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部長の課長化
 部長の課長化が進行中だよねと盛り上がったのは2009年のことだった。総合商社のF部長とのたわいもない会話であったが、走り抜けた時代を共有する世代同士で心の底から共感できたことを鮮明に記憶している。

 ここにきて戦略絡みのセッションが目白押しだ。足かけ10年になる講師業の中で戦略についてはずっと登壇してきたが、ここ何年かの傾向は二つの点に集約される。ひとつは将来を担う若手のみならず現在を担っている現役ミドル〜アッパーマネージャーが対象になってきたということ。

 これまで集合研修の対象は課長クラス止まりで部長以上は良くも悪くも蚊帳の外という感じであったが、様相が一変した。ふたつめは、理論やケーススタディのみならず自社のリアルな戦略を取り扱うことが増えてきたということ。経営トップ、経営企画部、外部ブレーンの奮闘により中長期のビジョンや戦略は示されているものの、ミドル〜アッパーマネジメント層がそれを咀嚼して行間を埋める能力とモチベーションがなければ絵に描いた餅に終わる。

 三枝匡氏が我が国のビジネスパーソンの経営リテラシーのなさに大渇を入れているが、戦略立案ならびに遂行能力はその中核をなす重要なコンピテンシーだ。専門的教育も受けていなければ、ツールやアプローチのバリエーションも乏しければ年功やラッキーヒットや自己流で出世しても、再現性と継続性には乏しいと言わざるを得ない。

 ましてバブルに浮かれた80年代以降、米国が真面目に研究と勉強を重ねて復活を遂げたのに対して我が国では時間も努力も止まってしまって20年以上の無駄な時を過ごしてしまった。

 この週末から7ヶ月掛かりの11名を対象にした少数精鋭プログラムがスタートする。事前資料がPPTでトータル数百頁にもおよび、事前準備も当日のガイドも大変なことになるだろうと予想されるが、腹の底から力が入るプロジェクトだ。

 前職時代、最終バスに何とか乗り遅れないでSPA化を成し遂げることができたよね!と戦友達と語り合った。どうやら我が国のマネジメント層は始発のバスでリベンジせざるを得ないところまで追い込まれてしまっている可能性がある。
 2016/08/30 19:08  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
問題解決の奥深さ
問題解決の奥の深さにはただならぬものがある。

 問題解決そのものの議論も十二分に厚みも深みもあるが、その延長線上にマーケティングや戦略が存在する。最新のベストテキストは「問題解決」(高田貴久)英治出版だ。上から目線の前書きにカチンとはさせられるものの、最前線の実践者が記述した良書であることは間違いない。

 そこでは、“how思考の落とし穴”が強調される。私はそれに加えて“whyの先取り”をビジネスパーソン共通の癖として指摘させていただいている。果たしてどれほどの場面でどれほどの人々が、正しくwhat→where→why→howの鉄板プロセスを正確にトレースできているだろうか。

 多くの人が躓くのがwhereとwhyの区別だ。そこは構造主義の共時軸と通時軸で簡単に説明することができるが、whyの深掘りをどこで寸止めしてどこからがhowの議論になるのかを見極めることは難しい。本日の研修で受講生から指摘されて、その場なりの説明はできたつもりではあるが、もっと万人に対する腹落ち感と説明力がある答えがあるのではないかと、新しい課題を頂戴することができた。

 バーバラミント女史がマッキンゼーのノウハウを上梓したのが1985年のこと。それが日本語に翻訳されて出版されたのが1995年。グロービスがクリティカルシンキングとして体系的に紹介を始めたのがほぼその頃で、私が大阪校で受講したのが1996年。

 それ以前に、KT(ケプナー/トリゴー)法として、問題解決のアプローチは70年代から米国発信で日本にも紹介されていたが、ディファクトとして今日に至る系譜は「考える技術・書く技術」以降のこの30年の動きである。

 ただ、KT法を日本に引っ張ってきた第一人者の飯久保廣嗣氏の存在を忘れてはならない。後智惠で最新の理論を修得すればビジネススキルとしてはそれで十分であるが、そこに至るまでの先人の試みと流れを理解することは無駄にはならないだけでなく、飯久保氏の著著は古典的良書の塊だ。

 さらに我が国には川喜田二郎という大博士がいて、彼が提唱したKJ法はロジカルシンキングにおけるグルーピングとメッセージを先取っていたことも日本人としては押さえておかなければならない。

 40年を大きな一括りと捉えて、それを400メートルリレーに例えると、30年の経過は400メートルトラックでアンカーにバトンが渡されたちょうどそのときにあたる。デファクトとも言えるソリューションノウハウが、最後のケンブリッジ飛鳥に優秀の美を託される。第三コーナーはカーブの得意な桐生君が気持ちよく走ってくれた。

 どんなゴールテープを切るのか、楽しみであるとともにそこを走りきるのは私たちビジネスパーソンそれぞれなのである。
 2016/08/26 18:58  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
ビジネスの世界性
 ビジネスにおいて「業界」「業種」「業態」などの言葉は、あまり厳密な定義がなされまいまま日常的に用いられている。それ以前の上位概念として、ビジネスの世界性の違いは歴然と存在している。

 金融機関からお金を引っ張るための事業プラン策定のお手伝いをしたクライアントの竣工式に行ってきた。大手企業から見ればかわいい規模かもしれないが、およそ10億近い資金を調達して新物流センターが建立された。

 代表者のW氏は中学高校時代の同級生で、なおかつ部活も一緒だった仲だ。当時から根性は座っていた(ルーティンの練習はよくサボったが(笑))が、この歳になっての大勝負には頭が下がる。それもあって、ビジネスを超えて力が入ったプロジェクトだった。

 来賓挨拶では、「魂」と「命」というお話しをさせていただいた。魂とは当事者の揺るぎなく強固な意志であり、命とは売り手、買い手、そして社会に生かされる必然性すなわち存在意義があるかどうかという意味である。魂命合わせもつ間違えのないスキームなので、今後の発展が楽しみである。

 参集した関係者は、実業に従事する東西南北を問わない各地方の中堅企業のトップもしくはそれに準じる立場の方々ばかり。都市部でアパレルをやっている人々とはビジネスワールドが全く異なっていることを痛感させられた。

 どちらが優劣という意味ではなく、まったく別世界で別の価値観でビジネスが動いているということ。ここで感じたビジネスワールドで会社や業界を区分するスキームを打ち立てることができれば、少なくとも三文博士論文にはなるのではないかとも。

 週明けの研修では、遂に五回目の受講生が誕生した。当該通信キャリアさんもウマが合うクライアントなので、私とある意味のビジネスワールドが共通なのだろう。複数の方からオンオフを問わず質問をもらって、九州支社のO女史からは鋭い指摘も頂戴し、法務を担当しているK氏からはMBAの後輩の話で盛り上がった。

 そのように考えるとビジネスワールドの軸が二つあることが見えてくる。前者から言えることは、その世界を支配しているネットワークの原理やロジックに基づくビジネスワールドが存在すること。

 後者からの示唆は、バイオリズムのような波長が共鳴し合うことでETや未知との遭遇のような超越的コミュニケーションが成立する共通ワールドがあるということ。

 昨日の研修テーマは、真の課題(本質的論点)に肉薄することであったが、私たちは見かけ見せかけの業種業界というセグメントの中で猿芝居をしているだけなのかもしれない。
 2016/08/23 19:58  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
値下げと値引き
 あっという間に半月が空いてしまった。7月から8月前半にかけて鬼のようなスケジュールで手を動かすことができなかった。

 マークダウンはアパレル業界でも普通に使われるが、マークアップはあまり聞くことがなく代わりに生産掛率などの言葉が使われることが多い。

 マークアップとマークダウンは流通論の基本で対照的に使われる概念であるが、何故かアパレル業界では非対称の言葉になってしまっている。そのことが原因なのか結果なのかは判然としないが、明らかに混同してしまっているのが「値下げ」と「値引き」である。

 前者はマークダウンに相当する概念で、商品価値が上代に見合わなくなったので不可逆的に販売価格を下げていくことを指す。値入れと訳されるマークアップ、すなわち調達価格に対してどれだけのマージンを乗せて転売もしくは小売りするのかというアクションの逆である。

 一方の「値引き」は、販売促進を目的として一時的に行うイベントにおける販売価格のディスカウントもしくはキャッシュバックやポイントアップを指す。パーマネントとテンポラリー、不可逆と可逆、プロダクトの問題とリテールの問題という具合に、まったく性質のことなるコトである。

 アパレルが小売機能をもつ流れと小売がモノ作り機能を取得する経緯で成立したSPAモデルであるが、どうもミソクソの混同が生じてしまってマーケットが荒れている。半ば恒常化してしまった年四回のクレジット請求時の10%オフやレジオフ、それにバンドルの10%オフが重なってしまった。

 さらんは、期末のマークダウン商品に小売としての値引き販促を掛け算してしまっては、プランドもへったくれもありはしない。アウトレットやセール専用商材の功罪も気になるが、プロダクトも売り方も秩序を失ってしまってはブランドビジネスは成立しない。

 上代という概念が崩れ去り、ファッションを定価で買うのは馬鹿だとなりつつある現状を憂いている諸氏は少なくないと思う。双方の遺伝子が融合することは大歓迎であるが、双方の秩序が崩れ去ってしまっては元も子もない。

 放っておくとエントロピーは増大する。秩序を維持するには智惠とエネルギーが必要だ。
 2016/08/11 18:57  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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