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名前が覚えられない
今さらこういうのも変だが、頭のいい人は固有名詞がすらすら出てくる、ということに最近気がついた。
会話の中で、外国の長い人名(しかもそう有名ではない人を)をフルネームで何人も言う人を見て、自分に欠落している(面倒でパスしている)ことを思い知った。
知能と暗記というのはやはり密接につながっている。

というのは、加齢も手伝って、ますます人の名前が出てこなくなったのだ。
テレビに出ている何とかさんといったレベルではなく、ごく近しい仕事仲間の名前も出てこなかったり、間違えたりする。
完全に父親に似てしまった私である(父のそのボケぶりは老人になる前から。いつも家族でげらげら笑うほど、しまいにはあきれて誰も直さないほどであった)。

考えてみると、固有名詞がなかなか覚えられないのは、今に始まったことではない。
ヴァイオリンを習っていた子供時代。今もそうだが、特にクラシックの曲名が覚えられない。「何調」などとついていたりすると完全にお手上げ。
聞き取りや暗記(日本語でも英語でも)というのも昔から苦手。学芸会のセリフ覚えとか体操の振り付けといったこともダメな方だった。
振り付けを覚えるのが億劫で疲れるから、スポーツクラブのプログラムでもダンス系のクラスはとらない。

認知症のテストなどしたら(まだ試したことはないが)、かなり悪い点数になるような気がする。
人並みに九九は覚えたが(当たり前か)、フランス語の文法は挫折の連続。
ボケ防止のためにも、何かを暗記することを始めようか。


初秋の気分に浸りたくなって、久しぶりに床の間に花を生けてみた。
 2017/09/25 20:37  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

熱中症にかかった
空梅雨のせいもあってか、ここのところの高温高湿にぐったり。
小田原や湘南はまだしも、都心に出ると、その蒸し暑さは半端ではない。
一昨日から軽い熱中症になってしまったようだ。
当初、下痢や胃痛がひどかったので、食あたりに違いないと思っていたが、どうもそうではないようだ。

身体が熱い。
眠れない。
それほどひどくはないけれど、頭痛がする。
トイレに行ってもあまり尿が出ない。
気をつけてはいるけれど、あまり喉も乾かない。

仕事場で同僚に症状を訴えていたら、「それは熱中症に違いない」と指摘された。
特に、尿が出ないのはその可能性が大だという。
私自身もその病名が何か腑に落ちた。
一番心配していたのは「帯状疱疹」なのだが、どうもそうではないようなのでホッとした(体の神経はちょっと痛むのだが、まだ発疹はない)。

熱中症といえば、夏場の海外で陽射しの強い所を歩いて何度か経験済みなのだが、今回は陽射しの強い外を歩いていたわけではない。
ただ、都会の熱気で体が蒸されながらも、いちいち脱いだり着たりが面倒なので、上着を着たまま我慢していて、頭がボーっとなっていた。
そういえば、老人が熱中症にかかって救急車で運ばれるのは、戸外ではなく室内が多いといわれている。

さらに思い出したのは、父のこと。
冷え性体質で冷房に弱いので、冷房を嫌い、寒い寒いといいながら真夏でも冬の上着を着たがった(認知症が進んでいたせいもあるが)。
私は父に体質が酷似しているのだった。

以前と違って、夏になっても素足が苦手になり、着るものもたいてい長袖になった。一昨日はパンツの下にストッキングを重ねてはいていた。
長時間の移動の車中、体が冷えてしまうことを恐れてしまうからだ(少しでも冷えると私は途端に具合が悪くなる)。

矛盾する冷え対策と熱中症対策。
これからどうやって夏を乗り越えよう。
今年は昨年までとは大きく加齢のステージが上がってしまったように思う。
とりあえずは4日後からの出張が無事でありますように。


 2017/07/02 21:35  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

残酷な情報格差の時代
PCにスマホ、さらにブログやSNS、LINEなど、インターネットをどう使いこなしているかは人それぞれで個人の自由だが、日常使いこなしている人とほとんど使っていない人とではかなりの情報格差が開いていることはいうまでもない。
依存症になる位だったら、無縁の状態の方が心安らかにいられるだろうが、この時代に仕事をしている以上は、まったく使わないというわけにもいかない。
少なくともそれらに恩恵を被っている度合いの方が高いからだ。

私は家にあるDELLデスクトップPC、iPhone(アップル)、海外出張時のsurface(マイクロソフト)と3種類を使い分けている。私などはそれらの機能のごく一部しか使っていないが、何か新しい機能を使おうと思うと壁にぶち当たる。最近、気になっていた不都合や疑問点を解決しようと、最近、電話でサポートをしてもらったのだが、何しろ電話がつながるまでに時間がかかるし、無料で教えてくれると思ったら有償といわれるし、ストレスいっぱい。
貧乏なシニアにとっては大変な時代になった。プロのサポートなしにはなかなか解決できないことがおこるが、それぞれに有料の契約を結んだとしたら年間相当の額になる。情報や知識にうといシニアはきっと無駄なことばかりするはめになるのだろう。

