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誰も知らない天才写真家の素顔を探る 映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』

(c) Vivian Maier_Maloof Collection
(c)2013 RAVINE PICTURES, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


シカゴのオークションで偶然発見し、たったの380ドルで落札した大量のネガ。
そこには現代写真史を塗り替えるような秀逸な作品があった。そんな夢のような話から、その知られざる写真家、いや実態は乳母・家政婦を生業としてきた一人の女性の謎を解き明かしていく興味深いドキュメンタリー映画だ。

2007 年、シカゴ在住の写真好き青年、ジョン・マルーフがオークションで大量の古い写真のネガを手に入れた。その一部をブログにアップしたところ、熱狂的な賛辞が次から次へと寄せられた。この奇跡の大発見を世界の主要メディアが絶賛。写真集は全米売り上げナンバー1を記録し、ニューヨーク、パリ、ロンドンでいち早く展覧会が開かれるや人々が押し寄せた。一方で権威主義のMOMAなど有名美術館は、この才能を認めようとしないなど、現代写真界の不条理もさらけ出している。
撮影者の名前はヴィヴィアン・マイヤー。すでに故人で、職業は元ナニー(乳母)。決して素性を明かさず、15万点以上の作品を残しながら、生前1枚も公表することがなかった。ナニーをしていた彼女がなぜ、これほど優れた写真を撮ることができたのか?なぜ誰にも作品を見せなかったのか?
乳母として接してきた子供たちや雇い主である親たちが、口々に語るヴィヴイアンの性格や日常などのエピソード。それらをリアルに物語るヴィヴィアンが撮り溜めた8ミリや15ミリのフィルム、写真とともに、人物像を紡いでいく。遺品の中には、大量のメモやレシートの数々、新聞を溜め込んで、うず高く積まれた部屋、男性の労働着のようなスタイル、ガラスや鏡に映したセルフポートレートなど、自意識が強く、収集癖のあることも覗える。
偉大だけれど偏屈で変わり者の天才写真家の真実の姿を、この映画と共に探し求める旅を楽しみつつ、作品そのものに溢れる時代性や構図にヒントがたくさん隠れている気がする。
もちろん、この作品の監督は発見者であるジョン・マルーフが務め、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にもノミネートされた。
10月10日よりシアター・イメージ・フォーラムほか全国順次ロードショー。
<リンク: https://www.youtube.com/watch?v=5IBIv1FweK4><予告編URL>





 2015/09/24 20:15  この記事のURL  / 

八重山ミンサー織りと夏の思い出


9月のはじめ、大型の台風15号が過ぎ去った後の石垣島と竹富島を訪れた。台風一過のむしむしと汗ばむ陽気の中、各地を巡ったのだが、特に竹富島の素朴さには心癒されるものがある。



石垣島の離島ターミナルから高速船で約15分。あっという間に竹富島に着いてしまった。船内は冷房が効いていて快適なものだ。竹富島は石垣島の南西部の沖合6キロに位置する島で、自転車で簡単に回れてしまうほどの小ささだ。村にはレンタサイクルが各所にあり、手軽に借りることができる。



島内には石を積んだ垣根が各家々にあり、入口に目隠しの垣根があるのが特徴で、景観が保たれている点が、多くの人々の心を魅了して止まない。



こういった街中を水牛車で回るのも旅の楽しみの一つ。島には2軒の水牛車観光があり、新田観光は地元の業者だそうだ。歴史や文化について丁寧に話しながら、のんびりと街を散策し、島の民謡を三線で奏でながら歌ってくれる。また、この水牛、自ら手綱に入って準備万端収まるから素晴らしい。我が家の駄犬にも教えてほしいものだ。

島民は毎朝、必ず自身の家の前を掃き掃除しなければならないそうで、サンゴを砕いた白砂の道と灰色の石垣、そして赤茶色の屋根瓦で街の美観が統一されている。こうした歴史的文化的な遺産を後世に引き継いでいく活動は妻籠宿など各地でもあるが、竹富島のそれは、やはり本土と違った南の島、琉球文化を色濃く反映して、エキゾチックでもあり、郷愁も誘う。
さまざまな知恵を結集しながら守り続けていきたいものだ。





