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母から2日続けてハガキが来た。いつものように細かい字でぎっしり、宛名側の下にも続いている。 その日の天候から始まり、その日何をしていたか、そして私の健康を案ずる言葉で終わるのはいつものスタイルだが、この2日はどちらも、天才ピアニスト、グレン・グールドのことが書いてある。 私は見なかったが、今週の午前中、4日連続で、グールドを紹介する番組がNHKで放映されたようだ。 以前から筆まめな母だが、いくらなんでも2日続けてというのは珍しい。相当、グールドの存在が強烈に映ったらしい。 第一信の方では、グールドがコンサート活動を止めて、レコード録音によって自由を得たこと。エキセントリックな部分とロマンチックな部分を持っていること。ロマンチックとはないものに対するあこがれ、在るものに対しての批判。狂気じみた人とも見られるが、勇気のある誠実な人。本人はあくまで自分のめざす自由に向かって、人に何と言われようとも変わった行動を続けたのでしょうが、幸せで安らかにこの世を去ったのでしょうか、とある。 次の日の番組で、50歳を迎えて間もなく他界したことが分かったようで、今日の二信目にはそのことが書いてあった。 人生の総決算として、バッハのゴールドベルグ変奏曲を、若い時と全く違う旋律で完成させたこと。理想の生き方を求め、自分と向き合うことに徹した人で、夏目漱石の『草枕』を愛読していたこと。生涯独身で、1982年に逝ったことが書いてある。 早速、実家の母に電話。今度帰省する時に、私の手元にあるグールドのCD(たまたま1956年録音と1981年録音の両方を持っていた)を持っていくことを約束した。 話は変わるが、私は親元を離れて、もう26年が経つ。親と一緒に暮らしていた時間よりもずっと長くなってしまった。母の手紙も26年分あることになる。 整理術のエキスパートである某女史は、手紙や写真は、本当に大切なものや好きなものを数点だけとっておいて、あとは捨てなさいというのが持論のようだが、私はとてもそういうふうに思い切れない。 仕事関係のDMだって、その人の顔をもう忘れてしまったものでも、そこに私に対する手書きのひと言があれば、取っておくのが私の流儀。後で読み返すことはあまりないかもしれないが、私のことを思って書いてくれた手紙を、私はやっぱり捨てられないのだ。 |




沢山の人の思いがレコーディングされた紙が
重なり合って 時間とともに純化されて
やさしい波動を永遠に出し続けてるのかも。。。。。