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同じ温かさ
1000億を超えた創業トップと直接お話しさせていただく機会を得た。同じ温かさに、"やっぱりそうか"と思うところがあった。

 30年ほど前の就職活動期に,学生ながらに考えたことは現役の創業社長の企業に‥という一点であった。当時47歳であった前職の会社の社主は、その通りの魅力的な人物であった。

 配属が社長室の法務部門であったことから、その後のリアルな様々な事象と実像に触れることにはなったが、私の第一印象は変わることはなかった。多くの人々が、その包み込むような人間的温かさとお金におけるしたたかさのコントラストには一目を置く御仁ではいらっしゃるが、一言では言い表しがたい何とも言えない存在感は別格のものであったと記憶している。

 それとほぼ同様のオーラを、その方は発散しておられた。縁あって、何かのビジネスをご一緒させていただく可能性が出てきたが、そんなことよりもそのオーラの正体を理解することに私の興味はそそられている。

 そのオーラの周囲で何が起こって、何が起こらなかったのか。普遍的真理に一歩近づくフィールドの可能性にテンションは最高潮である。

 実務者ではなく科学者の立場でアパレル業界を見て、携わっている人材はそう多くはないと思われる。何の大した価値もない存在ではあるが、業界に歴史として何かの足跡を残さねばと思う今日この頃である。

 当時頂戴した結婚祝いのテーブルは今でも大切に使わせていただいています。
 2013/02/28 22:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
第一期終了
ファッションビジネスリーダー養成講座の第一期が終了した。

 3社から7名の塾生を迎えての最初の試みの第一期が、最終イベントのトッププレゼンも滞りなく終えることができた。このような機会を提供していただいたMORIパーソネルクリエイツさんに深く感謝するとともに、塾生を送りこんでくれた各企業のトップにも厚く御礼申し上げる。

 最終のトッププレゼンには各社、社長自らが足を運んでいただくことができた。それぞれ褒め言葉もありながらも、むしろ鋭い突っ込みをいくつも頂戴して大いに盛り上がった。突っ込み方にも各社トップの個性が表れていて、私自身も勉強させられることが多々あった。

 中でも秀逸なキーワードは、"お祭りが足らん!"、"名物を作れ!"であった。社名と前後の文脈の紹介は差し控えざるを得ないが、昭和の創業社長の経験知からくる言葉には重みがあった。

 ロジックやデジタルが台頭することで確立されたSPAのビジネスモデルではあるが、そのような表面的な取り繕いでは到達できない人間技の境地を目指せというメッセージと受け止めた。

 ただし、人間技が成功するかどうか、成果をもたらすかどうかはポアソン分布的な確率論に依存せざるを得ない。したがって、強運という稀有の才能を持ち合わせない私たちアベレージビジネスパーソンは、ロジックを駆使して平均値の底上げを図ることで日常的ビジネスパフォーマンスの最大化を目指すのである。

 そのこと自体は全く間違いではないが、その延長上に大きな成長や成功があるわけではないこともまた事実である。デジタルなロジックとアナログ知の融合を模索する旅はまだまだ続いていく。次は東京を舞台に第二期の開催を目指して。
 2013/02/24 17:00  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
そのまんま
一連の連読の結果、佐々淳行氏の「平時の指揮官、有事の指揮官」に辿りついた。

 彼の"危機管理のノウハウ"には、20代の若かりし頃、法務事案の勉強で大変お世話った。昭和の香りがプンプンする中で繰り広げられる実話と知見からは、勉強になるというよりも勇気付けられるフレーズが多々あったと記憶している。
 
 同書で引用の引用の引用がなされているフレーズをそのまんま転載する。

 「有能なリーダーは、ほかの誰でもない自分が最終的な責任を負っていることを知っているから、同僚と部下の能力を恐れないものだ。誤ったリーダーは、つねに有能な部下の一掃を図る。リーダーは有能な仲間を求め、引き立て、押し上げ、それを心から喜ぶ。また同僚と部下の過ちも最終的には自分で責任をとるのだから、同僚と部下の成功も脅威ではなく、自分の成功として捉えるのである。」パゴニス中将の「山・動く」が引用しているドラッカーの言である。

 真っ先に顔が浮かぶ御仁がいらっしゃるが、その方に限らず多くの人にそのまんま多くの人々にパスしたい言葉である、むろん自分自身に第一に。

 半藤一利氏を講演に招いたアパレル企業があったと聞いた。彼は必ず話しがそこに戻ると笑って話す若き経営者の情熱に感服。昭和史の語り部から文脈を引き出そうとするリテールSPAの存在に改めて驚かされた。
 2013/02/17 23:46  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
セールはどっちだ?
セールの後ろ倒し混在の二シーズン目がほぼ終結した。

 足並みをそろえて前倒しに戻せという議論があるようだが、私の考えは逆である。
セール時期は後ろ倒しした上で、大々的クリアランスは土日を含む三日間で集結せよ。

 何度も旧暦への回帰を唱えてきたが、それに輪をかけて地球温暖化が進展している。1月23日の繊研新聞によれば“長引く夏を攻略!”ということだ。以前は夏1と夏2のMDボックスが終わればセールに突入できていたが、セール期間ちゅの6月末から7月いっぱいにかけて夏3と夏4がある。

 人々は絶対温感よりも相対温感で消費活動を営む性向がある。それゆえに長期的平均的には冬も確実に温暖化する傾向にあるにも関わらず、冬に対する相対温感は夏が暑くて長くなった分、より強いインパクトとコントラストをもって私たちに襲いかかる。

 その際に“防寒”というキーワードに対する需要は剣山的に最大化するが、だらだらとセールに入っていたり、なかったりの斑模様でどうする。潔く最後の最後までプロパーで突っ張って、最後はほんの一瞬で在庫処分して、翌週には次シーズンが立ち上っている。そんなエッジの効いた店頭でありたいものだ。

 皆、理屈ではわかっているが、今月の予算と今期の予算に追われて本質を追究することができなくなってしまっている。投資市場的にはMBOのモチベーションが必然となるモーメントが働いているが、アパレル現場的にもOBO(オペレーターズ・バイ・アウト)のプレッシャーが
働いているのは間違いない。

 ドライバーショットが大きく右にふけがとき、自分の懐内でスイングできていなかったと反省する。自分の懐の中で業務を進めることができていない現場が多すぎる実態を憂わざるを得ない。
 2013/02/12 18:34  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
日本人の忘れもの
 外国人の方が私たち日本人より日本を客観的に正しく捉えることができるのは、ある意味当然のことだが、その反面、私たち日本人が国際社会どころか日本そのものを正しく認識することができていないと猛省しなければならない。

 柔道暴力問題に関心を寄せる仏国の雑誌編集者オリビエ・レミー氏のコメントを引用する。「日本社会全体が欧米化する中で、柔道界にはサムライの精神性、武道の考え方が色濃く残っている。そのギャップが混乱を助長している。」と。欧米化という表現自体に彼らの思想と立場が表れているが、欧米化を文明化と置き換えると普遍的に考えることができる。

 ペルリ来航の頃から日本社会は戦術的目標として急速に欧米化を目指したが、そこには諸外国の植民支配に屈することなく我が国の主権を維持する戦略的目標(大義)があった。
さらに文明化の第一ステップを国民全てが安心して喰えて寝られる社会と定義すると、一揆が続出した江戸後期から明治時代にかけて我が国が目指した最初の社会は、欧米で先進先取された技術と方法論をもってして全国民が喰える社会だった。

 皮肉なもので、人間腹がいっぱいになって寝るところがあると次に勤しむのは繁殖行為だ。爆発的に増加する人口を支えるだけの食糧生産に対する危機感がやがて大陸への進出に繋がっていく。侵略なのか自衛なのか、事実としての行為はひとつしかないが、客観的には侵略と見えても仕方のないところに自衛のためのやむを得ない進出であり戦争であったと主観的には主張できる二面性が生じ、そこに史観の違いが惹起する。

