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足は口ほどにモノを言う
こんな時代にも昨対をクリアしている服飾雑貨のリテール部門があります。
 
 そんな部署の本部VMD担当の方が、週末ごとに店頭に出向いて販売業務を行っているのですが、数字はなんとかいってるけれとも、「お客様のパワーの減衰を感じる…」とのこと。

 それは、どういう現象に現れているのかという議論を突っ込んでいくと、「それは、足と顔に出ている。」という。

 足とは顔とはと、より掘り下げると。「足の向きと歩き方、そして、顔の向きと明るさ。」とのこと。

 彼なりの暗黙知なのでしょうが、私なりの解釈は、足の向きがどちらかというと、かまってもらうと言うよりも、帰りたいという向きにあり、歩き方も心なしかそぞろ歩きになっているというニュアンスと解く。

 顔については、世相もあるのでしょうが、何よりお店の雰囲気が、何かエキサイティングなサムシングニューがないとしたら、そりゃお客さんの表情も冴えませんわな。

 皆で行き着くところまでいってしまった感のあるファッションリテールの店頭現場ですが、刺激的でワクワクする空間を取り戻したいと、誰より思っているのは店頭に立って真剣勝負をしているスタッフの方々です。
 2009/05/26 23:23  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)
コップ半分の水
コップ半分の水を見て、「もう半分しかない…」と考えるか、「まだ半分もある!」と考えるかは、よく引き合いに出す命題です。

 弱毒性ゆえ、ただの風邪に過剰反応しすぎという答弁もあれば、油断大敵という汗かく舛添さんあり。

 未開の大陸に営業開拓に行った靴を扱う商社マンが、皆が裸足で生活している部族に遭遇しました、彼は、本社に戻ってどのような報告をするでしょうか?

 誰も靴を履いていないので、マーケットとしては絶望です。正反対の報告は、市場として無限の可能性があります。だって、全ての住民が顧客ですから。

 さて、皆さんの反応はどちらの商社マンでしょうか?

 正解はありません。意思の問題です。明日から、愚息も学校が再開されるようです。私は相も変わらず江戸へ出向きます。きちっとマスクは着用します。

半世紀前のアジアかぜでは国民の半数が感染したとのこと。秋以降の本格シーズンになって、第一波より激増したとこのと。いずれ身近なところで起こるのでしょうね。
 2009/05/24 21:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
アートかサイエンスか?
元治元年創業の老舗繊維専門商社のトップと芦屋でしっぽりと議論しました。

 繊維業界には珍しく、超大手エレクトロニクス会社でご自身の意思で技術畑を歩んでいたところ、先代の急逝によりトップに就かれたという、異色の経歴をお持ちでいらっしゃいます。

 いろんな議論が盛り上がったのですが、その中のひとつをご紹介いたします。経営は、アートでもあり、サイエンスでもあり、はたしてそのどちらからアプローチするか…と。

 前職のT社長が、典型的にアーティスティックに経営にアプローチする方でした。見た目はロジックや再現性を強調されるので、大半の人々はそちらに引っ張られますが、彼の本質はアートであり、その一方で、以前にもご紹介しましたが哲学的すなわちフィロソフィーの面からの切り口も持ち合わせておられます。

 それらの諸事情を履き違えることなく、地雷を踏むことがないよう祈るばかりですが…

 さて翻って、サイエンスから経営を切るとどうなるか…。

 本日議論したトップの方の課題認識は、とかくファッション業界は“儲ける”という言葉を多用し、“儲ける”ことに邁進することが多いが、本当にそうか?というものでした。

 経営者の切り口に少なくとも“アート”と“サイエンス”と“フィロソフィー”の三つがありますが、そこに“儲け”もしくは“商い”を加えるとどうなるでしょうか?

 私の答えは、並列で加えるべきものではないというものです。経営はアートでもサイエンスでもフィロソフィーでも、それらのいずれでも結構です。ただし、後の二つに関しては、自らが信ずるところを追求した結果、儲けや商いという経済的結果や行為的便益がついてくると考えるべきです。

 日常的にニワトリタマゴの議論はよく引き合いに出されますが、こればっかりは主従を逆転させてはなりません。仕組みとしての完成度の高い経営システムの中で頑張っておられる管理職の方々が、昨対や原価率の改善に邁進しているとしたら、それはファッション業界にとっ
て極めて不幸なことと言わざるを得ません。

 本末転倒、手段と目的、ニワトリタマゴ。それらの順番を間違えない崇高な志を持とうということで本日の宴は修了いたしました。

 2009/05/22 23:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
双頭の鷲
トヨタのプリウスとホンダのイノセントの熾烈な争いが繰り広げられています。

 T型フォードから数えると100年以上が経過しましたが、それとカローラに次ぐ国民的定番にプリウスが躍り出るのか、はたまたホンダが牙城を崩すのか…。

 六本木のカローラを愛用している私としては、ハイブリッド車には一抹の???を感じざるを得ません。7シリーズがハイブリッドを出しましたが、セールスの方曰く、「ウチは最終的にはディーゼルでいくと思う。だって、エンジンの会社がモーターを作るのはおかしいし、動力源を二基積んだ車もおかしいでしょ。」思わず、納得と満足。(頑張れメッサーシュミット、どうした零戦?)

 私達には、現在を基準にしたお金を介してのみ、価値を判断したり推し量る傾向とその限界が存在します。現在価値や時間割引率という概念はここのところ議論を重ねてきたところです。

 内部資料は裏紙でコピーを、という会社も多くあろうかと思いますが、1円の紙を節約するために数円のミスコピーを多発した苦い思い出は誰にもあるはずです。

 なんちゃって古紙が世間を賑わしたのは、古紙再生の方が新品よりもよっぽどコストがかかったからです。ランチで200円頑張ったサラリーマンが、アフター5で2万円をパチンコ屋に献上する例も後を絶ちません。

 ハイブリッド車も、これまでの燃費水準から比べると三倍を超える驚異的な数値をたたき出しますが、私たちは、その数値のみで優劣を判断してしまいがちです。開発と制作に擁する膨大な経営資源と英知の投入はサンクコストとして置いてきぼりにされて、切り取られた経済性のみで判断するバイアスが働いてしまいます。

 いくら国の補助があっても、太陽光発電や家庭用燃料電池の普及が遅いのは、その逆の判断(20年経っても、ウチの家計のみの計算ではでは経済的に回収できない)が働くからです。

 ヒト、モノ、カネ、情報、時間といわれる経営資源のうち、カネはもっとも汎用性があり企業特異性が低い経営資源です。すなわち、カネはあらゆる価値を体現することができるとともに、あらゆる真の価値を見えにくくしてしまうペテン師のようなものです。

 そこに時間価値や使用価値という主観的判断基準が混ざってくると、これはもうどうしようもありません。私達人間が行うミクロの判断に社会合理性など存在する余地はないのではないかと悲観的にならざるを得ません。

 それでも、私達は日々判断と意思決定に迫られる毎日を過ごしています。普遍的な正解を求めるよりも、自分らしい生き方を社会との関わりあいにおいて追求していく、そういう生き方を追求しようではありませんか。

 船頭が多くて沈没したプロジェクトや会社はたくさん見てきました。双頭の鷲は車には不要です。わが国にはキングギドラという怪獣もいました…。私はレッドキングの影に隠れていたピグモンが好きでした。

 500cc超の単気筒エンジンをズバズバとピストンするような人材やファッションアイテムを、すっかり見ることが少なくなりました…。
 2009/05/22 00:22  この記事のURL  /  コメント(2)  / トラックバック(0)
マスク着用率の謎
豚インフルエンザの影響で、月内に予定していた集合研修が全て延期もしくは中止となりました。

 関西企業の研修が一件と、全国から管理職を召集する予定だった東京での研修が一件です。リスクマネジメントという視点では、極めて妥当な意思決定です。

 その一方で、昼にご一緒したクライアントの方は、たかが風邪くらいで大騒ぎされてはビジネスが回らないとおっしゃっておられました。本当に企業の反応は様々です。

 翻って、市民の行動はというと…。東京の街頭でのマスク着用率は、今のところ一割未満というところでしょうか。夕刻に関西に移動したところ、大阪、神戸での着用率はおおよそ7〜8割というところです。

 さて、東京でしっかりマスクを着用している人々の発想はいかなるもので、関西でこの期に及んでマスクを着用しないで外出する人々の発想はいかなるものなのでしょうか?

