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1995年1月17日(火)午前5時46分52秒 確か、早朝の6時頃に目覚ましをセットしてベッドに入った筈だが… 突然の、地の底から突き上げるような縦の衝撃に、暫くは何が起こっているのか、頭脳レベルではもちろん把握できないまま、かと言って、条件反射的に体が対応するだけの過去における条件の反芻もないような出来事が発生しました。 当時の文部省が、社会人には一年でMBAを取得させることを試みていた年度の私達は、まさに修士論文の総仕上げの時期にあたっていました。 二日前の15日に、加護野先生と大学の研究室で論文の仕上げの方向性について打ち合わせを済ませ、17日は、最後の情報収集のために先生と一緒に石川県のセーレンさんに訪問インタビューの出張を計画していました。 7時半頃に大阪駅発の雷鳥で合流する目論見でしたので、神戸市北区の私は6時ごろ起きてJR三宮から大阪駅に向かう予定でした。 訳もわからないまま、まず先生のご自宅にTELを入れて、“今日の出張は、なしですよね”と確認を取り、(岡本にご在住の先生の周辺は、実は大変な被害を受けられたのですが、直後には奇跡的に固定電話が通じていました)、続いて、私の実家と妻の実家にTELをして“みんな生きてるし、家も壊れてない”旨を伝えました。 その後、同じ神戸の北区に住んでいる直属の上司に、“有給休暇扱いのの研究出張は中止になりましたが、今日は会社にも行けないですね。”と連絡できたのを最後に電話は一切通じなくなりました。 地震発生からおよそ10分程度の間の出来事でした。 |




