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メタファー
経営学に限らず、様々な学問の分野や実務の場面で役に立つのが“メタファー”です。

 メタファーとは、“隠喩”とか“暗喩”のことで、洋の東西を問わず高度なテクニックが古く存在しています。

メタファーのアカデミックな定義は、次の通りです。

 1)直面する事実の本質的構造を理解した上で
 2)同じ構造の別の事例を検索、表現することで
 3)理解の促進を図ること

 先日、店頭のMDカレンダーと販促プランのミーティングの場で、こんな話になりました。盛夏を前にして、店頭販売の企画を練りたいのだけれど、あれは去年やったし、これはもう飽きられているだろうし、ネタが尽き果てた…と。

そこで、私から一言。
 
 提供する側のプロが陥りがちなパラドックスがあります。実は消費者は今年もそれを待っているにも関わらず、サプライ側がマンネリ化してしまっていて、奇をてらった策を弄して結果的に顧客の支持を得られないという現象が、まま発生します。

 数十年の長きにわたって支持されている“水戸黄門”のPM8:45の安心感たるや、何にも代えがたい価値がありますよね。また、最近の成功番組では“ごくせん”がありますよね。全てストーリーは見えているのですが、絶対に期待を外してくれないオチにリピーターは納得、満足しているのです。

 ただ、黄門様や助さん格さん、弥七などが代々変わっていき(由美かおるだけは不変ですね)、ごくせんではジャニーズのメンバーが代替わりするところに、変わらないものの中にちょっとした変化がありますよね。

 MDの基本スキームは、“変わらないもの”と“変わるもの”の絶妙なハーモニーです。水戸黄門とごくせんというメタファーのおかげで、ミーティング出席者全員が何をなすべきか、お腹に落とすことができたのでした。
 2008/05/13 21:05  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

加護野ゼミOB合宿(2)
加護野ゼミOB研修旅行記の第二弾です。

 NTNさんの岡山工場に続いて訪問したのは林原生物化学研究所です。学生さんから社会人まで年間4000名程の見学者が訪れるそうで、案内いただいた広報のご担当者も大変手馴れておられました。

 数年前に林原健社長が「私の履歴書」を執筆されましたが、株式公開企業ではないので、比較的パブリックな情報が少ないことから、とても貴重な初耳情報がたくさんありました。

まずは、経営の羅針盤とも言える基本ポリシーから。
 1)Only Oneでその分野でNo1を目指す
 2)商品や研究テーマはシーズから(消費者ニーズからは入らない)
 3)戦略的に非上場を貫く(小さくても存続できる企業を目指す)
 4)メセナは企業の生命線(慈善事業として実施しているのではない)

 マーケティングを行うと、他の(大)企業と一緒になるので、それでは林原の良さが出せないので一切マーケティング活動は行わないとのこと。石井淳蔵先生とバトルするとどんな議論になるだろうかと皆でささやき合いました。

 また、林原社長は異分野の知識、経験こそが創造力の原点であると考えておられ、メセナの諸活動がまさに創造的研究活動の源泉となっているそうで、そういう意味でメセナが生命線なのだそうです。ちなみに類人猿研究センターのチンパンジー諸氏は、人間である社員と同等にさん付けで呼ばれて大切にされているそうです。

 もっとも驚いたことは、広報ご担当者の“うちの社長は、グループ全体の売上や利益をおそらく知らないと思います…”というお言葉。経営のそういう部分は弟さんでいらっしゃる専務が取り仕切っておられるのでしょうが、トップが売上や利益にそれほど大きな関心を持たないというところに同社のユニークさと強さを感じました。

 翌日のゼミでは、林原さんの見学を受けて、「ファミリービジネス」がひとつのテーマとなりました。ファミリービジネスとは広義には非公開の企業であり、狭義には同族、家族経営のオーナー企業を意味します。ニッチな案件、リスクの高い案件、成果を見るまでにかなり長期間を要する案件など、ファミリービジネスでないとコミットできないものがたくさんあります。事実、林原社長は“5年、10年を要する研究テーマの選定は全て自分で行う”と。

 変化の激しいマーケットでコミットすることの非合理性とリスク分散の共存がもっとも上手い企業の一社がアパレル業界にもありますが、彼らが非上場の道を歩んだのも同じような文脈を読み取ることができます。 実際、上場を果たしたファミリー企業の約三分の一は上場後もファミリー経営を貫いているという研究結果もあります。

