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「シングルマン」


昨日は、
ガーデンシネマに、映画「シングルマン」を観に行ってきた。

ファッション・デザイナーである、
トム・フォードの初監督作品。

「美」へのこだわりが非凡な彼の、
隅々まで華麗で、ため息が出る隙の無さを堪能した。

忘れ逝くもの、もしくは忘れるべきものはモノクロームで、
生(性)の片鱗が見え隠れするところは鮮やかなカラーで、
「映像」というものにこだわりぬいた作品。
そこに重厚な、ルキノ・ヴィスコンティやペドロ・アルモドヴァルあたりの作品を思わせる音楽が重なる。

このような芸術性の極めて高い作品にあえてもの申す(恐い・・)なら、
脚本としてのストーリーがそれら映像にマッチしていないように思われた、
というところかも。

「トム・フォード」
というメゾンの長いコマーシャルとして完結しているような印象。
映画というより、恐ろしく完成度の高いイメージムービー。

世界各国の古典、名作、さまざまな切り口の映画を観た人であれば、
どこかで観たことのあるシーンのコラージュとさえ感じるかも。

音楽に対してのこのスローモーションな美しい映像の流れは、
「花様年樺」のようだなぁ、とか、
浜辺を走るシーンや、あの美しい青年が「ベニスに死す」を思い起こすとか、
モノクロームの浜辺に二人が並んで寝そべるシーンも、
イタリア映画あたりの何かで観たなとか、デジャ・ヴ感が否めない。

セリフ無くても音楽だけで伝わったなぁ、というのが私の感想

とはいえ完璧主義なトム様のお仕事なので、
その厳格さには「もちろん」非の付け所はない。
でもその抜けの無さが逆にどこか滑稽に見えたりして、
ふと一歩引いてみるとナルシストすぎて微笑ましかったりしてしまう

キャンプの寝袋が出てきたときにはかなり爆笑しそうなのを堪えた。
あのシーンは難しかっただろうなぁ。
黒いサテンの純羽毛100%のだと寝袋って分からないだろうし、
とはいえジョージがああいう寝袋を持っているとは到底思えないし、
ジムの?とも思ったが、
すべてをデザインしつくすトム様だけれど、なんだかあれだけ、
どこからか適当に買ってきたシロモノみたいに見えた
プロダクション・デザイナーの苦労が垣間見えた。

あと「ウィンザー・ノット」!
柩に入るときの正装ようにスーツを残していくのだけれど、
遺言にそのネクタイの結び方をウィンザー・ノットで、と指定していく。
けど、ファッションに関わっているか、
テーラーメイドスーツを着る人以外には、
ウィンザー・ノット自体が分からないだろうし、結べないと思う、
と考えまた爆笑(心の中で、です、はい)。
女性にはまず無理だし、葬儀屋さんがパリッとした紳士だといいね、
とジョージのために思ってしまった!
そう、またもや真剣が転じてちょっとギャグ、みたいな。

完璧すぎると、
ほんのちょっと質の落ちる(とはいえそこそこ良い)物が、
逆に目立つようになる。

それもこれもぜーんぶ含めて面白かった。

ちなみに、私はコリン・ファースが大好き。
彼はどの映画でも、この作品のように背筋がぴっとした、
イギリス紳士の趣を漂わせているので、
この役は完璧にはまっていると思った。
ちょっと、イヴ・サンローラン氏を思い起こした。

次回作にも期待
この不思議な忘れられない印象を残すところは「さすが」でございます
いろいろ書いたけれど、
まんまトム・フォード様な、この作品を堪能させていただきました
 2010/12/06 08:03  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


「縞模様のパジャマの少年」


昨日は多摩川沿いを8kmほど歩いて、
今朝から腹筋周りがはげしく筋肉痛。。。

帰宅してから、
「縞模様のパジャマの少年」を観た。
命の価値を思い涙した

当たり前に捨てられていく命の中に紛れ込んだ、大切にされた命。
映画を観ている私は、
その大切にされた命が消えていくことに動揺しているのか、
それ以外の命の大切さに気づかない恐ろしい心理に衝撃を受けているのか、
人は何と比較して命の重さを決めるのか。
どの時代の価値観の中であっても、
心から無理なく正しいと思える選択が出来ることを願う。

