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BLUE MANがやってきた
NYのオフブロードウェイでヒットをとばしているBLUE MANのプレビューを見に六本木にでかけた。特設会場は黒い上等の椅子が設置され、大人たちが上質の笑いを楽しむ場所という感じであった。この会場の施主はインボイスという会社の社長である木村育夫さん。とにかく彼の発想はおもしろい。会社を興したかとおもったら、趣味で集めたお酒が増えて自宅に置けなくなったので、六本木にちょっとおしゃれな大人のためのバーを開いた。ここで、ゆっくり楽しむつもりでいたのに、なんと、そこにおいてあるお酒の種類がすごいというので、ヤドリギはいつもお客でいっぱいになり、繁盛してしまった。趣味や思いつきが商売になっている。実に多才な人である。

BLUE MANは顔を真っ青に塗った男性3人が一言も発せずに、映像や音楽などを通して、日常のありふれた出来事を表現していくコメディ。何が面白いかというのは言葉にしにくいが、とにかく面白い。程よく下品でもあり、程よく上品でもある。その按配がなかなかであって、会場まで巻き込んでの(もちろん仕掛けてあるのだが)演出は見事だ。

ココまで来れば、大人のお仕事といえそうな、このBULE MAN in TOKYOのチケットはすでに売り切れ状態。しかし、ロングランになりそうなので、まだまだ見るチャンスはありそうだ。このパフォーマンスの初演は1991年。楽しむのに英語力はいらない。五官で楽しむコメディ2時間。見終わったら、どっと疲れる。覚悟もいる。
 2007/11/30 21:57  この記事のURL  / 

NY行きあれこれ物語3


NYでのトイレはスタバで:
ホテルの前からイエローキャブに乗った。運転手は私達の行き先を聞くと、行きたくなさそうな顔をした。もともと乗車拒否などはあたりまえ。特に雨が降っている時や夕刻はダウンタウンへは行きたがらない。日本のタクシーのようにどこにでも行ってくれるわけではないから、拒否されても諦めてはいけない。

目的地に向かう途中で殺人現場を通った。「ココで今朝運転手が轢き殺されたんだ。ほんの1−2時間前に。」今はその形跡はないが、やっぱりNYだ。その現場を過ぎたと思ったら、今度はスタバの前で急に駐車し、運転手は「ちょっと用があるから」といって、降りていってしまった。タクシーの車の中に置き去りにされるなんて、初めての経験である。もちろんメータはとめてくれた。少しは良心的だ。しばらくしてもどってきた運転手は私達に笑いかけながら、「NYでトイレに行きたくなったスタバがいいよ。安全で清潔だし、ついでにコーヒーも買えるから」。ああ、そうかスタバはトイレだったのか、なんて、ね。コーヒーがついで買いだときいて、NYってやっぱり、おもしろいと思ってしまった。
 2007/11/29 00:57  この記事のURL  / 

NY行きあれこれ物語2
ナイスミドルのキャビンアテンダント:
JFKからの帰りの便ではベテランのキャビンアテンダントがついてくれた。この人がすこぶる凄い。オランダに行ったとき以来の経験だった。いつも教育されたとおり、やることだけやったら、人のいうことはあまり聞いていないアテンダントが多い中で、彼女はかゆいところに手が届くほどのサービスだった。ひと寝入りして目が覚めたら、すかさず、飲み物を聞きに来てくれる。小腹がすいたなと思っていると、「何か召し上がりますか」とわが心を読んだように声をかけてくれる。このタイミングのよさはやはり、ベテランだからであろうか。狭い空間の中での彼女の存在はとてもありがたかった。

彼女の態度は担当しているすべての人にフェアであった。斜め前にはトテモわがままな初老の女性が座っていた。フルーツが食べたいというので、彼女が持ってくると、こんなフルーツならいらないという。見ていているだけで「たくーもう」と思うのだが、彼女は嫌な顔ひとつしない。その女性が満足いくまで、なんどもキッチンと客席をいったりきたりしていた。

私達の前の席の男性もわがまま放題であった。JALの顧客名簿にのっているのだろうが、「それはないでしょ」と思うほど「注文の多いお客様」だった。「出来る限りのことはやりますよ」という彼女の姿勢をみていると、ある程度経験を積んだ、お母さんアテンダントって結構いいなと実感してしまう。彼女のようなベテランを現場にキープしつづけること、それはこれからの高齢化社会には必要なことかもしれない。わがままな高齢者や顧客達への対応にはやはり経験がいる。そこをカバーしてくれるのは、きっと人生とフライト経験の豊富な彼女のような人に違いない。航空会社の企業戦略にぜひ、ナイスミドルのベテランアテンダント起用を盛り込んで欲しいものだ。

またまたトイレの話:
さて、最後はトイレの話。以前、飛行機に乗ったら、トイレが問題ということを書いたことがある。これは結構、いろいろな方が読んでくださったようで、反応が多かった。今回、座席に着くとすぐ、チーフらしき女性が挨拶に来てくれた。「以前、JALをお褒め頂きありがとうございました。出来る限りトイレもキレイにしておくつもりですが、今日はお客様が多いので、もし無礼があったら、申し訳ありません。」チープの話ではトイレのブログをよんで、みんなのやる気が増したというのだ。それは嬉しかった。だが、私は事実を書いただけで、ヨイショをした覚えはない。正直に見たまま、感じたままをいつも書いている。

トイレの前で待っていると、男性が出てきた。「うー男性の後か、また、掃除からはじまるな」と観念して中にはいった。ところが、うれしい期待はずれ。洗面の水しぶきは一滴も残らず拭かれており、トイレの蓋もキチンとしめてある。床にも水滴はない。思わず男性の顔をしっかり見ておけばよかったと思った。後の人のためにこんな使い方が出来る日本人男性がいるのだ。これは新しい発見だった。いつもキレイにしてあると、そのキレイさを維持しようとする態度が伝播するのかもしれない。公の場を汚さずという日本人古来の姿勢がこんな小さなところからこれからも実現されていくと嬉しい。

 2007/11/29 00:45  この記事のURL  / 

NYあれこれ物語1

NYはチャレンジの街:
晩秋のNYに出かけた。突然の旅立ちだったため周到なる準備がないまま、JFK空港に降り立った。普段であれば迎車の手配が済んでいるところだが、荷物が少ないということもあり、イエローキャブで行くことにした。空港内で「タクシー?」と声をかけてくる白タクの運転手を尻目に、タクシー乗り場へ急いだ。驚いたことに、イエローキャブがずいぶんきれいになっている。思えば、NYは10年ぶり。変わって当たり前だ。ブロードウェイを抜けて、滞在先のホテルへ。街中の喧騒は相変わらず。寒さもNYだ。うきうき、わくわくするのはなぜだろう。なにかチャレンジを受け入れてくれそうな、そんな雰囲気を持った街、NY.20代のころ、ここでチャレンジ精神を叩き込まれて、今の私がある。今度は娘の番だ。NYで新しいチャレンジをする。彼女の夢に一歩でも近づくために、何でもやってみるがいい。若いのだから。彼女の姿を私は若きころの自分の姿と重ねて、懐かしんでいた。

サービスは天使の声で:
航空会社のマイレッジがたまっている。こんな時こそ、と思いアップグレードやら、特別無料航空券やら申し込んだが、遅すぎた。そこで、ネットでの申し込みから、電話での申し込みに切り替えて、人を通してお願いすることにした。厄介なのは、どの航空会社も自動応答とやらがやたら長くて、痺れを切らしてしまうことだ。それでもすこしでも運賃を節約したいので、ここは忍の一字で頑張った。

気持ちよくつながったのはJALであった。担当の女性の声が天使のように聞こえた。まあ、やさしく相談にのってくれる。どうしてもビジネスクラスでいきたのであれば、ビジネスセーバーを安全のために予約しておく必要がある。ここが判断のしどころであったが、思い切ってこの天使の声に賭けてみた。エコノミーセーバーを確保して、希望の便の空席待ちをしたのだ。出発ぎりぎりになって、携帯電話がなった。あの天使の声である。「アップグレードが取れました」 彼女の嬉しそうな明るい声にNY行きまで運を開きにいくような気分になった。

電話でのサービスの差は応対するものの声にでる。「ご希望に添えるよう、頑張ってみます」といっているのか、「こんな時期にいってきて、希望が叶うわけないでしょ、空席待ちだらけなんだから」といっているのかは言葉にしなくともそのトーンや言葉尻でわかってしまう。いくつかの航空会社に電話した結果、今回はJAL一本に絞って待つことにした。かつての栄光に浸ることなく、ひとりひとりが会社の再建にかけるその意気込み。それはエンドユーザーにもしっかり伝わっている。がんばってほしい。



 2007/11/29 00:39  この記事のURL  / 

その道のプロ、兄に拍手。

私の兄は発破士である。大学を卒業してすぐに建設会社に就職し、山奥の現場に赴任してトンネルを堀り始めた。たまに実家にもどってくると「れいこ、これはトンネルを掘った時に最初に取れた石。安産のお守りになるから」ともってきてくれたりした。まだ私が大学生のころである。現場は大学卒の現場監督にかなり厳しかったらしい。出稼ぎできている人々と一緒の現場。ボーナスがでたので、外国製のタバコをみんなに振舞おうとすると現場の人から「大学卒はハイカラなタバコをお吸いですね」といやみを言われる。兄は一緒に働く人々の心の中の小さな思いに気づかなかったことを恥じ、それからはこちらがよいと思ったことも細心の注意を払ってするようになったという。

その兄が突然、新聞の切抜きを送ってきた。11月15日、日刊建設新聞。そこには国土交通省が企画した世界最大規模の人口地震実験の記事が掲載されていた。人口地震実験の目的は将来の大地震に備えて空港の液状化による地盤沈下などのデータをとり、液状化対策工事に役立てるためであった。この実験に兄が赴任先のシンガポールから招聘されたのである。別の新聞には成功を現場の人々と喜ぶ兄の顔が写っていた。また、他の新聞には「発破の神様を招聘」とかかれてあった。
500箇所に17トンのダイナマイトを設置し、2分で爆発させる。神業とも呼べるものしい。もちろん多くの人の協力があっての成功に違いないが、私は新聞記事を読みながら、涙が止まらなかった。

昔から人のために尽くすのが大好きだった兄は、今こうして自分の技術を駆使して災害の際の大事な空路を守ろうとしている。誰が褒めてくれるわけでもなく、今回のように新聞にとりあげてもらえなければ、誰に知ってもらうことのない、縁の下の仕事。その仕事に一生を捧げている兄を誇らしげに思う。

若いとき演劇を目指したが、祖父に反対され、兄は技術者になった。夢を断ち切って、思いと違う道を歩んでも、こうやって、その道のプロになった兄は、ヤッパリ偉い。父を早くに亡くした私達兄妹は二人でいつも互いに助け合って生きてきたように思っていた。しかし、実はいつも私は兄に守られていたように思う。

優しい兄に守られながら、自由奔放に生きてきた若きころの自分を思い出す。その兄への恩返しは、演劇など芸術、文化をめざす若者の夢がひとつでも実現できるようお手伝いすることではないだろうか。11月に立ち上げた新しいスキンケアブランドLENAJAPONは社会貢献をするための「さくら芸術文化応援団」をサポートする。マーケティイングやブランディングという仕事は発破士のように命を張るわけでもなく、技術の積み上げもない。時代を読む勘だけの商売。こんな仕事につけたのも自分の事は二の次で、まずは妹に何でもやらせてくれた兄がいたからだと思う。そろそろその恩返しをする季節になったようだ。新聞記事は私への追い風になった。兄へおめでとう、そして、ありがとう。
 2007/11/19 15:23  この記事のURL  / 

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プロフィール
蟹瀬 令子(かにせ れいこ)
上智大学文学部英文学科後、博報堂に入社し、コピーライターやコピーディレクターとして活躍。
1999年、「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストの代表取締役社長に就任。
ケイ・アソシエイツ代表として、外資系企業、および国内企業のブランディング、マーケティングを手がける。2007年スキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げ現在にいたる。

蟹瀬令子 プロフィール
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