 10億円ものお金が使い込まれることを見過ごしてきた某団体の会計課の方々。他人様から預かったお金なので文字通り他人事だったのでしょうね。1989年に当時の社長の“パブリックカンパニーを目指す”という上場宣言を聞いたときには鳥肌が立ったのですが、“公”とか“パブリック”という言葉に妙に空虚な響きを感じざるを得ないのは、気のせい?それとも、齢のせい???
 2008/04/27 15:54  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

加護野ゼミOB合宿(1)
加護野先生とゼミOBの方々と恒例の研修旅行に行ってまいりました。

 今回の訪問企業は、NTNの岡山工場と林原生物化学研究所です。
前回、宮崎のダンロップのタイヤおよびゴルフクラブの工場見学とシーガイヤでの丸山CEOとのディスカッション以来、約一年半ぶりのゼミ合宿でした。

 まずは、NTNから。東洋ベアリングと言うと、ピンと来る方も多いと思いますが、ベアリングの大手優良企業で、岡山工場では自動車用の等速ジョイントを生産しておられます。

 最初の感動は、ここで生産された等速ジョイントが、はるばる海を渡ってバイエルンでアセンブリーされて再び日本に戻ってきて私の愛車を支えてくれていることを始めて知ったことでした。

 そんな個人的感傷はさておき、当日のサプライチェーンの視点から見た議論のポイントは、海外のサプライヤーには真似が出来ない日本的サプライチェーンの特徴と強みは何かということでした。

 一言で言うと、「サプライヤーが後工程の工場を止めてはならないという供給責任を、契約上の条件としてではなく製造メーカーとしての倫理観として強く持ちあわせている。」ことです。

 NTNのサプライヤーとしての倫理観がトヨタをはじめとする自動車メーカーの供給力を支えており、詳述は避けますが、住友金属がJRを支えているという図式です。そのおかげでJRは安心して世界に類のない正確無比なダイヤを維持することができ、ひいては電車で通勤したり移動するビジネスマンの不遅刻を支え、分単位のアポイントを可能とし、結果的にわが国のあらゆる企業の利潤の源泉になっていると。ただし、それらは契約書の上で明示されているわけではなく、サプライヤーの精神の中に存在しているものなのです。

 そのことを最初に指摘したのはマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムと資本主義の精神」で、そこでは“人間の仕事は他の人間によってチェックすることはできない”と説かれています。すなわち、契約書上の条件で相手方の行動を本質的に律することはできないのです。この議論は、モチベーションで言う、“内発的動機付け”や“内省”というキーワードにも通じているなと感じました。

 NTN見学から導出された知見には、二つの含意があり、ひとつは“サプライチェーンの書かれざる見えざるルール”ともうひとつは“各企業の利益の源泉は、企業や業界の枠組みを超えて存在する社会資本的な価値連鎖の中にある”ということです。

 林原生物化学研究所と、宿泊およびゼミナールに使用した直島のベネッセハウスのお話は次回に。 
 2008/04/21 19:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ネットワーキング
 神戸大学の社会人大学院の同窓組織で、“MBA Cafe”という組織があります。

 年に数回のネットワーキングイベントが開催されているのですが、本日「MBAアルムナイ・ネットワークについて考える」というタイトルのイベントでパネリストをやらせていただきました。基調講演は、金井壽宏先生の「心あるネットワーキングについて」(副題:社会関係資本としての同窓会、そしてMBA Cafe:活用したいがいやらしくは使いたくない)でした。

 金井先生からの問題提起、およびパネルディスカッションを通じて印象深かった議論のうち、今回は二点を皆さんと共有したいと思います。

 第一に、デイビット・エイカンが名づけた“コミューナル”という概念です。もともと、“エージェンティック”という、とてつもない勢いで物事を成し遂げる人々を指す言葉があるのですが、それは反面、誰かの手先になって必死で頑張ることと表現することもできるそうです。そういう人々が集い、“ともに成し遂げてている”という実践的コミュニティ感覚をもつこと、そのような志向性をコミューナルと呼ぶのだそうです。

 私達人類の究極は神様のエージェンティックとして生きることだそうですが、そこまで達観はできないにしても、私達は日ごろからミッションや尊敬できる上司や社長のエージェンティックとして日々業務に邁進しているものです。

 ところが、このエージェンティック指向が行き過ぎると、これはギスギスすることになるようです。今日の議論で、私が前職を去って今何を求めようとしてるのかをはっきりと認識することができました。実は、ワイワイガヤガヤと皆で何かに向かっている自分がとても居心地が良いのですが、あまりにエージェンティック指向が強調され過ぎたことが違和感を飽和点に導いたのだと当時の自分を振り返りました。

 第二は、組織やネットワークが有する特徴としての“強い連結”と“弱い連結”です。会社という集団は、一般的社会関係性からすると、より強い連結を有する組織です。一方で、同窓会などに代表されるボランタリーな集団は比較的弱い連結の組織ということができます。

 実際には会社の中にも相対的に強い連結や弱い連結の様々な公式、非公式の組織が存在しますし、同好会的な集まりの中にも、とてつもなく強い連結が存在することもあります。

 強い連結の特徴としては、その集まり自体に対する高いコミットメントや愛着がある、集まり自体に価値があり自己目的的に形成されている、極めて類似性の高い価値観が集合しているなどの、いわばクラブ的な意味があります。一方、弱い連結は、道具や手段として緩やかに集まっているが、そのこと自体にはあまり価値がおかれておらず、多様性が受容される、いわばフォーラム的な位置づけになります。

 エージェンティックとコミューナルを一方の軸に、強い連結と弱い連結を他方の軸にとってマトリクスを描いてみてください。マトリクスのセオリーには反しますが、(仮に、直線的相関関係が強い二軸をとった場合、それは有益なマトリクスにはならない、すなわち、現実的に存在するのは左下のセルと右上のセルしかあり得ず、その余のセルは理論上の空想のセルになってしまうということです)、実は現実的には存在しにくい“エージェンティックなんだけど、弱い連結の集団”、“コミューナルなんだけど、強い連結の集団”があったら、それは素晴らしいことですよね。

 そういうことを求めて会社を飛び出した自分なんだなということを再認識した一日でした。
 2008/03/09 22:20  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ヘリコプタービュー
 発想や議論が行き詰ったときに、「ヘリコプタービュー」を持つと創造的解にたどりつけることがあります。

 新入社員のころ、ボスからよく“お前は、ミミズか!!”と叱られました。なぜミミズかと言うと、地べたを這い回って、壁にぶつかると適当に向きを変えて、また壁にぶるかるとさらに適当に向きを変えて、穴があったらそこに落ちるし、全くもって目的地に近づいていないと…。

 当時、紳士系のブランドで偽者が横行しており、それらを扱っている善意ではない業者や人物に対する対応を担当していたときに、よくそうやって怒鳴らたものです。いまでこそ、知的財産権の事件で警察が動いてくれる世の中になりましたが、当時は単なる民事という扱い
で警察はまったく関与してくれない時代で、民間企業の一新人が四苦八苦して対応していたのでした。そんな中で、ああ言えばこう言うの海千山千の猛者を相手に会社としての成果を出せない私をミミズに例えて、ボスは指導してくれていたのでした。

 ヘリコプタービューとは、平面しか見えていなくて向かうべき方向や壁の乗り越え方がわからなくなったときにはヘリコプターに乗って上空に上がれば周囲が俯瞰できて、自分がいる場所とどこに向かえばゴールに近づくのかが見えてくるという意味で、ミミズと叱られてからおおよそ10年後に中期経営計画の策定をサポートしていただいたコンサルタントの方から教わったものです。10年の歳月を経てようやくミミズの意味がわかった私でした。

 その昔、ランズボローメイズという巨大迷路がパッと出てきて一瞬のうちに消え去りましたが、あれはまさにミミズ的疑似体験ををアミューズメントとして提供する施設だったのですが、人間にとって決して快適なものではないことから廃れるのも早かったのでしょうか?

 さて、巷では中国産の食の安全性が大きな問題になっていますが、今朝の朝刊のコラムで極めて冷静な議論に触れることができました。今の日本の立ち位置とレベルから一方的に中国を語るのではなく、我々にも昭和があったことを思い出すべきという趣旨のお話しでした。昭和の高度成長期には多くの食害、公害がごく当たり前のように頻発していて、それらを糧にして一定の年月を経て社会的に進化してきたという歴史がわが国に限らずすべての国において共通なのは周知のとおりです。

 中国は今年がオリンピックで再来年が万博ですから、昭和39年と昭和45年を今まさに二年間で走りぬけようとしているのです。時間軸と地理軸を大きく引っ張ってみて、一度ヘリコプタービューに立ってみると、今起こっている事件も少し違った見え方になるかもしれませんね。

