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リーガルマインド
 80年代の若かりし頃、せっかくアパレル業界に入ったのに何故に法務に携わるのか、苦悶の日々を過ごした。

 一般企業においてすら企業法務の開花の時代に、アパレル業界では先駆け的事例であったが、誇りよりも苦悩が先行せざるを得なかったのは、私が未熟であったことを如実に物語っている。今となっては、当時体に染みついたリーガルマインドがどれほどの役に立っていることか、感謝の念でいっぱいだ。

 それから30年強を経た現在でなお、それが多くの企業と企業人に染み込んでいないことを痛感させられることか。

 公法と私法と私人間の契約のプライオリティはわかっているだろうか。契約の成立要件と変更、解除要件は。無過失、過失、重過失の違いは。許可と認可と届け出は。緊急避難と正当防衛は。

 最後は刑法上のマニアレベルであるが、その前に挙げた所々に正しい理解と運用が伴わなければ、ビジネスパーソンとしては素人仕事だねと言われても返す言葉はないと自覚しなければならない。

 想像を絶する猟奇事件が発生したが、契約により自殺を幇助したと言い逃れることはできない。これだけコンプライアンスが叫ばれるようになったにもかかわらず、日産、スバル、神戸製鋼と法的不祥事が後を絶たないのはどういうことか。その前には、東芝、ディーエヌエー、海外に目をむけるとエンロンetc.

 パラダイス文書がどれほどの個人と企業を白日のもとにさらすのか目が離せないが、違法と脱法の区別ができている人々がどれほどいるのだろうか。前者は法的処罰の対象になり、後者は倫理的批判にさらされることになる。

 もともとアパレルウェブの千金楽社長とは、脇が甘いアパレル業界に渇をいれるようなブログにしようとの趣旨でスタートしてちょうど10年のアニバーサリーを迎えた。

 10年が経過して進化どころか退化しつつあるかにみえるアパレル業界のみならず企業および社会全般のトレンドは何を物語っているのだろうか。

 働き方改革という政府のプロパガンダに踊らされ労働現場の疲弊は甚だしいものが否めない。労働諸法で真綿で首を締め上げられて、違法、脱法行為の地雷を自ら踏みつけて、下半身上半身ともズタボロになっていく企業活動の未来は決して楽観視できない。
 2017/11/06 09:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
諸刃の剣
 11月の声を聞き、ファッション業界の逆風も向きが変わり始める兆候が感じられ、一息つけるといいなと思う。

 そんな折、ネット社会につきまとうリスクを痛烈に感じさせられる出来事が三件相次いだ。

 ツイッターを通じて知り合うことをきっかけに犯罪に巻き込まれてしまう。自分の内面に去来するけれど、自分だけでは決めかねている未熟性の思いをツイートすることで、悪魔のようなハンターに捕獲されてしまう。

 創業者とのツイッター合戦で舌戦に敗れて離党した議員。これは世間に向けてプレゼンスを誇示したいがための発言が、当事者の個人の内面に深く刺さり込んで、大きな傷を与えてしまった事例だ。

 オフレコの意味と扱い方を決して正しく理解できていない発信者もメディアも少なからずいるので嘆かわしい。記録しない、報道しないというのは表面的形式的定義に過ぎず、本来は、必ずしも決めてはいないものの胸の内を駆け巡る衝動的思いや複数のオプションも含めて披露するので背景や情勢を把握する一助とされたい、というニュアンスまで含まれる。
つまりオフレコには、意思決定の材料や公表の選択肢を共有することでより相互理解を深める機能も包含されているのだ。

 そこから考えると、前者はオフレコ情報が不特定多数に開示されてしまうことで犯罪者による悪用に結びつくメカニズムが働き、後者は不特定多数の大衆に向けてのオンレコ情報が
特定の個人を潰すことに繋がったと解することができる。

 SNSはメディアであるということと、記者や編集者を介さず不特定多数に情報発信することの意味とリスクを理解できていないまま拡散してしまった現代社会にはメガトン級の地雷が潜んでいることになる。

 三番目は海賊版へのリーチサイトだ。試算される経済的被害額は4000億円を超えるという。伝統的犯罪の手口にサラミ法というのがあるが、60年代の米国で銀行預金の端数が四捨五入になっているところを切り捨てにして自分の口座に振り込むという事件が実際に発生し、その後映画や書籍などでも取り上げられた。

 現在我が国の金融機関は円未満の金利は全て切り捨てにしているそうだが、本来預貯金者のものがポッポないないでもいいのだろうか。それはさておき、サラミ法は単位当たりの金額は小さくても少しずつ積み上げれば大きな塊になるというチャリンビジネスロジックだ。

 その一方で、ネット上で利用者が爆発的に拡大することで成立したインフレーション型ビジネスとでも言うべきが今回の事例だ。正当なビジネスでそれを実現すれば社会は繁栄するが、犯罪に利用された場合はたちまち莫大な被害が一気に拡散することになる。

 現代社会が抱えている光と闇を間違えることなく正しくハンドリングする知識と倫理が強く求められている。
 2017/11/01 09:09  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
月間100時間
月間100時間という水準が残業の上限として決着した。

 大方の企業の定時はというと、週40時間弱でおよそ年間2000時間くらいだろうか。それに月間100時間を加えると年に3000時間強という計算になる。過労死に至りかねない閾値が月間80時間という議論もあるので、これをどうとらえるかは微妙ではある。

