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契約および契約書にかかわる大いなる誤解をされているケースや、詳細を理解されていないケースにに少なからず出くわします。 「口頭すなわち単なる口約束でも、契約としては立派に成立している」という程度の知識は皆さんご存知のことと思いますが、少し突っ込んでいくと怪しくなる方は意外と多いのではないでしょうか? では、問題です。 1)口頭でも契約が成立しているとなると、いわゆる“契約書”にはどういう意味と役割があるのでしょうか? 2)当事者が記名押印もしくは署名した契約書と、単なるメモやメールでの約束事はどう違うのでしょうか? 3)“契約書”よりも“覚書”の方が、簡略で法的効果も弱くなるという理解は正しいでしょうか? さて、正解です。 1)契約は、口頭だろうが書面だろうが手段は問わず、当事者間の約束が成立した段階で実体として有効に存在するものです。ただし、その実体を目で見える形で第三者にも正確に伝えるために、何がしかのエビデンスが必要で、それを“契約書”として作成するのが無難であるということなのです。役割としては、当事者間で約束事の再確認の拠り所になるとともに、最終的には裁判所での証拠となるものが契約書です。言った、言わないの醜い争いはよく見聞きしますよね。 2)証拠能力の高低に差がつくだけで、メモやメールもちゃんとした記名押印や署名がある契約書に準じる立派な契約書の範疇に入るドキュメントです。刑事裁判は疑わしきは罰せずという原則にあるように、完全に真っ黒であることが立証されない限り有罪にはなりません。(実体は甚だ怪しいですが…)一方で、民事裁判は真実とは別の次元で、訴訟という手続の中で証拠能力の高かった方が勝ちます。より証明力の高い証拠を積み上げて裁判官の心 証を勝ち取った方が勝訴するのです。誤解を恐れずに言うと、民事裁判はゲーム的要素が強いのです。すなわち、より強力なレアアイテムを持っているプレーヤーが勝つということです。 余談ですが、法律的には“記名押印”もしくは“署名”と表現するのが一般的で、“署名捺印”という表現は俗語でございます。 3)書面のタイトルは、契約の実体や効力には一切関係がありません。したがって、“契約書”だろうが、“覚書”だろうが“確認書”だろうが、タイトルは何だってかまいません。“契約書”と表題が打ってあっても中身が約束事になっていなければ、それはただの紙切れに過ぎません。 “行列のできる法律相談所”は高視聴率をマークしていますし、NHKの“バラエティ笑百科”は20年以上も続いている長寿番組です。人々が、正確な知識を持ち合わせてはいないけれど、実は身近だったり切実だったり関心があったりするのが法律案件ということの表れでしょうか? 裁判員制度の導入も間近に迫っています。少しでも皆さんの注意と関心を喚起し、お役に立てる法務事案を取り上げることができればと思っています。 |





いよいよ、配属が決まったのですね。
三日間、学習したことが実践できていないことを認識できているということは、何を学んで、本来は何をなさねばならないかが、しっかりと理解できていることの証です。
体が自然に反応するまで、意識してチャレンジし続けてください。そこには、昨日よりは今日、今日よりは明日と、必ずや進化した自分が居るはずです。