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収穫加速の法則
 「昔はものを探すのに文字を打ち込んでいたんだよ」「本当に?」という会話は、かもしれないではなく確実に訪れる近未来だ。

 「昔は海外と通信するのにピンクのリボンにパンチ穴を空けていたんだよ」「昔の写真は銀塩フィルムに感光させていたんだよ」などの会話は既に起こった過去である。

 カーツワイルが予想するような未来が実現するかどうかはそれぞれの読者の判断次第であるが、少なくとも彼が提示する数理的未来像は疑いようもない事実として捉えるべきだろう。

 指数関数的変化がある時点で直線的変化を追い越して、限りなく垂直に近い地点に突入するその時点をシンギュラリティ(技術的特異点)という。欲しいモノが画像で一発で検索できる時代に突入した。おそらく頭でイメージするだけで商品や情報を入手することができる時代もそう遠くはないだろう。

 その一方で、CCCによる洋服の購入金額調査の結果は現在進行形の恐るべき現実だ。一ヵ月あたり3000円未満の回答が男女とも最多で、男性は30%を超え女性でも20数%にのぼる。1万円以上使うという人は、男女とも20%に届くかッ届かないか。さらに、すり切れるまで着る人が男子で30%超、女子で15%ほどとなっている。

 3000円というと清涼飲料を毎日1本消費したのとほぼ同じ金額なので、遂に洋服もそこまできたか…。買ってから手放すまで4〜5年から6〜10年と回答した人が3割近くいることから、すぐにすり切れるファストファッションに数千円しか使わない消費者と、気に入ったものを永く着用したい消費者に二極化していることが伺われる。

 失われた20年の間に、多くのブランドが後者の要求に耐えられない水準のモノ作りしかできなくなってしまったが、消費の側は確実にシンギュラリティに近づきつつある。

 カート・サーモンの河合氏が指摘するように、生産面の業界標準化が急務であり、サプライ側が消費にシンクロできない歪なサプライチェーンのまま放置してはならない。一気通貫のSPAとは何だったの?ということでは元も子もない。ITCもいずれシンギュラリティを迎えるであろうから、今世紀中頃にはモノ作りの世界も一変していることだろう。

 「昔はモノ作りの過程で人間同士がコミュニケーションしていたんだよ」「本当に?」はウェルカムな未来の会話であるが、「昔はものを考えるのに頭を使っていたんだよ」「本当に?」では笑えない。

 笑えない笑い話にとんでもない加速度で近づきつつある今を、私たちはどう生きるのか、頭を使って考えなければならない。
 2017/06/26 09:30  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
クリアランスとバーゲン
ルミネが夏のセール開始時期を7月28日まで引っ張ることにした。

 もともと三越伊勢丹と並んで期末のセール時期を遅らせてきた男前館であるが、本来なら8月スタートにしたかったという。

 まったくその通りだ。海の日が7月20日に制定されたのは95年、7月の第三月曜日のハッピーマンデーになって以来、夏のセールは少なくとも海の日連休の次の週末からと言い続けてきたが、ようやくそのときが訪れたことになる。もっと進化形というか期末の在庫処分という意味で本来形に移行するならば、お盆休みにスタートするのがより適合的だと考えられる。

 秋冬のセールは少なくとも松の内明け、できれば成人の日の連休から、もしくはその次の週末からが望ましいが、来年のセールカレンダーがどう変化するか楽しみだ。

 とはいえ、アウトレットが恒常的商業施設として定着し、EC上でのポイントを介したセールが乱発される昨今、プロパーのリアル店舗での上代でのショッピングという概念が消費者の心の中に占める割合がどれくらいシュリンクしているのかし続けるのか計り知れない。

 ところで、セールと一括りで言ってみるものの、クリアランスとバーゲンとセールの関係性と定義がどれくらい正確に認識できているだろうか。

 セールは大売り出しのことで、大量に売るんだから上代(定価)販売ではないよねという意味。セールの下位概念がクリアランスとバーゲンで、前者は今期商品のマークダウンを目玉にした期末残在庫値下げ処分売り出しのこと。後者は日本語では特売と称し、キャリーの不良在庫や流通過程でデッド在庫として隠れていた商品などの訳あり商品も含めて超お買い得な場となる。

 そうすると、プロパー店舗が期末に行うのはクリアランスセールで、バーゲンセールをやるならばハコの外に出ていって催事会場でも催して実施しなければならないことになる。多くのアパレルがセール玉を仕込んでいるので、プロパー店舗でバーゲンと銘打っても言葉の定義上は正しいことにナルというのは笑えない逆説的笑い話ではある。アウトレットは存在そのものがバーゲンだ。

 ただの言葉遊びにしか聞こえない人も多いだろうが、言葉の定義が曖昧になり、売り方/買い方の秩序や申し合わせが崩れてしまい、上代(定価)で商品を買うことの意味と価値をわからなくさせてしまったツケはあまりにも大きい。

 公取の指定を受けた商品以外で再販価格が維持できているいる数少ない商品の一つがアパレルであるが、秩序回復に向けた業界挙げての中長期的目線合わせが求められている。

 時間軸を30年〜50年くらいのスパンに置くと、北海道を除くエリアが亜熱帯地方になっている可能性も議論されていることから、そもそも期末のクリアランスという風物詩は気候の上で我が国から消滅してしまうのかもしれない。
 2017/06/20 08:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
確かに疲弊してる
日経MJが「広がるポイント疲れ」と報じた。

 確かに企業側もスパゲッティ状態になっているだけでなく、もっとも重要な消費者が疲弊してしまっては元も子もない。私の財布にもTポイントカードとPONTAカードが常駐しているが、煩雑なだけで何のモチベーションにもなっていない。研修ビジネスで最もお世話になっているにもかかわらず、dポイントには個人的には何の興味もそそられることはない。

 多くのクライアントに投げかけものの、的確なレスポンスが返ってくることが滅多にない問いに“値引きと値下げ(ディスカウントとマークダウン)の違い”がある。前者は小売としてテンポラリーに実施する可逆的な価格政策であるのに対して、後者はサプライヤーとしてのアパレルが実施する不可逆的な価格政策である。

 ディスカウントは販促目的で行う経費もしくは投資的勘定科目であり競合価格との相対的泥沼の競争であり、マークダウンは商品の陳腐化に伴うやむを得ない絶対的価格変更を意味する。そもそもマークダウンという言葉は普通に使う一方で、マークアップという概念の理解と活用に乏しいのがファッション業界の実状だ。値入して値下げするという左右対称のフレームワークを駆使できていない左右非対称のパラダイムしか持ち合わせていない人材が多いことが残念だ。

 ポイント制度に消費者が疲弊する根本原因は、消費者にとってそれらのどちらがどうポイントに反映されているのか、訳がわからなくなっていることにある。合理的秩序とメカニズムの下にあってこそ、さらなるモチベーションやアクションの源泉になると考えられるが、訳がわからなくなってしまってはスイッチオフでシャットダウンというのが消費者の本音であろう。

 製品と商品の区別もつけないまま、製造業や流通業に携わっている“なんちゃってプロ”も鋭意増殖中だ。曖昧言葉厳禁、言葉遣いには厳格かつこだわること。ロジカルシンキングのプロセスにおける基本であるだけでなく、コミュニケーションもしくはそれ以前の自分自身の自覚的思考における基本の基である。、
 2017/06/13 20:27  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
よそ者が変える「アパレル村」
日経MJが“誰がアパレルを殺すのか”の結語とシンクロした。

 よそ者(余所者)とは他の地域や社会から来た人という定義だが、中国化vs江戸時代化のフレームワークで捉えると中国化を代表する概念でありオープンシステムが標榜される。

 村とは、まさに閉鎖的で外界との交わりを絶ったクローズドシステムであることを揶揄して表現しているものと拝察される。

 同紙は「業界内に緩み」「服への熱意不足」とアパレル業界を切って捨てる。ファッション関連の70年企業に勤務する塾生がぼやいていた。「ウチの会社のオジサン達(すなわち幹部)は、ツータックのダボダボのパンツを腰ではいてるんですよ(トホホ…)」

 服に対する愛を強制することは難しいが、一定以上の熱意をもたなければプロとは言えないだろう。よそ者にとって代わられるというよりも、オープンシステムとしての上位もしくは外部機構に吸収される可能性が高いというのが私の見立てである。

 かつて細胞小器官ミトコンドリアが真核生物の細胞にとりこまれ、ATP合成機能を果たすことで生物の活動に寄与したように。

 愛と熱意は細胞核に相当し、各種プラットフォームは細胞そのものだ。核人材は元建築家、元読モ、元CAだったりする。プラットフォームはICT、AI、IoTであり、それらを自在に操っていくだろうアマゾンやグーグルなどの企業群が支配者にナル可能性が高い。

 かつて我が世の春を謳歌したアパレル業界が、ミトコンドリアとして生きながらえるのが運命というのではあまりに寂しい。共同配送の機運高まるとも報じられたが、村同士でリヤカーを共有している次元では改善にとどまり、今まさに起こりつつある大変革への対応にはほど遠い。

 “中国化vs江戸時代化”は大きな流れを読み解くスーパーフレームワークだ。
 2017/06/05 10:28  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
誰がアパレルを殺すのか
 昨年秋に日経ビジネスおよびオンラインで特集されたコンテンツが単行本として上梓された。

「誰がアパレルを殺すのか」(日経BP社)杉原淳一/染原睦美

 新しい取材先も加えて力作として仕上がっているので、業界人は是非ご一読あれ。その一つが“桃太郎ジーンズ”を世界に問うているジャパンブルーの眞鍋親子だ。眞鍋社長とは暫くお会いできていないので、御子息ともどものご活躍の様子を微笑みながら読ませてもらった。

 同書は、ITを駆使してアパレル業界の「外」から勢力地図を塗り替えようとする動きは今後も加速し、「中」から改革する挑戦者も増えるに違いないと締めくくる。

 外からは放っておいてもデジタルとバーチャルを武器にした新興勢力が押し寄せてくる。中からはアナログの遺伝子を呼び起こして失われた20年を取り戻さなければならない。

 とはいえ、器側(売場)もコンテンツ側(アパレル)も中途半端に老舗(数十年企業は数多あるが100年企業は百貨店のみ)で、巨大な図体を俊敏に動かすことは容易ではない。

 ホモサピエンスに座を奪われてしまう恐竜で終わってしまうのか、自らサピエンスを超越する存在に進化できるのか。それには、ユヴァル・ノア・ハラリがサピエンス全史の結びで発している問いに答える必要がある。

 「もし本当にサピエンスの歴史に幕が下りようとしているのだとしたら、その終末期の一世代に属する私たちは、最後にもう一つだけ疑問に答えるために時間を割くべきだろう。その疑問とは、“私たちは何になりたいのか”だ。」

 そう、SPAというのは単なるオペレーション(プロセス)に過ぎず、何になりたいのかというゴールを示しているわけではなかったことが露呈したのだ。挙げ句にたどり着いてしまった踊り場には手がかりも足がかりもあるが、私たちは手の掛け方と足の掛け方がわからなくなってしまっている。

 ここから本当の勝負が始まる。
 2017/06/02 08:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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