 2008/02/05 18:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

帝王学
中国の「十八史略」の中で帝王学の三つの柱が語られています。

 1.原理原則を教わる師をもつこと
 2.直言してくれる部下をもつこと
 3.よき幕賓(ばくひん)をもつこと

 私が最初にこの三つの柱を教わったのは、新入社員の頃の直属のボスからでした。その方からは多くのビジネス上の原理原則を教わったので、文字通り彼は私に対して柱の1を実践しておられたのですが、振り返れば、当時の周辺の企業トップを見回して、それらができていないことを憂う意味で私に話をされたのだなあと、当時を思い出します。

 もっとも困難なことは二つ目の柱の“直言できる部下”です。トップの姿勢もさることながら
部下の側の振舞い方にも細心の注意が必要で、十八史略でも“よき直言できる部下のありかた”について次のように教えられています。

 第一にどんなことを言っても誤解がないこと、第二に全く私心がないこと、第三に信念に基づき反復連打すること。

 当時の私にとっては、幕賓という言葉はうまく理解できませんでした。幕賓とはパーソナルアドバイザーのことで、トップのために役には立ちたいけれど、トップに仕える武士になるよりは素浪人を好むというタイプの人材のことを言うそうです。

 いまこうして、様々な業界の様々なトップの方々と接していると、よき幕賓にならねばと、20年前のボスの教えをしみじみとありがたく思う次第です。

 さて、次なる大阪府知事はブラウン管を通じて多くのメッセージを投げかけておられます。たしていかなる帝王学を披露してくれるのか。また、大阪府に直言できる部下がどれくらいいるのか、関西人としてはその行方を楽しみに見守りたいと思います。
 2008/01/28 20:08  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

三種の神器
 昭和30年ごろの消費生活におけるの三種の神器は「テレビ」「冷蔵庫」「洗濯機」でした。昭和40年を過ぎて「車」「クーラー」「カラーテレビ」が三Cとして急速に普及しました。さらに現代の三種の神器は「デジカメ」「パソコン」「薄型テレビ」です。

 さて、昨年の神戸大学経営学部主催のシンポジウムでの議論から引用いたします。 まずはマーケティングの大家でいらっしゃる石井淳蔵先生のお話から。

 ウォルマートにはレジ前事業部(レジ前を統一的に管理)という部署があるそうです。米国のスーパーでは全体売上の5%(三人に一人が買う)を占めるレジ前売上ですが、日本で調べたところ、たったの25人に一人しかレジ前では買っていないことが判明。レジ前のほかにも定番売場に同じ商品が置かれているからです。

 ウォルマートでは、レジ前に置いた商品は定番売場には置かないそうです。いろんな売場に置くと、どこで売れたかわからなくなって、責任の把握ができなくなるからという理由からです。今日の売上よりも基本的マネジメントができているかどうかを重視するという、いかにもアメリカ的なお話です。

 さて、ここからは加護野先生節です。日本の経営の三種の神器を最初に言ったアベグレン。それは「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」でした。

 彼は、16歳で海兵隊に入隊し、徹底的に日本語教育を受けたそうです。占領後も円滑に軍事活動を進めていくには日本語に堪能な兵士が必要ということで、アベグレンの来日最初の仕事は広島に行って原爆の効果測定をすることだったそうです。米軍は原爆を落とす予定の都市には普通の爆弾は一切落としておらず、純粋な原子爆弾の効果性を冷徹に分析したそうです。このようなサイエンティフィックなアメリカらしいやり方の先鋒の一人だった彼は、その後、日米をまたぐ経営学の研究者になっていくのでした。

 アメリカは勝つために戦争を準備し、戦争を始めたが、日本は単に腹が立ったからはじめた。そこが当時の日米の決定的な違いであると。

 かの国、米国も国際通貨としてのドルも凋落傾向が著しい昨今ですが、そんな彼らと中東でのくだらない喧嘩に付き合っている場合でしょうか?

 今の米国からは太平洋戦争の頃のシャープさとクールさは感じられません。もし、彼らが当時の日本軍のレベルに陥っているとしたら…

 政治家の方々には多くを期待することができませんので、せめて我々ビジネスマンが健全で冷静な言動を心がけようではありませんか。
 2008/01/16 15:25  この記事のURL  /  コメント(2)  / トラックバック(0)

アイメッセージの大切さ
“急げども、散れば悲しき吉野の桜、もう一歩前へ”

本日お邪魔したクライアントのトイレでの張り紙の一句です。
 
 女性の皆様にはあまり馴染みが薄いかもしれませんが、男性の立ち姿の前には様々なPOPが貼られています。

 “今日もきれいに使っていただいて、ありがとうございます”

 これは、思わず仕切りなおしをせざるを得ない一文ですよね。一方で、“こぼすな”“散らすな”と言われると、放っといてくれと言わんばかりに短棒を振り回してしまうのは私だけでしょうか?

