早や冷房の季節到来
ここ数日の低温で、体調を崩した人が少なくないようだ。私も、仕事の極度なストレスと冷えが重なって、肩から背中にかけて鉄板のように固まっていた。
最近、私の体調は天候が敏感に反映されるようになり、低気圧が来る前などは辛くて仕方ない。

今日になって晴天となり、ようやく平年並みの気温にもどってホッとしたのもつかの間、別の悩みが待ち構えていた。
気温はまだ22℃程度だというのに、電車などにはもう必要以上の冷房が入っている!
世の中にはあれほど「CO2削減」が飛び交っているのに、なぜ過剰冷房はあまり減らないんだろうか。夏になれば男性が軽装になるが、今はその前だから、余計に温度が下げられてしまうのだろう。昨日まで、暖房を入れていたところもある位なのに…。

私は冷房が大の苦手。40代以降、より敏感になった。
レストランでも、人のオフィスでも、スポーツジムのスタジオでも、「寒い、寒い」を連呼して、温度を上げていただくという勝手な人間だ。
ある時は、無人のゆりかもめの車内から、防災センターに電話して訴えたこともある。
朝のラッシュ時とガラガラの時間帯で、温度設定を変えていないということはザラのよう。こういうことはきちんと伝えないといけない。冷房の寒さを我慢することほど、もったいないことはない。
寒がりというだけでなく、体の健康のためにも、肌を良い状態に保つためにも、そしてもちろん電力の節約や環境のためにも、自宅では年間通してなるべくエアコンをつけない生活をしたいと考えている。

冷房が苦手な私は、東南アジアの都会には住めないなとつくづく思う。
香港もシンガポールも、冷房がきつくて、外との温度差、湿度さがあまりにも大きいので、体調を壊してしまう。

私にとっての快適で幸せな生活のイメージ――それは、ぽかぽかした外でくつろいでいる雰囲気(強い日差しはこれまた苦手なので、あくまで適度な太陽に、植物や土の香り)。エアコンをがんがんつけている室内とは対極にある。




 2008/05/15 21:27  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


手芸熱、冷めやらぬ
年に1度、東京ビッグサイトで開催される手芸の見本市、「日本ホビーショー」に久しぶりに行ってみた。
会場のお客さんの中心となるのは、通常の見本市のような業者ではなく、入場料1000円を払って入場する一般客。当然のことながら、女性でいっぱい。

手芸と一口でいってもその種類は幅広く、その時々で人気の手芸は刻々と変化している。
今年の一番の旬となっていたのは、スクラップブッキング。何のことはない、デジカメや携帯で写真を撮ることはすっかり定着したから、その思い出の写真に多様な飾りを施して、インテリアの装飾用にというわけ。
自分史の執筆とか、うちの父親が作っているワケの分からないスクラップとも、根は同じ。記録しておきたい、思い出を残したいという人々の欲求は永遠なのだ。
昔からクリエイティブな人はそれぞれ独自に楽しんでいたことも、ブームになると、カリスマ講師のもと、皆、お勉強のように習い始める。
家にあるものを利用するならまだしも、スクラップブッキング用にいろいろな材料が開発されている。こんなに世の中がエコ、エコとなっているのに、またたくさんのゴミが出る! 
もともと手先を動かすことの好きな私。何か作りたいといつも思っているが、これ以上、いらないゴミは出したくない。

古今東西、編み物、縫い物などは、女性の嗜みであると同時に、繰り返し作業が女性に必要な根気を育てると同時に、女性にとっては一つの現実逃避であり、無心で手を動かすことによって、日常の苦しみや悲しみを和らげてくれるものであった。
でも今や、手芸は女子供だけのものと思ったら大間違い。一般公募による「ホビー大賞グランプリ」は、何と64歳の男性の編み物の作品。編み物歴はまだ2年強だという。
男性がもっとどんどん参加したら、いい方向に変化していくに違いない。

それにしても、手芸関係の本はあんなにおしゃれになっているのに、日本のホビー業界は相変わらずチマチマした安物店の売場みたい(失礼!)。アメリカやヨーロッパとの一番の違いは、色がくすんで汚いことだ。
本来はファッションに近いはずなのに、手芸はファッションと一番遠く感じる。
昨今の手芸ブームをもっとおしゃれにするために、ファッション業界は何かできないだろうか。

今回の「ホビー産業大賞」(経済産業大臣賞)に靴下メーカー、岡本の「手あみ靴下コンテスト」が輝いていたが、こういうふうに産業界からも、人々の手作り熱を刺激する仕掛けをどんどん提案していただきたい。
でも、「手作り」と「産業」の折り合いをつけるのは難しい。産業になると、ちっともおしゃれじゃなくなるから。
 2008/05/09 21:34  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


和洋融合の魅力
連休最終日、きれいに晴れ渡った。
ゆったりした時間の流れの中で、思い立って美術展や個展のはしご。
最後は、東京都庭園美術館でやっている「世界に誇る和製テーブルウエア・オールドノリタケと懐かしの洋食器」へ。

「オールドノリタケ」という呼び方をするようになったのは、90年代以降。バブル期のお宝ブームで、輸出用に作られていたノリタケの古い時代のものが注目され、コレクターが増えてからのことのようだ。
今回はノリタケ(日本陶器)だけではなく、香蘭社をはじめ、明治から昭和初期までの各地の主要な洋食器メーカーのものが一緒に出展されていた。
高級磁器として名高い大倉陶器のものも数点。白にエンジの縁取りを施したデザインは、色彩豊かなコレクションの中ではシンプルでありながら、その絶妙な配色やフォルムが美しく、印象に残った。

当初は、欧米の下請け的な役割を果たしていたのだろう。
だが、単に西洋の物まねでなく、日本古来の伝統や技術、感性もそこに盛り込みながら、後世に価値あるものとして受け継がれていく様子は、テキスタイルデザインにも共通するものがある。
特に大正時代から昭和初期にかけての、アール・デコ調のモダンな色柄などは、同時代の着物の柄とも酷似している。
昔から「和洋折衷」(和洋融合)というか、異文化がミックスしたものに惹かれる私は、国や時代をはるかに超えた品々を見ると、本当に豊かな気持ちになれる。
正統派の豪華な花柄や風景画よりも、幾何学柄や更紗模様、ちょっとアラブ風の金使いが、個人的には好み。

テーブルウエアもファッションも、その時代性やライフスタイルをあらわすという意味では、大きな違いはない。
ファッションビジネス関係者にもぜひお勧めです。6月15日まで。

 2008/05/06 20:40  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


お裾分けはうれしい
一般の家庭よりは少ないだろうが、私も時々、食べ物のいただきものをする。
各種お菓子をはじめ、各地の名産品、自宅菜園で採れた野菜…。パン屋さんに取材した際、焼きたてのおいしいパンを山ほどいただいた時もある。
一人ではとても食べきれない、というより一人で楽しむにはもったいないと思うので、ほんの少しでも「これお裾分けだけど…」と、ちょうど会う約束をしていた友人に軽く渡す(家族分はないことが多いので、一人暮らしかせいぜい二人暮らしの人が最適)。
すぐ食べた方がいいものについては、日頃お世話になっているマンションの管理人さんに差し上げる(この管理人さんのすばらしさについては、また項を改めていつか触れたいと思う)。
「お裾分け」は、別名「お福分け」とも言うようで、うれしい気持ちをシェアする気持ちがこもっている。何よりもらう側にも負担がないのがいい。

