« 2013年11月 | Main | 2014年01月 »
次は生物
生命の起源や仕組みを改めて勉強した一年だった。

 はじめに、「生命は熱水から始まった」(大島秦朗)で、古細菌を知る。
次に、「アストロバイオロジー」(小林憲正)で、火星と木星のタイタンにおける生命の可能性に思いをはせる。

 「生命はなぜ生まれたか」(高井研)、「化石の分子生物学」(更科功)、「新生物物理の最前線」(日本生物物理学会)で理解を深める。生命を超える精密機械を決して人間は作ることができないだろうなと、思いながらかかる超精密機械を生みだした何ものかには畏怖の念さえ抱く。

 神の存在が議論されることも、人間原理が語られることにも一理あると考えさせられる。とは言え、私は「たまたま」主義なので、そんな必然的な力や人間が存在するからという前提に立つことはない。私たちは「たまたま」すなわち偶然を自分が生きている時間軸と自分が認識し得る情報量の中でしか想像することができないが、宇宙の歴史は137億年(前後1億年ほど)あり、全宇宙に存在する物質の量は私たちが数字としてイメージできる桁ではない。
 
 さらに、現在私たちが認識している物質が全宇宙のたった4%ほどに過ぎないというのだから、その時間軸の長さと既知の物質、未知の物質がもたらす可能性の組み合わせは私たち人間の理解をはるかに超えたものだ。

 仕上げは、この歳になってようやく読むことができた古典三部作。

 「種の起源」(ダーウィン)、「二重らせん」(ジェームス・D・ワトソン)、「生命の多様性」(エドワード・O・ウィルソン)だ。太陽が滅ぶのだから当然地球は滅ぶのだが、その前にヒトという種がどこまで絶滅しないで持ちこたえるのか?

 企業の寿命30年節をまことしやかに議論したこともあるが、私たちが日常的にモノサシにしている10年とか30年とかは、たまたま私たち一世代の寿命が70〜80年であることに依存しているに過ぎない。

 個々の存在は尊重すべきものであることに変わりはないが、通りすがりの信楽焼にも満たない存在であるという謙虚な気持ちも忘れてはならないと改めて感じている。

 そして「生命を捉えなおす」(清水博)をおよそ20年振りに再読して、同氏の「生命と場所」やリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」など、もう一度読み返してみるのもいいなと思った今年だった。

 次回は量子力学にいきます。大晦日か年明けに。
 2013/12/30 18:49  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
まずは宇宙から
今年の読書録の紹介は、まずは宇宙から。

 宇宙に対する人類の理解はこの10年で飛躍的に高まり、ここから10年ほどで最大の謎のひとつが解明することが期待されている。

 最大の謎とは、宇宙の23%を構成する暗黒物質と75%を占める暗黒エネルギーの正体だ。何と星々と銀河は宇宙のたった0.5%未満に過ぎないのだ。

 これに次ぐ私の大発見は、宇宙は一つではない可能性が高いと言うことだ。複数どころか、もしかしたら宇宙は10の500乗個もあるかもしれないという議論をあなたはどう受け止めますか?

 三番目の驚きは、真空は実はエネルギーに満ち溢れているという話し。宇宙物理学的にそのようなことが明らかになれば、哲学的にも無の概念が進化する可能性がある。柳生新陰流の“無の境地”とは、相手に先に仕掛けさせてから、こちらはいかようにでも対応できるという極意であるが、まさに無とは無限の有を内在する母なる存在であると言える。

 まずは、「パラダイムが変わった」(青木薫)から入れば、全体感を掴むことができる。次に、「宇宙物理学入門」(櫻井邦朋)で基礎を知る。「宇宙100の大誤解」(ニール・カミンズ)でちょっと雑学を仕入れて、「宇宙創成はじめの3分間」(S.ワインバーグ)で古典に触れる。

