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食べ物が人を変える
いろいろな方にお会いできるのは、ライター、ジャーナリストの役得だ。
ことに繊維・ファッション分野以外の、それぞれの道を究めたような専門家にお会いするのが楽しみだ。
今日は東京農大の教授、小泉T氏にお会いした。発酵学の権威で、テレビにもよく登場なさるので、すぐお顔が思い浮かぶ方も少なくないだろう。
当然、掲載媒体があっての仕事だから、さわりだけお伝えしたい。

結局、日本民族の遺伝子を持つ我々には、伝統的な和食が一番合うそうだ。
もともと温厚だったはずの日本人が、欧米人のようにアグレッシブになったり、それ以上にキレたりするのは、明らかに食べ物の影響とか。
根菜、菜っ葉、豆、魚、海草と、日本の伝統的な食材には、ミネラルがたっぷり含まれている。
また、発酵食品は免疫力をつけてくれる。発酵食品がくさらないのは、外敵と戦うため、発酵によって自分の子孫を永遠に増やそうとしているからだそうだ。
それに、何といっても日本酒。脂っこい食事には焼酎の方が合うかもしれないが、伝統的な和食にはやっぱり日本酒だ。美肌効果もある。
うんうん、結構、実践している私。毎日、和食ばっかりだと厭きるけどね。

最後に、どうしても元気が無い時の秘伝を一つ。
ボールに納豆3パック、生卵3つ、とろろ芋のすりおろしたもの、缶詰のナメコ、しょうゆ少々を入れてかき回し、彩りにゆがいたオクラのみじん切りを散らす。これを豆腐の上にかけて食べる。
「ぺろんぺろん、とろんとろんに、ぬらぬら、ねばねばが加わって最高」だそう。
 2008/08/28 23:37  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

久しぶりに山下公園
すっかり秋らしくなった今日、久しぶりに横浜・山下公園へ行った。
渋谷から特急でわずか30分。便利になったものだ。
ぎらぎら太陽が照りつける中で、あの周辺を歩くのは辛いものがあるが、今日はしっとりした曇り空。
ヨーロッパのリゾート都市にでも来ているような気分で、快適だった。
全体的に街がこぎれいになっている。公園周辺に観光用の人力車が出ているのは初めて見た。

目的は、自転車専門店オーナーであるSさんへの取材。昨今の自転車ムーブメントを仕掛けているキーパーソンである。
世界のデザイングッズを扱うYO−KOの加藤さんが主催した飲み会で、先週会ったばかり。
ちょうど自転車を中心とするライフスタイルショップの取材をしていたところなので、いろいろ教えてもらいに伺ったのだ。

詳細はここでは紹介できないが、この市場についてほとんど知識がなかっただけに、想像以上にいろいろな動きがあることに驚いた。
単なる一過性のブームでなく、まさにライフスタイルとして私たちの日常に根付いていく可能性を痛感した。
自転車によって、生活が変わる――今、人々が求めているのは、生活を変えてくれるツールなのだろう。
ウォーキングがすっかり定着した今、次に来ているのは自転車だ。
 2008/08/23 21:34  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

遺伝子は受け継がれる
今日はいい日だった。

私が10年以上前に評伝を書いた某クリエイターについて、A新聞の文化部記者、Kさんから話が聞きたいと、昨日電話があり、早速会ってきたのだ。
もう忘れられた存在かと思っていたが、その遺伝子は脈々と若い世代に受け継がれていたのだ。
これこそライター冥利である。

何の気負いもなく、2時間、思いのたけを話すことができた。
この人になら、私が知っていることは全部伝えたい、そう思える人だった。
こういう万に一つの出会いのために、私は仕事をしているように思う。
 2008/08/21 21:24  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

インタビューの難しさ
北京オリンピックも終盤。
それにしても、種目の多さはものすごい。テレビ放映も、人気の競技を追うばかりで、中国の今や人々の様子を紹介するような余裕は微塵もなさそう。