この連休、ちょうど両親の家に帰省中に、九州の親戚から大きなスイカが届いた。
わぁ〜、こんな大きなスイカがまるごと1個、家にあるなんて、何年ぶりだろう。子供の時以来かもしれない。
なぜか最近は、あまりスイカを食べなくなった。
果物の中でもスイカは、味そのものはどうっていうことはないが、妙に日本の夏の郷愁を感じさせる。
久しぶりでうれしいけれど、とても2人や3人では食べられない。
冷やしておくにも、冷蔵庫を整理してどうにか半分は入るが、1個分はとうてい無理。
そこで、同じ集合住宅に住む近所の人に、お裾分けしようということになった。

半分に切ったものをまた半分にして、1つは向かい側に最近越してきた若いご夫婦の家へ(数週間前にクッキーを持ってお引越しの挨拶に見えたらしい)、もう1つは上のフロアに住む一人暮らしの高齢のご婦人(同年代の母が時々話を交わすらしい)のところへ。
それぞれ在宅を確認してから、切り立てのスイカにラップをかけて渡しに行く。
両方とも喜んでいただいたようで、母も良かった、良かったと満足げ。
あと半分は、少しずつ家でいただくことにする。

立派なスイカをぜひ写真に撮っておこうと思ったのに、すっかり忘れて切り分けてしまった。写真はありませんが、想像して楽しんでみてください。
 2008/05/05 16:21  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


サロンのストレス
美容院、ネイルサロン、ヘッドスパ、アロママッサージ…。私は、ボディケアにまつわるあらゆる種類のサロンが好き。それぞれに理由はあるが、いうなれば一種の快楽消費。「罪の意識を感じるから行けない」という友人もいる。かなりの贅沢なことかもしれないが、時間と経済がゆるせば、私はもっと頻繁に通いたい(上野千鶴子的に言うと、こういうふうに体を触られるのは「介護」される時の予行練習)。

でも、本当に満足できるサロンというのは、そうあるものでない。ポイントカードがあるから、家の近くだからと、惰性で行ってしまっているのが現情だ。
海外に比べると日本のサロンはレベルが平均化しているとは思うが、それでも本当に一級のサービスを受けようと思うと、お金を惜しんでいてはだめだろう。いやそれ以上に、自分に合ったところを見つけるまでにかなりの労力を要す。
サロンでの満足というのは、店というより、担当してくれる個人の技術やセンスにかかっているのだが、その人が良くても、アシスタントがおバカだったりでイライラさせられたりする。また、せっかくいい人に出会って指名していても、いつのまにかその人が店を辞めてしまったりで、また一から出直しとなる。ふ〜っ。

今日は、一気に夏らしくなったところで、連休を前に(別にリゾートに行くわけではないが)、フットケア(ペディキュアから角質除去まで)とまつげパーマに行ってきた。
この両方を同時に3人がかりでやってくれたのだが、それでも合計2時間強。結構な時間である。ベッドに横たわってうつらうつら休んでいたものの、途中、スタッフの人たちの言動の無神経さが気に障り、落ち着かない。
丁寧であってもどこかずれた対応というものほど、神経を逆撫でするものはない。
もう乾いているから大丈夫ですよという言葉を疑わず、そのまま靴をはいて家に帰ると、何とペディキュアがよれてしまっているではないか。
これは伝えなきゃと早速(冷静に)電話するが、「やり直しにいらっしゃる時間はありませんか?」という返答。
そういうことじゃないんだよね。また2時間もかけてやり直す元気はどこにもない。
慎重さが足りなかった自分も悪いから、相手ばかりを責められない。でも、こういう時は、あの時間を返してといいたいほどの虚しさを感じるものだ。

サロンに行くのは、ストレス解消も大きな目的であるのに、こうしてストレスいっぱいで終わることも少なくないのだ。
サービス業に従事する人は、その専門技術はもちろんのこと、それ以上に相手(お客)の気持ちを思いやる想像力というものがいかに大事か。
特にお客の体に直接触れるサロン業務は、この辺の差が出てしまう。
ただ、そういう人間性は、教育されたからといって習得できるものではないだろう。
 2008/05/01 22:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


フリーマーケット大好き
出身校関係のフリーマーケットに参加することになって、週末に家の中を整理した。これでもかというくらい押入れの中に詰まっている、古い衣服を点検。売れそうなものを引っ張り出した。
以前もブログで触れたように、私は気に入って手に入れたものをなかなか手放すことができない。10年以上も前のTシャツであっても、愛着があるものはとっておく。「物が捨てられない」というよりも、「物を捨てたくない」(物を大切にする)人間なのだ。
とはいっても、もう自分ではこれから着そうもないものは、思い切って処分することにした。特に、古めかしいシルエットのパンツや、自分で編んだ手編みの夏セーターなどのかさばるものは、「燃えるゴミ」のトラックの中に消えた。

フリーマーケットといえば、いつもは出展するより、買いに行く側。特に、海外に行って、フリーマーケット(蚤の市)が開かれていると必ず立ち寄る。日本的な「フリマ」ではなく、骨董や古道具が中心の市だ。パリではヴァンブによく行ったし、それ以上に私は田舎町の蚤の市が好き。古いものにはその土地の文化が反映されているから、いろいろな発見があるのだ。生きている間に二度と来ないかもしれない土地での、まさに一期一会の出会い。
ガラクタの中からいいもの(あくまで自分にとっての)を見つけるのは至福の時である。

このゴールデンウィークを利用して、いつもとは違うイベントを企画ということで、フリーマーケットを開く店も少なくないだろう。
田園調布にあるテーブルウエアの店、「IN MY BASKET」でも、年に一度、スタイリストや料理研究家などお友達関係の埋蔵品を放出するフリーマーケットを開催する。
気持ちよく晴れ渡った昨日の祝日。仕事の区切りをつけたら、もう夕方になっていたが、寄ってみることにした。
久しぶりに田園調布駅を降り、静かな並木道を5分強歩くと到着。オーナーの宮下さん(料理スタイリスト)が抜群のセンスだけあって、フリマで集まってくるものもかわいいものばかり。ほとんど終盤の時間でも、ちゃんと私を待っていてくれる(?)ものがあった。お皿やマグカップ、フォークなど、いくつかを手に入れて、満足、満足。

それにしても、古いものを処分するかたわら、またこんなふうに新しいものを物色しに行くから、なかなか家の中の持ちものは減らないようになっている。

5月2〜6日はhow to liveの「Flower展」を開催
http://www.inmybasket.net

 2008/04/30 12:06  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(1)


購買を決定するツボ
昨夜、赤坂サカスに初めて行った。
その中にあるスペインレストランで、友人たちと食事をしたのだ。新しい商業施設の話題のレストランをはしごするオバサンたちほどではないが、どうせ集まるなら新しいところを体験してみようというのが、働く女性たちの間ではある。
約束の時間まで余裕があったので、赤坂見附駅から歩いてみた。普段、赤坂という街にはあまり来ないが、これでもかという程、飲食店がたくさんあるエリアであることを改めて感じる。

赤坂サカスには物販店は数少ない。その中の「F.O.B COOP」を物色していて、おもしろいものを見つけた。
台所で洗い物をする時のグローブだ。しっかりしたゴム(ラテックス)で出来ていてギリシャ製。袖口のところを折ると、水が中に入らないようになっている。
世の中には、手袋をはめて家事をすることを冷たく見る風潮が無きにしも非ずだが、手荒れを少しでも防ぐためには必須アイテムだ。