石垣島と竹富島には土着の織物文化がある。八重山ミンサー織りと呼ばれるもので手織りの素朴なものだ。竹富島の中心部にある民芸館には、手織り機が置いてあり、実演してくれることもあるようだ。「ミン」とは綿、「サー」は狭いを意味し、絣の一種の幅が狭い織物だ。また別に「綿紗」から来ているという説もあるそうだ。



船着き場近くにも竹富島ビジターセンターゆがふ館があり、島の伝統行事や自然、歴史を学ぶことができる。
仕事に追われる東京暮らしをひと時だけ忘れることができたような、できなかったような。そう次回はパソコンを持っていくのを止めたい。

石垣島のみんさー工芸館のホームページにはミンサー織りの詳しい説明がある。

 2015/09/12 21:39  この記事のURL  / 

市井の自由人が世界の為に成し遂げようとしたこと 映画『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

(c)2015 LUCKY BIRD PICTURES GMBH,DELPHIMEDIEN GMBH,PHILIPP FILMPRODUCTION GMBH & CO.KG
(c)Bernd Schuller


意外と知られていない歴史のエピソード、それがこのヒトラー暗殺未遂事件だ。
犯人はどの組織にも所属していない単独犯。しかも田舎町に住むユーモアのセンスがありながら、ちょっと女好きな家具・時計職人の青年だったというから驚きだ。ゲシュタポは、彼が単独犯だという事をにわかには信じない。当時ナチ党は集会を彼方此方の街のビアホールで開くのが常だった。1939年11月8日、ミュンヘンのビアホールでミュンヘン一揆記念演説を行っていたヒトラーは、悪天候の為に早く切り上げ、立ち去った。その13分後に仕掛けられた時限爆弾が爆発し8人が死亡した。九死に一生を得た格好のヒトラーは激怒し、犯人の組織を厳しく追及するように指令を出す。



犯人のゲオルク・エルザーは、スイス国境に近いコンスタンツで時計職人をしながら、休日には湖畔でアコーディオンを弾き、若者たちと戯れる平凡な生活を送っていた。しかし、母親の頼みで実家のヴュルテンブルク(ドイツ南西部)に戻り、家具職人をしながら生計を支え始める。静かな街にもナチ党の台頭とともに変化が訪れる。ユダヤ人と暮らす女性への辱めや民主主義者、共産主義者への弾圧。平穏に暮らす人々の心を塗り替えていくファシズムの不自然さが、本質的な自由人としての資質を持っていたエルザーには耐え難い事だったのだ。その自由人としての生き様には、女性との関係も含まれている。当時、人妻だったエルザ(名前が似ていてややこしいのだが)と恋仲に落ち、やがて将来を約束する仲へと発展していく。
逮捕された後、完全黙秘を貫くエルザーに対して、元婚約者のエルザの命を盾にされ、尋問に答えることになる。エルザへの想いは、潰えてなかったのだ。
激しい拷問と尋問やゲシュタポの焦り、そしてエルザーの回顧シーンの行き来で展開が進み、観る者の理解が進んでいく。
かつて日本にも同じような時代があった。戦後70年の節目の年に、自らの国の恥ずべき姿も顧みる機会が必要かもしれない。
10月16日よりTOHOシネマズ シャンテ、シネマライズほか全国順次公開予定。
http://13minutes.gaga.ne.jp/



 2015/09/07 20:22  この記事のURL  / 

利益ありきのベンチャーは、やがて滅びる


携帯アプリでお馴染みの「LINE」傘下にあるボンサイガレージが8月27日、ファッション・ライフスタイル分野におけるB2Bのオンライン卸「LINE Collection(ラインコレクション)」を本格始動させ、東京・渋谷ヒカリエにあるライン本社内にサンプルを見ることができるショールームスペースもオープンさせた。



