| Main | 次へ
最新鋭駅ビルの見識
 3月3日に開業するアミュプラザ博多と5月4日に開業するルクア大阪のテナント構成を一瞥すると、過去二年間吹き荒れたファスト旋風が終わった事が実感される。H&Mもフォーエバー21もどちらにも入っていないし、ルクアにトップショップ/トップマンが入っていたりアミュプラザにコレクトポイントが入っているのが異質にさえ思える。
 博多ではH&Mは第二キャナルと天神に出来るファッションビルに、フォーエバー21も同じファッションビルに出るし、大阪ではH&Mは戎橋の路面に出ている。両者とも郊外では大型SCに出て行くのだろうが都心部では路面にこだわるから、駅ビルに入るのはレアケースだろう。駅ビル側にしてみても、超高効率な一等立地という売り手市場で、巨大スペースを要求し周辺を値崩れに巻き込む外資ファストSPAを導入するメリットは見出せない。アミュプラザとルクアが両者を入れなかったのも当然の見識と思われる。
 逆にどちらも積極的に導入しているのがカップル型を主流とするセレクトショップだが、アミュプラザはほぼ的確な配置となっているものの、ルクアの方は幾つか目利きを疑わせるフロア配置が見られる。2、3、4Fのクラス感や価格帯、テイストの交錯はちょっと酷いのではないか。アミュプラザも5Fの構成には疑問が残る。
 フロア配置図を見て批評するのもどうかと思うので、今朝は博多まで飛んでアミュプラザと阪急を実見分します。実際の品揃えやVMDまでトータルした評価を近々、報告しましょう。
 2011/02/28 09:16  この記事のURL  /  コメント(0)

貧乏になったものです
 今朝の日経MJの記事に拠れば、主要高級品大手4社の2010年度末決算ではアジア(日本を除く)の売上が急増し欧米も復調する中、日本の落ち込みが目立ったという。LVMHは19.2%、グッチグループは18.3%、エルメスは25.4%、ブルガリは15.4%も世界売上が伸びたが、LVMHではアジア売上シェアが2ポイントアップの25%、グッチグループでは同2ポイントアップの30%、エルメスでは同4ポイントアップの26%となったのに対し、日本売上シェアはLVMHが1ポイント減の9%、グッチグループが同2ポイント減の14%、エルメスが同2ポイント減の19%と落ち込んだ。10年前の2001年には日本売上シェアがLVMHで39%、グッチグループで26%、エルメスで29%に達していた事を振り返れば隔世の感がある。日本はホントに貧乏になったのだ。
 国税庁の「民間給与実態統計調査」に拠れば、日本の給与総額はピークの97年から09年にかけて13.1%も減少し、年収800万円以上の高所得層が35.6%も減少し、400〜800万円の中間層も21.2%減少した一方、400万円以下の低所得層は41%も増えた。税金取ってる大元が調べた統計だから、紛れも無く日本は貧乏になったのだろう。悲しいが、もはや「等身大」という枠を超えて消費が背伸びする事は期待し難い。
 2011/02/25 09:23  この記事のURL  /  コメント(0)

駅ビルの一番店まで閉店!
 長引く百貨店の低迷で昨年は今世紀に入って最大の10店が閉店したが、今年も早、博多大丸長崎店など5店舗に続いてそごう八王子店が12年1月末で閉鎖されると決まった。全国の百貨店数はピークだった99年の311店から昨年末には261店まで減少したが、閉鎖された店舗の多くは郊外店や駅から離れたダウンタウン店、競争から脱落した小型店で、駅ビルの核店舗で3万1800平米もある地域一番店が閉鎖されるというニュースは業界を震撼させたのではないか。
 そごう八王子店は92年2月期の492億円をピークに売上減少が続いて11年2月期は223億円と半分以下まで落ち込む見通しで、08年2月期からは赤字が続いていたという。その最大要因は広域多摩地域における八王子の地盤沈下であり、立川や新宿への消費流出が八王子商業をジリジリと追い詰めた。肥沃な南部商圏を同じセブン&アイグループのアリオ橋本(10年9月開店)に浸食された事も最後のダメ押しとなったのかも知れない。
 八王子商業のピークは70年代で、69年開店の伊勢丹八王子店(79年閉店)、70年開店の西武百貨店八王子店、71年開店の丸井八王子店、72年開店の八王子大丸が盛業していた。それに冷水を浴びせたのが83年に開業した駅ビルのそごう八王子店であり、駅から一番離れた八王子大丸は85年、西武百貨店八王子店は93年、丸井八王子店も2004年1月に閉店に追い込まれた。一人勝ちした駅ビルのそごうさえ売上不振で閉鎖されるのだから、店舗間競合より地域間競合の方が遥かにドラスティックだ。
 吉祥寺からは近鉄、三越に続いて伊勢丹も消えたし(パルコは何時、消えるのだろうか)、府中の伊勢丹も何時まで持つのか危ぶまれる。札幌では四丁目が没落して駅上に集中し、名古屋では栄が寂れて名駅に集中し、JR博多シティの開業で天神の地盤沈下も避けられない。大阪にしても、梅田への極度の集中と対抗する難波の増床で心斎橋はシャッター街化さえ予感される。市場が萎縮し続ける中、限られた地域への集中は避けられず、地域まるごと没落して行く八王子のようなケースが増えると危惧される。出店には長期的視点での立地評価が不可欠ではないのか。
 2011/02/24 09:14  この記事のURL  /  コメント(0)

ランウェイを降りろ!
 南充浩くんが昨日のブログで「東京コレクション」の存在意義を問うておられたが、私は同じ思いを30年間、抱き続けている。
 74年にスタートした「TD6」が81年に「東京コレクション」に発展してDCブランドブームが爆発。パリ発信派と東京発信派の亀裂が深まって83年7月に「東京コレクション」が解散した後、読売新聞社主催の「東京プレタポルテコレクション」を経て85年7月のCFD(東京ファッションデザイナー協議会)結成に至り、ブームは最高潮に達した。市場規模も加速度的に拡大し、メンズDCブームが過熱した87年には1兆円に迫り、ピークの90年には1兆2000億円を超えたと推計される。そんな中、クリエイターに非ずんば人に非ずといった風潮は眉を潜めたくなるほどで、デザイナーとハウスマヌカンの極端な地位格差は業界問題ともなった。
 クリエイション至上の旋風が吹き荒れたとは言え、DCブランドがメジャーになるにつれビジネス要素が強くなるのは当然で、80年代後半に入るとビギ、ワールド、イトキンのビッグスリーへとDCビジネスの主導権が移り、やがて最終バスに飛び乗ったファッションベンチャーの中から既存勢力を脅かすSPA型DCブランドが台頭して行った。そんなファッションベンチャー達の経営研究会を私が立ち上げたのが85年5月。奇しくもCFD結成の二ヶ月前の事であった。
 90年代に入ってDCブームは急冷却し、替わってSPAの時代が到来したが、その最先端を走ったのは私が指導したSPA志向DCアパレル達だった。ファッションベンチャー達の経営研究会は大手アパレルやデベロッパーなど関連企業も加えてSPAC研究会に発展し、今日では90社前後の陣容を誇っている。
 クリエイションかビジネスかという意味の無い議論に押し切られた80年代だったが、歴史はビジネスの側に勝利をもたらした。にもかかわらず、今日に至るまで業界も行政も一貫してクリエイション至上主義を支持し続け、名は変えても「東京発信」にこだわり続けている。ビジネスあってこそのクリエイションという当たり前の事が理解されないまま30年間が過ぎたが、今日の「東京コレクション」も本質的には大差なく、まったくビジネスにならないクリエイターが少なからず寄生している。だからこそ、商業ベースに徹したガールズイベントの方がメジャーになってしまうのだ。
 「東京コレクション」は自分達の稼いだ金をコレクションに注ぎ込んだ「TD6」の原点に返ってビジネスに立脚したクリエイションに徹するべきで、売れないクリエイションに業界の浄財や国民の血税を注ぎ込むべきではない。市場を創造出来ないクリエイターはランウェイを降りるべきなのだ。

※80年代のDCビジネスとコレクションシーンの変遷に興味がある方は私の旧著『ワールドVS.ビギ』『ファッションベンチャーの成功戦略』を読み返して下さい。
 2011/02/23 09:12  この記事のURL  /  コメント(0)

イオンがパルコを買う?
 イオンがパルコ株を取得して業務提携を目論んでいるとの報道に正直、驚いた。郊外中心に展開して来たイオングループとしてはパルコの都心部の営業基盤や運営ノウハウを評価し、グループのフォーラスやビブレを強化出来ると考えているようだが、筆頭株主の森トラストと主導権を争ってまでパルコに入れ込むメリットがあるとは到底思えない。
 パルコの盛りは70〜80年代であり、90年代以降、セゾングループの陰りとともに時代に遅れるようになり、97年の宇都宮店以降は店舗の新設も絶えて売上も急落。2001年のセゾングループ解体の後、森トラストグループが筆頭株主となって財務体質を改善し、07年以降は静岡、浦和、仙台と店舗を新設して積極策に転じたが、いずれも大苦戦して短期でのリモデルを強いられ、時代感覚の喪失を痛感させた。過去のテナント群を化石のように重ねて迷宮的ゾーニングを引き摺るパルコは今日のマーケットから乖離しており、次々と旬のテナントを開発しデベの枠を超えてマーチャンダイジングや店舗運営までリードするルミネとは隔世の感がある。はっきり過去の企業であり、今日に通用する構成手法や運営手法があるとは思えない。
 そんなパルコに大枚を投資しようとする経営判断はいったい、何処から出て来るのだろうか。蓼食う虫も好き好きとは言え、株主資本を浪費する経営行動に警鐘を鳴らしたい。
 2011/02/22 12:00  この記事のURL  /  コメント(0)

| Main | 次へ


ブログ内検索
Web 検索
プロフィール
小島健輔(こじまけんすけ)
小島ファッションマーケティング代表
感性に依存しがちなファッション業界にあって、客観的なデータに基づくマネジメントを提唱し、現場の技術革新を起点とした経営戦略を訴え続けてきたビジネス・エンジニアである。ファッションビジネス、流通業から外資SPAまで及ぶ多彩なコンサルティング、ブランド/小売業態から商業施設までのプロデュース活動の一方、経済紙誌、業界紙誌にも寄稿。
2016年 経済産業省アパレル・サプライチェーン研究会委員。

リンク集
更新順ブログ一覧
最新記事

http://apalog.com/kojima/index1_0.rdf
QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード
月別アーカイブ