« 2014年07月 | Main | 2014年09月 »
夏の思い出
集中豪雨やら台風やらで夏らしい夏という思いでは残らなかった人も少なからずいただろう夏が終わろうとしている。
 
 最低限の生活もままならない人々が数千人いらっしゃるこの夏、ビジネスベースでもいい思い出がない人々も少なくないであろうことは容易に想像できる。夏ビジネスの典型であるエアコンや清涼飲料水、海、プールは散々な目に遭った。人出が頼りの店舗ビジネスも概ね順風満帆とはならなかったようだ。

 私たちは50年に一度とか、観測以来100年で初めてと表現するが、地球様にとってみれば数千万回も繰り返してきたちょっとした誤差に過ぎない。資本主義の歴史ですら、たかだか200年ほど。数百年を数える老舗も少なからずあるが、大半は半世紀か一世紀ほどのほんの誤差の合間に成長と繁栄を築いた企業が大半である。

 これまでどうだったかということもさることながら、これからどうするかを考えたいものだ。
私たちの経験と想像を遙かに超えたレベルで未来は容赦なく訪れる。三年前から期末のバーゲンを潔く辞めたメインブランドを有する中堅アパレルが堅調だ。主要三ブランドのMDおよび関係者とのワークショップが順調に推移している。皆さんの取り組み姿勢と目の色が日に日に変化していることは、主宰者の方も感じておられるし私にも伝わてくるし、何よりも当事者が一番実感しているであろう。

 8月は二回ゴルフをした以外は、全て仕事Dayとなってしまった。創業直後は2ヶ月間休みなしというのは普通に普通であったが、久々におよそ一ヶ月間休みなしというのが8月中旬以降来週まで続くことになってしまった。今日もおよそ11時間の内勤を終えて、ようやくビールにありつける。11日の間でほぼ8日間立ちっぱなしはさすがに足にキター!

 “取り皿”を依頼したテーブルに“鳥唐”をサーブしてしまうエピソードは、四谷「善丸」で発生した。リボーンから二年を経て、さまぁずで取り上げられたこともあり、メチャ忙しいとのこと。
創業以来の常連としては痛し痒しである。店長、厨房に変遷はあるものの、私にとっては愛すべき店である。
 http://tabelog.com/tokyo/A1309/A130903/13144950/

 2014/08/31 18:01  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
愛すべき体育会系
私のアンカーは体育会系にあるが、文化系のキーパーソンとの深い交流が図れるキャラが小中高まで遡って現在に至るまでいろんな場面で役立っている。

 小学生時代はどちらかというと文化系か。中高と完全体育会系に帰属し、中は優等生組として、高は若干やんちゃ系の系列で過ごしてきた。中においては生徒会活動を通じて、高においては委員長の立場と自主制作映画作りなどを通じて文化系の人々との交流も深かった。

 中では年に一学期限りという制約があったので、それぞれの学年で一学期しかクラス委員長を経験することはなかったが、高ではそればなかったので一年生のときなど丸々一年間勤めさせていただいた。

 先週は研修講師四連発という、残暑厳しい折にしてはハードな週であったが、愛すべき体育系キャラの受講生が一抹の清涼剤を提供してくれた。系と称するには失礼な、甲子園でも投げた経験がおありのノンプロチームにおいても副キャプテンを務めたバリバリの現役の方で、腕も顔も真っ黒なその出で立ちから開講前から一般社員ではないことは明らかであった。

 講義中も休憩中もすてきなパフォーマンスで場を盛り上げてくれるとともに、私にも積極的に話しかけてきてくれた。たまたま同じクラスに同期の元キャプテンもいて、ご両人とも超爽やか兼愛すべきキャラであった。一般の受講生の方々とも打ち解けておられて、別の企業の別の競技チームから感じる違和感とは対極のものがあった。ノンプロという言葉から今回の競技はご想像のとおりで、さらにトップクラスというと都市対抗出場レベルと考えていただいて間違いない。一体感というか融和感というか、“おらが仲間たち”という連帯ムードがムンムンとしていた。

