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FETE〜textile performance2013を観て
糸から製品になるまでの距離って あまりにも遠くて、
その遠いみちのりを
ゆっくりと流れていく景色を
ありあまる想いの線があつまって
形になるまでの時間の遅さをもどかしく思っている。

おもいのたけが面となって、
わたしの気持ちを覆ってくれるのには、
何十万メートルの距離が必要なんだろうか。
線のうちはとてもとても弱いから
どこかがぷつっと切れてしまうだけで
積み重ねたものが届かなくなってしまったりする。

問題はどこにあるんだろう、
喜んでくれる人の顔はいつ見れるんだろう。
生まれてからながいながい間
不安をかかえながら、糸は張りつめているのだ。

糸が一部ではなくって、かけがえのない存在として
全身で感じてもらえることがあればきっと、
この子達を世に生み出した意味があったということだ、
幸せに生まれてくれたということ。

*****

textile performanceというイベントを教えてもらって、
会社に古くから残っていた きらきらした生地を
役立ててもらったらどうかなあと思った。

熱心な多摩美の学生さんが 
京都まで夜行バスで飛んできて
たくさんある生地から自分たちに必要なものを
注意深く選んで
もらって帰ってくれたのだ。

「ぜったい、いらないものとか、そういう表現をしてはいけない」
「生地の大切さを伝えないと 学生にとってかわいそうなことになる」
と、助言をもらっていたので
糸からみてもらって、
できるだけ 色んな難しさや大事さが伝わるように
雑にならないように
言葉を選んだつもりなのだけれど。


その学生さんたちは
テキスタイルの神様に育てられているような
繊維への純粋な愛情をもっている人たちで
専門の教育を受けずに、仕事をはじめてしまったわたしは
とてもうらやましかったのだ。

生地を穴があくほどみて
喫茶店のコースターの生地の
素材から染め方までをプロファイリングして、
ゆくところゆくところでハギレを買って
勉強のために帳面にまとめるらしい。

組帯をみれば
「これは織りじゃない、全く新しい組織だ」って
どよめいて

素敵な服があれば、
「先生が実際に着なさいっていってたよ」
って試着をして

その合間に目に映った景色は
写真に撮って
課題として提出されるらしい。

うわあ。未来は明るいどころではなくて
なんと まばゆいことだ。
繊維は愛されてるじゃないかと
すでに感動してしまったのだ。


そして本番の舞台を先日見せてもらったら
ほとんどの光る生地が
お渡しした状態から
色や柄や形が変えられていて
丹念に手が加えられてあった。
きらきらの生地って それだけで異質なので
そのまま使っても 成立したりするものなのだ。
わたしたち工場は、そのままだなって思うけど
一般的には 分からないものなのだ。
じゅうぶんきれいなのだ。

それが、どうやら染めたり
柄を載せたりしてくれてあって
あんなにたくさんの生地を
行くあてがなかった子達が
一枚一枚向き合ってもらったんだなぁと
生地にとっても 嬉しかったんじゃないかと感じている。

生地たちははばたいたり、
ふくれあがったり、たたかったり
うつくしくまとわりついたりしていて
魔法のじゅうたんが自由に
会場を飛び回っているようだった。

写真は、京都にきてくれたときのもの。
生地をみすぎて穴をあけているところと、
あまりに疲れて折りかさなって
電車で寝ているところ。




帰りみちに花梨の、
きいろくて丸い実が落ちていた。
良い香りがするからって
くちていくはずの花梨は拾われていったのだ。


きっとこの子は
花梨の身の生を終えても
いつか うつくしい黄色となって
テキスタイルの中に
生まれおちるのかもしれない。

そして誰かの目をまた 奪うのだろう。
言葉はなくても 
忘れられない輝きになるのだろう。


山田命音

2013年11月06日(水)  07:17  / ラメピスト_ミドリ  / この記事のURL

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