 史観ほど大きな次元ではないが、真実とそれを説明する立場と言葉と、そして言葉を通じてもたらされる認識とが本来的には一致しなければならないところ、特に国際社会の下ではそれが叶いにくいことは直近のレーダー照射問題を見ても明らかだ。

 世界中のありとあらゆるところに、英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語とキリスト教をばらまいてきた“欧米”の国々に侵略と言われる筋合いはさらさらないが、要は大陸で日本が覇権をもってしまうと自らの利権の余地がなくなることを嫌っただけの単なる利権争いが繰り広げられていたに過ぎない。

 インドにおけるイギリスの支配やアヘン戦争の実態を目の当たりにした当時の日本が、自国のみならず広くアジアを欧米列強の理不尽な支配から解放、回避しなければならないという大義を抱いたであろうことは想像に難くない。対外的プロパガンダは日本人が伝統的に有する奥ゆかしさと共存しにくいことから、内面には大義を抱きながらも外向けに自国の立場と意思を発信しきれないまま関東軍の暴走もあり泥沼の日中戦争に陥っていく。

 私たちは三国干渉や援蒋(蒋介石のバックアップ)行為の存在とそこから読み解ける構図を正しく理解しなければならない。大東亜戦争(我が国の主観的意図に基づく呼称であるが、後に戦勝国(勝ったから官軍)により太平洋戦争と改名させられる)の経緯は長くなるので省略するが、そして敗戦と戦後が訪れた。

 戦後の日本は米国による民主化の実験室として思うように扱われた。憲法しかり、パージしかり、教育体制しかりと。もっとも苛烈だったのは言論統制であり、柔道界で横行した肉体的暴力に優るとも劣らない精神的暴力をもって日本はメロメロに叩きのめされてしまった。戦闘行為は昭和20年8月15日で終了したが、戦争は後のサンフランシスコ講和条約締結まで継続していた。

 そこで私たち日本人が失ったものは、自らの頭で考えて自らの手で歴史を紡いでいく自己完結性と継続性である。レミー氏は欧米化と精神性および考え方、すなわちコンテンツのギャップに焦点をあてているが、実はプロセスのギャップの方がその影響は大きいというのが私の考えである。日本固有の日本独自の思想的精神的過程が断ち切られたまま、文明化の第二ステップの高度成長に突入してしまい、気が付けば第三ステップの成熟期にとっぷり浸かってしまった日本が今ここにある。

 戦前の日本と日本人は間違っていた。正しく理解することではなく戦勝国のロジックで徹底的に全否定をさせられていまった。その裏返しで手に入れてしまったのが経済的繁栄なので、私たちは文明を疑うことなく全肯定してここ数十年を過ごしてしまったが、歴史は天災を通じて私たちに大きな警鐘を鳴らしてくれている。

 ところが輪をかけて私たちの考える力と機会を奪い去っているのが情報化社会の進展だ。視覚情報がメディアを通じて視聴者の目に直接飛び込んできて“戦闘行為”に対する認識が大きく変わってしまう契機になった湾岸戦争の映像は記憶に新しい。
 
 情報化社会によって世界と繋がり、ありとあらゆる情報が入手でき発信できることが私たちの誤りを見えにくくしてしまった。私たち日本人に決定的に欠如しているのは、思想的アイデンティティの独自性と継続性だ。

 この国がどのような国であり、あったのか。そしてどうあるべきなのか。そこで生ける私たちはどう考えてどうふるまうべきなのか。憲法96条を云々という議論も聞こえてくるが、姑息にトリムタブ(大きな船の大きな舵に付いている大きな舵を動かすための小さな舵)を触りにいってどうするの?

 翻訳日本語なので、私たちには意味不明の日本国憲法をどうすべきかは真正面から触りにいくべきで、そもそも重要なのはこの国をどのような船にしてどこに向かわせるのかではないのか?

 市場構造という事実はひとつしかないが、それをどんな帳票やグラフでどう読み解いてどう認識するか。そして当該シーズンおよび次シーズンに向けてその認識を行為としてどのように具体化するか。MDロジックとはそういうもので、アパレルを科学するとはそうすることである。
 2013/02/11 09:11  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)
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プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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