 企業内スポーツチームの状況は様々であろうが、社員が抱く極めて自然体のオーナーシップというか、共同意識がとても爽快なのである。片や違和感がぬぐえないのは、トップリーグで活躍しきれない半プロ化した選手たちを擁する某企業の同じ立場の受講生だ。通常業務に就くことなく日夜練習に邁進している傍ら、集合研修には駆り出される彼らに何の落ち度もないが、そこでは溶け込むような空気感は決して醸成されることはない。前職でも経験したことだがプロ化して勝つことが目的化したところから、企業内スポーツチームの居所は本来の縁の部分を離れて沖合の孤島にしかその居住ニッチはなくなってしまう。

 オーナーシップという表現より、おらが…という表現の方が何となくしっくりとくるには訳がある。経営学はもともと米国をはじめとする欧米で発展し、我が国には立派なオリジナルとして商学があるにもかかわらず、戦後の経営学者が欧米概念のインポートに邁進してしまったことから、和製英語借り物学問になってしまっている。パラダイムとパラダイスと言って爆笑(その瞬間には誰も笑えなかったが)を買った愛すべき会長もいらっしゃった。

 神戸大学の諸先生方は口を揃えて“大和言葉で経営を語れ”と指導して下さったので、特に戦略をテーマにした講義の際に大和言葉が当日の副題になることが少なくない。戦略とは戦いの略図であるが、それではインポート日本語にとどまってしまう。「いくさのあらまし」と言うと、全く異なるイメージが沸いてくる。

 ロジスティクスは兵站であり、ディストリビューションは配給だ。ボランティアを施しと言っていまうと、上から目線のように思えてくるし、ノブレス・オブリージュを一言で表す日本語は見当たらず、恩や義理を英語で表現することも困難を極める。

 いちいち白黒つけるだけの暇は私たちにはないが、福沢諭吉と西周が翻訳した造語とそれ以前から我が国にあった大和言葉の間には、天と地ほどの隔たりがある場合が少なくないことを念頭において言葉を取捨選択して使い分ける必要がある。

 ベネディクトの“菊と刀”を読んだので、こんな議論に展開してしまった。夏目漱石も全ての作品を読み直す、読み足す必要性を感じている。
 2014/08/24 18:17  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
予見の運命
先取的予見はその矛先が鋭利(営利)であればあるほど、適切な対応に至るまでには数多くのハードルがある。

 まず、耳にしない確率。次に、耳にしても耳に入れない入らない恣意性。そしれ、耳に入れても腹に落ちない落とさない。最後に、腹に落ちても実行力に欠けてしまえば成就には至らない。

 清志郎のエッセー「瀕死の双六問屋」が湯川れい子氏によって掘り起こされている。“地震の後には戦争がやってくる…”という趣旨だ。清志郎はおよそ20数年前に、“電力は余ってる、原子力はいらねぇ”とサマータイムブルースに歌った。

 業界に目を転じると、ルミネトップの新井氏が、不信を増すだけでファッション離れを引き起こすとしてセールの早期化に警鐘を鳴らしている。UAの栗野氏は、半年ごとにコレクションを発表して半年間売って、多くの人に買ってもらって、シーズンが終わったらセールして、というシステム、サイクル自体がもう限界点に達しているのではないかと言う。

 端くれに過ぎない私ではあるが、上代が危ない、プロパー期のオフ販売はブランドを破壊すると言い続けてきた。目先の営利の延長に中長期的繁栄はない。

 システムの限界論的に言えば、レジオフや期中割引は「逆効果の応急処置」そのものである。文字通り「成長の限界」に陥ったのは売上拡大のための売れ筋追求の結果、ファッションがカルチャーでなくコモディティに成り下がってしまったことだ。

 栗野さんのお言葉を借りれば、他とはっきり違うモノを「これが自分たちです」と語れなければならない。わかっちゃいるけどやめられないのは、せいぜい酒とタバコくらいにとどめたいものだ。
 2014/08/19 09:46  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
場所は文化
行きつけの居酒屋で一人のみをしていた木曜日、後ろのテーブルの4人グループが盛り上がっていた。

 剣道経験者が複数居るらしく、“引き胴”で下半身の感覚がなくなった経験から、その技は30歳を過ぎてから繰り出すべきではないと講釈を繰り出す御仁の声の大きいこと(汗)。