 広義では人事の領域、狭義では臨床心理学の分野にアイメッセージとユーメッセージがあるのをご存知ですか?アイメッセージとは“私は…と思う、感じる”という情報発信の仕方で、ユーメッセージは“お前は…だ”という情報発信のことを指します。

 思わずしょうもない振る舞いに駆り立てられかねないのはユーメッセージの方で、振り回した後にちょっと反省モードというのは、みなさん心当たりありますよね。

 一般に、アイメッセージは相手方の受容性を喚起しやすいという特徴があり、ユーメッセージは相手を追い込んで閉じさせてしまう傾向があると言われています。

 仲間や部下とのコミュニケーションでは、アイメッセージが有効な場合が多いと言われる所以はそこにあります。

 学生時代に住宅地図の作成のバイトをしていたときのこと、付き合っていた彼女を動員してヘルプをお願いして“このエリアからここまでをお願いできない?”とごく普通に言い回した私でしたが、後日その言い方が心地よかったと現在に至るまで25年を超える年月を共有するに至りました。

 おそらく、私の意思を押し付けたのではなく、彼女の主体性を喚起、尊重することができたことが功を奏したのであろうと、後知恵では分析できるのですが、当時はただの天然の私でした。

 管理職や上司という縛りの中で、本来、天然色としていい色をお持ちの皆さんが、異なる色で異なる権威を撒き散らしてはいませんか?
 
 アイメッセージは、言い方を間違えると単なる自己主張、独りよがりになりかねないのですが、相手のスイッチを入れてエネルギーをチャージするとても大切な魔法の杖ですよ。

 ところで、冒頭の一句は、前半はうまく韻を踏んでいるのですが、最後の収まりがよくありません。みんなで名句を完成させませんか?
 2007/12/07 00:24  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

まっこと失礼な某ファーストフード
 日曜日の久々の加護野節の興奮も冷めやらぬ本日、晴海のホテルからブログをアップしています。

 とある自動車会社の中堅幹部研修をご一緒させていただいている最中なのですが、そのディスカッションの中で思わず引用した議論を皆さんとも共有したいと指を走らせています。

 サプライチェーンの垂直統合という話題になったときに、加護野先生から教えられたとてもわかりやすいたとえ話を引用させていただきました。
 
 在庫ロスを極小化することができる究極の業態は何かという話しなのですが、当時、加護野先生は以下のようなたとえ話(メタファー)でそのエッセンスを教えてくれました。
 
 “みんな、在庫ロスを極小化している究極の業態を知っているか?それは、街のケーキ屋さんだ。街のケーキ屋さんは、その日に必要なケーキだけを、必要な種類と量、売場のすぐ後ろで作っているよね。つまり、限りなく短くて細いパイプを持つことがもっとも合理的なサプライチェーンの姿だ。だって、店を閉めて、次の日の準備をするにあたって廃棄するパイプの中身がもっとも少なくて済むということが、在庫ロスの極小化だからね、と。”(メタファーというのは、経営学のみならず様々な場面で重要なコミュニケーション上のスキルなので、別の場所で深く議論したいと思っています)

 もう、十数年前の話しなのですが、てもわかり易く本質を捉えた議論に唸らされたのが、つい昨日の様に思い出されます。

 して、現実はというと…

 ○○○シェイクのパイプに残っている商品を一ヶ月に一回しか清掃しないことにもビックリしたのですが、(○○館製薬はそれはそれですばらしいCM訴求をしていますよね)さらにそれをそのまま再利用しているとは…

 まっとこ、加護野先生のサプライチェーンロジックに失礼なのはこのファーストフードチェーンです。経営トップは、とても優秀な方との印象を受けていたのですが、しょうもない詐欺的営業に引っかかって、それに輪をかけてこの不祥事…

 割引クーポンを目当てに株主にもなって小さな幸せを噛みしめている家内と子供たちの笑顔を見て私自身も幸せになっていたのですが、いっぺんにそれら全てを壊されてしまいました。

 信頼は一日にして成りませんが、壊れるのは一瞬ですね。
 2007/12/04 22:43  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

