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われわれは巨大ムカデの足である


昨夜はうちで手巻き寿司パーティをやった。
やんちゃざかりの男の子3人がいたので、
キッチンのほうの準備&監視(笑)で忙しく、
すっかり写真を撮り忘れてしまった。

ニュージーランドに住む日本人の方々の間でも、
いま日本で起こっている反原発&脱原発運動に、
もちろん関心が高まっている。

なので、夜も更けてくると、
会話が原発の話になったりするのだけれど、
こういう議論の性質ってちょっとおもしろくて、
自分の立場をはっきりさせている者同士が、
脱原発なのか反原発なのか、
動かすのにも、停めるのにも都合の悪い理由を、
政治や経済のネタをひっぱってきて、
お互いに言い合ってると、
ふと、私の場合、
ここでこうやってワインとか飲みながら議論すること自体が無駄に感じてしまう。

というか、
実際に無意味ではないのだろうけれど、
行動に起こさず議論しているだけ、
っていうのがすでに今の日本の動きを見ると時代遅れに感じるのだ。

それは、
官邸前や大飯原発の前でデモをしている人々や、
個人個人、”今後は原発が無い国にしていこう”と決めた人々の、
フェイスブックなどのソーシャルネットワーク上での、
はっきりした意思表示を見ていると、
この人達は、”決めた”んだ、
だから行動しているんだ、と解りやすい。


でも、
村上春樹の小説の一部にも書いてあったけれど、
意思表示をその対象にしなければ、
それは存在しないのと同じ、
で、
反対の人はデモをするし、
賛成の人と、どっちでもない人は何もせず声をあげないわけだから、
ひっくるめて賛成していることに換算されるだろう。

いま、
この意思表示というのがすごく大事なところに日本は来ていると感じる。

だから、
職場や、家や、カフェで、
どれだけ時間をかけてディスカッションしても、
その意志を公の場で、
政府や電力会社に届くように声を上げて行動を起こさなければ、
つまりは、何も起こっていないのと一緒で、
まぁただの高みの見物である。

そんなことをツラツラ考えていると、
巨大なムカデが頭に浮かんだ。

つまり、例えにするとこうだ。
日本という国家は大きなムカデで、
国民は何億本とある巨大ムカデの足である。

今までなんの疑問も持たずに、
先頭の頭が向かう先に、
ワサワサと一生懸命動いていただけだけれど、
隣近所の足の何本かが、
「なんか、行く先に大きな穴があるらしいよ」と、
言い始める。
そこで、すぐに歩を止めたり、
方向転換を試みる足もあれば、
とりあえず、ザックザックと全体が進んでいるわけだから、
議論しながらもザックザックと頭が向かう方向に歩を進める足もある。

「なんか変だぞおい!このまま進むとなんかやばいぞ!」と、
言い始める足が増えて、いよいよ足並みが揃わなくなり始め、
全体の動きが鈍くなり始める。
そして多くの足が、
「何か危険なものが行く手にあるみたいよ」と気づき始める。

いままさに日本はこんな感じで、
昔の日本は、
ただ「変だね」と文句は言うけれど、
その足並みを完全に止めたりするることはなかった。

つまりははっきりと意思表示をしてこなかった。
だから頭は足を扱いやすかった。

けれど、今回は、
足一本一本が意思表示を始め、
歩を止める、方向転換を考え始める、
などそれぞれが自分の意見を”表示”しはじめているのだ。

世の中が変わる時、
というのはまさにこういう時だと思う。

この意思表示をしない場合、
いくら意見交換や議論をしても、
体全体はどんどん頭が決めた方向に進んでいくので、
いつのまにか穴に落ちてしまう。

今回の原発に関しては、
この”穴”が完全に見えている。

停められない理由が100挙げられるなら、
停められる理由も100挙げられるはずである。

停められないか、停められるか、
ではなく、
停めたいか、停めたくないか、
なのである。

足である国民は、
停められるか、停められないかを、考えるのではなく、
停めたいのか、停めたくないのか、
を意志表示すればいいのだ。

足全体が意志表示をすれば、
”考える”部門である”頭”が、生き延びていくために、
いくらでもどうするかは考えるからだ。

足同士がいくら話し合っても、
全体の動きにはほとんど影響はない。
けれど、足を止めて、方向を変えたら話は違ってくる。

それはすべては意志表示だ。
「停めたい」のか「停めたくない」のか。


まだ原発自体がよく解らなくて、
自分自身の態度が決められない人もいるだろう。
去年までは実際にそういう人の数が多かったと思う。

でもここまで世論が高まってくると、
もはや”よく解らない”は通用せず、
それは”ただの無関心”というくくりに今後くくられていくだろうと思う。

だって、自分と自分の子孫が住んでいく自分の国のことなのだから。

そして、世界が日本がどうしていくかを注目している。

意志表示の仕方、
議論の仕方、
時間の使い方、
それらすべてが進化しようとしている。

こんなにも国民が一つになって動き始めたことは、
学生運動の時代以来、日本ではないのだから。

「どうしてそんなに無関心でいられるんだよ?」
「電気が無くても生きていけるけれど、自然が壊れたら生きていけないだろう?」

というFlying Dutchman のメッセージがすべてを語っている。

さまざまな問題を複雑に取りざたして、
それを言い訳に、立場を曖昧にし続ける時代は終わりつつある。

高みの見物も、批判や否定や言い訳も、
ぜんぶ時代遅れ。

私は、はっきり言う。
「原発を停めたい」

ただそれだけ。
シンプル。

実際に停められる停められないという問題が渦巻いているだろうけれど、
考えるべき立場の知識人がそれについては沢山方法を知っているはず。
私が考えても、考えなくても、事態に影響はない。
でも、「停めたい」という意志表示は何かを変えるはずだ。

すごくシンプルなこと。

原発のないニュージーランドにて。
 2012/07/23 12:51  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


人は自分が信じたいことを信じている


100%自分を信じているか

望んだものはすべて実現すると信じられているか

自分が見つめている世界、
自分を取り囲んでいる世界は、
すべて自分が創りだしていることを受け入れられているか

自分以外の誰かに意見を言う時、
それはすべて自分自身に言っている言葉だと理解できているか
なぜならその誰かさえも自分自身が創造したものだからだ

自分自身が切り離したものは
自分の想像通りの力と行動を持って自分自身に影響を及ぼす

しかし
その誰かさえも忘れてしまえば存在していないのと同じことを理解できているか

すべては自分自身の創造

人は自分が信じたいことを信じている

仕事が嫌だと思っても、
病気をしても、
哀しいことが起きても、
誰か苦手な人が目の前に現れても、
すべて、自分自身が欲して創りだしていることを理解しているか

嫌ならすべてやめられること
大好きなことに目を向ければいいこと
美しく健全な心身を想像して笑顔でいればいいこと
哀しみも受け入れそれじたいがとても美しい感情であることを知ること
苦手な誰かは自分自身のコピーであり、
そんな自分を受け入れるよう自分自身が創りだしていることを知ること

それらすべてを信じ、
自分自身がすべてを創りだしていることを信じられるか

信じるには
今の自分自身が100%完全なんだと認めること

”しなければならない”こと
”罰”
”しっぺ返し”
など自分が創造した世界には存在しないこと

それらが100%信じられるか

信じられないならば、
信じられない世界を自分自身が創造しつづけるだけ
それほどの力をすべての自我は持っている
そして起きたことに安心している
なぜなら自分自身が望んだことだから

けれどどこかで他のことも望んでいる
あまりに壮大で実現不可能そうに見えることだと
とつぜん自分自身を信じ始めなくなる

すべては実現可能だということを
なぜかそのときに限ってうたがう

”実現不可能”ということは100%信じるのに
”実現可能”ということはちっとも信じない

どちらを信じるかはいつでも自由で
宇宙はそのリクエストをいつも待っている

それならば”実現可能”だと100%信じているとリクエストしよう

もしも
自分が”望んでいない”ことが起きるとする
自分とは関係がないように見える”望んでいない”ことが起きるとする

けれどそれは
実はすべて自分が望み信じている現実が目の前に提供されているだけ
自分が信じたいことを信じただけ

とても簡単なことなのに
なにかが自分を抑制しいろいろな理由や言い訳をつけて
いつも自分を制限している

無限
全可能
創造どおり

を100%信じること
それは実はとても簡単なこと

そしてそれは
すべてを瞬時に一変させる力を持っている

人は 自分が信じたいことを信じている
何を信じたかは 自分の周囲を見渡せばその答はそろってる
自分を囲んでいるものすべてが自分が創造したものなのだから

信じることを変えれば
創造されることも変わる
想像する内容を変えれば
創造されることも変わる

なにを信じるかはいつでも自分次第で
得られるものもすべて自分が信じたもの

これらはとても美しくシンプル
すごく簡単なこと

 2012/07/20 06:45  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


KAZUYA Restaurants


この間の火曜日は、
お友だちの誕生日ディナーに、
いま話題のレストラン「KAZUYA」に連れていってもらった。

今年の4月にオープンしたばかりのこの、
ヨーロピアン・ジャパニーズ・フュージョンレストラン、
シェフの山口和也氏がオーナー兼チーフシェフをつとめる。

KAZUYAさんは広尾のアクアパッツア出身。
その彼がなぜニュージーランドという新世界で、
このようなクオリティの高いお店を開くことになったのか、
詳しいことはこちら

上から目線で申し訳無いけれど、
東京では有名レストランがしのぎを削っていて、
あらゆるスタイルのラグジュアリーな美食が揃っている。
日本人の忍耐強くきめ細やかな性格が、
よりいっそう引き立ち、かつ求められる場所が、東京であると思う。

なので、そういう目線、土場に、
こちらニュージーランドのレストランをあげた時、
接客、マナー、ホスピタリティ、そしてもちろん料理、
に至までパーフェクトなお店に行ったことがまだなかった。

というより、ニュージーランドまできて、
東京のレストランのような体験を求めてもいなかったのだけれど。。

そんななか、今回機会を得て、
日本人シェフが開いた店として注目を浴びている、
「KAZUYA」に行くことが出来た。

とにかく行ってもらうのが一番だけれど、
感想から先に書くと、

値段以上のパフォーマンスが出ている驚きにに満ちた料理、
高級レストランというくくりにあぐらをかかない、
きめ細やかで、かつ温かいサービス、
最後の最後まで、
流れるような美しい”至福の時”を堪能させていただいた。

今回わたしたちは、
$85という7品目のコースを注文。
一品一品すべてに趣向が凝らされ、
フュージョンとうたっているけれど、
フレンチの原点である、創造力豊かな、
食べる者を喜ばせるお料理のルーツを感じさせた。
シェフがワクワクして創っていることがお料理から感じる。
そのお料理はこちら(サーブ順)。



ほっこり手作りパン、
生物学、理科の実験、30色の色彩パレット、
王道フレンチスタイル、大人のフロマージュ、
とろけるデザート、

と、料理が運ばれてから食している間、
私の頭の中をかけめぐったさまざまな感触。
とにかく、すべてが美しくシンプルで驚きに満ちている。
ひじょうに手間暇かかったお料理を、
じっくり食べていく贅沢さを味わった。

そして、ワイン!
ニュージーランド産、オーストラリア産、フランス産
のワインが取りそろえてある。
ここでフランスワインにデビューした私。
こちらはこちらで新たな冒険の始まりだったのだけれど、
その話を始めると長くなるのでまた別の機会に。

高城剛さんの、
サン・セバスチャンというスペインの、
「美食世界一の街」についてのブログに書かれていたけれど、
「ユル系やB級グルメでは、世界の美食家は呼べない」とある。

私は決して美食家ではないけれど、
「KAZUYA」は、
美食の本領、ここにあり!という感じだった。

このニュージーランドで、
そんなお店を開いたことを尊敬する。

同じ日本人として誇りに思う。
「KAZUYA」
ぜひ行ってみてください。
 2012/07/19 06:42  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


雨の日は英文法のお勉強


昨日、今日と、
どさーーっっと雨が降り、
はかどりまくっていた庭作業もできず、
ちょっと家に閉じ込められる退屈な一日。

けど、晴耕雨読、
ということで、昨日は読書、
今日はお勉強、ということで、
IELTSの試験対策用教材を取り出す。

まずは文法から。

最近、わりとスムーズに意志を伝えられるようになってきて、
あとはボキャブラリーと単語かなぁ、
などと高をくくっていたけれど、
まぁ、日本語にも正しい日本語というのがあって、
それをきちんと話したり書いたりできない日本人がいるのと同じく、
英語も、習慣的に多用している言い回しや、
使いやすい言い方で表現していたりして、
もちろん相手には通じるけれど、
文法的に間違っていることも多々ある。

というわけで、まず付属のテストから。
この50問に答えて、
自分が一番苦手としている文法を洗い出し、
そこのユニットからトライして強化していくという方式。

そしてやってみましたテスト。
答はすべて3択なのだけれど、
予想していた通り、
どれがはまっても正しいような気がする答ばかり
いわゆるこれが、”解ってない”ということなのだろう。
それでも、自分の英文法の使い方を正しく知るために、
深く考えずに、自分がふだん使っている英語にのっとった、
自然な流れの答を次々選んでいった。
選びながらも、すでに自分にあるパターンに気づいてくる。

途中、その3択の微妙な違いがぜんぜんわからず、
頭がフリーズして居眠りしてしまったり
だって、勉強自体がかなり久しぶりだし・・・。

とにかく睡魔と戦いながらも(大げさ)、
なんとか50問答え終わり、巻末の答と照らし合わせ、
どのユニットから勉強すべきかを見てみた。

ワクワクするような、がっかりするような結果。
ほとんど間違っている!!!



こんなの正しくなくても伝わるじゃん、
とあやふやにしていた部分が浮き彫りに。

喋るのと書くのは違うので、
これを機に一度ぜーんぶ忘れて勉強したいと思う。
幸いおしゃべりなので、
勉強したことによって、間違いを恐れて喋れなくなる、
ということは無さそう。
きっと、勉強したことを、
書く時、喋る時、とうまく使い分けてやっていけるだろう、
と自分に高く期待!!

日本にいたらぜったいにトライしなかったことの一つ。
のんびりじっくりやっていこう。


 2012/07/16 10:13  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


数々の賞を受賞しているレストラン


この間の金曜日は、
またGrab Oneのバウチャーを使って、
Te Whau」というヴィンヤード・レストランに行ってきた。

このヴィンヤードは、
ワイヘキ島のロッキー・ベイという場所にあり、
ヴィンヤードへの道のりも景色を楽しめる。



この「Te Whau」は、
ワイヘキ島の中では一番いろいろなタイプの賞を取っているレストラン。
ロケーションと、ワインと、食事のバランスがとれているのだろう。

エントランス。向こうには海が見える。

中に入って左側にはテイスティング・バー。

雨季のニュージーランドにしてはめずらしく快晴で、
この日は本土オークランドシティまでくっきり眺めることができた。


さて、前回バウチャーを使っての食事は、
Cable Bay vineyardだったけれど、
一人$25で$50分食べられるというシステムで、
一皿$45するレストランだったのであまりお得感はなかった。

今回のTe Whauはというと、
$25で、サイドディッシュ1皿、メイン1皿、ワインテイスティング1杯、
が含まれているので、かなりお得感がある。
下記メニューからそれぞれチョイスできる。

ワインは、Te Whauのオリジナルである、
「The Point」というボルドー・スタイルの赤ワインが出てくる。
この日は、The Point 2009だった。

ボトルで$70するこの2009、ベルベッドの舌触りで、
とても美味しかった。
個人的には2010が飲みたいけれど、
それが出てくるのは来年とのこと。
テイスティングでも、現在揃えているのは、
The Point 2007,2008,2009の3年分。
来年はここに2010が加わり、2007がはずれる、押し出し方式。

私は、メインにポークを選び、サイドにサラダを選んだ

だいたいふだんランチはこんなに沢山食べないので、
ものすごいお腹いっぱいの満足感。

この抜け感はほんとここちよい。
金曜日のランチ、冬の割に席は満席だった。

後ろの席には、
日本からワイヘキ島に物件探しをしに来たっぽい、
ダンディなおじさまとエージェントが昼食を兼ねて食事をしていた。
物件のオーナー夫妻、セールス・エージェント、
おじさま、おじさまのアテンドらしき男性、
という組みあわせ。
彼らが持っている物件写真がちらっと見えたが、
かなりラグジュアリーな物件を下見している様子。
Te Whauはこの手のランチ・ミーティングにも向いていると思う。
かなり贅沢だけれど

最後に。
このレストランの周りには、
沢山のファンテールを見かけた。
ネイティブ・バードの1種で、
体はかなり小さいけれど、その倍以上ある長い尾が特徴。
フワフワと蝶のように舞うように飛行する。

マオリ語では、ティー・ワカ・ワカという可愛らしい名前。
人なつこく、近くに寄ってくる。
そんなファンテールに確実に出会えるTe Whauに、
ワイヘキ島に来たらぜひ行ってみて
 2012/07/15 08:55  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


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プロフィール
芹澤 絵美(せりざわ えみ)
スタイリスト。静岡県生まれ。文化服装学院流通専門課程卒業。サンプロデュース入社。2000年に独立。東京コレクションをはじめ、様々なショーを手がける。その後、雑誌・広告等、撮影方面にも幅を広げている。
現在はニュージランドで暮らし、スタイリストは休業中。

芹澤 絵美  プロフィール
芹澤 絵美のスタイリングはこちら
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