テレビ放映を見ていて感じるのは、インタビューの難しさ。
メダルをとった選手にも、メダルを逃がしてしまった選手にも、もう少し聞き方というものがあるんじゃないかと思う。
私がやれって言われても、きっとうまく出来ないのは分かっている。
時間をかけて気持ちが和んできたところでじっくりというわけにいかない。勝負の決まった直後に、選手の気持ちを瞬時に引きださねばならないから、本当に難しい。
元スポーツ選手だったキャスターが活躍している理由も、このへんにあるだろう。
種目が違っても、スポーツ選手の苦楽を理解できる人になら、ホンネを打ち明けられるという…。

「どうでしたか?」「どんな気持ちですか?」なんて、ありきたりの質問も間が抜けているが、疑問文ではなく、「・・・でした」と状況を伝えて、無理に感想を聞くのも何だか不自然な感じ。
マスコミ慣れした選手は、メディアを意識した言葉を考えたりもするだろう。
でも、そういうふうに用意した言葉でなく、言葉にならない言葉というものをいかに引き出すことができるか。これはインタビュアーのクオリティにかかっている。

そういえば、開会式のテレビ中継アナウンスも間が抜けていた。
外出先から遅く家にもどり、途中から各国選手の入場行進を見たのだが、まず何の順番で出てくるのかさっぱり分からなかったし、日本選手の入場が早い時間帯に終わっていたことはひと言も説明がなかったから、あの長たらしい行進を最後まで見るはめになってしまった。
あれだけ多くの国が一堂に会す機会はそうないのだから、もう少しそれぞれの国の紹介(選手だけでなく文化の背景など)というものがあってよかったのではないか。

各国首脳の席では、堂々とした貫禄ある体格で、いかにも人のよさそうな、モナコのアルベール2世(グレース王妃の息子)の姿を見逃さない私であった。蛇足ですが。
 2008/08/19 16:00  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

副都心線初乗車
遅ればせながら、初めて副都心線に乗った。
渋谷から新宿3丁目に向かおうとした時、ああそうだ、副都心線に乗ってみようと思ったのだ。
どこに乗り場があるのかよく知らなかったのだが、百貨店に行くには便利と聞いていたので大きな間違いはないだろうと思った。渋谷は半蔵門線そばにホームがあり、新宿は伊勢丹のすぐ近くに到着した。
構内は殺風景で、平日の午後のせいか、乗客もまばら。
結果的にJRで行った方が早く到着したかもしれないが、最新の東京路線状況を把握しておくためには必要な実体験であった。

それにしても東京の路線状況は複雑になった。きちんと把握するどころか、なかなか効率よく使いこなすことができない。
特に大江戸線などを使うと、予想以上に時間がかかってしまったりする。
もっと効率のいい行き方があるのだろうと思っても、ついつい使い慣れた路線に乗ってしまうことも少なくない。

こうなってくると、改めてSUICAは便利だなあと思う。これを持っていれば、大抵の交通手段は何も考えずに乗り降りできる(1万円分がすぐ無くなってしまうが…)。
久しぶりに海外から里帰りしてきた友人が、日本のインフラはすばらしいと絶賛するのも納得だ。
実を言うと、私がSUICAを使い始めたのはかなり遅く、ちょうど2年前(パソコンもケイタイも、周囲にすっかり浸透してから渋々着手した)。
それまでどこかへ行く度にいちいち自動販売機で切符を買っていたなんて、今となっては信じられない。

30年前に亡くなった祖母が、もし生きていたら、今の状況にびっくりすることだろう。
自動販売機で切符を買うこともなかなか慣れずに、悲しそうだった祖母を思い出す。
私も、あと30年経って、東京の交通システムについていくことができるだろうか。
願わくば、老人にとって優しいシステムであって欲しい。

 2008/08/18 20:51  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

行く夏のかけら
なぜか百日紅(さるすべり)のある家にあこがれる。いつか、庭に百日紅のある一軒家に住みたいな、と思う。
春先の沈丁花にしても、真夏の百日紅にしても、中国原産の、木に咲く花が好きな私。



セミが鳴かなくなったと言われるが、そんなことはない。
この間は、早朝から、セミとカラスが鳴き声の掛け合いをしていた。



昨夕は、小田原の花火を眺めながら、東京に戻ってきた。
今夜は玉川で花火大会。東横線車内では浴衣姿の若い人たちを数人見かけた。
子供の時に楽しみだった玉川の花火大会が復活してから、既に久しい。
今では、東京の方々で花火大会が催されるようになっている。


子供の時のような夏休みをとることはなくなったが、少し都心を離れるだけで、遠い夏の思い出に出会える。
 2008/08/16 21:44  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「暑中」から「残暑」へ
まだまだ暑いが、「立秋」を境に、気候が明らかに変化しているのを実感する。
ベッドのある東向きの窓側からは、日中昼寝をしていても涼しい風が入ってくるようになった。
外に出ても、夕方になると風が心地よいし、日が暮れるのが早くなった。

私はこの季節にいつも間違いを起こす。
そろそろお盆休み、もうたまらないという暑さのピークに、気になっていた方に「暑中見舞い」を出す。すると、もう時既に遅し、「立秋」が過ぎていて、本来は「残暑見舞い」としなくてはならないことに後で気づく。
今年もやってしまった。

今年の「立秋」は、8月7日だったらしい。
季節は、日本の24節季の「大暑」から「立秋」へ移ったのだ。今年の暑さもあと少しの我慢。
夏が過ぎるといつも忘れてしまうものだが、日本のこの暑さはどうにかならないものかと思っても、個人個人で工夫するしなかいのだろう
西日のきついベランダ側をどうにかしたいというのは毎年の課題。すだれを設置するか、ゴーヤで緑のカーテンを作りたいと思ったが、ついに今年もしないうちに終わりそうだ。

着るものにしても、夏の装いというものを、もっと機能の面から考えてみたい。
この暑さでも、街では相変わらず、カットソートップスやレギンスの重ね着だらけ(冷え防止にはいいが、見るからに暑苦しい)。
昔のように、涼しげな綿(布帛)のワンピース(実際、これが一番快適)を1枚サラッと着ている姿はまり見られない。
日傘や浴衣に限らず、亜熱帯の国、日本ならではのファッションがあってもいいように思う。
 2008/08/10 15:12  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

舟越桂のスフィンクス
少し気が滅入っているような時も、作り手の全身全霊がこめられたような作品を見ると、勇気付けられる。

ちょうどいい具合に目黒界隈で時間が空いたので、東京都庭園美術館に、『舟越桂・夏の邸宅』を見に行った。
半分位は以前の展覧会で見た、見覚えのあるものだったが、今回の主役となっていたのは新しいスフィンクスのシリーズ。

玄関の左手にひっそりと立つ「戦争をみるスフィンクス」も良かったが、何より圧巻はホール入り口で入場者を待ち構えていた「森に浮くスフィンクス」。
まさに両性具有のたくましいスフィンクスが、3本の枝の上に突き刺さるように乗っかっている。その不思議なアンバランスさは、まさに戦争で傷ついた兵士そのものであった。
別の部屋にあった「戦争をみるスフィンクスU」は、恐ろしい顔をしていた。

長くしっかりした首に、なで肩を通り越したなだらかな肩、そしてふっくらとやや下がり気味の美しい乳房…スフィンクスシリーズの体の美しさにはどれも見とれてしまうが、よく観察すると、オリンピック選手顔負けの筋肉隆々の体つきをしている。
像の後ろに回ると、お尻がこんもりと実に美しい形をしていた。相当鍛えていないと、こういうお尻にはならない。

一番好きだったのは、ポスターにも使われていた「遠い手のスフィンクス」。うっかりすると見過ごしてしまいそうな横手の方の部屋に、一人、鎮座していた。
鉄の金具でつながれた片腕がちょっと痛々しく、ちょん切れた手があらぬ方からその腕に添えられている。
お腹とお尻は、木が削がれていて丸みが無い。
部屋を出る時、鏡に映ったその穏やかな表情をもう一度見てみた。

外に出ると、だいぶ気温が下がり、心地よい夕刻になっている。庭園にはなぜか、くつろぐ人の姿がまったく無かった。

 2008/08/09 23:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

中年、今に生きよ
最近、街を歩いても、欲しいと思う服があまりない。しめしめと思う。
職業柄とはいえ、数十年来、蓄積している服や各服飾雑貨に加え、毎シーズン、新しいものをいろいろ買ってきた。
収納するスペースはないし、それ以上にお金もないから、節約するには絶好の機会だ。
ちょうど今から10数年前もこういう時期があったと記憶している。ファッションの流れが、装飾性重視からベーシックで保守的なベクトルに振れると、私は購買意欲が落ちるたちのようで、今はそのサイクルに来ているようだ。

そうでなくても、40代、いや50代になると、服をあまり買わなくなる人が多いようだ。
ファッションビジネスにかかわる仕事をしていても、皆、守りに入る。
これまでに有り余るほどファッションには消費してきたから、厭きがきたという人もいるだろう。もう違う方にお金を使いたいという気持ちもよく分かる。
ところが、ここに落とし穴がある。本人は工夫して着こなしているつもりでも、古い服は古い服。一目で分かる。
そういう人たちは、なぜか一様に、メイクもヘアスタイルも昔のままというのが多い。
つまり、時間が止まっているのだ。

以前のブログで触れたように、この私も5年前のものは当たり前、10年前、15年前のものだって平気で着る。シーズンごとに使い捨てという感覚が全く無い。
本当のファッション好きなら理解してもらえると思うけど、基本的に古いもの好き。愛着のあるものはどんなに古いものでも捨てられない、捨てたくないのだ。
ただ、ここに鉄則がある。古い服(自分のタンスの中で肥やしになっている古着、また古着屋さんで買ったものの両方とも)というのは、必ず新しいものと組み合わせて着ること。それを最初に買った時とは違う着こなしをする、今の気分に合わせることが大切なのだ。

私は決してファッションの浪費に賛同しているわけではない。単なる「流行」に追随しているような人は好きになれない。
ただ、新しいものを消費することに罪悪感を覚える今の時代だからこそ、ファッションはそんなに悪者ではないよと言いたい。
ファッションというのは生きるエネルギーそのものであり、その時代のファッションを自分らしく(ここがポイント)取り入れることはその時代を生きるということであると思う。
 2008/08/05 22:09  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「瞑想」を学ぶ B実習篇
今日は、約束の日。Mさんのところに、瞑想を習いに行った。
若い時に瞑想と出会って20年、人生のコアに瞑想があるというMさん。呼吸の重要性についての医学的な話を皮切りに、フロイトやユングの心理学と、豊富な引き出しの中からほとばしるように話が出てくる。

上層の意識、無意識、そして無意識の外にあって共通の仲間ともつながっている部分、さらにそのもっともっと深いところにある、「光」(魂の帰る家)に到達するプロセスが瞑想だという。それは自我のない状態で、禅的にいうと「無」とも言えるかもしれない。
「意識」は時にはやっかいだが、これを味方につけると、自分の魂が行きたいところに連れていってくれるという。

理論的な講習の後、座る場所や座り方などを確認して、実際に瞑想を体験してみた。
途中で何度か、睡眠に近い状態になって、コックリ。それでも20分はあまり長く感じなかった。
「皆、瞑想がうまくできないと言うけれど、本当はいい瞑想ができているのよ」と、Mさん。
心の平安を得たというまではいかないが、すっきりしたことは確か。その証拠に、表情が明るくなり、顔の造作が前と後では変わったらしい。

瞑想の準備体操とも言えるものがヨガで、ヨガの目的は瞑想であるという。
これだけヨガ人口が増えているのに、瞑想に関する指南書がほとんどない。アメリカで販売されているような体感型の音楽CDもない。瞑想のことをもっと知りたいと思っている人は少なくないはずだ。
 2008/08/03 23:59  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「瞑想」を学ぶ A英語篇
準備篇の続篇を。
瞑想とは、内なる自己、内なる神との一体化が目的である――昨日、こう書いたが、その話をニュージーランド人のB(英語の先生)にしてみた。
彼女とはスピリチュアルな話もよくする。

