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昨日、ある外資系SPAのショップ内をふらふらしていると、ネックレスのガラス玉(プラスティック?アクリル樹脂?)が床にはじける音がして、私の足元にもいくつかその透明な玉が転がってきた。 目に付いたものだけでも、玉を拾って、その落とし主にわたすと、こういう答えが返ってきた。 「大丈夫。お店の人にもう言ってありますから」 「?」 そうじゃなくて。お客さんがガラス玉に足をとられて転んだりしたら危ないでしょ。 拾ってあげたことに恩を着せるつもりはないけれど、何かひと言足りないんじゃない? こういうストレスフルなコミュニケーションギャップは日常茶飯事。 特に、ライター稼業をやっていると、広報の人たちの勘違いに腹立つことは少なくない(マスコミの「勘違い」も激しいが)。 最近は、とにかく「校正はいつあがりますか?」と、原稿(もちろん広告でなくて編集原稿)を事前にチェックすることが当たり前のような態度を見せる。 取材する側にとってこのセリフは、「あなたのことは信用していませんよ」と言われるのに等しい。 いつからこうなったのだろうか。90年代末から、特に外資系ブランド企業が元気になって、ブランド管理の名のもとにマスコミとの癒着が当たり前になってから、こういう慣習ができたように思う。 10歩ゆずって、企業広報の立場もあるから、そう言わざるを得ない状況も理解できる。大切なのは、その必要性を伝える言い方、コミュニケーションのとり方だ。 取材というものは、人間同士のコミュニケーションがベースになっていると思うが、聞き手である取材者の人間性を無視したような話し方が増えていることを、最近感じる。 取材アポの段階で、「その媒体に出すメリットがないから」という断られる方がまだ分かりやすくていい(かなり呆れるが)。 まあまあ、相手がまだ若いんだから、中年ライターとしては、その変は多めに見てもいいんじゃないというかもしれない。 いや、これは年齢の問題ではない。断じてゼネレーションギャップではない。コミュニケーションギャップと、私は言いたい。 つまり人と人とのコミュニケーションに興味のない人が増えているのだ。 |




