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コレクションーその光と影ー14
ショーのモデルとカメラマン


Etoile 凱旋門の夜景

1990年代中半ころまで各国のコレクション会場では、高さ60〜90センチほどの俗にいうランウェイと呼ばれるステージがあった。そしてカメラマンはそのステージを取り囲むようにコの字型に陣取りし撮影していた。
ショーがはじまりモデルが歩いてくると、カメラケースや椅子に座っているカメラマンは前方から順序良く立ち上がりステージ中央に少し乗り出して撮影し、終わるとまた座るということの繰り返しを行う。
1980年代の パリ・コレ ステージ

客席から見ていると、まるでウェーブが起きているかのようである。しかし中には新人や不慣れなカメラマンが撮影のタイミングを逃し、いつまでも立ったまま撮影をつづけていると、すかさず後方のカメラマンから怒声や時にはプラスティックのフィルムケースが飛んでくる。

パリやミラノといった世界的なコレクションでは、今も昔も特別なケースを除き、基本的にはショー全体のリハーサルはない。無いというより出来ないというのが現実である。それは人気モデルや有名モデルが前のショーに出演していると、ヘアーやメイクアップがそれらのモデルのために遅れるからである。
要は出演するモデル全員が同時に集まらないというのが最大の理由である。
パリ・コレの楽屋風景

パネル一枚で隔てられたステージの表と裏、楽屋からステージへと出て行くモデルは舞台監督に、ステージ上での簡単な指示と説明をうけ、瞬時にそれを理解しなければならない。

通常、モデルが一人で出てくる場合はさほど問題はおきないが、それでもステージ途中でポーズをとらなかったり、ステージ先端でターンの後、そのまま戻ってしまうと、すかさずカメラマンから罵声が飛ぶ。そしてまたモデルが3〜4人や、ときには10人ほどがパネル前に一同に並ぶときがある。こうしたとき主導権をとるのはキャリアの長いモデルや有名モデルである。もちろんどんなショーにも演出家は存在しているが、リハーサルのないコレクションではこうしたベテランモデルに頼るところも大きい。
1988 s/s Claude Montana Paris


大勢のモデルが一同に並ぶ場合は絶対とはいえないが、最後に出てきたモデルが列の中央に入り、ステージに出て行くときもこのモデルが先陣を切る。ここで出番を間違えて彼女より先に出ようものなら、楽屋に戻ってからの文句と意地悪を覚悟しなければならない。
1988 s/s Sonia Rykiel Paris

またステージングを終えて戻る際は、後から出てきた次のモデルにステージ中央をあけるのが一般的で、こうした事を知らなかったりつい忘れてしまって、モデル同士がステージ上でぶっつかり合うこともままある。そんなとき有名モデルやキャリアの長いモデルが罵声を浴びせながら、顔だけは客席へ向かって笑っている。カメラマン席からは思わず「ああ、かわいそうに」とつい声も出てしまう。
1991 s/s Lolita Lempicka Paris

また3、4人のモデルが横一列に同時に歩く場合は必ず中央にいるモデルがリーダー的存在で、両サイドのモデルに指示を出す。ステージ途中でターンする時や、途中で立ち止まりポーズをとる時はリーダーが事前に、
「次、ターンするわよ!」、「次は振り返ってポーズね!」などと言って
「ワン、ツー、スリー」とか「アン、ドウ、トロワ」と掛け声をかけグループの統一をとっている。
1990 s/s Emanuel Ungaro Paris

客席からはボリューム一杯の音楽で聞き取れないかもしれないが、ステージサイドのカメラマン席からは、モデルたちの一挙手一投足が手にとるようにわかる。

パリ・コレのステージングで私が一番印象的だったのは、80〜90年代のスーパー・モデルで、アフリカの黒豹と言われた”イマン” が忘れられない。
彼女がゆっくりとステージ上を歩いてくると、偶然私の前に立ち止まった。すると目の前の彼女は緊張してるのか、長くのびきった指先とヒールの足元が震えているのが、私の目にははっきりと分かった。
そしてパリ・コレはこれほどのスーパー・モデルさえも緊張させるのか、その威力をまざまざと見せつけられた思いであった。
1988 s/s Thierry Mugler Paris の イマン

ステージサイドでの撮影は、カメラマンとモデルとの距離を縮めていたことも確かだ。時折、ひいきのモデルが歩いてくると、声をかけポーズをとらせたり、笑顔を要求したりする。しかしこうしたカメラマンの突然の要請に応えるのはよほど難しいのか、新人モデルにはなかなかできない。

パリ・コレに出演するモデルはそれこそ世界中からきている。80~90年代、日本人カメラマンがまだ少なかった頃、時折時間があるとショーの後、私も日本人モデルと一緒に食事やお茶を飲んだりしたことがある。それは互いが愚痴や悩みをこぼすことでまた新たな気持ちにしてくれた。
1997 s/s Sonia Rykiel Paris

またコレクションの最終日に各国のカメラマンが,知り合いのモデルを誘い一緒に打ち上げをしていたのは本当に楽しかった。
カメラマンからモデルへ、モデルからカメラマンへ、このときばかりは互いが感じたことを率直に語りあった。深夜遅くまで呑んで食べて大騒ぎしたのが今となってはすべてが懐かしい。
Saint-Michel 夜のサンミッシェル界隈

しかしこうしたこともその後、カメラ席が客席最後部へ移動したことによりモデルとの接点も無くなりお互い、ショーが終わるとまた次の会場目指して互いがかけずり回っている。
 2014/12/10 17:05  この記事のURL  / 

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プロフィール


大石一男 (おおいしかずお)
KAZOU OHISHI


写真家・フォトジャーナリスト

長崎市生まれ。大学卒業後、テレビ番組の制作に8年間携わる。1979年に初めてパリコレクションを撮影。以降、ミラノやロンドン、ニューヨーク、東京、ソウルと世界のコレクションを長年に渡り撮り続ける。 東京ファションウィークには、第1回目からオフィシャルカメラとして参加。

2013年、第31回「毎日ファッション大賞」鯨岡阿美子賞受賞。著書に「カメラマンのパリコレクション」(読売新聞社)、おもな写真集に「Paris collection 1981〜2000」(新潮社)がある。

大石一男 オフィシャルサイト
http://www.kazouohishi.com/


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