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大阪遷都
 震災に原発クライシスが重なって東京圏を脱出する人が急増する中、大阪(京都?)遷都説がまことしやかに広がっている。外資系企業など既に本社機能を関西に移転しているし、東京は水道水も放射能汚染されるに至ったから、あながちガセとも言い切れない。
 1923年の関東大震災の直後にも京都周辺への遷都が一時的に検討されたが、震災から11日後の9月12日に東京を首都として復興するという詔書が発せられて立ち消えた経緯がある。とは言え、震災で被災した関東圏から関西や北海道へ移住する人が多く、震災前には日本最大の都市だった東京市(1920年の人口217.3万人)が1925年には199.6万人に減少し、1920年には125.3万人だった大阪市が1925年には211.5万人に急増して東京市を追い抜いている。大阪市は1930年には245.4万人にも増え、1932年に東京市が周辺町村を編入するまで日本最大の都市となった。ちなみに、震災を挟んだ10年間に、京都市は約30%、名古屋市は2.1倍(他の要因もあるが)にも人口が急増している。それだけ関東圏からの移住が多かったのだ。
 この人口大移動によって東京文化が全国に広まる一方、東京の文化人が関西に移住した事で独特の文化が生まれた。谷崎文学など、その最たるものだろう。
 さて、関東大震災を上回る被災に際限なき原発クライシスまで重なった今回、東京は首都として持ち堪えられるのだろうか。電力不足による都市機能マヒが続き、回復に長い時間がかかる放射能汚染がこれ以上広がるなら、大阪、京都遷都も現実に検討せざるを得なくなる。すでに関西の経済界では遷都が公然と叫ばれていると聞く。 
 関東大震災後の人口移動は200万人程度だったと推計されるが、今日の人口は当時の2.3倍近く、震災被災地の広さに放射能汚染地域が加わるから、関東圏経済の衰退も加わって最終的な移動人口は500万人以上になるかも知れない。東京に半世紀近く暮らした私も、さすがに先が見えなくなって来た。
 東京一極集中が進んだファッション業界など、いったいどうなるのだろうか・・・・・
 2011/03/25 09:04  この記事のURL  /  コメント(0)

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小島健輔(こじまけんすけ)
小島ファッションマーケティング代表
感性に依存しがちなファッション業界にあって、客観的なデータに基づくマネジメントを提唱し、現場の技術革新を起点とした経営戦略を訴え続けてきたビジネス・エンジニアである。ファッションビジネス、流通業から外資SPAまで及ぶ多彩なコンサルティング、ブランド/小売業態から商業施設までのプロデュース活動の一方、経済紙誌、業界紙誌にも寄稿。
2016年 経済産業省アパレル・サプライチェーン研究会委員。

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