 基本的な原理は、「真空のからくり」(山田克哉)と「重力とは何か(大栗博司)で。さらに「地球の中心で何が起こっているのか」(巽好幸)で母なる大地を理解して、「暗黒物質とは何か」(鈴木洋一郎)と「ヒッグス粒子と宇宙創成」(竹内薫)で最新の議論を。

 仕上げは、「宇宙は無数にあるのか」(佐藤勝彦)と「宇宙は本当にひとつなのか」(村山斉)で、あっと驚く。この正月には、「宇宙が始まる前には何があったのか?」(ローレンス・クラウス)を読破予定だ。

 公私ともにストレスの耐えない日常ではあるが、この宇宙から見ると私たちがここに居てここで一喜一憂していること自体が奇跡であり、尊重すべき唯一無二の貴重な瞬間であることに気付かされる。

 我が地球は秒速30qで公転しながら、太陽系を含む天の川銀河も猛スピードで膨張するプロセスの中にいる。宇宙物理学的には二度と同じ場所で同じ状態を経験することはない。ギリシャ哲学で言うところの、私は二度と同じ川に入ることはできないという命題と同じだ。

 さらに太陽の寿命はあと50億年なので、そのころには地球の寿命にも限界がある。こんなにビルや道路や鉄道を作ってしまって、最後は誰がどう面倒を見るのだろうと心配していたが、生命が耐えることでその心配は杞憂に終わることが判明したのでほっとしている。

 次回は、その生命に関する今年の読書録をお披露目したいと思う。
 2013/12/29 17:01  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
再会続出
今年で5年目になる通信大手での中堅社員研修が折り返し点だ。

 数年前に二年次の合宿研修をご一緒させていただいたお二人と再会することができた。若い人の成長スピードは早いもので、中堅としての存在感がしかと備わっておられた。

 休憩時間には他の講座に来られていた、これも元受講生と、さらには初期の人事ご担当だった方からも声を掛けていただいた。極めつけは、営業担当としてとてもよくしていただいた研修会社のOGの方がアセッサーとして会場に来られていて、その方とも再会できたことだ。

 狭い世界で活動していると言ってしまえばそれまでだが、50年以上生きているといろんなところに何某かの接点があり得ることも事実だ。

 今年は明日が仕事納めとなる。年内もう一度キーボードをとって、今年の読書録などご紹介したいと思う。
 2013/12/27 10:30  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
SPAの悩ましさ
ルミネさんが我慢しきれずに9日か10日からクリアランスに突入する。

 ようやく寒さが本格化したが、店頭はプレセールやVIPセールの雨嵐だ。単価の取れる重衣料を20%オフで売っていたのでは粗利の確保のしようもない。11月にはセール待ちの買い控えで苦労したブランドは少なくないだろう。

 地球環境の長期トレンドとして不可逆的に春と秋が短くなっているところに、値引きの早いもの競争をしている場合ではないことは百も承知の筈であるが、今月の売上と今期の着地と引き換えに中長期的業界の安定性を犠牲にしていることに早く気付いて行動に移さなければえらいことになる。

 かような小売としてのジレンマに加えて、SPA企業各社が休日休暇について悩ましさを抱え込んでいる。

 当たり前のことであるが、店頭は1月1日を除いては年間364日稼働している。店頭FAは月8日の公休を取得するのが一般的であるが、盆暮れに長期の休みをとることはできない。一方で、管理部門を抱えて卸時代の名残もある本部においては、週末の土日は休みで盆暮れには数日間の休暇がある場合が大半だ。

 ここ20年ほどの小売化の動きの中で休日出勤や年末年始の店頭応援がかなり普及してきたが、このご時世、代休を取得させねばならないことにも一苦労ある。私たちのように子供が離れた世代にとっては土日や盆暮れの休みは無用の長物となるが、子育てたけなわの世代にとってはしんどいところもあるだろう。

