前へ | Main | 次へ
ファクトリーダイレクトは遠い
 今朝の繊研新聞は『新興ブランド続々登場・・・自社工場発/イタリア製/復活組』と見出してメンズパンツブランドの台頭を大きく取り上げていたが、ものづくりやシルエット、価格設定にばかり言及するに留まり、流通の仕掛けについては一言も触れてなかった。サイズ展開やフィットが要となるメンズパンツでは売場の提供方法(陳列と販売プロセス)とサイズ補給のロジスティクスが商売の成否を分けるから、ファクトリーダイレクトな製販一貫体制が伴わないと折角のものづくりも大きなビジネスには繋がらない。
 メンズパンツの革新は、80年代の米国に発した‘ビジカジ’の潮流に乗ってリーバイ・ストラウス社が86年に発売した「ドッカーズ」がオフィスウェアとしてのチノパンツ市場を開いたのが第一段階(戦前からオフィサーチノというアイテムはあったが)。伊インコテックス社がカジュアルラインとして09年に発売した「RED」がビジ・カジ兼用のカジュアルパンツ市場を切り開いて「PT01」「PT05」など追従ブランドが広がったのが第二段階。どちらもビジ・カジを兼用出来る気楽さと新鮮なフィットがマーケットを拡げたものの、どちらも卸流通を前提としたブランドであったため、繊研新聞もファクトリーダイレクトには斬り込まなかったと思われる。
 台頭する国内パンツブランドはこのどちらかの潮流に発するもので主勢はもちろん後者だが、イタリアンフィットを日本人向けにアレンジしたりウエスト周りの仕様にこだわったりして、円安で手が届き難くなったイタリアブランドとセレクトショップやカジュアルSPAのオリジナルパンツとの隙間を狙う算段なのだろうが、前者のスタンス(卸流通)では後者(SPA流通)のような広がりは期待すべくもない。
 ブランド側が仕掛けるのか小売側が仕掛けるのかはともかく、ファクトリーダイレクトな製販一貫流通システムの構築が急がれる。
 2014/06/19 10:54  この記事のURL  /  コメント(0)

デパートの約束の地
 用事があって久方振りに日本橋の高島屋を訪れてみたが、熟年向けの保守的な百貨店というイメージを超えた洗練とクオリティに改めてその底力を見直した。
 スーパーブランドや特選雑貨ブランド、プレタブランドのラインナップは三越本店を凌ぎ、いくつかのブランドのVMDは新宿の伊勢丹より洗練されていたし、リビングフロアのライフスタイルのクオリティはターミナル百貨店を突き放し、呉服関連売場の雅な美意識には腰が引けてしまった。コンテンポラリーなトレンド感こそ新宿の伊勢丹に及ばないが、コンサバティブな洗練とクオリティの高さは日本を代表するハイファッション・デパートとして再注目したい。
 とりわけ私の目を惹いたのが2Fの「サロン・ル・シック」のVMDで、衣料品のカラー陳列の洗練度に加え、デザイナーズ・シューズの生け花的陳列フォルムは「バーグドルフ・グットマン」に匹敵するアート的洗練があった。
 新宿の伊勢丹が「ブルーミングデール」的コンテンポラリーファッション・デパートだとすれば日本橋の高島屋は「サックスフィフスアベニュー」的ハイファッション・デパートであり、かつての三越本店は「ニーマン・マーカス」が‘約束の地’だったのだろう。
 アベクロミクスが軌道に乗って百貨店が20年振りに活気を取り戻す中、後ろ向きなリストラやテナント導入ばかりでなく、今こそ ‘約束の地’を明確にして理想を追求すべき最後の機会だと思う。

 2014/06/18 10:10  この記事のURL  /  コメント(0)

ノルマントン号事件を忘れるな
 昨日の朝日新聞朝刊は一面で『「米艦で邦人救出」米拒む』と見出し、日米防衛協力にからむ過去の日米交渉で米国が米艦による邦人救出を断っていた事を暴露していた。当時の政府関係者によると、米国の救出・保護作戦では米国籍、米国永住許可者、英国民の順に優先され、日本人は最後の「その他」に位置づけられている、と説明されたそうだ。
 米国は本当にパートナーなのかと疑わせるに十分な暴露記事だが、これを読んで1886年(明治19年)のノルマントン号事件を想起した方もおられたのではないか。イギリス船籍の貨物船ノルマントル号が紀州沖で座礁沈没した折り、英独の船員26名は全員、ボートで脱出した一方、日本人乗客25名は船に取り残されて全員溺死したという事件で、非人道的行為に国民的抗議運動が盛り上がり、日英の外交問題にまで発展した。
 ついこのあいだの韓国のセウォル号事件を思わせる話だが、同一国民間とは違い人種的偏見が指摘される痛ましい事件であった。基地問題に絡む日米地位協定の治外法権が未だ解消される気配もない中、この朝日新聞の記事には果たして米国は信頼しうるパートナーか、人種的偏見を捨てていないのではないか、と多くの日本人が見限るだけのインパクトがあった。
 我ら流通業界やアパレル業界では未だ欧米信仰が根強いが、欧米文明にはデモクラシーの建前の下に階級搾取や人種差別の本音が潜む。米国に発したオムニチャネル戦略にしてもショールームストアにしても、地道なO2Oから発した我が国のオムニチャネル流通は顧客利便の実現と店舗労働者の物流からの解放という米国の次元を遥かに超えたデモクラティックな流通革命へと発展しようとしているし、米国発のコンビニエンスストアは我が国で独自の進化を遂げた。
 欧米的な階級搾取のビジネスモデルとは一線を画した、顧客と社員と取引先、三方良しの商人道こそ、我らの目指すべきゴールなのではないか。
 2014/06/17 09:16  この記事のURL  /  コメント(0)

BARCOSと吉田璋也
 鳥取県倉吉市の皮革バッグメーカー「BARCOS」がイタリアミラノの国際皮革製品見本市に出展を続けてようやく認められ、伊勢丹本店や日本橋三越他一流百貨店で欧米ブランドと並べられるに至った事は業界人なら耳にした事があると思う。なんで山陰の田舎町からそんなブランドが出て来たのか合点がいかなかったが、ちょっとしたきっかけでその由緒が理解出来たような気がする。
 東海道新幹線車内で読める「ひととき」の記事に拠れば、昭和5年に鳥取で耳鼻咽喉科を開業した同市出身の吉田璋也氏が柳宗悦やバーナード・リーチと交流して地元の窯元や木工、染織などの民芸を啓蒙してデザインを指導し、東京銀座に直売店を開くなど販路まで開拓したというから、現代にも通用するプロデューサーであったようだ。
 今でこそ山陰は寂れた‘裏日本’というイメージがあるが昭和初期までは北前船で資産をなした名家が残り、目利きに育てられた工芸品文化がかろうじて命脈を保っていたのだろう。それに昭和のモダンデザインを導入して全国区のブランド商品に育てようとした名プロデューサーの存在を今まで知らなかった事は恥じ入るばかりだ。鳥取に近い山間の津山に生まれて幼少期の夏は鳥取の海岸に遊んだブランド流通の研究者としては、もっと早く知ってしかるべきだった。
 それはともかく、「BARCOS」のデザインは個性的だが、マーケティングやMD展開、流通の仕掛けは今ひとつという感がある。一流百貨店で扱われていると言っても「ルイ・ヴィトン」や「エルメス」のような箱を構えている訳でもないし、デザインもアーティスティックだとは思うが趣味性が強く、広範に受け入れられる現代的機能性やエッジを欠いている。技術や伝統に裏付けられた工芸品も時代のライフスタイルや季節のMD展開、適切で価値の崩れない流通体制を欠いては華が開かない。せっかく芽が出たブランドなのだから大きく大成してもらいたいものだ。吉田璋也氏が生きておられたら、いったいどんなご指導をなさるのだろうか。
 2014/06/16 09:14  この記事のURL  /  コメント(0)

人間五十年、夢幻のごとく
 信長の好んだ幸若舞の「敦盛」の一節は『人間の一生など下天の一昼夜に過ぎない』と謡い、仏陀は『一切衆生は無常の世で夢を見ているだけだ』と悟ったと言うが、破竹の進撃に固執する経営者達も覇権の夢幻を追っているのだろうか。
 成長の壁を破らんと正面突破に固執する姿は鬼気迫るものがあるが、幾度も総攻撃を繰り返して膨大な損失を重ねる様はあたかも203高地に固執する乃木大将のようだ。傍から観戦している者には容易な迂回路が見えているのだが、熱くなった指揮官の視野には入らないのだろう。二次元の視野に迂回路が見えなくても三次元で鳥瞰したり時間を前後して四次元で見れば、桁違いに容易な方法で同じゴールに辿り着けるのが解るが、なまじ成功経験を享受してしまった者は次元の異なる攻め方を思いつきもしないし、進言されても聞く耳を持たない。
 時間を前後すれば突破口が在ったのに遮二無二に冬将軍の罠に突進したナポレオン軍は壊滅して将はセントヘレナ島で命運を閉じ、満豪の生命線に固執して蒋介石の罠に嵌り米国の逆鱗に触れて太平洋戦争を招いた大東亜帝国は焦土と化してボツダム宣言を受諾するに至ったが、我らファッション流通業界の覇権を競う者たちはそんな歴史観には疎く、石原莞爾めいた作戦論的視点に固執しているように見える。
 社員はもちろん取引先や株主など多くのステークホルダーのためにも無謀な下天の夢幻から醒めて欲しいが、『殿、お覚悟を!』のその一瞬まで夢から醒める事はないのが歴史の理だ。同じゴールに到達する、より確実で速い方法は必ず存在するが、競走馬のように正面に固執しては消耗戦に陥ってゴールは遠くなる。三次元の鳥瞰、四次元の歴史瞰で視野を拡げる事が経営者には不可欠だと思う。
 2014/06/13 09:23  この記事のURL  /  コメント(0)

前へ | Main | 次へ


ブログ内検索
Web 検索
プロフィール
小島健輔(こじまけんすけ)
小島ファッションマーケティング代表
感性に依存しがちなファッション業界にあって、客観的なデータに基づくマネジメントを提唱し、現場の技術革新を起点とした経営戦略を訴え続けてきたビジネス・エンジニアである。ファッションビジネス、流通業から外資SPAまで及ぶ多彩なコンサルティング、ブランド/小売業態から商業施設までのプロデュース活動の一方、経済紙誌、業界紙誌にも寄稿。
2016年 経済産業省アパレル・サプライチェーン研究会委員。

リンク集
更新順ブログ一覧
最新記事

http://apalog.com/kojima/index1_0.rdf
QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード
月別アーカイブ