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曼荼羅クロージング・セレモニー


先週の中頃、
ワイヘキ島の新聞を読んでいたら、
本土ファンガレイにあるチベット仏教センターから僧が来て、
砂で曼荼羅を書いているらしいと知った。

大きさにもよるけれど、
だいたい1ヶ月くらいかけて書くものらしいが、
今回は2週間前から書き始めたということで、
昨日、日曜日にクロージング・セレモニーが行われた。

チベットには特別な思いがあるが、まだ行ったことがない。

ということで、
週末遊びに来てくれていたシティからのお客様を送った後、
島のMARAE(マオリ族の集会所みたいなところ)、
「PIRITAHI HAU ORA」という場所に向かった。



中庭ではすでにセレモニーが始まっていた。



セレモニーをしきっているのはほとんどがマオリ族の人々だった。
マオリ語でなにかの祈りが捧げられていた。
さっぱり内容がわからなかったけれど、
天と地と自然がこの祈りに耳を傾けているように感じた。

そして僧からの返礼の挨拶が終わると、



砂の曼荼羅が置いてある建物の中にいざなわれた。
それは会場中央にあった。


細かい作業がわりと得意な私でも、う〜ん・・と唸る細かさ。
砂に乱れが無い=集中力なのか?


これをじーっと見ていたら、
人混みの隙間から子どもがやってきて、
ロープの下から手を伸ばし、
曼荼羅の端の部分を触って砂を崩してしまった!
大人達のOh!!というざわめき声。

子どもの母親はすぐに子どもの手をつかんで後ろに下がっていった。

この場面は、いろいろな感情を人々の中に巻き起こしたと思う。

ニュージーランドにおける子どもの教育
異文化におけるアートへの概念
アートと平和の意味


私の中でも複雑で、
貴重なアートを壊してしまった子どもへの苛立ち、
けれど子どもの偉大さに比べたらアートなんてちっぽけなもの、
とも感じる自分、
この曼荼羅がフランスの美術館にあるようなものだったら、
フランス人はどう対応するのだろうか?
子どもの教育に対する考え方が日本とは大きく違うこの国の、
子どものこのようないたずらにチベット仏教はどう接するのか、
などなど、私の心の立ち位置もさまざまに変化した。

そんななか、僧達の儀式が始まり人々はそちらに集中し始めた。



たくさんの儀式の道具。
それらを使いながら合唱。
耳に心地よい祈りの声が響き渡る。

以前から私には、「神」や「仏」などの”切り離された”概念はなく、
仏像や、十字架など、
神の象徴とされるものに特別な思いをおかなくなった。

それは信じる信じないとかではなく、
宇宙と自然と自分が一体であり、
すべては自分自身から創造されていることを感じたからである。

なので、儀式の道具や、それらを執り行う人々に、
畏れや特別扱いはない。
むしろその儀式や道具の形態の違いが、
さまざまな分離や対立を生んでいると思っている。

けれど、それらを大切にしていて、
そのような習慣に身を委ね、
”自分以外の何か”を信じている人々の気持ちはある程度尊重している。

そんな思いでこのセレモニーを見つめていた。

このイベントに寄与した7人の人々に、
青い袈裟みたいなものが僧から贈られ始めた。



不思議なことが起きた。
この袈裟を頂いた方の1人が、
その袈裟を近くにいた私の首に突然かけたのだ。
それは突然の出来事で私も驚いた。
けれどすぐに私は、祝福が分け与えられた、と感じ、
ただの物ではあるが、その袈裟が少し特別に感じた。
というより、その袈裟を特別にしているのは、
私ではなく、そこに参加している人々であり、
私は、袈裟をとおして、そのようなさまざまなエナジーをとても感じた。

そして、曼荼羅アート、
それ自体が意味しているものの神髄と思われる儀式に入った。

曼荼羅アートの解体である。

ここにすべての答あり。
「世は諸行無常であり、空である」
あの子どもの行いも、
無垢な象徴である子どもをとおしての神の御業。

何かにこだわって怒ったり争うものではない、
という、簡単そうで難しいところを教えている。

その境地に至るために苦行をする必要はまったくないが、
この平和的な思想を持つ仏教が日本の主流であって良かったと思った。

砂は壺におさめられ、
同時に小さな入れ物を持ってきていた人々に配られた。



昔の私だったら、この砂をもらうことを特別に思っていたと思う。

けれど、教えの通り、すべては空である。
こののち、この砂を水(海)に流す儀式へと移っていく。
マオリの楽隊と僧の後に人々が1列になって続き、海へと向かった。



浜辺で祈りの儀式。

教典を与えられた僧の横の子どもが可愛かった。


そして、海に砂を流す。


砂は花と一緒に流され、それを見つめる人々。


そしていよいよフィナーレ。
最後は、マオリの儀式で締めくくられた。
この儀式はフォキと呼ばれ、人々と僧が一緒に手を繋ぎ輪になり、
ブレス(祝福)を、自分の左側の人に額を通じて与えていくのだ。



大人も子どもも赤ちゃんも、
祝福と思いは、輪を1周回り、僧の元へと戻ってきた。
輪廻。

後半は寒さに耐える修行のようだったが、
帰国直前にワイヘキ島でチベットの儀式を体験できて良かった。
きっとどこかで求めていたことが実現したのだろう。

 2012/08/27 06:37  この記事のURL  /   / トラックバック(0)


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プロフィール
芹澤 絵美(せりざわ えみ)
スタイリスト。静岡県生まれ。文化服装学院流通専門課程卒業。サンプロデュース入社。2000年に独立。東京コレクションをはじめ、様々なショーを手がける。その後、雑誌・広告等、撮影方面にも幅を広げている。
現在はニュージランドで暮らし、スタイリストは休業中。

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