詳細は、アパレルウェブの記事に譲るとして、その記者会見の中で「ブランド、小売双方から登録料などを取らず、内外価格差もない中で、利益は、どのように出していくのか」という質問に首藤社長は、こう答えた。「まだ、採算が取れるという状況ではないが、仕組みを作り世界の小さなクリエーターが活用できるプラットホームに育てられればと考えている」と。
経済紙は常に利益の事を聞きたがる。もちろん、それも大切なことだが、理念や社会に貢献する意味があってこそ、レゾンデートル(存在価値)が生まれ、その企業が必要とされながら、生き残っていくのだ。その点を忘れて、これだけ儲かるから投資価値があるとか、起業する意味があるなどというのは、本末転倒だ。
閑話休題。だからと言って問題を全く抱えていない訳ではない。
「365日いつでもオーダー」というが、シーズン物のコレクションを展開しているブランドには常にオーダーの締め切りがあり、3ヶ月で納品が可能なところは少数だ。ましてやオーダーがまとまるまでは、最初の頃にオーダーした小売りは、締め切りまでの期間、余計に待たされることにはならないか。また「バイヤーは海外の展示会場で商品を見ながら、決裁者は日本でラインコレクションを見ながら、相談してすぐ数入れできる」という夢のような話も出た。しかし多くのブランドは、展示会ギリギリにサンプルが上がってくる。それを撮影してラインコレクションにアップする時間的余裕は持ち合わせていないのでなかろうか。
参加ブランドとは、独占契約となる。そのことによるミニマムロットの問題も出てくるだろう。それをクリアできるだけのオーダーを確保できるかも初期段階での苦労が予想される。もちろんミニマムの小さなところからのスタートを心掛けていく事は容易に想像できる。ブランドにとっての日本市場開拓の戦略にも微妙な変化が加わることになる。海外展示会に日本のバイヤーが来場した際の反応、すなわち海外出張しなくても取引できてしまうブランドへの冷ややかな対応が待っているかも知れない。
価格については、現地小売価格と同じ価格に収まるようにFOBを調整してもらったり、粗利率を落として対応しているという。涙ぐましい努力だ。単純に計算しても、30%のディスカウントを貰わない限り、内外価格差をゼロに近づけることは不可能だ。この仕組みで果たして、いつまで続けることができるのだろうか。因みにラインコレクションからは、全て下代出しになるそうだ。
敢えて克服すべき課題を挙げてみたものの、そんな杞憂をすぐに思いついてしまうのが、既成概念に捕われた業界人の悪い癖だ。新しい商習慣や仕組みは、アイデアのある人たちの中から生まれてくる。ITとコンピューターを道具の一つとして、瞬時に世界とつながり、「慣れてしまえば、何ていう事も無かった」という時代が、すぐに到来するのだろう。タブレット端末を片手に、サクサクとオーダーをこなし、時間を作って街に出て、アートやカルチャーに触れることで、さらに感性を磨く。忙しいバイヤーや業界人にとっては有難いプラットホーム作りの第一歩となってほしいものだ。そして日本とは全く接点の持てなかった小さなクリエーターたちが、日本と接する、いや世界とつながるツールになってこそ、このサービスの価値が利益に転ずることになるのだろう。

 2015/09/01 21:12  この記事のURL  / 

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名前:久保 雅裕
Masahiro KUBO

アナログフィルター『ジュルナル・クボッチ』編集長

ファッションジャーナリスト・ファッションビジネスコンサルタント。繊研新聞社に22年間在籍。『senken h』を立ち上げ、アッシュ編集室長・パリ支局長を務めるとともに、子供服団体の事務局長、IFF・プラグインなど展示会事業も担当し、2012年に退社。

大手セレクトショップのマーケティングディレクターを経て、2013年からウェブメディア『Journal Cubocci』を運営。共同通信やFashionsnap.comなどにも執筆・寄稿している。杉野服飾大学特任准教授の傍ら、コンサルティングや講演活動を行っている。また別会社で、パリに出展するブランドのサポートや日本ブランドの合同ポップアップストアなども実施し、日本のクリエーター支援をライフワークとして活動している。
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