ホロコーストを別の角度から描いた衝撃作。

とっても複雑な気持ちで一日の締めくくり。

世界の終わりには誰かと一緒にいたいですね。


「縞模様のパジャマの少年」
原題:THE BOY IN THE STRIPED PYJAMAS
2008/イギリス・アメリカ
95分
監督:マーク・ハーマン
 2010/11/14 07:24  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


「ザ・パシフィック」


wowowで、
トム・ハンクスとスティーヴン・スピルバーグが制作総指揮をしている米ドラマ、
「ザ・パシフィック」が始まった。

日米間における太平洋戦線が描かれている。
おもに、
ガダルカナル、グロスター岬、ペリリュー、沖縄、硫黄島、
が舞台。

クリント・イーストウッド作品の、
硫黄島での戦いの映画なども観てきたが、
どうもこの「ザ・パシフィック」は、
日本人としての愛国心や反米感を刺激する気がする。
わたしとしては新しい感情かも。。。

なんだろう、アメリカのヒーロー的な側面を全面に押し出した映画のほうが、
そのあたりの刺激が少なく感じる。

けれどこのドラマは、
まさにフェイス・トゥ・フェイスな感じで、
ほとんど全部戦闘シーンで、
彼らアメリカの若者と戦ってきた日本人の気持ちが逆に伝わってくる。

なんというか、
映画として余計なバックグラウンド(ドラマ?)があまり無い。
ドキュメンタリーに近い感じで、
そこに生々しい人間のおそろしい側面が刻み込まれている。

「人は、人に対して思いもよらぬことが出来る。神の御意志はともかくとして、自分自身を許せるだろうか?」

という冒頭のセリフがこの映画をよく表している。

太平洋戦争を描いた作品を見ていると、
広島と長崎の原爆は日本自身が投下ボタンを押した、
という説を思い出させる。
日本はなんのためにあんな亜熱帯の小さな島々を攻めたのか?

全10話。
全部見終わった頃に何が残るのか。
今回は満月の前後に見るのはやめておこう。
 2010/07/23 16:42  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


「クララ・シューマン 愛の協奏曲」


まったく知らなかった、
若きブラームスと、ロベルト・シューマン&クララ・シューマンの物語。

すでに作曲家として名声を得ていたドイツを代表する音楽家シューマン。
その妻であり、名ピアニストでもあったクララ・シューマン。
そして、
その二人を慕い、2人と同居する、
のちの天才音楽家、ヨハネス・ブラームス。
クララ・シューマンはブラームスが愛したただ一人の女性。
彼女と出会った日から、彼女が死ぬ最後の日まで、
彼女との絆は結ばれたままだった。

すごい。
こんな物語があって聴くブラームスはまた一段と違った印象だろうな。
しかも、ブラームスは有言実行で、
最後の最後までクララに言ったことを守る。

才能ある音楽家が3人も寄り集まって、
しかもその才能に代償を払うように苦しむ姿。

ロベルト・シューマンの死、
クララ・シューマンの死、
そしてヨハネス・ブラームスの死。

人はみんな死ぬけれど、
誰かへの想いが集約された、
こんなに密度の濃い人生の終わりは、儚くてなんだか悲しい。

この映画の監督は、
そんなブラームスの末裔である、
ヘルマ・サンダース=ブラームス。
ブラームス家に伝わる最高のロマンスなのかもしれない。

うちにはブラームスが一枚もないけれど、
今度ダウンロードしてみよう。


「クララ・シューマン 愛の協奏曲」
原題「GELIEBTE CLARA」
2008年 ドイツ・フランス・ハンガリー
110分
ヘルマ・サンダース=ブラームス監督作品
マルティナ・ゲデック、パスカル・グレゴリー出演
 2010/07/17 16:07  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


「禅 ZEN」


春は花
夏ほととぎす
秋は月
冬雪さえて、すずしかりけり

映画「禅 ZEN」を観た。
良かった。
すごく良かった。
必要なタイミングで与えられた作品な気がする。

いつも座禅をしに行く大徳寺派のお寺、
寿光院別院の坐禅堂に、文殊様のお像がいつも座していた。
でも文殊様がどなたかをずっと知らず、
恥ずかしながら、文殊様が道元禅師であり、
日本の座禅道の開祖であることをこの映画で初めて知った。
知識よりも行動が先だった。

「自分らしく生きる」ということが、出来ていない時代があった。
まだ、「禅」も知らず「千利休」も知らなかった。
自分を取り囲むありとあらゆるものに惑わされ、
自分がどうありたいのかが分からなかった。

毎日毎日考えて、
たどり着いたのは、
自分が心の底から望んでいたのは、「あるがまま」であること。
私を縛っていた一番の鎖は、素直でないこと、だった。
当時の私には「あるがまま、素直になる」ということが、
とても難しかったように思う。
そして、現在のような状況になるのにはおそらく10年以上はかかったし、
今だってまだまだ追求の途上にある。

2000年の師走に父が亡くなり、
その後母と二人で、母の実家がある伊東に出かけた。
そこで導かれるように寿光院にたどり着き、
寛海和尚(現在は和尚ではなく閑栖)に出会い、
座禅を組ませていただき、お茶を一服いただいた。

禅道は、私にとっては、
おそらくずっと求めていたもので、
とっかかりは、今よりもっとずっとミーハー的なものからだった。
ジョン・レノンを初めとして、
ひとかどの人は禅道に通じていると感じ、
どこか憧れの対象でもあった。

求めていてもすぐに得られないものもある。
自分自身が本当にたどり着きたい境地が、
なんであり、そして現在どのような心持ちであればよいのか、
それは簡単には体得出来ない。
掴みかけたと思ったらいつの間にかまた世俗にまみれている。
それは禅堂で座していないときでも日常で感じる事。

ただただ座り続ける。
これほどシンプルな事が行えないのだから。
出家していないのだから当然のことなのかもしれない。
寺の静けさの中でだって煩悩にまみれるのだから。
いや、むしろ静けさの中でのほうが煩悩が際立つのかもしれない。

世俗にありながら、
「あるがまま」でいられる環境作りをする。
出家していない私たちには、
「シンプルに生きる」ということがおそらくその答えである。

心の中で求め続けていることは、
時間がかかっても次第に形になっていくもの。
それがその人の人生そのものを表しているのだと思う。

禅は、宗教ではない、と私は思っている。
誤解を恐れずに言えば、仏教でもないと思っている。
なぜなら星を超えて宇宙と一体となっているから。
この一体感がMAYAとも私的には通じている。
禅、茶道(千利休の)、MAYA、
気づくのに時間がかかったけれど、通じるところは同じな気がする。

まだまだ遥か遠くにあるような、
それでいて内にはすでにあるような、
そんな禅。
これからも折あるごとに、
その世界に少しでも触れられればと思う。


悟りをするために座禅をするわけではない

禅、あるがまま、あるがまま


「禅 ZEN」
2009年日本
高橋判明監督作品
中村勘太郎、笹野高史、テイ龍進、村上淳 出演
 2010/07/03 10:04  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


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プロフィール
芹澤 絵美(せりざわ えみ)
スタイリスト。静岡県生まれ。文化服装学院流通専門課程卒業。サンプロデュース入社。2000年に独立。東京コレクションをはじめ、様々なショーを手がける。その後、雑誌・広告等、撮影方面にも幅を広げている。
現在はニュージランドで暮らし、スタイリストは休業中。

芹澤 絵美  プロフィール
芹澤 絵美のスタイリングはこちら
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