購入するにいたった理由は(そんなに大げさなものでもないが)、まず、普段から気になっていたことを解消してくれる機能性があったこと。ゴム手袋は袖口から水が入りやすく、中は乾きにくいので、カビが生えて臭くなったりだめになったりする。
そして、手がタテに大きい私にもぴったり合ったこと(通常の日本サイズは横広)。
しかも、色がいい。パッケージもかわいい。
そして、大切なポイントは、実際の使い心地が分からなくても、735円なら(そこら辺のドラッグストアの2〜3倍の価格ではあるが)諦められる。
私は、ゴム手袋にフリルや柄は必要としない。

ここには、ファッションアイテムにも通じる、今の消費者ニーズのツボのようなものがある。
@パッケージや色でアイキャッチ
A悩み解消の機能性
B自分に合うサイズ
C納得できる価格、手ごろな価格

以上の順番を経て、実際に購買に至る。
変に奇をてらったものはいらない。実用品や消耗品だからこそ、基本にのっとっていて、しかも美しいものが求められているのだ。
 2008/04/26 10:26  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


たらい回しにクタクタ
昨日からインターネットの調子が悪い。通常、光通信をワイヤレスで使っているのだが、つながったかと思うと、またつながらなくなる、を繰り返しているのだ。

今日は朝から、プロバイダーであるOCN、パソコンメーカー、NTT東日本と、順番に問い合わせを行い(最近は以前に比べると電話がつながりやすくなったが、それでも担当者につながるまでが大変)、指示されるままに確認して問題ないので、あとはルーターだけということになったのだが、なかなか解決法が得られず、結局、修理に来てもらうことになった。
このたらいまわし状態に、もうクタクタだ。
さっきの問い合わせ中は点灯していたルーターのPPPが、また消えている。

加えて、PCに別の問題がある。
私は2年近く前に、軽量で丈夫をうたい文句にした国産のノート型PCを買って、使っている。
「顧客満足度1位」と言われるように非常に優秀で使い勝手がいいのだが、軽量仕様のためか1年経った頃からキーボードが数箇所とれかかっていて、セロテープで止めている状態。加えて、USBの接続も悪い。
修理したいと思って問い合わせしたが、この種の修理には金額もかかる(購入時、販売店で3年保障をつけたが、全部の修理に使えるわけでないらしい。それを先に言え!)し、それ以上に時間も3週間は見てほしいということ。せめて3、4日ならどうにかなるが、そんなに長い間、手元にPCがなかったらどうすればいいのか。
その間用のPCとして、友人のいらなくなったデスクトップ型PCを譲り受け、今の中身と共有させ、修理からもどってきたら、家用、外用と使い分けようかと考えて、そのこともいろいろ当たってみたが、ものすごい手間がかかりそうで、断念。
結局、このPCを今まで通り、だましだまし使うしかないところに逆戻りした。
ああ、何をやっているんだ、私は…。

私のようにもともと機械音痴の人間は、IT用語をうまく使いこなせないから、PCやインターネットについて説明するのには一苦労。片や、問い合わせ先にいるこの世界の人たちは、素人の相手の身になって話すことがすごく下手(それでも最近は随分マシになったが)。両者の会話はなかなかかみ合わないのも、大きなストレスになる。
普段、何の問題もないとこれほど便利なものはないが、いったん問題がおきると、それを解決するのにものすごいエネルギーと時間がかかるのがPCだ。

 2008/04/23 13:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


『おひとりさまの老後』
基本的にベストセラー本は買わない主義だが、この本は切実感(?)があって、ついに買って読んだ。
上野千鶴子の『おひとりさまの老後』(法研)。
本の帯には、「結婚していようがいまいが、だれでも最後はひとり」とある。

日本におけるジェンダーのパイオニアとして知られる著者。近年は高齢者の介護問題にかかわっていたのだ。
実は、10年以上も前に取材させていただいた(多忙のため会うことはできず、電話取材に終わったが)こともあって、ちょっと気になっていたのだ。
ちなみに、この方と私は親戚ではない。

相変わらず、歯切れのよい上野千鶴子節。著者の見聞きした具体例がいろいろ盛り込まれていて、おもしろかった。少なくとも、読み終わった後に、暗い不安な気持ちにはならない。

一番心に残ったのは、「ひとは生きてきたように死ぬ」ということ。つまり、その人がどのように死ぬのかは、どのように生きたかということと同義語であるということだ。
「介護される側の心得10カ条」は、そのまま「生き方の知恵10カ条」に当てはまる。

ハナコ世代のマーケッターたちが名づけた「おひとりさま」という言い方は、どうも好きにはなれないが、ともかく、人は誰でも「ひとりが基本」という考え方には大賛成。
この間、沢木耕太郎も新聞で「ソロで生きる」というようなことを語っていた。
「おひとりさま」といっても、レストランや旅行に独りで行くことを指しているのではありませんよ、念のため。
本質的にインディペンデントでなくては、周りの人との良い人間関係、友人たちとのネットワークもつくることができない。


 2008/04/20 15:28  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


なぜ子供が先に座るのか
ずっと気になっていたことがある。
今日もそうだったが、週末、電車に乗ると、親子連れ、場合によっては親子3代の家族連れに乗り合わせる。
いつも気になるのは、座席を子供たちが占領していること。すいていれば問題ないのだが、限られた席、あるいは途中で席が空いた場合、今の親たちは必ずと言っていいほど、子供を優先して座らせる。
時には、お祖母さんがせっかく席をゆずられても、その空いた席に孫を座らせて、自分は立っていたりする。
こんな時、私は思わずこう口に出そうになる。
「子供は立たせなさい!」

昔はこうだった…とはあまり言いたくないが、私の子供の頃は、子供は立っているのが当たり前だった。
電車の中で、母や祖母の膝の上にちょこんと乗っかって、お行儀よく前を向いていた記憶がある。うちの親たちは、そういうことはちゃんとしていたし、私も親が自慢するほど、言うことをきちんと聞くおとなしい子供だった(ほんの小さい時は)。
土足のままで座席に乗っかり、窓の外を眺めるようなことは決してしなかった。
考えてみると、最近は、傍若無人に窓の外を眺める子供の姿さえ、あまり見かけなくなったような気がする。
皆、疲れたように、だらしない格好で座席に座っている。

そんなふうに育った子供たちが、電車やバスの中で、お年寄りに席をゆずるわけがない。
少子化のせいか、確実に子供の躾が甘くなっている。
子供のいない私がいうのもなんだが(いや、子供がいないからこそ、言える)、子供のマナーや躾には日本の将来がかかっていることを、大人がもっと自覚をしないといけないと思う。
 2008/04/19 19:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


久しぶりの測定で反省
あっちでもこっちでも、メタボ、メタボと、かまびすしい。
正直言って、あっしには関係ないと、どこかで思ってた。

ところが、5ヶ月ぶりに、フィットネスクラブにあるインボディという高精度体成分測定器に乗ってみたら、何といろいろな数値が変化しているのにびっくり。
だいたい、測定器自体もより精巧になっていて、そこから出てくるカルテに、「メタボウォッチ」なる新しい項目が出来ていて、メタボリック腹部断面イメージ図まで表記されている。
え〜! こんなに皮下脂肪、内臓脂肪があるの? 何かの陰謀か。

