« 前へ | Main | 次へ »
映画『残されし大地』の遺した静かな衝撃

(c)CVB/WIP/TAKE FIVE-2016-Tous droits reserves

ベルギー人が監督したフクシマのドキュメンタリー映画『残されし大地(原題;La Terre Abandonee)』。それはまるで、フィクション映画のように非現実的に見えた。日頃、ニュース映像などで頻繁に目にしているはずの福島の被災地の絵面とは、全く違って見えたのだ。そう、一端を垣間見せるだけのニュースでは、本当の姿は伝わってきていなかったのだ。
草が生い茂ったガソリンスタンド、ひと気の無いコンビニや商店街、ただ警戒線のロープやカラーコーンだけが不自然さを保ったまま延々と続く道。SF映画の導入部の為に、そんな打ち捨てられた街のセットを作ってみたかのように感じられた。人が住まなくなった廃坑となった炭鉱町やあるいは軍艦島のような・・・。



富岡町で取り残された犬や猫の世話をし、牛からダチョウまで面倒を見る松村直登さんや農作物を育てる半谷夫妻。ボランティアの力を借りて、庭を除染し、家をリフォームして戻ってきた佐藤夫妻。彼らを軸に、その周辺の人々の日々の営みを丁寧に映し出している。
決して声高に反原発や東電・政府に対する憤怒をぶつけるのではなく、美しい福島の自然、捨てがたい故郷とそこでの営みが、何にも勝っていることを、ただ静謐に市井の人々の暮らしを通して伝えているだけだ。



監督は日本人を妻に持つベルギー人のサウンドクリエーター、ジル・ローラン。初めての映画監督作品との事。除染した土砂や木々を詰めていく回収車やクレーン車の轟音、空しく響く行政の拡声器の音、それらが立ち去ると一気に静けさが増し、自然の風と虫や動物の囁きしか聞こえなくなる静寂感。さすが音響に携わってきた人の作品だけに、その点での効果も素晴らしく感じられる。
寂寞とした孤独感を伴った荒涼感と大地への愛着の対比で、そこに暮らす人々の土地への想いが伝わってくる。ポルトガル語に「サウダーデゥ」という言葉がある。ある人は「去っていった恋人への想い」と言い、ある人は「故郷への郷愁」と語る。訳しようの無い言葉だが、どこかに通底するものを感じた。



避難してストレスにさらされながら、人間らしい生活を放棄させられて生きるのか。それとも放射線と共に生きながら、愛する大地と暮らしを失わないで、人間らしく生きるのか。残った人々の尊厳が結果として東電・政府を静かに追い詰めることになるだろう。
ジル・ローランは2016年3月、ベルギー・ブリュッセルの地下鉄テロに巻き込まれ、帰らぬ人となった。最初で最後の監督作品となった本作。人間を見つめ、音とともに緻密に丁寧に伝える作風で、観る人々の心にすぅ〜と染み入ってくる。だが、彼が遺した本作は、静かな衝撃でもある。2017年3月11日よりシアターイメージフォーラムにてロードショー。フォーラム福島、シネマテークたかさきほか全国順次公開。




 2017/02/25 11:16  この記事のURL  / 


« 前へ | Main | 次へ »
名前:久保 雅裕
Masahiro KUBO

アナログフィルター『ジュルナル・クボッチ』編集長

ファッションジャーナリスト・ファッションビジネスコンサルタント。繊研新聞社に22年間在籍。『senken h』を立ち上げ、アッシュ編集室長・パリ支局長を務めるとともに、子供服団体の事務局長、IFF・プラグインなど展示会事業も担当し、2012年に退社。

大手セレクトショップのマーケティングディレクターを経て、2013年からウェブメディア『Journal Cubocci』を運営。共同通信やFashionsnap.comなどにも執筆・寄稿している。杉野服飾大学特任准教授の傍ら、コンサルティングや講演活動を行っている。また別会社で、パリに出展するブランドのサポートや日本ブランドの合同ポップアップストアなども実施し、日本のクリエーター支援をライフワークとして活動している。
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