地場産業から土着産業へ
 今日は、神戸大学経営学部主催のシンポジウムに参加してきました。先生方の変わらない弁舌に触れることはもとより、同窓生や先輩、後輩に会えることも大きな楽しみのひとつで、日曜日が潰れることに何のストレスも感じさせないのが出身学部主催の各種イベントです。

 さて、本日は「企業価値と神戸」“神戸企業の実例に学ぶ”というテーマで、神戸企業の代表として、ロックフィールドの岩田社長、シスメックスの家次社長、フェリシモの矢崎社長をお迎えしての議論が展開されました。

 パネルディスカッションでは、加護野忠男先生がコーディネーターを務められ、上記の経営者諸氏にマーケティングの石井淳蔵先生を加えて、とてもエキサイティングな議論が展開されました。

 その中から本稿では加護野忠男先生の基調講演のエッセンスをご紹介いたします。先生のお話を私が勝手にサマった内容ですので、論文体をご容赦いただきたいことと、文責は全て私に帰することを予めお断りしておきます。

 企業は取引のネットワークに組み込まれて生かされている。取引のネットワークとは人々や企業の協働を支えるルールを意味する。したがって、企業が取り組む問題解決やソリューションは、それらのネットワークを自らつくりかえることと言い換えることもできる。

 そのようなネットワークの要素のひとつに、「地の利」がある。地場産業という呼び方もあるが、今日お集まりの皆さんには、ぜひとも「土着産業」を目指して欲しい。

企業のビジネスシステムは、当該企業が属する地域の慣行や文化によって支えられている側面がある。京都のベンチャー企業や大阪の金型産業、神戸の清酒メーカー、ケーキ屋、菓子屋などはその典型である。地域で起こるイノベーション(ソリューション)も、その地域の文化や歴史と不可分のものがある。

 京都には、よそ者が地元の人と同じことをやっては受け入れられない文化がある。だからこそイノベーションが起こる。オムロンは熊本、村田製作所は福井、京セラは鹿児島からやって来た。それぞれ京都でイノベーティブな分野を開拓した代表企業である。

 片や大阪には、既存の先行地元企業を押しのけてでもという文化がある。して神戸はというと、どちらかというと京都に近い文化がある。たとえば、神戸には多くの有名で美味しいケーキ屋や洋菓子屋が多数あるが、これらは神戸の地の利に育てられた業界ということができる。

 神戸の地の利とは、第一に、舌が肥えるには三代が必要と言われるように、そういう金持ちの顧客に恵まれていること、第二に、職人が育つ環境があることの二点である。神戸の洋菓子職人には、自分が修行した店と同じ商品は絶対に作らない、近くに店を出さないという不文律がある。万一、それを破る人や店が現れたとしても、顧客がそれを淘汰するメカニズムが働く。
       
 もともと神戸は商業から始まった都市である。商業には様々なビジネスシステムのゆりかご機能がある。棲み分け型文化と職人の発掘と育成の文化が神戸ならではのビジネスのゆりかごになっていると言うことができる。

 どこかはわかりませんが、いずれかの地域(地方)で地場産業に貢献することを私のビジネス人生の仕上げにしたいと漠然と思っていた私ですが、土着産業の発掘と育成に寄与するということで、まだまだ悩ましいビジネス人生の仕上げ目標の明確化が一歩前進した一日でした。

 いつものことですが、加護野節からは独特の元気と知識を頂戴することができます。さらに、今日のシンポジウムは神戸大学経営学部を舞台に加護野先生と石井先生が揃い踏む最後の機会でした。石井先生は別の私学に転出されるからです。最後は、キャリア・ミドル・モチベーションの大御所である金井尋宏先生の質問(金井先生の場合は、質問者として質問されるのですが、いつもご自信の持論のお披露目になってしまいます(笑))も加わって、神戸大学経営学部の一時代の黄金トリオの、まさにゴールデンディスカッションで締めくくられました。

 現役時代も、お三方には多くの事を教えられましたが、卒業後もこのような形でさまざまな刺激と知識を与え続けていただける諸先生に感謝の言葉もありません。


 2007/12/02 21:17  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

最後まで波乱
 古い建物の多い大学のキャンパスは、あの揺れでは絶対に壊れていると思わざるを得ませんでした。ところが、あに図らんや少なくとも経営学部の校舎は、築数十年と見られる石造りの建物も含めて一棟たりともびくともしていませんでした。

