していたスーツケースの重量も、21・7キロとセーフ(汗)。
あまり出足が良すぎると、運を使い切ってしまいそうで、ちょっとこわい。

エールフランスのビジネスクラスは20年ぶりだったが、以前と比べて、ファーストクラスにより近くなっている印象。
いまどき、ビジネスクラス、ましてやファーストクラスの本当のユーザーがどれだけいるか。今回のことは、私のように定期的に海外に出るような人へのピーアールもあってのことだろう。
広々した座席は水平まで倒れるし、食事はきちんと白いテーブルクロスを敷いてのフルコース。
それに味もいつもとは段違い。調子にのって少し食べすぎてしまったくらい。

おかげさまで12時間のフライトも短く感じたが、その先が長かった。
乗り継ぎのベルリン行き便が、2時間以上も遅れ、ベルリンのホテルに到着したのは夜10時をゆうにまわっていた。
その後のハプニングは省略する。
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 2010/01/20 05:32  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

おでんパーティ
冬は毎夜のように、とっかえひっかえ「一人鍋」を楽しんでいるが、友人たちと鍋を囲むのはまた別もの。

昨夜は我が家でおでんパーティ。
毎年、冬になると「おでん屋でいっぱい」というのが大好きだが、この冬はまだ行っていない。
さらに家でおでんを作ったのも、久しぶり。
ガスコンロとカセットボンベ、大きな鍋をひっぱり出して、テーブルの真ん中に置いて、テーブルセッティング。

昆布でたっぷりだしをとってから、今回は関東風の濃いめの味付けにした。
定番の大根やゆで卵、厚揚げや各種練り物。そしてじゃがいもや(今回初挑戦の)トマトなど崩れやすいものは別の小型鍋で準備。
そのほか、野菜中心の箸休め数種、茶飯と、いつものことながらササッと作れる簡単なものばかり。
友人たちが持ってきてくれたワインやつまみもので、楽しいおしゃべりが続く。

そして、友人の一人のちょっと早い誕生日のためのサプライズケーキ(苺のショートケーキ)で最後を締めくくった。
 2010/01/17 10:04  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「崩壊」の元をたどると
ハイチで大規模な地震がおきた。阪神・淡路大震災から15年を直前に。

今、日本の社会や人々の心の中でおこっているさまざまな「崩壊」は、考えてみると、阪神・淡路大震災から始まっていたような気がする。
もちろん、この「崩壊」は日本だけでなく、グローバルな動きなのだけれど、我々の実感として、日本における崩壊のスタートはこの地震にあるのではないか。

1995年といえば、日本はバブル経済のピークにあった。
歴史というものは、数年経過して振り返ってから総括するものだが、1995年という年が大きな節目にあったことは、その後のさまざまな検証において、明らかだ。
災害特需のようなものがあって、そのピークは実質少し後にずれこんでいるのだが、いずれにしても1995年はこの国の将来というものを大きく左右する年だった。

その朝のことを、私ははっきり覚えている。
何か用事があったのか、いつもより早起きして、テレビのスイッチをつけた私の眼には、地震直後の神戸の様子が俯瞰で映されているのが飛び込んできた。
何がなんだか分からないが、とにかく大変なことがおきたことを悟った私は、当時親しくしていた大阪在住の友人にすぐ電話したのだった。
友人は地震は感じたが、それほどひろい揺れではなかったのでまだ寝ていたようで、神戸のことをすぐに伝えた。

それから15年。被災した子供は大人になったが、私はいったい何をしていたのだろうか。
ただただ目の前のことを一生懸命やっては来たが、「崩壊」に向かってつき進んできたのかもしれない。
崩壊の軌道に乗っていることも気がつかず、能天気に過ごしてしまったのかもしれない。

あの地震の真っ只中を神戸で体験した別の友人は、その直後、深い闇の中で物音が一つもしない時間が続いたと話していた。
その友人は癌との長い戦いを終えて、昨春、旅立ってしまったが、闘病中、よく言っていた。「なぜ私はこうもいろいろな目にあうのだろう」、と。

ただ、「崩壊」がなくては変わらないことがある、歴史にとって「崩壊」は必要なことであると、最近、自分に言い聞かせている。

 2010/01/14 22:43  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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