 それを紐解くヒントになる理論が、ちょうど日経新聞の“やさしい経済”に連載されています。大阪大学の池田新介先生が「時間と選択」という議論で、“時間割引率”という概念の説明をしておられます。5/12にアップさせていただいた現在価値とも関係のある議論です。

 時間割引率や金額効果など、時間の長短や効果の大小によって人々の意思決定には様々なバイアスがかかります。

 さて、私達アパレル業界の商品選択基準にあてはめて考えてみましょう。市場価格が高額な商品ほど、原価率が低くなるのは業界の常識です。数字は申し上げられませんが、ユニクロのヒートテックシリーズの原価率とバーバリーブラックレーベルの原価率を比較すれば一目瞭然です。さらに上には、インターナショナルブランドがあります。

 また、洋服には比較的長く着られるものと、短期(今年)しか着られないという選択基準があります。ところが、それには二つの要素が混ざって存在しています。ひとつはトレンド性で、もう一つは品質です。前者は、洋服としての機能は維持できても、対外的に長期の着用を許容できない商品であり、後者は、何度か着たり洗濯したら寿命が尽きてしまうような商品を指します。

 そこで、以下の4つの象限でアパレル商品を区分することができます。
  1)トレンド短期×品質短期
  2)トレンド短期×品質長期
  3)トレンド長期×品質短期
  4)トレンド長期×品質長期

 卸全盛期の大手アパレルが成長の礎にしたのは明らかに4)の価値であり、今をときめくファストファッションは1)の価値で消費者の支持を得ていると考えられます。また、ユニクロが支持される理由のひとつは、4)の価値を廉価で提供できていることにあると言えます。

 そうすると、上記4つの象限にさらに掛け合わせて議論すべきはプライスということになります。1)がもっとも低価格で4)が高価格であることは理論的には当たり前なのですが、1)のマーケットはその通りに推移していて、4)にユニクロが割って入ってしまったことが2)と3)に影響を及ぼしていると考えるとどうなるでしょうか?

 不振のSPAアパレルは、2)すなわち品質もしくはトレンド過剰に陥っているか、3)の過度な原価率の低減に陥っているか、どちらかもしくは両方がその主な原因であると仮説を立てることができます。

 巷では、期待値が75%以下しかなく30万分の一の確率しかないジャンボ宝くじを「もしや」と考えて毎回購入する人々が、宝くじ一枚分もコストのかからないマスクを着けないで街を闊歩しています。

 ちなみに、航空機の事故で死亡する確率は50万分の一以下だといわれます。毎週航空機に二回以上搭乗しながら、年一回だけ年末ジャンボを数万円購入し続ける私の行動に、何の経済合理性も見出すことはできません。

 私達が、マクロの現象とミクロの自分のことを都合よく結びつけたり、つけないで考える性向や、理論的必然性と主観的蓋然性を合理的には結び付けられない性向は、神様が人間に施したちょっとしたいたずらに違いありません。

 情報が偏在することや、人間は必ずしも合理的な意思決定をしないことは、経済学や経営学の分野で多くの議論が積み重ねられてきています。 

 人間の心理と選択合理性と、それに伴うところの行動特性は摩訶不思議。ファッションは、その摩訶不思議の最たる消費先。上記4つの象限に、原価率と上代を組み合わせて徹底的に議論する価値はありそうですね。

 それを議論するに足るプロジェクトの候補がいくつかあります。うまく立ち上がることを祈るばかりです。
 2009/05/21 00:28  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
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プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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