いつも53〜55キロを維持していた体重が、いつの間にか57キロを超えているし、ずっと18台だったBMIも、20近くになっているではないか。
それ以上に、1ケタだった体脂肪量が13キロ! 常に10%台だった体脂肪率も22%を突破している。
一体どうなっちゃたの、という感じだ。

ここのところ、体重計に乗ることさえ、していなかった。
数値の増減に一喜一憂したり、とかく数値の変化ばかりに固執するのを、どこか冷めた目で見ているところが自分にはある。
だが、最近、レコーディング・ダイエットが話題になっているように、記録する(=自覚する)ということは、やはり大切なことなのだ。

ヨガと筋トレを続けているからと、どこかで安心していたが、やはり食生活の蓄積が影響しているのだろう。
ヨガで健康になった分、何でもおいしく食べられるようになった。
1日3食、家で作って食べることも頻繁にあるから、栄養のバランスには気をつけているつもりだが、最近は以前にも増して「色気より食い気」に走っていた傾向がある。
通常の食事はまだしも、間食が多いというのも問題だ。3時のお茶の甘いものはいいにしても、仕事の合間についついつまんでしまうのが良くない。

昔から言われているように、健康の秘訣は腹八分。それに、おいしいお酒も、もう少し控えめにすることが必要なお年頃に、そろそろなってきたのかも(今でも適量、充分に控えめなつもりですが)。
昨夜のフレンチレストランのワインもおいしかったなあ。
 2008/04/18 23:25  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


帽子を楽しみたい
外苑前と表参道を結ぶ神宮前の住宅地。この一角にあるSequel guild galleryで、帽子デザイナー・松信七重さんのブランド「SEPT BLEUS(セットブルー)」の展示会が18日金曜日まで開かれている。
今日はお天気も良かったので、千駄ヶ谷から歩いて、七重さんと新作の帽子たちに会いに行った。

昨年まで数年間パリに住んでいた七重さん。蚤の市などで集めた生地、ボタン、レース、羽根などを使い、ディテールに凝った1点物が、いつも以上に多く披露されていた。
七重さんの帽子は、フォルムに独特の味があるが、決して帽子だけが目立ってしまうようなものではない。
彼女自身の人柄と同様、周りに惑わされないしんの強さの中に、ホッとするような暖かさ、優しさを感じさせてくれる。

帽子というのは、見た目の印象と実際にかぶった時の印象が全然違うことが多い。
しかもかぶり方によってもいろいろな表情が出るもので、その辺のコツは、さすがプロである七重さんのお手のもの。
これは無理と思うものでも、七重さんにかぶせてもらうと、不思議にぴたっとはまったりする。

小物・アクセサリー好きの私は、帽子もいろいろ持ってはいるが、普段はかぶる機会はそう多くない。
帽子を脱ぐと邪魔になるし、脱いだ後の髪の毛が気になることなど、あれこれ考えると、ついかぶるのが面倒になってしまう。
かぶりっぱなしでも気にならない位に、自分と一体化するまでには、なかなかいかないのだ。
でも、七重さんの展示会を見るたびに、もっと帽子を楽しもうと決意するのである。

http://www.septbleus.com
 2008/04/16 21:09  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


映画DVDの効用
映画を観るのは絶対に映画館派。
我が家にはビデオデッキはあるが、DVDを観るには、画面の小さなPCしかない。
それ以上に、映画は日常と切り離された空間、時間で観たいと思うからだ。
だが、DVDを借りてきて家で観るのも悪くないな、と思うことがなくもない。

その一つに、字幕が自由に選択できるというメリットがある。
外国の映画を観る時、少しでも言語が分かる国の作品の場合、日本語の字幕は何となく邪魔。吹き替えは、選びたくない。
かといって私の場合、まったく字幕がなかったら、何を言っているのかよく分からないことが少なくないし、内容がよくつかめない。それでもいい映画もあるが、話の細部を聞き逃したくないものもある。
DVDなら、吹き替えや字幕の言語が選べるし、字幕の有無も選べる。
飛行機の中などでよくやるのは、フランス映画に英語の字幕を選ぶといった具合だ。

この週末は、久しぶりに行った近くのTSUTAYAで、昨年見逃していた『不都合な真実』を見つけ、家でじっくり楽しんだ。
アル・ゴアの流暢な(当たり前だ)アメリカ英語は、本当に流れるようでなかなか聞き取れない。
しかも、地球環境問題のさまざまな専門用語も出てくる。
そこで、英語の字幕を付けてみた。もちろん分からない言葉はいくつもあるが、それは推測してとらえれば十分。
逆に日本語の字幕をつけるより、何倍も言いたいことが伝わってくる、と思う。

毎朝のBBCニュースも、英語だけの設定にしているが、意識して聞かないとなかなか聞き取れないもので、私にとってはすっかり朝食のBGMになってしまっている。
字幕なしでも、外国(少なくとも英語の)の映画やニュースがくっきりと把握できるようになりたい(死ぬまでには)――これが私の目標だ。

加えて、家でDVDを観る時のデメリットを。画面の操作を間違えて、話の途中でよく消してしまう。あれにはいらいらさせられる。
 2008/04/14 12:44  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


「根詰まり」を解消
昨日はいいお天気だったので、たまにはと思って、荷物をあまりもたずに散歩に出かけた。
途中まで目黒通り沿いのバスを使いながら、柿の木坂辺りをぶらぶら。
私は目黒区在住26年。長年住み慣れた地元を改めて歩いてみると、意外に知らなかったエリアなど、いろいろな発見がある。

偶然通りかかった住宅地内にある園芸店が、苗も鉢も全品2割引をやっていたので、あれこれ物色。肥料のコーナーで、我が家のベランダや室内で元気のない植物を思い出し、店の人に相談してみた。
「それは、もしかしたら根詰まりをしているんじゃないですかね。そのままで肥料をやっても、病気の人にステーキを与えるようなものですよ」

根詰まり! そうだ、その通り。
1年でだめになったり、枯れたりして、比較的頻繁に鉢を植え替えてきたものはいいが、10年、15年と我が家にいる植物は、長命だけに、普段はほったらかし。植えっぱなしなのだ。
アスパラガスもアガパンサスも、土の表面が見えないほど、こんもりと根が覆っている。
生命力の強いアガパンサスの方は巨大な鉢なので、とても手に負えないから、とりあえずアスパラガスに着手。やってみると根がしっかり絡み付いていて、なかなか抜けない。
悪戦苦闘の結果、やっとの思いで中身を取ると、土よりも根の占める分量が多かった。
10年以上も前に、アスパラガスが見事に生育している友人宅のベランダから分けてもらってきたもの。こんな状態でよく今まで生きていてくれたと、申し訳なくなった。
やせ細って色もよくない葉の部分はとりあえず、ガラスの花瓶に挿しておいた。もし根が出たら、また土に植えてあげたい。

人間の集まるあらゆる組織というものも、これと同じようなことがあるのではないか。
時々は、鉢の植え替えをして、新しい土、新しい空気に触れさせないと、根詰まりをおこしてしまう。
長年、フタをしているところも、改めて見直してみる必要がある。
 2008/04/13 13:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


元凶は重い荷物
私は歩くのが好きだ。でも、終日、外を歩き回っていると、具合が悪くなる。
原因は荷物である。
私はつい荷物が多くなってしまう人。
取材ノートや資料、カメラなどを持たない日でも、私のバッグは3キロ以上の重さ。化粧ポーチだけでも500グラムある。
仕事の帰りにヨガに行こうなんていうときは、もう一つずた袋が増えて、両肩から下げるという有様だ。

