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ランウェイを降りろ!
 南充浩くんが昨日のブログで「東京コレクション」の存在意義を問うておられたが、私は同じ思いを30年間、抱き続けている。
 74年にスタートした「TD6」が81年に「東京コレクション」に発展してDCブランドブームが爆発。パリ発信派と東京発信派の亀裂が深まって83年7月に「東京コレクション」が解散した後、読売新聞社主催の「東京プレタポルテコレクション」を経て85年7月のCFD(東京ファッションデザイナー協議会)結成に至り、ブームは最高潮に達した。市場規模も加速度的に拡大し、メンズDCブームが過熱した87年には1兆円に迫り、ピークの90年には1兆2000億円を超えたと推計される。そんな中、クリエイターに非ずんば人に非ずといった風潮は眉を潜めたくなるほどで、デザイナーとハウスマヌカンの極端な地位格差は業界問題ともなった。
 クリエイション至上の旋風が吹き荒れたとは言え、DCブランドがメジャーになるにつれビジネス要素が強くなるのは当然で、80年代後半に入るとビギ、ワールド、イトキンのビッグスリーへとDCビジネスの主導権が移り、やがて最終バスに飛び乗ったファッションベンチャーの中から既存勢力を脅かすSPA型DCブランドが台頭して行った。そんなファッションベンチャー達の経営研究会を私が立ち上げたのが85年5月。奇しくもCFD結成の二ヶ月前の事であった。
 90年代に入ってDCブームは急冷却し、替わってSPAの時代が到来したが、その最先端を走ったのは私が指導したSPA志向DCアパレル達だった。ファッションベンチャー達の経営研究会は大手アパレルやデベロッパーなど関連企業も加えてSPAC研究会に発展し、今日では90社前後の陣容を誇っている。
 クリエイションかビジネスかという意味の無い議論に押し切られた80年代だったが、歴史はビジネスの側に勝利をもたらした。にもかかわらず、今日に至るまで業界も行政も一貫してクリエイション至上主義を支持し続け、名は変えても「東京発信」にこだわり続けている。ビジネスあってこそのクリエイションという当たり前の事が理解されないまま30年間が過ぎたが、今日の「東京コレクション」も本質的には大差なく、まったくビジネスにならないクリエイターが少なからず寄生している。だからこそ、商業ベースに徹したガールズイベントの方がメジャーになってしまうのだ。
 「東京コレクション」は自分達の稼いだ金をコレクションに注ぎ込んだ「TD6」の原点に返ってビジネスに立脚したクリエイションに徹するべきで、売れないクリエイションに業界の浄財や国民の血税を注ぎ込むべきではない。市場を創造出来ないクリエイターはランウェイを降りるべきなのだ。

※80年代のDCビジネスとコレクションシーンの変遷に興味がある方は私の旧著『ワールドVS.ビギ』『ファッションベンチャーの成功戦略』を読み返して下さい。
 2011/02/23 09:12  この記事のURL  /  コメント(0)

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小島健輔(こじまけんすけ)
小島ファッションマーケティング代表
感性に依存しがちなファッション業界にあって、客観的なデータに基づくマネジメントを提唱し、現場の技術革新を起点とした経営戦略を訴え続けてきたビジネス・エンジニアである。ファッションビジネス、流通業から外資SPAまで及ぶ多彩なコンサルティング、ブランド/小売業態から商業施設までのプロデュース活動の一方、経済紙誌、業界紙誌にも寄稿。
2016年 経済産業省アパレル・サプライチェーン研究会委員。

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