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女子学生服のはじまり〜今の制服になるまで〜 1


女性のための学びの場である私立の学校が増え始めたのは、
明治時代に入ってからです。
第二次世界大戦より十数年ほど前の話になります。
今でも女学校として、経営が続いている学校は
創立100年の歴史を残しています。


画像出典: http://kousei.s40.xrea.com/xoops/

明治初期の女学生は、和装やはかま姿で学校へ通っていました。
今でも愛され続けている洋装のセーラー服が取り入れられるのは
大正時代になってからのようです。

学校によっては、はかまの帯に校章のバックルを付けたり、
はかまの裾のラインを1本や2本と生徒で統一したりすることで
制服としての役割をしていたところもあったそうです。


画像出典:http://www.kaikou.city.yokohama.jp/index.htm

こちらは、横浜開港資料館で行われた「ガールズビーアンビシャス
横浜山手のミッションスクール」の展示のフライヤーと展示されていた写真です。
長い髪をきれいに結って、みなさん袴を着ていますね。


画像出典:http://www.kaikou.city.yokohama.jp/index.htm

横浜港が開港後、キリスト教宣教師が続々と来日しました。
「女子の布教が進まない」ということから
「教育を通じて、キリスト教を伝える」いわゆる「伝道」(ミッション)
を主軸とした学校づくりが推進されたため、
横浜には歴史のあるミッションスクールがたくさんあります。

昔の日本の女学生を知ることのできる展示は、他にも行われていて、
京都にある京都市学校歴史博物館では、過去に「京都の高等学校と女学生」という
企画展示を行っていました。


画像出典:http://kyo-gakurehaku.jp/

現代の女の子たちと違うのは「中途退学」する生徒が多かったことです。
特に美人は卒業できないとまで言われていました。
当時、学校へ通える女の子はお嬢様ばかりだったので、
縁談話がきてしまうと、学校をやめて結婚するしかなかったんですね。

残念ながら、今年は昔の女学生を知る展示企画が見当たらないのですが、
機会があったら見に行ってみたいです。
次回は、袴姿から洋装のセーラー服が広まっていった話をしたいと思います。

 2016/06/05 21:13  この記事のURL  /   / トラックバック(0)

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プロフィール
株式会社 響

学生服からホテル・レストラン・スポーツユニフォームまで、幅広いジャンルの制服プロデュースを手掛ける企画会社。

制服によるイメージ戦略や、従業員のモチベーションアップにつながる効果的な制服採用や、ライバル店舗との差別化戦略のコンサルティングを行っている。

2010年に立ち上げたスクールアイテム専門ブランドが話題となり、CM、歌番組、ファッション誌をはじめ、数多くのアイドルグループに衣装協力を行う。

代表者 神山太プロフィール

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