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♪ソ♪の音でいこう。
今年の目標は、ドレミファソの「ソの音」で生きる。
そりゃ何だ、といわれそうだが、ソの音って、結構高くて明るでしょ。
だから、いつも気持ちを「ソの音」に保つようにする。
つまりはどんなときも明るく行くってことです。

2年前の11月にスキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げたとき、CSセンターにその道のベテランN女史が参画してくれた。そのN女史が最初に制作してくれたトレーニングメソッドの文章の中にあったのが、「電話にはソの音で応対しましょう」という一文だった。「電話には明るい声で応対しましょう」ではなく、「ソの音」という具体的な表現がとても気に入った。わかりやすいだけでなく、誰もが実行しやすい。自分の持っている音域でソの音をだすだけでいいからだ。N女史のソではじめるまるで天使の声のような電話応対を聞いていると、どんな困難も乗り越えられると思ってしまうから不思議だ。

「2009年はできるだけソの音でビジネスをやっていきましょう」。これが私からの年頭所感だった。社内外の仕事も、お客様への応対もソの音で。そうすれば、明るいところに良いエネルギーが集まってくるように、自ずといい仕事、いい仲間、いいお客様が集まってくる。

ドレミファソ、ラファミドレ。
ソファミソファミレ、ソファミソファミレ。
ドレミファソ、ラファミドレ。

もちろん、ビジネスに限らず、家庭でもソの音を。すると, あらあら、ソの音がみんなに木霊して柔らかな空気になるんです。いやなことがあっても、怒る前に深呼吸して、ソーーと声にだしてみる。すると、なんだ、こんなこといいか、って思えてくるから不思議。音の力って凄いから、ほんと。試してみて。

私は実験ずみ。今年のお正月は久々に海外で迎えたが、出発前に旅行中は「ソの音」で過ごすと決めて出かけた。我慢をするのでなく、「ソの音」の気持ちを保つ。そのせいか、何を見ても、何をしても素直に感激し、近年ないほどリラックスして楽しい時間を過ごすことができた。これも「ソ」のおかげ。感謝、感謝。
今年はどこをみても大変、って予想だけれど、こんな時こそ、「ソの音」でいきましょう。 
♪ソソソソソソ―♪ですよ。
 2009/01/13 23:11  この記事のURL  / 

心に手当てを。
中学生の時のこと。授業の一貫で山登りをしている時、急に胃のあたりが痛くなり、途中で登れなくなってしまった。当時の中学だから、よほどのことがないかぎり、途中で棄権ということは許されない。しかし、痛みは増すばかりで前に進めない。その時、担任の先生が、背中に手を当ててもいいかと聞いてきた。胃が痛いのに、背中に手を当てる、など、聞いたことはなかったが、とにかく治してもらえるなら、背中だろうが、頭だろうかどこでも手を当ててもらえばいい。はいと返事をすると、先生は大きな手を胃の後ろあたりの背中に当ててくれた。するとしばらくして、ジーンと背中があたたかくなり、なんと、痛みが少しずつやわらいできたではないか。そして、5分もしないうちに痛みがなくなってしまったのだ。これが「手当て」だと知ったのはもっと大人になってからである。

体をさする、手をこする、抱擁する、なでる、握手する、手を握るなど…手を使って肌に触れ、相手とエネルギーを交流させると、不思議と幸せな気分になったり、痛かったものが和らいだり、泣いていたものが泣きやんだりする。これは人間に与えられたすばらしい能力のひとつなのではないだろうか。

ならば、この能力を生かして、いろいろな場面で人を幸せにすることはできないか。たとえば、病人の背中をさする。冷え切った子供の手をこする。疲れて帰った夫を抱擁する。泣いている赤ん坊の頭をなでる、など。なんでもないことのように見えるが、これだけで、ちょっと温かい気持ちになれるのなら、こんな素敵なことはない。

我が家には白米(ハクマイ)というトイプードルがいるが、家族が帰宅するなり、両脚で立って、飛びついてくる。うれしくて仕方ないという表現に負けて、抱き上げて背中をなでてやると、数分もしないうち「もういいよ、おろしてよ」と騒ぎだす。伝わればそれでいい。なでてもらった、それだけで充分なのだ。

私がまだザボディショップにいた頃、ボランティア活動にハンドマッサージをしたことがあった。とても気分がよくなりましたとお礼を言って帰られたお客様たちは後で、ハンドマッサージをしていたのが社長だったと知って、ほんとにびっくりしたらしい。「社長までマッサージをする会社なのですね、すばらしいと」感謝の言葉が届いたが、マッサージの効果に職位は関係ない。マッサージはされる側の心までやわらかくするだけでなく、マッサージする側まで癒してくれる。これが手当ての効果だ。

手を使って直接触れ合うことで、自分も癒されていく。それはやはり、温かなエネルギーが行き交った結果なのではないだろうか。

冷え切った心にこの手当てが必要なそんな時代になってきた。愛する者同士、家族同士、または身近なひとと、エネルギーを交流しあう。「心に手を当てる」それはもっとも簡単で、お金のかからない、癒しの方法だと思う。

 2008/12/22 16:45  この記事のURL  / 

いいことひとつ、わるいことひとつ。
いいことひとつー友人のN夫妻にふぐ料理をご馳走になった。N氏は日本でも屈指の若手(もういえないかも)経営者の一人でこと食べ物に関してはとことん極めている人である。この季節はふぐでしょ、というきわめて分かりやすい理由でお誘いを受けたのである。

「じゃ、蟹瀬さん、六本木の味満んでね」といとも簡単に連絡がきたのだが、こんな店にいったことはない。で、夫は朝からネットでお店の地図を探し、見つけた瞬間、まるで、ふぐを釣ったように大喜びをしていた。さそかし門構えの大げさな大料亭かとでかけたら、六本木の町の中に馴染み切った電信柱のようにひっそりと暖簾のかかったちいさな店であった。

カウンター席で頂くふぐ尽くし。これが最初から最後までベッピンさんそろい。「いやー、ココのふぐを食べたら他のは食べられないでしょ」とN氏。確かに。博多育ちで、ふぐにはうるさい私のはずであったが、「うまい」の連発であった。横でひれ酒を飲んでいる夫はもう上機嫌。明日への仕事のエネルギー充電ができたようだ。「ごちそうさまでした、次回は我が家がご招待しますね。うどんすきかすーどんでね。」なんて冗談を言いながら、N夫妻をわかれた。大人の会話も楽しかった、ちょっぴり素敵な一夜だった。

わるいことひとつー素敵な夜の味を反芻しながら、家につき、服を着替えようとして襟元をみたら、朝つけて出たはずのブローチがない。ない!「キャーブローチ落としちゃった」と思った瞬間、喜びはシャボン玉のようにプッツン。めったにつけないブローチだったのだが、なぜかこの朝はこれにしようとだしてきたものである。ずいぶん前に銀座ミキモトでなけなしのお小遣いをはたいてかったもので、白蝶貝と真珠と金細工のデザインが大のお気に入りだった。

朝つけるとき一瞬、これって落としやすいんだよね、と思ったら、その通りになってしまったのだ。そういえば、友人の小林照子さんが「蟹かに、引き寄せの法則ってのはね、これはイヤだと思ったところでとめてはいけないんだよ。これはイヤだと思ったら、これならいいんだけとと思わなくちゃ。そうするといいことがひきよせられるから」とおしえてくれたのはほんの一週間前のことだった。その通りになってしまったのだ。

落としたかもしれないと思ったところには全部連絡したが、そんなものあるはずがない。「落とさないようにタテにとめたはずだったのに」と唇をかんだが時すでに遅し。

お奨めの本「引き寄せの法則」をアマゾンで買ったのだが、枕元においたままにしているのがいけない。ちゃんと、読まなくちゃね。心の持ち方なんだろうけれど、今回のように悔しいことが起こると、モノにも心のつぶやきが聞こえる気になってくる。、「あなたは大事」っていってあげなくちゃいけなかったのね。なんておもったりする。「帰ってきてね、というと帰ってくるかな」引き寄せの法則をためしてみよう。今夜は心が浮上&沈没なり。
 2008/02/01 02:39  この記事のURL  / 

機内での快適は人、食事、トイレが決め手。
極寒のNYに再び飛んだ。成田出発時の天候は雪。「NYは寒い寒い」と周りの人から脅かされていたので、かなりの覚悟でJFKに降り立った。しかし、アップルシティは拍子抜けするほどの青空。温度も4度と嬉しい期待はずれだった。「昨日は極寒でしたよ」と迎えの車のドライバーが話していたので、ラッキーだったのかもしれない。

さて、機内での話し。今回もJALで飛んだ。特別無料航空券というありがたいメリットを使わせていただいての旅である。席といえば、本来前方が好みの私であったが、今回は無料だから、後方でもしかたないと諦めて搭乗した。というのも、キャピンアテンダントは座席の区域によって担当が決まっており、大体ベテラン組みは前方の座席区域を受け持つからだ。(と勝手に私は理解している)。アテンダントの質によって、フライトが快適かどうかきまってくる。今回は後ろから2席目ということもあり、まったくアテンダントには期待をしていなかった。

しかし、これは見事にはずれた。なんと、ベテラン風の素敵な女性が優しい笑顔を振りまいてお迎えしてくださり、快適なサービスをしてくださったのだ。前回も思ったけれど、やはり、かゆいところに手が届く。マニュアルにないひと行動が出来る。これは長年の経験によって自然に身についたものだろう。たとえば私はいつもペリエに氷とレモンをいれたものを頼むのだが、NYにつく寸前まで阿吽の呼吸でいつも冷えたペリエをサービスしてくれた。機内は乾燥しているので、これは大いに助かった。お陰で肌はつやつや、むくみ知らずのフライトが楽しめた。

