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粋なチャリティー「奇跡の一本松で作った万年筆」

(左)モンブランジャパンCEOマキシム・アラール氏、(中央)陸前高田市・市政アドバイザー村上清氏、(右)落札者の篠原ヨシ子さん

モンブランは、東日本大震災へのチャリティーを面白い形で実行している。震災4年後の2015年3月11日には、日本国内のみで販売の特別限定万年筆「マイスターシュテュック 奇跡の一本松」 (481000円・税別)113本を発売。即日完売し、小売価格の20%にあたる約1200万円とシリアルナンバー1番の万年筆を陸前高田市に寄付した。この万年筆は、「有名な奇跡の一本松の切り落とされた枝を使った万年筆を」いう陸前高田市民からの要望により製造されたもので、松の皮を剥ぎ、熱処理を施した後、ドイツ・ハンブルグのモンブラン本社へと空輸。ハイグロスコーティングされたボディとキャップに使用され、自然な木目の為、個体差があり異なった印象を与える。またグレーの陰りと波打った模様は、津波の力と海水の塩分によって形作られたものだそうだ。寄付金の8割は、学校の電子黒板として活用され、2割はNPO法人陸前高田市支援協議会 Aid TAKATA(子供たちの国際交流)に使われ、シリアルナンバー1番は市内で展示されているそうだ。



18金のペン先には「奇跡の一本松」のデザインをエングレーブし、また尻軸には在りし日の高田松原の松林をイメージした伝統的な松柄を施した。そしてキャップリングに「Rikuzentakata 11/03/2011」とシリアルナンバーが刻印されている。
さて震災5年目の今年は、また新たなチャリティーの試みを実施した。それは1点しか存在せず、本社にアーカイブされる予定の試作サンプルをオークションに出品し、その落札額全てを再び陸前高田市に寄付するという。
2016年5月25日には、陸前高田市との寄付贈呈調印式と試作サンプルを落札した愛媛県在住の篠原ヨシ子さんへの引き渡し式を行った。落札額は926000円で、篠原さんは「使用せずに亡き夫の仏壇に供えた後、新居浜の美術館に寄贈したい」と抱負を語った。
こうしたチャリティー活動。アイデアと発想の豊かさを源にして、次々と生まれてきてほしいものだ。


制作過程などを紹介するアラール氏
 2016/05/28 18:35  この記事のURL  / 

着る人によって変わるシーズンレスの服 13 BONAPARTE

初来日したダビッド・サルファティ

パリのメンズ合同展「MAN(マン)」に出展する「13 BONAPARTE(トレーズ・ボナパルト)」は、春夏・秋冬のシーズンを追いかけるファッション産業のコマーシャルスタンスから距離を置き、定番を進化させるコレクションを目指している。「着る人の解釈によって同じ服が別のものになる」というデザイナー、David Sarfati(ダビット・サルファティ)は、NYのFIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)で「ファッションビジネスとマーケティング」をテーマに修士号を取得し、パッケージデザインの道へ。一風変わった経歴のダビッドに話を聞いた。



ファッションに目覚めたのは?
両親がパリ市内と郊外で、スポーツ系の洋服屋(ブティック)を営んでいました。夏休みには店を手伝っていましたから、小さい頃から自然と自分のブランドを持ちたいと思っていました。ただ少し違った事もしてみたいとFIT卒業後、コスメのパッケージデザインの仕事でブランディングなども学んできました。
帰国後、方向性も手法も明確に決めていました。それは、お客ときちんとコンタクトを取り、自分の世界観を伝えたいという事で、2011年にブランドを作り、12年にはマレ地区に店を構えました。15年6月からはマンに出展して卸も広げています。日本の「エディフィス」が店を訪れて、ラインナップの多くを買い付けてくれたのが印象に残っています。

日本の消費者については、どんな印象を持っていますか?
日本人は服の自由さと可能性を大事にしていると思います。洋服を着て、アイデンティティーを構築し、着る人によって違ってくる。そんな服の持つ飛翔感を理解しているのだと感じます。私自身と心の在り方がシンクロしているように感じていて、シンプルさやナチュラルさ、本物に対する審美眼や物に対する尊敬の気持ち、厳格さを伴った行為など共感する部分が多いのです。例えば美容師のオーダーの受けとめや仕事の緻密さのように。
私の商品の生地やフォルムに対する理解がある意味、ツーカーのように感じるのです。
ある日、店に若い日本人観光客の男性が入ってきて、英語で「服が僕に語りかけてくる」と語ったのです。2時間ほど話をし、翌日、友人を連れて再来店しました。彼は、誠実さを持って服と対峙していたのだと感じました。そんな日本人と共通する居心地の良さとホスピタリティーを実現していきたいと考えています。



対極にあるファストファッション(FF)のもたらす構造変化について、どのように考えますか?
FFは確かに面白いものを安価に手が届かなかった人々、あらゆる階層に平等に届けるという点や古いものは捨てて変化と楽しさを提供し、通りが華やぐという役割を果たしています。
一方で私のコレクションは、継続性に重きを置いており、着る人のアイデンティティーも変わらず、毎シーズンのコレクションも大きくは変えていません。それはFFが「変化」なのに対し、私のコレクションは「進化」なのだと思っています。

10年後、どのようにありたいと思いますか?
自分の世界を色々な国に広げていくこととアクセサリーなども展開したいです。インターナショナルに店を展開し、個々の店で顧客とインスピレーションを交換していきたいです。花開いていくようにブランドの成長が、自身の成長になると考えています。
あとは世界各地を旅したいですね。

<問い合わせ>ユニット&ゲスト


 2016/05/23 23:49  この記事のURL  / 

アナログ音源の持つ見えない魔力


5月21日の土曜日、「かぐや姫」「風」のメンバーだった正やん(しょうやん)こと、伊勢正三の東京での1年振りのソロコンサートに出向いた。場所は渋谷のオーチャードホール。「THEN AND NOW」と題されたツアーで、懐かしい楽曲が8割ほど、本人曰く「20年以内はNOWの新曲」が2割。
翌日の日曜日には、アニソンやお母さん応援ソングで有名なピアノのシンガーソングライター、木村真紀のサロンコンサートへ。場所は横浜市緑区の閑静な住宅街にある「なごみ邸」という古民家を改装した大きな庭のある一軒家。初夏の日差しが降り注ぐ庭をバックに爽やかな歌声を聴かせてくれた。


左・ピアノは木村真紀、中央はゲストの下成佐登子、右はバイオリンの所素子
春には桜が満開になる素敵な庭を眺めながら

2日続けてライブ漬けの充実した週末を過ごしたが、やはりライブには、同じ空気を吸い、その場にともに居るという充足感と臨場感が満ちている。
さて近年、音楽業界ではアナログ音源の人気が高まっているという。レコードは既に人気上昇基調だが、カセットテープにも注目が集まっている。先月、新宿でリニューアルオープンしたビームスジャパンには写真のように80年代に席巻した大型のカセットレコーダーのコーナーが登場した。


CD売り上げが減少し、音楽配信が主流になる中、ある種の反動なのだろうか。しかし、配信やCDなどのデジタル化された音源が、人間の可聴域の範囲の問題だけではない限界性を示しているのではと思うのは筆者だけではないだろう。さらに圧縮されたデータをMP3プレーヤーで聴いていると尚更だ。もちろんハイレゾなど更に進んだ技術により、そのレベルを上げてきてはいるのだが、アナログ音源を通じて感じられるデジタル音源に無い何かが、聴く人の心を揺さぶるのではないのか。
それは何れ科学で解明されるものなのだろうが、人間が自然と対峙し、ナチュラルでオーガニックな生き方を求めている時代性と軸を一にしている部分も多い気がする。
翻ってファッションの世界でも、80年代リバイバルの流れが顕著だ。復刻される往年のプレーヤースニーカーやブルゾン、ビッグシルエットのトップスなど、かつてのアナログ音源の緩くて温かみのある時代感への憧憬とリンクしているのかもしれない。
またECだ、オムニチャネルだと喧しいが、実店舗の空気感と会話に大切な何かを掘り起こされる感覚が潜んでいるはずだ。
時代は繰り返す、或いはネタが尽きてモダナイズされる。そんな単純な発想では済まされない大きなパラダイムシフトがリーマンショック以降起こっているのだろう。
マネーゲームの為にパソコンの前でもがき、
コストダウンの為に倫理感から目をそらし、
株主利益の為に人生を捧げることの虚しさを大きな空気が感じている証なのだ。
それを敏感に察知し、すくい上げることが、これから暫く、いや、かなり長きに渡って続くであろうビッグトレンドなのではないかと思う。
 2016/05/22 19:30  この記事のURL  / 