 人々を受け入れる箱は健在なのですが、肝心の先生方や私たち学生の生活と交通手段が大変な状況下で、震災後一ヶ月も経過していない2月13日に修士論文の審査会が行われたのでした。

 最後の追い上げ時期に地震に見舞われたことなど、論文の出来に対する言い訳になろうはずもないと覚悟していたのですが、審査会でのもっぱらの話題は、互いの被害状況の確認や一ヶ月弱の被災者生活に対するねぎらいなどで終始し、肝心の論文に対する厳しい突っ込みはないまま無事終了しました。先輩に聞いても、後輩に聞いても、修論審査会は心臓バクバクものと聞くのですが、私たちの代はかなり特別な年だったようです。

 加護野ゼミの仲間全員が無事MBA取得ということで、3月19日〜21日にかけて韓国に卒業旅行に出かけました。二日目の20日の朝、ホテルのTVに東京からのとんでもない映像が飛び込んで来ました。結果的にはカルト的宗教集団の手による愚行だったのですが、その時点では国際的テロなのか、はたまた戦争の始まりなのか、まったく情報がありませんでした。

 当日、板門店(38度線上にある非武装地帯の唯一の対話の場所)ツアーを予定していた私たちに緊張が走りました。危機管理の観点からすれば中止する勇気云々という議論もあるところです。

 果たして、加護野先生の「そんなもん、行ってみな、わからへんやん」の一言で予定通りツアーを決行しました。普通に帰ってこられましたが、南側の微動だにしない若い兵士と北側の眼光鋭い兵士に囲まれて装甲車が行きかう中での観光は忘れられない思い出となりました。

 同時に偉大なる経営学者とは、類まれな好奇心と人並み外れた肝っ玉を持っているということをMBAカリキュラムの仕上げとして教わることができました。
 2007/11/20 09:01  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

阪神大震災
1995年1月17日(火)午前5時46分52秒

 確か、早朝の6時頃に目覚ましをセットしてベッドに入った筈だが…

 突然の、地の底から突き上げるような縦の衝撃に、暫くは何が起こっているのか、頭脳レベルではもちろん把握できないまま、かと言って、条件反射的に体が対応するだけの過去における条件の反芻もないような出来事が発生しました。

 当時の文部省が、社会人には一年でMBAを取得させることを試みていた年度の私達は、まさに修士論文の総仕上げの時期にあたっていました。

 二日前の15日に、加護野先生と大学の研究室で論文の仕上げの方向性について打ち合わせを済ませ、17日は、最後の情報収集のために先生と一緒に石川県のセーレンさんに訪問インタビューの出張を計画していました。

 7時半頃に大阪駅発の雷鳥で合流する目論見でしたので、神戸市北区の私は6時ごろ起きてJR三宮から大阪駅に向かう予定でした。

 訳もわからないまま、まず先生のご自宅にTELを入れて、“今日の出張は、なしですよね”と確認を取り、(岡本にご在住の先生の周辺は、実は大変な被害を受けられたのですが、直後には奇跡的に固定電話が通じていました)、続いて、私の実家と妻の実家にTELをして“みんな生きてるし、家も壊れてない”旨を伝えました。

 その後、同じ神戸の北区に住んでいる直属の上司に、“有給休暇扱いのの研究出張は中止になりましたが、今日は会社にも行けないですね。”と連絡できたのを最後に電話は一切通じなくなりました。

 地震発生からおよそ10分程度の間の出来事でした。
 2007/11/17 00:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

魚の獲り方
 合格者を対象にしたオリエンテーションの席に私は座っていました。予定通り?加護野先生のゼミ所属になり、先生のお言葉で目から鱗が落ちました。
 
 事務的な連絡事項のあとで、加護野先生がおっしゃられた次の一言です。「経営学の大学院にビジネスで直面する課題に対する答えを求めに来たのであれば、大間違いなので、今すぐにこの場を去るように…。ここには答えなど何もない。」

 一瞬十名強の同窓生は凍りつきました。なかでも、会社派遣でその場にいた数名は
すっかり固まっていました。(93年当時は、ゼミのクラスが十名強で、会社派遣が半分という状況でした)続いて、「ここには、何の答えも存在しないし、教えもしないし、教えられもしない。しかし答えの出し方は責任を持って徹底的に教る…と。」返す言葉を失った一瞬でした。
ずっと、答え(予め存在する正解)探しをしてきた30年強の人生だったのですが、ここには答えはないのか…と。
 