財布(お金はほとんど入っていないが、ポイントカードがごっさり)、SUICA&家の鍵、手帳(システム手帳ではないシンプルなもの)、名刺入れ、携帯電話をはじめ、小さなデジカメ(ケイタイのカメラはうまく使えないため)、読みかけの本(大抵は文庫本)、薬類の入った小物入れ、印鑑、サングラス、その他小物と、いろいろ入っている。
全部使うかどうか分からなくても、いざ使いたいと思う時になくて困るのは嫌だから、とりあえずは持ち歩く(老眼鏡はケースが重いから、家に置いたまま)。
海外出張の時なども、できるだけ家にいる時と近い感じで快適に過ごしたいから、こまごまいろいろなものを持っていくはめになる。そうすると、いつも超過料金ぎりぎり(何度か超過料金もとられた)。

大きなバッグはエレガントではないことは分かっている。
それ以上に、重い荷物は健康に良くない。
ただでさえ、極度な肩こり症なのに、重い荷物を持って歩いていると、背中や腰まで、全体が痛くなってくる。おまけに、普段の持ち方がアンバランスなので、それをカバーするかたちで体のゆがみがよりひどくなるのだろう。

考えてみると、私は家の中でも「荷物」を持ちすぎている。いろいろな意味で、身軽になることが健康の秘訣といえそうだ。
 2008/04/09 11:44  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


病院でのストレス
「アンチエイジング日記」改め「ウェルエイジング日記」として、せっかくブログを続けているので、普通はあまり人には言わない、生々しい話題もたまにはいいだろう。

先週、今週と続けて、家の近くの婦人科に行った。年に一度、健康診断に行っているM田レディスクリニック。50代半ば過ぎの女医さんがやっているところだ。
ここのところ肩から首筋の凝りがつらいので、友人から聞いていた「プラセンタ注射」を打ってもらいたいというのが当初の目的だった。
美容用として知られているプラセンタだが、最近は婦人科でも使われるようになり、更年期症状を緩和する目的なら、保険が利くようになっている。
私より5歳年下の友人は、やはり更年期症状の一環ともいえる同じ症状で苦しんでいたが、その注射をするようになってからだいぶ楽になったと聞いていて、そういう口コミをすぐ利用して体験してみる私のこと、早速行動に移したのだ。

ところが、同クリニックはその注射を導入していなかったらしい。
そう説明してくれれば良かったが、とにかく患者がそういう情報を仕入れて来院するというのは医者にとっておもしろくないらしく、「お友達に効いたからといって、あなたに効くとは限らない」と、不機嫌そうな態度を見せた。
とりあえず1回目はホルモン量の計測をし(ついでにホルモン注射を打たれ)、1週間後の今日、検査の結果を聞きに行ったというわけだ。
また不機嫌そうに、私の目を見ることなくぶつぶつ説明している姿を見ながら、ああ、もうここに来ることはないなと思った。

婦人科というのは、心身共にデリケートな時期の女性と向き合い、内科や心療内科ともオーバーラップするわけだから、もっとメンタル面での配慮が必要ではないか。
少なくとも、患者が何を求めているのか、冷静に受け止めてほしい(今回だって、手段はともあれ、肩こりを緩和したいというのが第一の目的なのだ)。
病院での医者とのコミュニケーションがいかに大変かを痛感した。
更年期症状はまだしも、生死を左右するような病気だったらどうだろう。
私も家族も大病をしていないので経験がない方だが、納得いかない医者の対応が後々まで後遺症として残っている人は少なくない。
年老いた両親も、これから何がおこるか分からない、やれやれ、である。
とにかく、患者が自分に合った病院を選ぶしかないのだろう。

あの女医さんも、強度な更年期障害なのかもしれないなと思いながら家路についた。
 2008/04/07 20:54  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


初めて現場を見た
今日、(たぶん生まれて初めて)見てしまった。商品を万引きする現場を。
アトレ恵比寿の「S城石井」に入ろうとしたところ、前にいた男性が、入り口付近に積んであったケーキ(800円位の焼き菓子)を1つ取って、肩から提げていた袋につっこんだのだ。

アッと息を呑んだ私と、気がつかれたことに気がついたその男性の目が、合ってしまった。
とりあえずという感じで男性は店の中に入り、私も目的のものを買うために違う通路を進んだ。
私は店の人に知らせることなく、そのまま知らないふりをした。
ホームレスに違いない、そのみすぼらしい男性を訴えることが、私にはできなかったのだ。
では、きちんとした身なりの人だったら、私はどうしていただろうか…。後でうらまれるのが怖いからと、やはり知らないふりをしてしまっただろうか。

食料品のスーパーでも、ファッション関連の店でも、万引きの被害は絶えないと聞く。
妹がやっている店でも、安くはないアクセサリーを盗まれて、泣く泣くポケットマネーから補充したという。
完全に病気といえる常習犯も少なくないようだが、値上げ続きの食料品では、やむにやまれずという人も増えているかもしれない。
一方で、厳格な賞味期限切れで捨てられる食料品、ホテルの宴会場の残り物の山、そういうものが減らないのもこの世の現実だ。

それにしても、あの一瞬のバツの悪そうな表情と、切ない眼つきは、忘れられない。
「レ・ミゼラブル」の主人公をふと連想してしまった。
 2008/04/06 22:21  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


嫉妬心からの解放
ねたみ、そねみ、ひがみ、そしり…。
こう書き連ねるとこわいものがある。春爛漫の今日の天気にこれほど似合わない言葉もない。
要は、嫉妬心。これは誰でもが内に持っているものだが、その獰猛な獣を上手に飼いならす必要がある。そうでないと、思わず足をとられてしまう。

特に、同級生、幼馴染、きょうだいや家族、といった身近な人同士に芽生える嫉妬心はやっかいだ。社会人になって仕事を通じて知り合った間柄ではなく、お互いに子供の時からよく知っているつもりだから、容赦なく、ねたみやひがみをあらわにし、相手にぶつける。しかも、男女間の嫉妬とは少し違って、本人は無意識にそうしている場合が多い。
なぜか、隣の芝生は青く見えるものなのだ。
最近、私も苦い経験をした。

私は人に対して、あまり深いねたみや憎しみを感じない人間だ。いや、本当は嫉妬深い人間だと思うが、そうならないように自分で訓練してきた。
嫉妬心にがんじがらめになると、自分がダメになることがよく分かっていたので、そうなることを避けて生きてきたのだ。あけすけにその気持ちを言葉に出すような、明るいひがみは頻繁にある。
周りの優秀な女性たちが、嫉妬心から、道を頓挫してしまう様子も見てきた。
優秀な女性ほど負けず嫌いでプライドがあるから、他人に負けたくない。でも世の中というのは自分より優秀な人ばかりいるものなのだ。
また、子供の時や若い時から人にチヤホヤされることに慣れている人も、いつまでも「過去の栄光」にしがみつこうとして、挫折の苦しさを味わう。そういう人は現在における感謝の気持ちを忘れてしまう。

人は人、自分は自分。少なくとも比べるものではない。どんなに近しい間柄でも、お互いにリスペクトの気持ちを忘れたら終わりだ。
これからもマイペースで行くしかない自分を、今日も再認識する。
 2008/04/06 13:05  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


演奏会用のドレス
音楽コンプレックスの私だが、音楽家の友人に恵まれた。
音楽と一体の人生を送っている彼女たち。好きこそものの上手なれとは言うが、何十年も練習を続けていることに深い尊敬の念を抱く。
何を隠そう、私は子供の時にヴァイオリンを習っていたが、練習が嫌でいやで仕方がなくて、親の期待をよそに挫折してしまったのだ。

ピアニスト(ピアノ教師)のMさんから、1年に1度開く演奏会用のドレスを一緒に選んでと前から言われていたので、私の友人がやっているサロンブティックを紹介がてら、昨日、一緒に行ってきた。

Mさんによると、頻繁にリサイタルを開くような著名な音楽家は別だが、たいていは演奏会で着るドレス選びに困っているらしい。
20代の若い時は、結婚式二次会用のドレスをそろえているようなフォーマルドレス専門店に行けばいいが、30代後半から40代と年齢を重ねるうちに、ああいうヒラヒラしたデザインが合わなくなる。たまにいいなと思うものがあると、今度はサイズや着心地がしっくりこないのだという。
ピアニストの演奏会用ドレスは、ペダルを踏む足裁きをあらわにしないためにも、ロングドレスが必須。ところが日本にはイブニングドレスを着るような習慣があまりないから、とくにロングドレスの既製服の選択肢は非常に少ない。
社交ダンスを習っているオバサマたち用、あるいはご商売用の派手なドレスは、地下街や下町の小さな店にもあるが、考えてみると上品なロングドレスというのはあまり目にしない。あっても高級ブランドやオートクチュールのように、うんと高価なものになってしまう。
また、ドレスは舞台上での見栄えだけでなく、フルート、ヴァイオリンと楽器の種類によっても、求められる機能性がそれぞれ違う。

友人のサロンブティック(2007年12月10日付「Mさんのサロン・ブティック」参照)では、自らアメリカから買い付けているドレス、またドレス専門のデザイナーブランドのコレクションも紹介している。
さすが、ドレスを着る機会が日常的なアメリカ。ロングドレスといっても、大人の女性の体をきれいに見せて、長時間着ていても疲れない着心地の良いもの、しかもそういうものが手ごろな価格である。文化の違いといってしまえばそれまでだが、ここは日本のすきま市場だとつくづく思う。
ピアニストの友人は、念願のドレスを無事ゲット。ホルターネックの肌を出すデザインと初挑戦の色は彼女にとっては少し冒険でもあったが、プロの的確なアドバイス(サロンブティックの友人)と客観的な視線(私)によって、納得して購入に至った。

 2008/04/04 11:03  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


花より団子の鎌倉道中
今年ほど花見が長く楽しめるのも珍しい。雨が降っても、風が吹いても、まだあまり散っていない。
すばらしく晴れ渡った昨日、鎌倉に行ってきた。
最近は恵比寿駅から直通があって、電車に乗り込むと、50分余りで到着する。

母たちと長谷で落ち合い、イタリアンレストランのパスタで昼食。
車で鎌倉山に向かい、桜を楽しみながら、山の上に建つホルトハウス房子さんのお菓子の店、「ハウス・オブ・フレーバーズ」へ。まだお腹はすいていなかったが、またとない機会なので、お菓子と紅茶をいただく。以前は雑誌『ミセス』などによく登場していらした料理研究家で、ご自宅の隣に不思議な構造の店がある。

1人2625円という価格にはびっくりしたが、スコーンのような生地にイチゴの煮たものがたくさん入っているオールドファッションドストロベリケーキ(店内で食べられるお菓子は1種類で月替わり)に大満足。窓の外に広がる春の森を目の前に、おいしい紅茶をいただきながら、1時間以上はゆっくりする。
3組も入るといっぱいになる店内には、いい具合にお客さんがどこからともやってくるが、都会のスイーツ店の行列のような光景はない。


若宮大路付近をドライブした後、夜は由比ガ浜の蕎麦屋「松原庵」で、妹の早めの誕生日を2人で祝う。
ここは古い一軒家を改装して最近できたところで、しっとりしたいい雰囲気。
日本酒とともに春の夜を楽しんだ。
鎌倉は観光客も多いが、関東では、古き良き日本が残っている希少な場所。繁華街をさければ、時間がゆっくり流れている。
それにしても、「花より団子」の1日でした。
 2008/04/02 13:08  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


世代を意識する
3月末日。フリーランスの身にとっては関係ないのに、年度の最終日というのは、妙に厳粛な気分になる。

今月は「世代」に対して考えさせられる機会が多かった。
世代マーケティングに関する取材をしている中で、どうやらポスト団塊世代である50歳(かつては「シラケの世代」と言われたりしたが)辺りを境に、その前と後とでは随分いろいろなことが変化しているという話を何度か聞いた。

また、東京コレクションで台頭してきた新世代のデザイナーたち。それこそ、私たちの子供の世代なのだが、明らかにそれ以前の世代とは異なる視線でファッションを見ている。ある意味、正統派回帰。皆、さらりと世界に飛んで行きそうな、まさに「恐るべき子供たち」。

もともと私自身は、世代とかタイプとか、何かにひとくくりにされるのが嫌い。
「ハナコ世代」ならぬ、「JJ世代」(創刊当時の)らしいが、JJなんてかつて愛読した試しがない。というより、ああいうマニュアル的なメジャー志向が苦手といわんばかり態度を匂わせたら、トレンドリーダーの自信たっぷりの同世代男性に嫌われた。
屁理屈こねる女より、シンプルでミーハーな女の方がかわいいというのは分かる。
でも、どこか少数派を自認することによって、優越感を得るという、自分の嫌な性格は直らないのだ。
良くも悪くも、強烈な「個」の上に、自由に生きてきてしまった。
そんな私にも、世代というものの同時代的な傾向が、もちろんあることは否定できない。

とにかく、今年ももう4分の1経ってしまった。明日からはもう4月。フランスでは早くも夏時間らしい。私も春夏シーズンにスイッチしよう。
 2008/03/31 23:47  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


普通の人を変える服
今年一番の最高気温。軽く20度を超して、桜の開花も一気に進む。
こんな陽気の中、朝から、展示会回りやら用事やらで、終日出歩いていた。私の原動力は、やはり人やモノから刺激を受けること。外に出ると、いろいろな人に会えて、楽しい。それに、今日のようにお天気がいいと、本当に幸せな気分になる。健康ってすばらしい。

午後、恵比寿のザ・ガーデン・ホールで、「トクコ・プルミエ・ヴォル」のコレクションショーがあった。何と、ブランドスタートから20周年なのだという。私がフリーランスになってからと同じ年月だ。
会場はいつものように、同ブランドの中心顧客である50代以上の女性が大勢押しかけている。

久しぶりに同ブランドのショーを見たが、相変わらずカラフルで元気いっぱい、夢いっぱいのコレクション。毎シーズン、世界のどこかをテーマにしたデザインが特徴だが、今回は原点にもどり、デザイナーの前田徳子さんが仕事の拠点にしているパリがテーマになっていた。
数十年、パリに暮らしているのに、こんな純粋な少女のような視点で、パリをおとぎ話のように表現できるのは、すごい。

熱烈なファンにとっては、「トクコ・プルミエ・ヴォル」の服によって、内なる束縛から解放されたという人も少なくないだろう。
いわゆるファッション好きの人々ではなく、普通の人を変える服の力のすごさ。しかも、短命なブランドが多いファッション業界において、20年も続いているなんて。
このマーケットは改めて見直してみる必要があるかもしれない。


20年代のデザイナー兼アーティストであるSONIA DELAUNAYの世界をトクコ風にまとめたプリント
 2008/03/26 21:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


ベランダにも春が来た
周りには花粉症でつらそうにしている人がいっぱい。幸いにも一度も経験のない私だが、いよいよ本格化する更年期で、先週末、鍼を打ってもらったのに、肩をはじめ全身がこわばっていてつらい。起きられないほどの重症な人に比べると、私はまだ軽症。相変わらず、時間を見つけてはヨガや筋トレに通っている。

さあ、いよいよ今週末はお花見!という季節になり、この間から私も、ベランダいじりをしたくてうずうずしていた。
仕事も一段落、今朝は気持ちよく晴れていたので、早速、ベランダに出て、買っておいた花の苗を植えたり、気になっていた鉢の植え替えをしたりと、久しぶりにすっきり整えることができた。

生き物との暮らしは、生活に潤いを与えてくれる。動物は飼わない分、植物の鉢植えが、家の中にも外にもいつのまにか増えてしまった。
取材で1週間も10日も家を空けることもあるが、植物たちに対してはまったくの放任主義。以前は水遣りを友人に頼んだりしたこともあったが、今はベランダの鉢を屋根のない際に寄せておく程度で、1週間水を遣らないで枯れてしまうような植物はそういう生命力なのだと諦める。
普段から植物たちを甘やかさず、水遣りも基本的には1週間に1度。もともと西向きという悪条件なので、その環境になじまない植物は短命に終わる。
以前、ガーデニングの専門家に、枯れることをおそれないで、どんどん違うものに挑戦した方がいいと聞いたことがある。
こんなに荒っぽい育て方をしているのに、我が家に20年近くいる植物もいる。実家や友人からおすそ分けしてもらったものもここで根付いて、育っている。

植物で思い出すのは、私が10代まで一緒に住んでいた祖母のこと。
大して広くない庭だったが、いつも庭に出ては、「ふん、ふん」鼻歌を歌いながら、植物の世話をしていた。今思うと、庭は祖母の孤独を癒す場所だったのだろうと、つい涙が出る。
 2008/03/25 12:13  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


エイジング=熟成!
「アンチエイジング」はもう死語かと思ったら、そうでもないらしい。今朝の朝日新聞を見ていたら、土曜版「be」(ビジネス)で恒例のアンケートコーナーのテーマが「アンチエイジング」だった。
ついでに、「全身アンチエイジング宣言」をうたった日経ヘルス『プルミエ』の本日創刊!の折込広告まで入っている。消費をリードしたハナコ世代が更年期にさしかかるから、これは新しいビジネスチャンスというわけなのだろう。

「be」のアンケートによると、「あなたにとってアンチエイジングは必要ですか?」の問いに39%が「いずれやりたい」、33%が「すでにやっている」で、「いいえ」と答えた人は15%と少数派。否定的な答えの人は、「自然体」を支持する考え方がほとんどだ。
若さへの執着をあおる商業主義もどうかと思うが、自然の摂理に任せるべきといった「自然体」信仰にも、私はあまり賛成できない。
本当の美しい「自然」というものは、荒れ放題でほったらかしの自然でなく、適度に人の手が入ったものなのだ。美しさの裏には必ず努力があるもの。その作為を見せないのが美しいし、それが本当の「自然体」なのではないだろうか。

ところで同じ土曜版「be」(ビジネス)の第1面、「フロントランナー」は毎回興味深いビジネスマンが登場するのだが、今日は「ビンテージ・スピーカー修理の達人」とある。当然男性だろうと思ったら、これが私と同い年の50歳の女性。山形県鶴岡市のゴットハンドのもとには、全国からビンテージ・スピーカー修理の依頼が来るのだという。
この人のコメントに目をひく部分があった。
「音の7割がスピーカーで決まるといわれます。使い込めば使い込むほど音が良くなる。エイジング(熟成)ですね。手入れすれば半永久的に使えます」
人間もこうありたいものだと思う。
 2008/03/22 12:24  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


3時間の幸福感
昨日は映画『ラスト、コーション』(日比谷シャンテシネ)、今日はピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団の『パレルモ、パレルモ』(新百合ヶ丘・テアトロジーリオショウワ)を観に行った。
こう並べて書くのはヘンなことは分かっている。
ここのところ忙しくて、気持ちがザワザワ落ち着かなかった私の、現実逃避を求める心境は表れているかもしれない。が、特にこの2つに関連性はない。
後者は、ピナ・バウシュの舞台の常連であるNさんのお誘いで前々から決めていたが、前者は衝動的に観にいったのだった。

前者の放映時間は3時間、後者も休憩時間を入れて3時間だったが、とにかく『ラスト、コーション』には疲れた。
タイトルは「肉欲と訓戒」という意味(LUSTという言葉からは、7つの大罪を連想してしまう)で、中国語の原題は『色、戒』(この2文字が並ぶとコワイ)。
舞台は、日本軍占領下の上海。女主人公(スパイ)の行動は、抗日が原動力になっているのだが、その歴史的背景にはあまり深く触れていない。
過激なセックスシーン(あれもラブシーン?)が何かと話題だが、戦争というものが生む男女の関係は辛すぎる。女主人公の生き方には、ほとんど共感できるものがなかった私。例えば、自分がかつての全共闘世代なら、もう少し違う見方ができるのだろうか。
テーマが重いのはいいが、全編を流れる暴力性とあまりに救いのない最後に、残ったのは虚脱感だけ。

『パレルモ、パレルモ』の幕引きは、すがすがしいものであった。
いや、幕は一度も下りず、現実の営みはこれからも繰り返されるという余韻が続くのだが。
ピナ・バウシュの生の舞台は私にとっては初めて。舞踏や体の動きだけでなく、言葉もかなり入ってくるが、演劇とは違って抽象的。それでも観念的になりすぎずに、表現したいことが舞台全体からじかに伝わってくる。
少なくとも、観客にプレッシャーを感じさせない、観ていて気持ちの良いものだった。
最後に、ダンサーたちと一緒に並んで、舞台挨拶をするピナ・バウシュ。その慈悲深い表情と優しい物腰は、遠くからもしっかり感じることができた。
ちなみに客層は、知的でセンスのいいクリエイター系が多いのが特徴か。
 2008/03/20 21:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


傘を失くして、大慌て
私は身の回りのものをよく物を失くす。
特に、サングラスはいくつ失くしたことか。お気に入りのものほど、どこかに行ってしまう。
何であっても大切な物を失くすのは悲しいが、海外で旅行中ならまだ諦められる。
ああ、私を守ってくれたのだ、私の身代わりだ、と。
この間の出張では、コートに付けていたブローチを失くした。

昨日は、JFW取材のために行っていた東京ミッドタウン内で傘を失くした。
ただでさえ春先のこのシーズンが苦手なのに加え、昨日のような雨降りの気圧の低い日、ホルモンのバランスの崩れ、さらに取材のストレスも重なって、昨日は朝からボーっとしていた。
昼からほんの2時間に満たない間の出来事だ。途中までは確かにあったのだが、ある時からの記憶が全くない。
とにかく、JFWのプレスルーム、ショー会場、昼食をとったレストラン、洗面所、これしか回ってないのだから、どこかにあるはずなのにどこにも見当たらない。
500円の傘ならすぐ諦めるが、1万5000円以上も出して買ったものだから、諦めるわけにはいかない。
プレスルームと東京ミッドタウンのインフォメーションの両方に、紛失届けをして、会場を後にした。
ボーっとしている時はおかしなもので、本当はストライプの柄なのに、水玉柄などと特徴を話してしまって、後から訂正したりしている。人の記憶というものはいい加減なものだと改めて感じた。