私が子供の頃、駅で切符を買うのに、それまでは窓口で駅員さんに対面で1枚1枚買っていたものが、徐々に自動販売機が入り始めていた。
それがうまく使えない祖母に向かって、私は冷たい言葉を発したらしい。これは数年前に母に聞いた。
なんと残酷なことか。これが数十年先で自分に巡ってくるとは、想像もしなかったはず。老いるというのは哀しいことだ。

時代は今や「インターネットの次」に向かっている。
この変化にいつまでついていけるのか不安なものがあるが、とにかく自分が対応できなくなるその時まで息切らしてついていかなくてはならないと思っている。

 2016/10/20 22:25  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

エンディングドレス
一昨日の朝日新聞朝刊に、「エンディングドレス」に関する記事が2つも載っていた。亡くなった人が最期に着る服、従来でいう「死に装束」のことで、この潜在需要は大きいだろうと思っている。

昨年11月に父を送ってから9カ月、先日の8月末、母を送ったばかりの私としては、非常にリアルな体験としてコメントできる。

母は葬儀のことをだいぶ前から意識し、葬儀で歌う讃美歌やその順番も自分で決め、まさに自分自身で自分の最期をデザインしていた。
その中で、最期にお棺の中で着る服や化粧も気にしていたのであった。
何年も前から用意していたフリルやレースのついた白いシルクのパジャマが何と黄ばんでいてしまっていたので、私は懇意にしているインナーウエアメーカーさんに相談し、白いシルクのパジャマを用意していた。
それはシンプルなシャツパジャマであったが(今は昔と違って、シルクのナイトウエアの選択肢が本当に少なくなった)、両親の結婚式に写っていた母のウエディングドレスとも重なるものがあって、よく似合った。

もう母が一両日中にもあぶないという時に、家に用意しておいたシルクの白いパジャマを、私は病室のロッカーにしのばせておいたのだ。
父の時は、父が気にいっていたセーターとシャツを用意はしていたのだが、病院には持っていっていなかったので(とっさにはなかなかそこまで考えられない)、、直後に着せることができなかった。つまり死体というのは時間が経つと硬直してしまうので、そのまま胸にかけるかたちでお棺に入れた。その時の学習が活きたのである。

ちなみに顔の化粧については、病院の看護婦さんが施してくださった薄化粧の上に、自宅にもどったその日の夜、妹が化粧をしてくれた。
都心とは違って、メーキャップアーディストのプロという選択肢がなかったからだが、結果的に良かったと思う。
葬儀の際、お棺に入った母は、皆に見られて恥ずかしそうな表情をしていた。

人の死というのは、その誕生とは異なり、予期できないし、また予定通りにはいかないもの。だが、少なくとも、着るものに興味があった人を送る時は、最期に身に着ける服を大切にしたいと思う。

 2015/09/11 11:18  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ベッドの母が瞼の下に見えるもの
母が入院してからまる2か月が経った。入院そのものは、同じ病院でこの3年で確か7回目だから特別なことではないが、今回は今までとは違う。
通常に比べるとゆっくりかもしれないが、できないことが日に日に増えている。
ベッドから起き上がれなくなったのは1か月前位だろうか、先週はベッドの中で体を動かすことができなくなり(体中が痛む)、今日はいつも枕元に置いてある携帯電話をとることができなくなった。
それでも意識ははっきりとしていて、頭はクリア。薬の投与はまだないので、薬の副作用ではない。
目を閉じている方が楽らしく、私がそばにいても静かに目を閉じているようになった。

先週位からおもしろいことを言うようになった。
目を閉じているとカラフルなものがいろいろ現れ、目を開けた途端に全部消えるらしい。
最初は「色とりどりの着物を着た子供たちが隊列を組んで歩いている」(次の瞬間は大人に変わっている)などと言っていた。
今日は比較的長い時間、そばにいたので、何が現れているかを私に報告してくれた。

深い緑色のシートのところどころに刺しゅう。
ビニールの傘のようなものに、濃い白と薄い白の模様。
黄色と緑色の縞の生地。
地味な色の着物に同じ色の刺しゅう。
冬のマントを来た男の人。半ズボンをはいた男の子。
庭石が敷き詰められているところどころに花。


こんなふうに、いろいろな映像があらわれてはすぐ消え、また別の映像があらわれるのだそうだ。
過去の記憶の走馬灯にようなものではまったくなく、初めてみるものばかりで、知っている人も出てこないという。
色だけでなく、柄も明確に見え、素材感の違いも感じられるようだ。まるでテキスタイルの見本帳か映画の一コマのようだ。

 2015/08/15 16:40  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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