 その昔、24時間のみなし残業手当で働いてきた期間が20年ちょいあった。ほぼ毎日定時の一時間半前には出勤していたので朝残業が1.5時間、夜も普通に2〜三四時間残っていたので一日当たり小さく見積もって4時間の超過勤務。ちょうど月間80時間は残業という計算になり、みなし手当との差分は60時間弱となる。

 幸い体は持ちこたえることができたが、2年で時効になってしまう請求権を積算するとトータルで2000万円を超える金額が試算される。仕事を通じて得られることや勉強になることの方が多かったことから、何か持ち出しをしてしまっている感覚は皆無であるが、これは知識労働と肉体労働でその印象は大きく異なる筈だ。

 ユニオンの活動をしてた20代後半の頃、ドイツでは年間労働時間が1600時間を割ったと聞き、大前研一さんの発言から米国のパワーエリートは年間4000時間は働いていると聞かされ、何がどうなんだ?と頭を悩ませたものだ。

 裁量労働やフレックスと言われて久しいが、場所的時間的制約と拘束の有無と自己裁量のバランスがどうなっているかで一概に議論することができないのが職種のバリエーションである。単純労働/複雑労働、自発行為/他発行為、思考/作業、生産性格差小/生産性格差大、等の軸で分類すると単純に労働を括ってしまっては乱暴な議論になることは否めないのが労働現場の実態である。
 
 法による規制と企業の自助努力と個人の価値観が三位一体となってにらみ合っている。
 2017/03/29 18:55  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
サービス残業が隠れていた
ユニオンの質的変貌の影にはサービス残業が隠れていた。

 サービス残業にも様々なタイプがある。横軸に職種を、縦軸に類型をとるとマトリクスを描くことができる。横軸には、肉体労務の提供(いわゆるブルーカラーもしくはワーカー)と知的役務の提供(ホワイトカラー)が挙げられる。

 その折衷形に、知的肉体労務の提供がある。何も考えないでただただ体を動かすだけの単純労務の多くは機械にとって代わられた。アパレルや飲食の接客業も、背景としての知識や機微に溢れる会話が問われる。宅配便のセールスドライバーも間違いなく折衷形だ。

 トラックを運転して荷物を揚げ降ろしする分には単純作業であるが、配荷のみならず集荷や再配達、時間指定まで含めた最適配達ルートの立案は完全にオペレーションズリサーチの世界である。とても頭を使う仕事であり、スキルの差による生産性の違いも大きいと考えられる。

 縦軸は、完全放置(タイムカードも出勤記録もない)というもっとも杜撰なレベルから、みなし残業手当で一律処遇しているケース、タイムカードや端末のオンオフを意図的にショートカットするちょっぴり悪質なケース、そんな暇はないので無意識に実態と打刻がずれてしまう良質なケースなどにグレーディングできる。

 折衷形×良質なケースでも、違法は違法という厳しい現実がある。数百億の負担はさすがに企業体力を奪うだろうが、超優良企業の遺伝子があるはずなので大丈夫だと信じたい。

 それより深刻な問題は、ECの急速な拡大とそれに伴うデリバリーのバリエーションの増加である。厄介なことに核家族化単身家族化も並行して進行しており、不在率も併せて増加する一方である。

 もしかしたら、利便性とコストが見合う閾値を超えてしまっているのかもしれない。利便性を担保するバリューが人力である限りは時間的にもコスト的にも限界があることを甘んじて受け入れなければならない。付加価値の大元の源泉は人である。折り合いをつけることができるか、資本主義。
 2017/03/04 17:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
変容する労組
 「ろうそ/ろうくみ/くみあい」と呼称される労働組合を、現代的活動への脱皮を標榜して“ユニオン”と改称したのは前職時代の30年も前のことだ。

 かつてはストライキ(労働争議)を切り札に春闘をはじめ経営と対峙することが伝統的労組のスキームだった。それが会社と協働して社員の福祉に寄与したり経営参加まで視野に入れる動きが出始めたそんな時代背景であった。

 今の世代にはゼネストという言葉は辞書にはないだろうし、本当に国鉄や飛行機が止まったなんて信じられないことだろう。組合員の減少とプレゼンスを発揮する場という意味ではすっかりボリューム的に影を潜めつつある労組であるが、ここにきて質的変容の兆しがある。

 典型的な事例がヤマト運輸の荷受量抑制の要求だ。人口減少経済は遠くない確実な未来であるが、短期的には実感できないし認めたくないバイアスが働く。消費市場の縮小と労働力の減少と何が後先でどのようなメカニズムが展開されるのか、変数や仮定が多すぎて的確に見通すのは目と閉じて針に糸を通すより難しい。

 今回の要求と会社側の合意方針は、消費市場が伸びるのではなく大きくECに軸足が移る中、労働力が追いついていない矛盾の結果だと考えることができる。ワークライフバランスの確保という視点で考えると従来の組合活動の延長線上にしか置けないが、市場と労働力の変化圧力に耐えられなくなった現場が経営戦略にもの申したと考えると異なる景色が見えてくる。

 変化する環境に対して質的対応を突きつける新しい労組のあり方が見え隠れする。大きな声で要求を繰り返すだけでなく、クールな頭で経営戦略に質的貢献を及ぼす。労働法の強化やプレミアムフライデーなど国の諸施策は企業体力を奪い続けるが、労組が企業知性を下支えすることでギリギリのバランスが保たれることが期待される。
 2017/02/27 09:50  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
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プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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