 今では、特にビジネスの基礎スキルの講師のお仕事をやらせていただくときに、中国の故事に由来する次の話をよく引用します。

 空腹のあまり行き倒れている旅人に遭遇した漁師のあなたは、さてどうしますか?
  1)獲った魚を与えて、その場の飢えを解消させる
  2)その場で魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教える
  3)さらには、魚を獲るための道具の作り方まで教える
 2007/11/15 23:14  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ほんまに大丈夫なん?
 MBAの受験にあたって、私の関門は「研究計画書」の作成と「英語」の試験でした。大学生時代にオーストラリアとニュージーランドに半年間ワーキングホリデーで滞在した経験があるので旅行と日常会話には不自由していませんでしたが、英語の論文と戦う自信は全くありませんでした。

 まして、“とろこで大学院での「研究」っていったい何のこと?どうすること?”という程度のレベルでしたので、大汗をかきながら研究計画書を作成しました。

 当時、日本チバガイギーの人事部に在籍しておられた神大MBAの先輩でいらっしゃる保田さんを訪ねて勇気とアドバイスをいただきながら受験に臨みました。

 実際は、“若造が何を言う”と一撃の下に撃沈させられた私なのですが…。長男が三歳、次男が一歳になる33歳の年の出来事でした。
 2007/11/14 00:08  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

加護野先生との出会い
その頃、社内で始めて設置された経営企画部のメンバーの一人として、様々な外部情報の収集とナレッジの修得が仕事として認められる、ありがたい環境がありました。

その後恩師となる加護野先生と、ミドルを語らせるとこの方の右に出る人はいない金井寿宏先生が参加される一泊二日の合宿セミナーに出席する機会に恵まれました。金井先生は、初日で帰らねばならないとのことで、食事の席で話題を振ったのですが、ご自分の言いたいことを一方的にお話されて風のように去っていかれました。

一方、加護野先生は…
少しお酒の入った席ではありますが、私の思いと意思をお話したところ、“今年はやめとけ。来年は自分が社会人のゼミを持つことが決まっているので、来年おいで…と。”

それまでの、先生方の反応に腰が引け始めていた私は天にも昇る気持ちになったのでした。
 2007/11/11 20:37  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

やっぱ国公立
 会社に勤めながら国内の大学院に通ってMBAを取得できるという情報に、体中に電気が走りました。その頃の私には、大きな会社のトップエリートが米国や英国に派遣されるものという程度の認識しかありませんでした。すなわち、全くMBAを自分ごととしては考えたことはなかったのです。

 しかも、自宅も会社も神戸でしたので、経営学では慶応、一橋と並ぶ神戸大学が足元にあるではないですか。早速、情報収集に走りました。情報収集の過程で、その後大変お世話になる恩師、加護野忠男先生からのとても先生らしいコメントを頂戴いたしました。

 大学時代のゼミの恩師である、岡山大学の山口和秀先生のテニス仲間の先生が、その後神戸大学の経営学部に移っておられたという情報をキャッチしたので、さっそく山口先生にその教授を紹介していただきました。ところが、その先生は受験をしようとしている当事者と事前に接点をもつことは倫理的に憚られるということで、丁重に断られてしまいました。

 “それは、そうだろうな…”と素直に引き下がった私でした。“でも、硬いこと言うなぁ”と「柔らか業界」に属していた私は愚痴ったのでした。
 2007/11/10 21:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

MBAとの出会い
 入社以来、アパレル企業で法務部門を経験しながら、商品に携わったりお店に出張に出ている同期の仲間がやたら羨ましく思える時期がありました。

 その時に、“大学時代ほとんど勉強しなかった分、とことん法律の勉強をしてやれ”と発起し、行政書士、宅建を取得し、社会保険労務士、司法書士、弁理士とチャレンジを進めていきました。

 ところが、ふと“アパレル業界でこれ以上法律を深堀りしてどうなるの?”と疑問が沸きました。

 そこで、“商品やお店というリアルな体験ができない分、頭の中と机上でいいから徹底的に商売と経営を理屈として自分のものにしてやれ”と思うに至りました。

 手始めに、販売士(小売商検定)の2級、1級、講師資格、消費生活アドバイザーを取得し、次に中小企業診断士に歩を進めました。一次試験は一発でOKだったのですが、二次の中小企業施策でつまづいてしまいました。さあ、来年は性根を入れて頑張るぞ、とその時に出会ったのが、当時、社会人にも門戸が開かれ始めていた、MBAだったのです。
 2007/11/09 22:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

北村禎宏 プロフィール
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