 私たちが入社したころ、会社も社員もおそるおそる隔週で週休二日をスタートしていた頃が思い出される。土曜の休みには遊んではいけなくて、自己啓発を通じて会社に貢献しうる時間として使おうと、労使ともに言い訳しながら二連休に入っていたものだ。

 会社が業務として命令することはやむを得ないが、多様な世代と様々な背景を有する社員がいるわけなので、社員自らの主体性とワークシェアリングにゆだねる上手な運営をする会社が出てくることを期待する。

 私の顧問先のある企業は、大晦日に社員有志をTDLの年越し花火に招待して、その足で舞浜エクスピアリの店舗で夜通しクリアランスのタグ付けするのを恒例行事にしている。もちろん社長が先頭に立って旗を振っている。タグ付けが一段落したところで、そのまま初詣という訳だ。なんと男前な!

 特定秘密を保護したい輩たちは、“愛国心”まで私たち国民に強制したいらしい。申し訳ないが愛国心というのは心の底から自発的に湧き上がってくるものであって、第三者から強制されたり制度的メカニズムの結果として萌芽するものではない。

 私たちはこの国の歴史や文化の思いを馳せたときに自ずと愛国心やほこりを感じることができるのだ。あなた方に気にしてもらうような精神領域の作用ではない。

 愛社精神や仕事を好きになることも、これまた同じ理屈である。
 2013/12/16 14:35  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
やっちまった!
とんでもない法案がどんでもないプロセスで通ってしまった。

 詳細は様々なところで議論されているので、ここで説明する必要もないが感じるところを記すことにする。

 まずは、トリガーがアメリカからの要請(圧力)であったこと。そのことをもって即座に主体性のなさを指摘することは的外れの議論になりかねない。私たちを取り巻く環境にはコンテクスト(文脈)が見えるものとして見えざるものとして存在しており、それに依拠したりドライブされることは避けがたいというよりは、それが歴史そのものだから否定することはできない。“前世の縁(えにし)”として潔くかかるコンテクストを受容していたのは武士達である。

 さて、トリガーとしての海外からのプレッシャーは是としたとして、そのコンテクストに便乗した当局と個人が存在することには受け入れ難い違和感が残ってしまう。大いなる我が国の歴史を紡ぐよりも、自分が所属している組織の権益とその中で自分がやりたいことを優先する輩が公務を司っている現状が嘆かわしい。

 全体の利得<自分の組織の利益、公僕<私欲の方程式でしか仕事を進めることができない公務員すなわち官僚の仕業と言ってしまえばそれまでであるが、そんな官僚主義のこの国の未来はどうなるのか。

 もっと高い次元の思想レベルでのコンフリクトであれば、何か創造的源泉になるのではないかとの期待を抱くこともできるが、今回の騒動はわが村の小さな利権の域をこえる息吹を感じるレベルのものではなかった。

 私の現役時代はあと20年もないし余命はそれに毛が生えた程度(もしかしたらそれ以下)しかない。数千万年続くことはない人類の将来であるが少なくともあと数百年か数千年は続くであろう人類の歴史。その中で日本の歩みも同様に継続していくことが期待される。

 その礎を築くどころか所どころに自己崩壊につながりかねない目土を埋め込む姑息な職人たちがブイブイ言わしている。そんな奴らに負けないヘルシーなコモンセンスを私たちは育むむとともに行動に移さなければならない。

 この構造的ギャップは、会社という組織にもそのまんま当てはまる。
 2013/12/08 18:23  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

北村禎宏 プロフィール
リンク集
カテゴリアーカイブ
最新記事
2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
月別アーカイブ
最新コメント
Sayo
ファッションのコモディティ化 (2015年12月11日)
冨田さより
すごい学生がいたもんだ (2015年08月09日)
しの
日本人の忘れもの (2013年02月11日)
nobu
やっぱやられた (2012年10月24日)
北村禎宏
ダイバーシティにて (2012年05月24日)
最新トラックバック

http://apalog.com/kitamura/index1_0.rdf
更新順ブログ一覧
QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード