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コレクションーその光と影−9
三宅一生と空母イントレピッド

前回、私の初めてのニューヨーク・コレクションのことを書いたが、このときは、ニューヨークで三宅一生が5年ぶりにショーを開催したときでもあった。
それは” 83年春夏ISSEY MIYAKEコレクション”と「プランテーション」という新ブランドの発表もかねた、いわば一生ブランドのジョイントショーだった。

自由の女神像

11月4日、その日、有名百貨店の”バーニーズ”の4カ所のショー・ウィンドーはすべて三宅一生の服で飾られた。

会場は、ハドソン河畔に浮かぶ退役空母イントレピッドの中にある「シー・エアー・スペース・ミュージアム」で、ショー会場としては異例なこともあってか、開催以前からニューヨークでは話題となっていた。

現役を引退したとはいえ、さすが空母とあって、その甲板には飛行機が何機もならびその大きさをうかがわせた。
また館内は重厚な雰囲気が威圧感を漂わせていた。

そして鉄製の重い扉が開くと、そこには市民コーラス・グループの人たちが座っていて、観客が怪訝な顔をして会場に入って来るという、何とも意表をつく演出でスタートした。

イントレピッド海上航空宇宙博物館 (空母イントレピッド)

そして何よりも私が驚いたのはショー当日、開始時間が近づくと、一生を支持する多彩な顔ぶれが次々とやって来たことだった。
画家のポール・デイビスやアンディ・ウオーホル、歌手のダイアナ・ロスやミック・ジャガー、そしてグレース・ジョーンズなどである。また著名な舞踏家アルヴィン・エイリーの姿もあった。

アンディ・ウオーホル

パリコレ参加以前に、三宅一生がニューヨークでショーを開いていたとはいえ、
その多彩な顔ぶれにただただ圧倒されるだけだった。

前回、ワシントン・ポスト紙のニーナ・ハイドのことを書いたが、私が彼女の家でお世話になったときの夕食の席で、彼女が、「彼は必ず偉大なクリエーターになる!」と言った言葉が、図らずもこのとき私の脳裏をよぎった。

83s/s-Issey Miyake collection

また前年の81年11月にも、私はパリコレ終了後、三宅一生と13人の日本人モデルと一緒に、オランダのアムステルダムへと飛んだ。

三宅一生は日本の文化や伝統を紹介するイベントに招待され、自身の12年間
(1970~82) の作品を紹介することになっていた。
市内を歩くとあちこちに一生のポスターが貼られ、新聞には「サムライ、来る!」の見出しが踊っていたのを思い出す。

三宅一生

世界的に活躍する日本人を目の当たりにすると、私自身、海外での仕事で、辛く苦しいとき、何度彼らの活躍に励まされたか分からない。

その後、私のニューヨーク・コレクションの撮影は85年を境に、東京コレクションとの開催時期が重なりやめざるをえなくなった。

ハドソン川の夜景

そして1993年、NYFWは、マンハッタン中心部のオフィスビルに囲まれたブライアント・パーク(Bryant Park)の特設テントを主会場に、世界のコレクションに先駆けてショーが行われるようになった。
 2014/09/21 18:38  この記事のURL  / 
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プロフィール


大石一男 (おおいしかずお)
KAZOU OHISHI


写真家・フォトジャーナリスト

長崎市生まれ。大学卒業後、テレビ番組の制作に8年間携わる。1979年に初めてパリコレクションを撮影。以降、ミラノやロンドン、ニューヨーク、東京、ソウルと世界のコレクションを長年に渡り撮り続ける。 東京ファションウィークには、第1回目からオフィシャルカメラとして参加。

2013年、第31回「毎日ファッション大賞」鯨岡阿美子賞受賞。著書に「カメラマンのパリコレクション」(読売新聞社)、おもな写真集に「Paris collection 1981〜2000」(新潮社)がある。

大石一男 オフィシャルサイト
http://www.kazouohishi.com/


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