食事も珍しく、和食を頼み、煮凝りのみを残してほとんどを完食。味もよくなり量も多すぎず少なすぎず。専門家達のリサーチがきっちりと活かされている感じであった。機内食は奇をてらわず、お母さんが作ったお弁当のようなもののほうが食べやすい。もちろんこれは私の感想であるから、他のお客さまが同じとはいえない。一時期、すべての日本の航空会社が食を競い、奇をてらったことがあったが、所詮機内でのサービスは限られている。その制限された中での一番を考える。そのヒントはやはり、日本のお弁当にあるのではないだろうか。

たとえば、出張で新幹線に乗る前に東京駅の大丸の地下でよく買っていたなだ万のチラシ弁当。2500円くらいするのだが、早く行かないと売切れてしまうほどの人気だ。お客様は美味しい物を本当によく知っている。これひとつで、普段とは違ったちょっと豪華な旅気分になるから不思議だ。

さて、トイレについてであるが、これは素晴らしく改善された。いついってもシンクの水しぶきまでふいてある。もちろん、こちらも使用後は鏡の水しぶきまで拭いてでてくる。いわゆる清潔連鎖である。キレイはつづく。また逆も真なり。トイレのドアを開けるのが怖くなくなった。欲を言うならば、もう少しデザインや素材がファーストクラスのようにおしゃれだといいのに、なんて。いつの日か叶うことを期待している。




 2008/01/25 13:42  この記事のURL  / 

品格の時代、品格の年代。
昭和女子大学長の坂東真理子さんの近著「女性の品格」が売れている。なんと、もう40万部を超えるという。「真理子さんにファッションについての品格をいわれたくないわね」と憎まれ口をたたいたのはほんの2−3ヶ月前。リーダーシップ111という女性グループでシンポジウムを開いた日の控え室でのことであった。出来立てほやほやよ、とニコニコしながら、手渡してくれた本をパラパラと開いていった私のきつい一言。なんと品も格もないことか。それに引き換え、言われた真理子さんは「ほほほ、そうでしょ、蟹瀬さん」とこれまた上品。一本とられた。格のある人は流石に違う。こんな場面でおこったりしない。

本は60の小文で成り立っているので、読みやすい。そのひとつに「花の名前をしっている」というのがある。確かにバラやチューリップなどではなく、野に咲く花や、野菜の花、田舎道に咲くしば桜や彼岸花なんて名前がすらすらいえたら、突然、格好良く見える。さらに木の名前まで知っていたら、しかも英語で言えたりしたら、すこぶる教養深き人にみえる。
子供のころ育った家では花の名前などは毎日の生活の中で自然に覚えられたものだ。同居の祖父母などが植物の素人先生だったように思う。しかし、残念なことに、今の時代は意識をしないと覚えられなくなってしまった。

「品格」といえば、ちょっと前に日テレの水曜ドラマ「ハケンの品格」というのがあった。篠原涼子演じるハケンがやたら格好いい。ハケンとして分をわきまえ、プロとして仕事をする姿。ハケンなのに、正社員より優秀。しかし、その立場をわきまえ、決して、正社員より前に出ようとしない。黒子に徹する。劇画タッチであったが、「現実にあるよね、こんなこと」と妙に頷きながらみていた。ハケンを差別して正社員の立場に胡坐をかいている輩の品格のなさを言いたかったのかな、このドラマは。わかるような気がする。

そして、最初に「品格」が登場したのは数学者、藤原正彦先生の「国家の品格(新潮社)」である。「今、日本に必要なのは、論理より情緒、英語より日本語、民主主義より武士道精神であり、『国家の品格』である。」 
そのとおり、そのとおり、と手を打ちながら読み進んだのを覚えている。

ここまで「品格」が出揃うと、やはり、「男性の品格」って本が欲しくなる。
そして、品格の条件にはぜひ、次の項目をいれてほしい。「エレベーターはレディファーストに」「次の人のためにトイレはきれいに」「勤務時間にスリッパははかない」「爪と歯と靴はいつもピカピカに」「きれいな日本語をはなす」「肩書きで威張らない」「若い女性をじろじろみない」などなど。

品格って本当にむずかしい。この年代になると、特に、意識をしないと言葉遣いや行動が下品になる。そうなると、もっと醜くなる。年をとってこそ、大切なこと、それが品格かもしれない。真理子さんの本をよんで、勉強することにした。

シェイクスピアの「お気に召すまま」の中にこんな一文がある。”Maids are May when they are maids, but the sky changes when they are wives.”其の通り。娘は娘であるときは五月のようにここちよいが、女房になったとたんに様子がかわってしまう。娘のときは品格がなくてもその若さゆえに許されるが、品格のない中年女房は嫌われる。ご用心、ご用心と自分にしっかと、いいきかせた。もう、品格の年代に突入している。
 2007/05/26 23:10  この記事のURL  / 

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プロフィール
蟹瀬 令子(かにせ れいこ)
上智大学文学部英文学科後、博報堂に入社し、コピーライターやコピーディレクターとして活躍。
1999年、「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストの代表取締役社長に就任。
ケイ・アソシエイツ代表として、外資系企業、および国内企業のブランディング、マーケティングを手がける。2007年スキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げ現在にいたる。

蟹瀬令子 プロフィール
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