 ひとしきり剣道の話題が終わると、同じ会社の同僚なのか、やれ4階はどうだとか、6階はああだとか…。

 それぞれの会社で、フロア名は立派な代名詞になっているようだ。前職においても初期の16階、後期の21階は社長が陣取っているコアであるとともに、厄介なフロアの代名詞であった。とあるクライアント企業では、7階が特別な意味を持っている。

 通販の立ち上げで出版社とお付き合いした際に、音羽系と一橋系という代名詞を学習した。前者は講談社関連を、後者は小学館、集英社グループを指している。集英社は小学館の名前ではちょっとどうかのうとなるジャンプやプレイボーイを展開するために分離独立したという経緯もそのときに知った。

 場所代名詞の代表格は何といっても“甲子園”であろう。台風の影響で二日間も順延してしまったが、○○甲子園と称する高校生の全国大会が40以上もあるという。

 明日は関西直撃なので、ゴルフの月例はキャンセルして仕事をすることにした。今年の冬には月例が二度雪でクローズしている。十二分の三が自然にしてやられるとは…。でも、そりゃそうだわな。お天道様にとっては地表の私たちの玉入れごっこなど何の関係もないことに過ぎない。“ふんっ”だろう。

 一週間規模の夏休みを取らなくなって、10年になる。今年もクライアントが稼働しない14日と15日にちょっとしたまとめものをしたいので、やっぱ長期休暇は無し。

 日常がマイペースなので休暇の必要性は全く感じることがない。それよりも、あと二年に迫ったなんちゃって最初の定年をどう迎えるかが大問題である。
 2014/08/09 17:54  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
またまた暑い夏が
流通科学大学での集中講義の三日間が終了した。毎年くじけそうになりながら、今年で四年目になる。

 何がくじけそうになるかというと、日頃アパレル業界のプロの方々や、新入社員研修はあるもののビジネスパーソンを対象に議論をしていることから、年に一度の学生さんのやりとりにおける反応の乏しさと、何よりも机に突っ伏して堂々と居眠りをされるる光景にエネルギーを削がれるからだ。

 とは言え、かく言う私がどのような学生時代と態度を過ごしてきたかと振り返るとそうもいってられないのが現実で、彼ら彼女らのレポートから伝わってくる、結果としての充実感とこんな面白い講義は初めてだという感想は一抹の清涼をもたらしてくれる。

 来年も依頼されるかどうかは大学次第であるが、もはや次男の年齢層が対象となった今、社会貢献として続けていきたいボランタリージョブである。

 時代と世代は変わっても業界や業種が変わっても、変わらない普遍的本質的構造や繰り返されるパターンがあることは確実に伝わったようだ。講座のタイトルは“ファッションマーケティング”だが、いろんな刺激と知識を得られたであろうレポートに接すると何よりの報酬を感じることができる。

 研修ビジネスの大半もそうであるが、ほぼ一期一会で終わるであろう受講生もしくは学生諸氏がこれから素晴らしい人生を積み上げていくことを祈るばかりである。

 社会人の教え子はおよそ一万人にのぼるが、大学生の教え子はせいぜい千人弱というところ。あと10年頑張って、前者が1000登壇で二万人強で後者が二千人には及ばない。

 さて、私のビジネスキャリアをどう締めくくるか。そろそろ未来形で先送りするのではなく現在形でリアルに決着を付けるべき時期、すなわちエグジットを定義すべきときが近づいてきつつある。
 2014/08/05 19:57  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
| 次へ
プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

北村禎宏 プロフィール
リンク集
カテゴリアーカイブ
最新記事
2014年08月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
月別アーカイブ
最新コメント
Sayo
ファッションのコモディティ化 (2015年12月11日)
冨田さより
すごい学生がいたもんだ (2015年08月09日)
しの
日本人の忘れもの (2013年02月11日)
nobu
やっぱやられた (2012年10月24日)
北村禎宏
ダイバーシティにて (2012年05月24日)
最新トラックバック

http://apalog.com/kitamura/index1_0.rdf
更新順ブログ一覧
QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード