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そういう見方もある
 前に書いたハイブリッド型研修で、新たな見方があることを発見して大いに反省させられた。真ん中の三プログラムは既存パッケージの「ロジカルシンキング」「定量思考」「仮説思考」だ。とりわけロジシンは基本の“き”で、おそらく登壇回数は優に100回を超えており、数千名の様々な業種の様々な世代の受講生と渡り合ってきた。

 中には、ずばりアパレルである郊外型紳士服チェーンの中堅若手社員を対象にした数年来のリピート案件も含まれている。大手下着メーカーの二年目対象プログラムと並んで、テキストとプログラムを超えて業界事例に脱線しながら受講生に深い学びと実業務との関わりあいを実感してもらうという意味では、私自身もやった感が大きく受講生の反応、事務局の満足度ともに決して低くはないと自負してきた経緯がある。

 ところが今回のSV対象のロジシンにおいて、そういう見方もできるということを再発見させられた。グループ演習を五分の四にカットして、それでも時間が押すという経験をした。私からの説明やフィードバックに通常の1.5倍くらいの時間をかけて、テキストからの解答例解説は最小限に端折るという進行で、それでも正味8時間のほぼ最長タイムラインがいっぱいいっぱいの1日であった。

 何が反省かというと、日頃は与えられた時間内にプログラムをこなすことが優先してしまい、果たしてその場の受講生に合わせて伝えるべき事、知らせるべき事を全て伝え切ることができているのだろうかということだ。当然、大幅な時間超過は法的にもプロとして許される訳ではない。よかれと思って逸れた横道が、必ずしも受講生のためにはならなかったという経験も一度や二度ではない。

 そんなジレンマに苛まれながら、私自身も学習を積み重ねてきたわけだが、この土曜日には自由度100%の私塾が開講する。第一回のお題は、「来たる人口減少経済を見据え、自分のビジネスキャリアをどう描いていくか」だ。課題図書には松谷明彦氏の「人口減少経済の新しい公式」を選んだ。自分のビジネスキャリアをトラック一周にたとえて、いまどこを走っていて、あとどれくらいでフィニッシュテープを切ることになるのかを意識することを主題とする。

 その上で、これまでの自分を“得たもの/チャレンジ”バランスシートで振り返り、これまでの自分を振り返ると同時に今後の自分の成長イメージを膨らませていくというものだ。最終的には自己責任であり自己啓発に依存せざるを得ないが、当該私塾がその一助になればという思いでスタートを切る。

 自由度100%(終了後の懇親会を含めると120%かもしれない)の場で、どのような相互作用が起こって、そこで何を再発見もしくは新発見することになるのか、楽しみはつきない。関西で5社17名の方々にご参集いただけるとは、ありがたいことである。

 レジュメとテキストの素案は完成した。あと数日間熟成させて当日に臨むことにする。

 2016/02/29 18:07  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
人間の記憶
ジョン・コートルの「記憶は嘘をつく」は必読文献だ。

 大臣や国会議員の記憶や倫理はどうなっているのだろうか。物心ついて間のない頃の私は、国会中継を観て“きょぉてぇおっちゃん”(注:岡山弁で怖いおじさんの意)が出ていると言っていたそうな。今は亡き母からよく聞かされた話しのひとつだ。

 多感なティーンエイジを迎えた頃、「記憶にございません」を堂々と連発したり、手が震えて書類にサインができないオヤジどもを映像で見るにつけ、大人ってどないなってるんやろう?と素朴な疑問を抱いたものだ。人間の脳は至高の思考をするかと思いきや、その一方で実に身勝手なアルゴリズムも併せ持っているやっかいな代物だ。

 今週から画期的なプログラムがスタートする。研修パートナー企業と私のコンテンツの完全ハイブリッド型の全9日間の研修だ。対象は某セレクトショップの16名。ワークショップ型の私のメニューがパッケージによるロジカルシンキング、定量思考、仮説思考を挟む格好で6月までの長期戦になる。

 当初アウトレットのSVを対象として企画していたものが、そんな内容であればもっと広く受講させよと経営からの一声があったようで、いきおいモチベーションも上がらざるをえない。

 私たちの思考(直感/判断)はどれくらいあてになるのか、ならないのかという問いからスタートして、知識と経験に誘導される認識のバイアスとヒューリスティックスの落とし穴へと受講生を誘っていく。だからこそデータに基づく定量分析が重要であり、それはいったいかない(計画や目標)で一喜一憂するありきたりの帳票とは一線を画する、本質的な洞察にほかならないことを理解してもらう。

 その上でファッション業界において本質的洞察に到達する分析アプローチとはいかなるものかを、商品軸、店舗軸、事業軸で受講生をガイドしていく。春には新システムのリリースを控えておられるとのことなので、その投資価値を最大化すべく貢献できればと力が入る。
認識のバイアスについて詳しく触れるのは別の機会にゆずるが、ヒューリスティックスについては簡単に言及しておく。

 人間ならではの楽に早く答えに到達する“うまいやり方”という意味で、必ず正解に到達する精緻な計算方法という意味でのアルゴリズムの反対語にあたる。後者はコンピュータならではのものだと言える。実社会とりわけビジネスにおいて、粗くても早く答え(仮説)に到達してアクションに移すことは肯定されるべきであるが、それは検証と修正という後工程があってのこと。

 自分が楽な道に逃げようとか、都合の悪い過去は書き換えてしまおうという働きはヒューリスティックスのネガティブな側面だ。塀の内外の議論とスキームはそっくりで、私たちの脳や心も使いようが求められている。そもそもどちらにも転がり落ちる性質を本来的に備えているのだから。
 2016/02/14 16:39  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
堕ちた英雄
 塀の上を歩くというメタファーを最初に聞かされたのは、若かりしころコンビを組んで仕事をさせていただいた警察OBの師匠からだった。

 反社会的組織の摘発映像で誰がどちら側の人間か見定めることが困難なシーンは、皆さん一度ならず観た経験があるのではないだろうか。

 素材として究極のテンションと体力を持って生まれて、娑婆に落ちるか内側に堕ちてしまうかは紙一重だという。歌手やスポーツ選手などの逸材にもそれは見事にあてはまるようだ。

 私たちは到底そのレベルの素材ではないが、オンタイムに偉そうに教育や指導をしていながら、その一方でプライベートでは嫁はんから疑問と批判の雨嵐を浴び続けるとお尻が冷たくなることがある。

 彼らのレベルからすると遙かに低い高さではあるが、間違いなく塀の上を歩いている。どちらに落ちる(堕ちる)かは、運でも運動能力次第でもなく理性次第である。愛息達との離別が計り知れないストレスをもたらしたであろうことは容易に想像できるが、それに打ち克つだけの精神理性が伴っていなかったことが残念でならない。

 とはいえ、精神理性は薄いガラスでできているのでそれを割らずに過ごすには強固なコーティングが不可欠となる。教養、哲学、信念、宗教などがコーティングの材料になるが、私たちは日常的にそれらの材料を仕入れることができているだろうか?

 3月から面白い動きが始まる。それについては、また別の機会に。
 2016/02/03 20:29  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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