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ポピュリズムの結末
 年末の衆院選が迫る中、政治家が泥縄に烏合集散し受けの良い空手形をばらまく有様は、国民を舐めているとしか思えない。どうせ当選すればマニュフェストなるものは空手形にされるのは見え見えだから、誰も信用出来ないというのが国民の実感だろう。議席欲しさの空手形に騙され国政がポピュリズムに流れた結果は見ての通りだから、票欲しさに主張を二転三転せず烏合集散しないプリンシプルが一貫した人物を選びたいものだ。
 振り返ってみても、明治期の自由民権運動が大正期の利権政党政治に堕落した果てに、軍部主導の侵略戦争拡大に大衆が熱狂した戦前昭和のポピュリズムの結末は悲惨なものとなった。政党政治が行き詰まって軍部が台頭した昭和七年以降、束の間のデモクラシーは霧散し国家主義翼賛のポピュリズムの熱狂に日本は流されて行ったのだ。国内経済が疲弊し頼みの輸出産業も壁に当たり政党政治への不信感が頂点に達した今の日本は、戦前昭和のようなポピュリズムに流れる危険性が指摘される。
 ワイマール政権下のドイツがナチス支配に流れたのは、天文学的インフレと失業で経済が行き詰まる中、選挙に拠る民主的な手続きで32年に第一党となった国家社会主義ドイツ労働党(NSDAP、ナチスは蔑称)が34年までのわずか二年間に大統領権を乗っ取って次々と法令を通して独裁体制を確立し、国民投票で89.9%の支持を得たヒトラーが国家元首(総統)に就任するという電撃的プロセスによる。ナチスの独裁はドイツ国民の熱狂的支持で成立したものであり、少なくとも形式的には民主的手続きに拠ったものであった。途中、何度かナチスを否定する民主的手続きの機会があったにも拘らず、ドイツ国民は熱狂的に支持してナチスの独裁体制を確立させてしまった。まさにポピュリズムの招いた過ちであり、ドイツは周辺諸国に多大な犠牲をもたらし自らも悲惨な結末を迎えた。
 私は今回の選挙で特定の政党や個人を支持し、あるいは誹謗する立場にない。ただ、過去の悲惨な結末を例にとって安易なポピュリズムに流れる事を戒めているだけだ。振り返って我ら業界を見ても、業界のボスや権力者が消費者や現場を無視したスタンドプレーに走っても、だれも口を噤んで諌めもしない。強者に媚びるポピュリズムがどんな結末を迎えるか、歴史に学ぶまでもないだろう。
 2012/12/13 09:10  この記事のURL  /  コメント(0)

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小島健輔(こじまけんすけ)
小島ファッションマーケティング代表
感性に依存しがちなファッション業界にあって、客観的なデータに基づくマネジメントを提唱し、現場の技術革新を起点とした経営戦略を訴え続けてきたビジネス・エンジニアである。ファッションビジネス、流通業から外資SPAまで及ぶ多彩なコンサルティング、ブランド/小売業態から商業施設までのプロデュース活動の一方、経済紙誌、業界紙誌にも寄稿。
2016年 経済産業省アパレル・サプライチェーン研究会委員。

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