すると、その場合の「神」は、「God」というより、「Being」という言い方の方が自然だという。
「being」とは通常、「存在、実存」あるいは「(有形、無形の)存在物」といった意味だが、最初の「b」を大文字にすると、「神」という意味なのだという。

これは私にとって、「目からウロコ」であった。
確かに「God」は宗教的なイメージが強いのに対して、「Being」というともっと普遍的。
英語によって、「瞑想」に対する理解がまた少し深まった。

ちなみに、「目からウロコ」は英語で…
The scales dropped from my eyes.
 2008/08/02 22:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

結婚相談所活況?
最近、周りの女性で、結婚相談所に入会したり、入会を考えたりしている人が増えていることを知った。
いずれも40代半ばから後半。それぞれに仕事だってバリバリできるし、容姿も人柄も申し分ない(周りの男はホントに見る目がない?)。50歳という大台を目の前に、皆、将来のゆくえを考えてしまう年頃なのだろう。

しかも、一人は、そこで出会った人と結婚してしまった。最初に大枚をはたき、やっと3年がかりでこの人ならという男性と出会ったらしい。
お相手は、建築会社の現場監督。ファッションビジネスの中でずっと仕事をしてきた彼女が、仕事の行動範囲の中では絶対に出会えない分野の人だ。

これは男性もそうだと思うが、結婚歴のある人(つまりバツイチ)の方が、結婚願望が強い。
結婚願望がまったくないわけではないけれど、結婚もお見合いも一度もしたことのない私にとっては、「え、そこまでして?」とつい思ってしまう。

彼女たちが「結婚」に求めるのは、どうやら「家族」のようだ。
つまり、後半人生を共にする伴侶。それもずっと家にいてくれて、日常を過ごす人が欲しいのだという。
かつて失敗?した結婚生活を、今だったらいいかたちでやり直すことができるという気持ちもあるのだろう。
結婚した途端に、介護というふうにもなりかねないが…。

その人自身よりも、学歴とか職歴とか身長とか、その人の情報やデータが最初の判断材料になることに、生理的な抵抗感がある。特技に「料理」なんて書いて申請するなんて、ごめんだ。
と、青臭いことを言ったら、「あなたは切実じゃないのよ」と言われてしまった。
 2008/08/02 14:26  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「瞑想」を学ぶ @準備篇
ヨガをするようになって、瞑想に興味を持つようになった。
「瞑想」とは何ぞや。どうしたらうまく瞑想の世界に入れるのだろう。
もっと瞑想のことを知りたいと思って、今度、Mさんに手ほどきを受けることにした。

その準備として1冊の本を渡された。
スワミ・ムクタナンダという人が書いた『メディテイト(瞑想)』。瞑想の入門書ともいえるものだが、もう20年以上前の本で絶版になっている。
「瞑想」について、実に分かりやすく書いてある。私の気持ちにスーッと入ってくる内容だ。

瞑想の目的とは、「人と神との一体化」。
内なる自己、内なる神との一体化、このプロセスが瞑想だという。
「神」といっても、特定の宗教を指しているわけではない。あらゆる宗教、宗派の違いを超える普遍的なものだ。
それは、「マインド」(頭に去来する雑念も含めた意識といったらいいか)、「マントラ」(ひとつの言葉、音)、「アーサナ」(体の姿勢)、そして「プラーナヤーマ」(呼吸)の4つの車輪からなるという。

偶然にも、私は前回のブログで、次にように書いた。
「美しいもの、おいしいもの、素敵な人たちに囲まれている、幸せな私」
まさに人というのは、「幸福」を求めて生きている。服を買うのだって、それによって得られる目に見えない幸福感が欲しいからなのだ。
人はその幸福をたいがい外に求めてしまうけれど、本当の幸福は自分の中にあって、その至福を体験するのが「瞑想」なのだという。

ああ、ますます楽しみになってきた。
 2008/08/01 10:18  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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