選挙権定年制
 台風のおかげで、神様がくれた内勤二日間となり仕事がはかどった。

 それにしても敵のエラーによる圧勝にはため息すらつく気が起こらない。企業において老い先が短くリタイア後の経済的憂慮をもする必要がない比較的高年齢層が重要なポストを占めて、企業の未来を左右する意思決定の業務分掌と権限を持たざるを得ないパラドクスについては何度か触れてきた。

 10年、20年を見通す能力があるかどうかが問われるというよりも、目先の短期視点で大過なく過ごすことができれば、退職金も年金も満額という安楽椅子から敢えて立ち上がる勇者はレアな存在なのが現実だ。

 18歳まで引き下げられた権利に基づいて数十年以上ある輝ける(もしくは暗澹たる)未来を意中の人物や組織に託した若人も数多くいる一方で、投票後数年も経ずして彼岸にわたってしまう人々が何十万いや何百万人いることだろうか…。

 戦中戦前を生き抜いてこられた大先輩方に対するリスペクトを怠ってはならないが、投票所の周囲で数多く見受けられた70歳半ば超のお年寄りの方々の立ち居振る舞いと言動を見聞きしていると、果たして現代的争点に対する理解と判断力がはたしてどれくらい備わっているのだろうかと心配になった。

 対候補者、対政党の両面においてかなりステレオタイプな意思決定、いやそれ以前の無条件反射的行動がなされてしまっているリスクは決して低くはないだろう。

 高齢を理由とした自動車運転免許証の返上事例は増加する傾向にあると聞く。この際、選挙権にも余命のカウントダウンによる返上を認めるか、思い切って定年を設けることも視野に入れてパラドクスを解消することを検討してみてはどうかとも思う。

 一票の格差は、議員一人あたりの有権者数という員数の問題のみならず、有権者の余命を衡量したときの時限格差も内在していると考えなければならない。
 2017/10/23 17:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

頑張れ!サラリーパーソン男子
 9日付けの新聞記事から三つほど拾ってみると、頑張れ!サラリーパーソン男子とエールを送りたくなる。

 日経MJでは「ゾゾタウン揺らぐ牙城」との見出しが踊り、“衣料通販アマゾン脅威に”と続く。伊藤元重教授がそれを受けて、「苦戦するカテゴリーキラー」と小論を展開する。

 米国のトイザらス破綻はビッグニュースだった。私たちの世代は、その昔、地場の専門店で玩具を買ってもらった。岡山出身の私が誕生日やXmasプレゼントを買ってもらっていたのは「人形の岡杉」というお店だった。

 私が子供に玩具を買い与える頃に颯爽と上陸してきたのがトイザらスで、その圧倒的な品揃えとお手頃価格には舌を巻いた。その後日本に登場したGAP数寄屋橋店で、嬉しげに息子二人に揃いで色違いのGAPパーカーを買い求めたのがまるで昨日のことのように思い出される。

 キラーはやがてキルされる運命にある。カテゴリーキラーのカテゴリーは当初品揃えという意味で使われ始めたが、いまとなっては広く流通システムを含んだビジネスモデルの種別と捉えなければ流れを見誤る。

 ZOZOの、アマゾンのそれぞれのバリュー、そしてリアルショップと直営サイトの意義と価値は何か。伊藤教授は女性は男性に比べて買い物時間が圧倒的に長いようだとして、買い物を楽しんでいる彼女たちが典型的に支持しているのが却下点の化粧品売場なのかもしれないと説く。

 安さと効率が求められる世界と、価格は劣後で効率ではなく居心地と満足感が求められる世界は全く別ものだ。

 片や、消費を斬るの特集では「働き方改革でさまよう会社員」として平日の夜に公園やカフェに出没する男子の姿にヒットの予感があるという。平日夜の早い時間帯に自宅で居場所とやることがない男子の現実は悲哀に溢れているとも言えるが、その彼らが居心地がよくて満足感を味わうことができて、帰宅までの時間を有意義に過ごすことができるコトと場の創出は、確かに新しい無限のビジネスチャンスであるとも言えよう。

 先頃NHKで報道された尼崎のプレハブ文庫では、多くの子供たちが親が帰宅するまでの時間を楽しそうに過ごしている姿が印象的だった。このような場のサラリーパーソン版が求められているというわけだ。

 私塾をスタートして一年半になるが、完全リタイア後にこんな場を主催できたら面白いとも思う。最低、四つの間が必要となる。愛煙の間、愛蒸の間、愛飲の間、そして禁欲の間だ。
愛煙は燃やすタバコから離れられない人に、愛蒸はアイコスやグローに移行できた人に、愛飲は文字通り1杯引っかけたい人に、そして真面目に本を読んだり静かにPCでお仕事したい人には禁欲の間を。

 時間と知識は無償で提供することは厭わないが、仕事帰りに立ち寄りやすい場所や通勤途上の交点となるとさすがに場所代がかさむ。それを自費で拠出できるほどの資産家でもないので、どの程度のお金の流れを創出することができるかが鍵となる。

 それさえクリアできれば、本気で考えるに値するラストウェイではある。実現できる確率は限りなくゼロに近いと思われるので、残念ながら、自己責任で頑張れ!サラリーパーソン男子。来たれ、放浪サラリーパーソンの受け皿となる新規ビジネス。
 2017/10/10 07:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ついに御上が動くか?
 経産省によるアパレルサプライチェーン研究会の報告書も一読の価値があるが、生活製品課の「取組方針」も必読だ。

 日経MJでは、“経産省、慣行に異例の指摘”“服、セール頼みにNO”“価格に対する信頼失う”と見出しがつけられたが、原典にあたると業界の現状がバッサリと切って捨てられている。

 価格に見合う価値のない商品を提供することは、目先の利益はもたらすが中長期的な持続可能性はない。売れ残りを値引き販売することを前提にした商品価値に見合わない高価格で上代を設定することは消費者本位に反している。

 商取引慣行については、「歩引き」「長期手形」「未引取」「受領拒否」「返品」「契約書不作成」「過剰供給と値引販売」と生々しい単語が並ぶ。

 J∞Qualityにいかほどのリアリティがあるのかは河合氏の議論にもあるとおりだが、産地の彼我以前にビジネススタイルがグローバルスタンダードには遠く及ばす、ガラパゴス化していたのでは話しにならない。いっそ仏のソルドのようにバーゲンを法の規制下において欲しいとも思いたくなる。

 ネットの普及とともにブラックボックスだった原価率が明るみに出たと報じられたが、プロパー店舗で上代の80%Offまでさらしてしまっては、自らケツを丸出しにして商売をしたようなもので、決してネット上の第三者による暴露だけではない。

 サプライ側の費用であるところの原価はあからさまになってしまった(とはいえ方々の議論で引用される数字はアバウトだったり、的外れだったりもする)が、フロント側の最大費用の家賃だけは未だ多くがブラックボックスだ。インターナショナルで展開されているスーパーブランドの歩率は…。FRやニトリが都心の館に果たしてどのような家賃条件で入っているのか…。

 SCからチャージされる歩率見合い以外のとんでも経費のオンパレードに辟易しているテナント側も少なくないだろう。一方で高い歩率ではあるが、それ以外の費用はびた一文チャージされない百貨店の潔さ。

 店頭における家賃と人件費がマージンを圧迫し続けることから、商品原価を圧縮させるほかなく、そうすると商品がチープになってプロパーで売れる訳もなく。SPAとはいいながら売場はディベロッパー頼みで、他人の場所を間借りするしかない宿命にもかかわらず、ディベと一体化したサプライチェーン最適化の議論がなされることはなく、アパレルはただただ原価を下げ続けざるを得なかった。

 しかしながら、セール玉やアウトレット専用商材の仕込みはアパレル側の単独犯であろう。
MJではセールという宴(うたげ)の終わりは近いと締められていたが、なんちゃってSCMに過ぎなかった似非SPAがセールというガス抜きを必要としたのであって、ガスの発生源を根絶させなければ根本的問題解決にはならない、

 SPAとは何ぞやを再定義して、経済構造を川上から川下まで一気通貫させた新たな価値連鎖の再構築が求められている。

 自分が当選するために本来の主義主張が劣後になる人々の動きを見ていると、短期的に自社の利益を確保したいそれぞれのプレーヤーが目先の自分の利害を超えて一段高い目線のテーブルにつくことができるかどうか、ハードルは決して低くはない…とため息をつかざるを得ない。
 2017/10/03 17:04  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

問題解決の要諦
 河合拓氏の寄稿論文「実践的な問題解決法(9/26繊研」を受けてみたい。

 各種ビジネススキル研修に登壇するようになって11年目に入るが、当初の目玉コンテンツであった“ロジカルシンキング”は、今となっては当たり前のイロハのような存在になった。そのイロハを寺子屋で学んだことがない世代が上級マネージャーや経営クラスの世代になっていることが、我が国の人材構造のねじれの一つになっているとも言える。

 私の講師生活10年強が経過した現在、もっとも旬なテーマは“問題解決”である。ロジカルシンキングの土台の上に、仮説思考を接着剤として問題解決が乗っかり、その上に戦略やマーケティングがさらに積み上げられるストラクチャーをよく引用するが、ロジカルシンキングを当たり前の前提にした中段の問題解決で多くのビジネスパーソンは躓いてしまう。

 さすがに新人に問題解決研修を課する事例はほとんど聞いたことがないが、早ければ2年次の研修から本格的に取り入れる企業もあれば、事業部を挙げて全ての部長と課長トータル数百名に複数回にわたって網をかける勇気ある行動をとることができる兆円規模の大企業もある。

 本来的には問題の定義(what)、問題の所在特定(where)、真因の究明(why)、そして対策の設定(how)の順に精緻に進めていかなければならないのが問題解決だ。ところが私たちには思い込みや思いつきのプレッシャーが重くのしかかり、“how思考の落とし穴”にはまり、“why”の先取りで鬼の首でも獲ったような錯覚に陥るのが常である。

 上記部長の面々とご一緒した際には、「俺たち、howのつまみ食いが大好きだし、それしかやってきてないよなぁ…」と自嘲気味に語りながらも、決して開き直ることなく真摯に問題解決プロセスに取り組む姿には感銘を覚えた。

 もっとも重要なのは最初の“問題の定義”だ。そこでギャップとしての問題を浮き彫りにするためには的確な現状把握と恣意的なあるべき姿の設定が必要となる。河合氏が言うとおり、数%しかない国内生産だけに限った議論を展開しても影響度合いが小さいと言うより、現状を的確に捉えないまま、how思考の落とし穴に落ち込んでいることになる。

 ファクトリーベースでの国内生産シェアは3%〜5%だと言われているが、それは場所的に日本国内で生産されたということに過ぎない。日本から手厚い技術指導と高いレベルの品質管理が施された海外ファクトリーは純国産に相当すると考えることもできる。

 また、メイドインイタリーやイングランド、フランスなどはインポートとして独自のブランドポジションと価値を提供してくれている。さらに、企画開発の情報生成がどこで誰の手によって行われているか、それがどのような拠点でプロダクトに供されて、いかなるグローバルロジスティクスを経て、どの流通チャネルを通じてどんな消費者の手に届けられているのか。この世界地図を認識することこそが現状把握ではないだろうか。当然、少なくとも素材と縫製に分けて考える必要もあろう。

 その上で、あるべき姿をどの座標点に設定するかは、それぞれのプレーヤー次第である。業界全体としての苦境を大衆受けする一般論で展開することと、このように真の問題解決者としてアプローチすることは別のこととして捉えなければならない。

 よしんば問題の定義はできたとしても、その次には絞りに通じる感度のよい切り口(MECE)を見いだすことができるかどうか、問題解決の道のりはただひたすら険しいばかりだ。
 2017/09/28 09:37  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ビジネスパーソンの進化
ビジネスパーソンの進化をひしひしと感じた9月であった。

 第一週には電鉄会社の係長を対象にしたファシリテーション研修を2年ぶりに担当させていただいた。2011年にご一緒したのが最初なので、6年が経過している。

 第二週には通信キャリア企業の2年次研修(全五日間)を2010年以来6年ぶりに執り行っ た。

 昨日一昨日は、中堅メーカーの初級ビジネスリーダー研修のフェーズTをやらせてもらった。こちらは2014年から4年目にあたる世代になる。

 全てにおいて共通して感じるのは、受講生の知的インフラの飛躍的向上があるということだ。知的インフラにはストックとしての知識と、エンジンとしての地頭力の二面が含まれている。

 たった数年で?、気のせいだという議論と、その数年に何かの臨界点があったという議論の両方が成立しうる。それぞれの事例で、最も若いのは25歳前後、次が30大半ば、一番上が40過ぎという世代に相当するが、彼ら彼女らがどういう時代にどういう刺激を経て現在に至っているかを考えると、ある景色が浮かび上がってくる。

 霞に過ぎなかった「ゆとり教育」からの揺り戻しを経験した最若手ゾーン。「ゆとり教育」に尻尾を踏まれることなく社会に出てきた世代だ。真ん中のゾーン。バブル崩壊後に自力で内定を獲得した最古参ゾーン。

 現在、多くの会社を部長以上の職責で引っ張っているのは1980年代以前に入社した世代であろうが、95年問題というのが大きく横たわっている。

 ロジカルシンキングのナレッジがバーバラ・ミントによって米国に問われたのが1985年の「Pyramid Principje」、それが邦訳されて「考える技術・書く技術」として我が国に上陸したのが1995年。つまり、ロジカルシンキング・ブラインドの世代が今の経営幹部というわけだ。

 次の時代を担う人々は確実に進化している一方で、いまさらベーシックスキルの研修で網をかけることなどできない50代がそれらの人々の上司であるという厳然たる現実は否めない。

 次世代のために道を譲るか、老体に鞭打って自己研鑽に励むか、道は二つに一つしかない。第三の道を歩んでいるご老体の傘下の人々には、誠に気の毒であるという言葉しかない。
 2017/09/24 17:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)
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プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

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