商売というより交流を〜ビアリッツから来たフレンチ・エスパの二人組 ART OF SOULE

左がジュリアン、右がマチュー


フランス南部・バスク地方は、スペイン国境と接していることもあり、エスパドリーユの産地でもある。素朴なジュートとカラフルなアッパーは、ラテン系カンパーニュの楽しさを伝えてくれる。19世紀から続く代表的な産地でもあるMauleon-Licharre(モレオン・リシャール)に現存する老舗工場で生産しているフレンチ・エスパのブランド「ART OF SOULE(アート・オブ・スール)」のデザイナー、Mathieu Labat(マチュー・ラバ)とJulien Maisonnave(ジュリアン・メゾナブ)の2人が4月12〜19日に伊勢丹新宿店で開かれたイベント「Bonjour France(ボンジュールフランス)」の為に来日した。


スポーツ関連の会社に勤めていたマチューと銀行員だったジュリアンは、モレオンの老舗エスパ工場の一家と出会い、そのエスパドリーユのアッパーに「ツールド・フランス」のロゴを貼り付けたものを試作。乗りでサッカーの「パリ・サンジェルマン」や「ローランギャロス」「セックスピストルズ」などの版権を取得して、販売を始めたそうだ。
どこで売るかというと、それは朝市(マルシェ)。バスク地方を中心に、野菜や魚と並んで、カラフルなエスパドリーユを販売していった。

そろそろきちんとしたブランドにしないかと言われ、2010年にパリのフーズネクスト展に出展し、大きなオーダーを得た。地元のバスク地方やパリのギャラリーラファイエット百貨店にも卸し、イタリアの代理店も決まったことから、翌年にはピッティ・ウオモにも出展。ここで日本の代理店となるフライオンの渡辺好行社長と会うことになる。

14年には地元のリゾート地・ビアリッツに旗艦店を開設し、現地で開かれるミュージック・フェスにも協賛するなど草の根の活動も行なっている。


ビアリッツの旗艦店

メインラインは価格を抑え、全てフランス生産にこだわっている。一方、日本限定で発売している「トリコロールレーベル」は、イタリア、スペイン、日本などフランス以外の生地もアッパーに使用し、よりモード感を強めた。
これまでの特徴であった斬新な色使いや独創的なプリントを主としたコンセプトのメインラインに対して、より上質で清涼感のある素材を積極的に採用し、オックスフォードや色鮮やかなギンガムチェックなどのシャツ生地、洗いの掛かったキャンバス生地などアパレル製品やカバンなどでも使用される素材を柔軟に採用して作られている。

また伊勢丹では、刺繍をカスタムオーダーできるイベントも実施したが、今後は手描きのカスタムメイドなども採り入れていきたいとしている。



これからは60〜70年代のシトロエンのカミオン(トラック)にエスパドリーユを積んで、マルシェに復活出店するなど、自分たちのDNAを残しながら、「商売というより交流」を図っていきたいとビジョンを語った。

50〜60年代には5000人もの職人が居たモレオンも、今は4〜5工房、60人まで縮小してしまった。そんな伝統産業を守る活動を一歩一歩進めて行きたいという心意気が伝わってきた。

 2016/05/01 10:00  この記事のURL  / 

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名前:久保 雅裕
Masahiro KUBO

アナログフィルター『ジュルナル・クボッチ』編集長

ファッションジャーナリスト・ファッションビジネスコンサルタント。繊研新聞社に22年間在籍。『senken h』を立ち上げ、アッシュ編集室長・パリ支局長を務めるとともに、子供服団体の事務局長、IFF・プラグインなど展示会事業も担当し、2012年に退社。

大手セレクトショップのマーケティングディレクターを経て、2013年からウェブメディア『Journal Cubocci』を運営。共同通信やFashionsnap.comなどにも執筆・寄稿している。杉野服飾大学特任准教授の傍ら、コンサルティングや講演活動を行っている。また別会社で、パリに出展するブランドのサポートや日本ブランドの合同ポップアップストアなども実施し、日本のクリエーター支援をライフワークとして活動している。
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