別の場所へ移動中に、アッと気がついた。もう一か所、同施設の中で合同展をやっていたアトリウムにも行ったことを。あそこに窓に立てかけたに違いない。
早速、ミッドタウンのインフォメーションに電話したところ、電話をとった女性スタッフが現場を確認しに行ってくれ、10分も経たないうちに、「ありました」と折り返しの電話があった。
「今日の21時までならインフォメーションで、その後は防災センターで預かる、いつ取りに来てもいい」とのこと。何という気持ちのいい対応!
東京ミッドタウンがさらに好きになってしまった。
 2008/03/15 22:30  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


JFW開催で大忙し
ああ、大変! もう1週間もブログをご無沙汰している。10月末にブログを開始して以来、最大の開きになってしまった。

言い訳になるが、今週はJFW「東京発 日本ファッションウィーク」開催中。これに振り回されていると、時間がくわれて、バタバタと落ち着かない。おまけに、仕上げなきゃいけない原稿もある。
それ以外にも、取材で、おもしろい人に会っては刺激を受けたり、嫌な人に会ってはハラワタが煮えくり返っていたり、ネタはいろいろあるのだが、仕事の原稿より先にここに書くわけにはいかないし、あまり人の悪口も残したくない。
こういうことは自分の中で暫し熟成させて、いずれ何かの機会に触れることにしよう。

さて、話をJFWにもどすと、(私は3日間でまだ6つしか見ていないが)今回は久しぶりに内容が濃い、と感じる。
特に新人のレベルが高い。
ふと気がつくと、デザイナーも観客(バイヤーやプレス)も、いつの間にか、世代が大きく若返っているではないか。
ファッション・ピープルが多く集まるコレクションの雰囲気は苦手な私だが、日本のファッションが若くフレッシュに変化しているのは喜ばしい。

AGURI SAGIMORI デビューコレクション(デザイナーは22歳!)
 2008/03/12 23:55  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


合同展「white」で
ラフォーレ原宿で開催された新しい合同展、「white」の最終日をのぞいてきた。
この展示会が他と違うのは、最終日の14時以降、一般客に門戸を開放し、即売会も開いたこと。私が行った時には、バイヤーも一般客も渾然一体となっていた。

ここで一番印象に残ったのは、会場の一番奥まったところにあった2ブランドだ。
まず、オーガニックコットンでまとめた「ikkuna/suzuki takayuki」。新鋭デザイナー・スズキタカユキと、縫製工場・モードエイトのコラボレーション(両者を結び付けたのは元東京デザイナー協議会議長の岡田茂樹氏だとか)によって生まれた、「suzuki takayuki」の新ラインで、凝りに凝った彼のコレクションに比べると、シンプルで着やすい作り、買いやすい価格帯となっている。シンプルでありながら、彼の世界はきちんと表現されている。
セレクトショップや百貨店の自主編集売場にとっては、待ってましたという感じだろう。

もう一つがそのお隣にあった「Vanilla」。インドの素材や縫製をうまく生かした、魅力ある物作りをしている。アンビアンス展の参加ブランドだったとあるから今までも何度も見ているはずだが、気がつかなかった。
私はいわゆるナチュラル系、ロハス系ファッションにはあまりゆさぶられないのだが、テキスタイルやシルエットの新しさがあるもの、色のきれいなものには引きつけられる。
デザイナーの佐藤公巳子さんは、インド事情にも詳しいようで、今度改めて話を聞いてみたいと思った。

自分が基本的に好きなもの、また好みとは別にリスペクトするものというのはあるが、その時々によって心にひっかかるものは違う。
プレスというのは勝手なもので、常に新しいネタを追い求めているところがある。どこかで、「今」の必然性がほしいのだ。
自分の世界を追求しつづけているデザイナーには、所詮かなわない。
 2008/03/05 22:39  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


鶴瓶さんに乾杯(?!)
信頼するセラピストのMさんが大好きということもあって、最近、笑福亭鶴瓶が気になる。NHK『鶴瓶の家族に乾杯』なんて、毎回いい味出している。

そんな鶴瓶さんが、昨日の朝日新聞夕刊で、ファッションについて語っていた。
若い頃にアイビーにあこがれた話から、石津謙介さんと対談してお酒を飲みにいったことにもふれているのだが(鶴瓶さんとのことはかつて石津さんの口から伺ったような気がする)、心に残ったのは後半だ。

《年とってくると普段着なんてどうでもええんちゃうか、と思う人がいると思うけど、僕は意識的にいろいろな服を着てます》
《服はね、いつも着といたら、ずーっと着られるんです。急にジーンズ履こうとすると浮いてしまう。似合わん思って着なかったら、ずーっと似合わんのです》
そして、最後が圧巻。
《僕は衣食住に関心を持たんと、「しゃべれない」と思うてるんです。家を何遍も建てたし、おいしいもの食べに行くし、服も好きでしょ。しゃべりには、生活が反映される。それだけ幅を広けられると思うんです》

そう、ファッションって、そういうものなのだ。
私も同じ信条で生きている。衣食住に興味を持たないと、こんな仕事はやってられない。
ただ家は一度も建てられませんが…。
 2008/03/04 09:20  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


日本茶の業態開発
京都へ日帰り出張の帰り。新幹線に乗るまでのちょっとの間、甘いもので一服したいなと思う時、以前は駅につながっているホテルグランヴィアの広々した喫茶店か、伊勢丹の上層階にある甘味処の「茶寮都路里」で外の景色を眺めながらという感じだったが、今日、新しいスポットを見つけた。

JR京都駅西改札口前に出現した「SUVACO(スバコ)」というエリア。
「美・快・食の新空間」と銘打ってあり、飲食系がなかなかおしゃれ。東京では見たことのない京都らしい店が並んでいる。
その中で、「中村藤吉」というのれんがかかった甘味処に入ってみた。
宇治の茶商(安政6年創業)による和カフェということなので、迷わず、抹茶のゼリー(抹茶のアイスクリームや小豆を自分で乗せて食べるもの)を注文。お番茶と一緒に、暫し、京都の味覚を楽しんだ。
さらに併設された売場で、冷水から熱湯まであらゆる温度で味わえるという「中村茶」というのを買ってみた。

スイーツブームもあって、和菓子は老舗を筆頭にいろいろなブランドがあるが、意外にお茶の店というのは(伝統的なもの以外は)これまでなかったのが不思議だ。
以前、フランス人から、日本のお土産に緑茶を買いたいけれど、フランスでいう「マリアージュ・フレール」のようなお茶のブランドはないかと聞かれた時に困ったことがある。「百貨店に行けばいろいろある」としかアドバイスできなかったのだ。

そういえば、京都駅新幹線構内の売店も、最近やけにモダンに進化してきている。
国内外からの観光客の増加に向けて、京都ブランドを印象づけようという狙いがあるのだろう。
日本のシンボルのようなこの場所で、世界観を持った店の新しい業態開発が急ピッチで進んでいる。
 2008/03/03 21:32  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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