新しいライフステージで
この2年ほど、私の生活ががらりと変化した。おそらく、半世紀以上生きてきた中で、最大かもしくはその次位の変化といえるかもしれない。
その直接的な原因は、両親の高齢化なのだが、考えてみると、自分のためにもこうなるべくしてなったという気がしている。

これまでの私はずっと、時間もお金も自分自身のために使ってきた。周りの人からは、自由に生きている人と見られていたと思う。
それが、今はそれらを家族のために使うようになってきたということが、一番の変化である。
私は残念ながら、旦那も子供も持った経験がないから、家族のために時間が割かれるという経験をしたことがない。
子育てでアイデンティティクライシスになる人の気持ちが、初めて実感として分かるような気がしている。

今はこの新しいライフステージを楽しもうと思っているし、いや、かなり楽しんでいる。
そりゃ好きな映画にも展覧会にも行くことがほとんどできないし、リラックスするひとときというのもあまりないし、私が望むアール・ドゥ・ヴィーヴルにも程遠いけれど、今はそういう時期だと受け入れている。

今の私にとっての仕事とは生計を立てていくためだけのものになっているが(ライターとしてやるべきことはお休み状態だが、あまりあせりはない)、残された両親との時間を大切に過ごしたいというのが、今の私の願いである。
この経験がきっと将来に役立つと信じているのだ。

 2012/05/21 22:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


生きる力となるのは人との交流
「パパがああなったおかげで、いろいろな人に出会ったね」
母がふとこう言った。

ここ2年位の間、父の認知症進行や体の支障がいろいろあらわれていたが、特に2月の緊急入院以来、我が家は加速度を増していろいろなことが変化している。
介護を助けてくれるケアマネさんやいくつかの病院関係者はもとより、介護用品の業者さん、最近では古物商や古書店、家のリフォームのための工務店さんなど、いろいろな人が両親の家を出入りするようになった。
そのほとんどが実によい人たち(それぞれにプロフェッショナルで思いやりがある)で、それらの方々と接することが、母の慰めにもなっている。
その反面、母にとっては残酷な経験もあって、体がだいぶ弱ってきたこともあるのだが、すべては受け入れるしかない。本当に我が家は人に恵まれているなと感謝したのだった。

父も療養型病院で、多くの他人(看護師さんをはじめとするプロフェッショナルな人々)に囲まれながら、適度な緊張感を保ちながら、何とか穏やかな日々を送っている(時々、不安定になるが)。

年をとればとるほど、何よりありがたいのは人との交流。
もちろんそれによるストレスもあるのだが、心を癒してくれるのは人とのつながり、心のふれあいに他ならない。
優しいひと言によって、人は救われる。生きていて良かったなと思うのはそういう瞬間なのである。
私も年を重ねるごとにその大切さが身にしみている。
 2012/05/17 22:27  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


日本は失敗に厳しい社会
ニュージーランドに里帰りした友人が、2年ぶりに日本へやってきた。女3人、のん兵衛が集まって、久々のおしゃべりに花を咲かせた。

久しぶりの日本はどう? という質問に、友人が答えたのが、「日本は“失敗”に厳しいね」。
学生時代から17年もいた日本だから、すべてが当たり前になってはいたが、その生活から離れてみると、いろいろなことが見えてきたようなのだ。

私はこれを聞いて、溜飲が下がったというか、近頃気になっていたことに納得がいってしまった。
そうそう。
この国の社会は、仕事でも何でも、失敗するとたいてい責められる。
「失敗」をネガティブにとらえ過ぎるあまり、「犯人探し」は日常茶飯事だし、時には組織的な「隠ぺい工作」まで行われる。
失敗しないようにしないようにと考えて行動しているから、小さく縮こまってしまって、新しいことに挑戦するということはほとんどできない。
お役所や銀行はもとより、多くの企業や組織でもそうなのではないだろうか。

かの国では、失敗して責められるということはほとんどないという。
それよりも新しいことに挑戦することが歓迎される。
クリエイティブであるかどうかはこういう違いから出てくるのだ。
問題は、内向き志向の日本の社会には、こういう客観的な視野で物事をとらえられる人がほとんどいないということ。

失敗したっていいじゃない。
失敗をおそれずに、「挑戦」しようよ。
と、私は言いたい。

 2012/04/23 09:44  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)


浦島太郎の心境
仕事で東京に行く度に、合間になるべく街を見るようにしている。
最近とみに、TOKYOががらりがらり変化しているように思うのは、少し離れた距離にいるせいだろうか。
いや、それだけではない。常に変化しているこの街も、一層、大きな節目の時を迎えていることは違いないと思う。

一昨日は、銀座へ。
4丁目交差点の表通りを1本入ったところを歩くと、右にコム・デ・ギャルソンの大型セレクトショップ「ドーバーストリートマーケットギンザ」(ここは既にロンドンでおなじみ)。

左にユニクロ世界最大の基幹店がそびえる。

両方とも小松ストアがあった場所だが、以前の面影はなし。

両極ともいえるこの2つが、世界に向けて発信できる今のTOKYOを象徴するブランド、というわけだろう。
一通り、すべてのフロアを速足で巡ってみた

そして、昨日は青山から原宿へ。
ラフォーレ前には、「TOKYU PLAZA」が出現。東急プラザと原宿という組み合わせが、何だか不思議。あのきらきら反射鏡のエスカレーターの列に並ぶ勇気がなく、退散。

路面の「アメリカンイーグル・アウトフィッターズ」(紳士服の青山商事が展開)には、案の定、入店を待つお客の列が。


日本経済活性化の意気込みを肌で感じた2日でした。
 2012/04/20 12:02  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


本が読めない
毎日毎日、あちらこちらに移動するのに時間がとられて、最近ちょっと疲れぎみだ。

ここ小田原に来る前は、さぞかし本が読めることになるだろうと思ったのに、大誤算。
東京まで1時間半の行程も、新聞を一通り読み終わると、睡魔が…。
電車にのるとバタンと、爆睡状態という日も少なくない。

あんなに本ばかり読んでいた父も、今は病院ですっかり活字から離れている。
「新聞読む?」と聞いても、「今はいい」と答える。

本を読むという行為には気力が必要。心身ともに健康で元気でなければ、本はなかなか読めないものだとつくづく思う。
 2012/04/12 23:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

| 次へ
2012年05月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新記事
最新コメント
eriko
日本は失敗に厳しい社会 (2012年04月26日)
keix
春が届いた (2012年03月05日)
eriko
仕事はアイデンティティ? (2012年02月14日)
keix
異国で生活する友人宅へ (2012年01月30日)
keix
セールで防寒必須アイテムを (2012年01月13日)
ゴトウ
新しい手帳で新年スタート (2012年01月07日)
keix
新しい手帳で新年スタート (2012年01月01日)
keix
退化していく自分との闘い (2011年11月04日)
eriko
退化していく自分との闘い (2011年11月04日)
eriko
小田原・1周年! (2011年08月23日)
最新トラックバック
MOBILE ART (2008年06月30日)
服が捨てられない (2007年11月27日)

http://apalog.com/ueno/index1_0.rdf
更新順ブログ一覧
リンク集
QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