ラメ糸屋9年目、ジャカードにふれる。
先日、ひさしぶりに兵庫県の西脇産地に行くことができました。

西脇は はじめて行った産地なので どうしても特別です。
いつも、初心をおもいだします。

シャツ生地の産元商社さんや、テーブルクロスのメーカーさん、染工場さんなど。
いろいろ伺わせていただきましたが大雨暴風の台風のさなかで
だいぶご迷惑おかけしました。

今年で 繊維業界(泉工業)にはいってみどりは9年目で、
はじめて西脇に行ったのは6年前です。
ラメ糸の話はけっこう色々積み重ねてきたのですが、
今回 全くはじめてのことがありました。

なんと、ジャカードの修理をさせてもらったのです!!



6年前からお世話になっている、大城戸織布さん
午前中は時間があるので、何かお手伝いありませんかという話をしていたら
「よし、ジャカード修理しよか!!」と言ってくださいました。

タテ針が割れてしまって、竜頭(りゅうず)がジャカードの中に引っかかっているという
たいへんなオペで 神経を使う作業なのに、
ネジをはずしたり、タテ針のガイドを引き抜いたり、といった
私でもやれそうなことを 体験させてもらいました。

◆ジャカードの構造 
http://mananano.exblog.jp/21039633/

◆タテ針のガイドのとりはずし
http://mananano.exblog.jp/21549304/

まなな先輩のブログ(上のリンク↑)がとても参考になります。





タテ針を交換する まなな先輩、もちろん手は油でベトベトに汚れます。
それなのに、良い笑顔。



ラメ糸は ジャカード織機で製織されることが多いので、
知識としては必須のものです。
しかし、その織機を しかもジャカードの仕組みを触れることなんて ありません。
しかも現役で動いている機械の修理とは!!!
みどりは不器用なので、機械をこわさないかドキドキしつつ、
ジャカードを触らせてもらえるようになったことに 感極まっていたのでした。

なにげなく時間がすぎて9年経ち、
それほど何も変わらない感じだったのですが
もしかして、大事な織機の修理をさせてもらえるようになったのは
この時間のおかげということなのでしょうか・・・!!!

そしてお手伝い(ほぼ見学だけども)のあと、
3年前くらいに 大城戸さんから注意されたことが、今わかってきました〜
というお話をしておりました。

積み重ねた時間は貴重です。
からまわっていた時もあったけれど、
ちゃんと時間は流れていてよかった。

石の上には3年といいますが、繊維業界は10年くらいいると
すこし成長できるものかもしれません。


http://mananano.exblog.jp/26001299/
http://mananano.exblog.jp/26004109

(↑まなな先輩にブログにまとめてもらいました )
2016年09月29日(木)  08:46  / 産地の記録  / この記事のURL

はたらかないアリと窃盗されたことばたち
ここしばらく、私の頭の中にはアリが住みついています。

虫はきらいですし、アリの姿を見るだけで後ずさりするような性分なのですが、少し前にちょっとしたコラムで「はたらかないアリ」の話を見てから
アリのことを知らなくてはいけない という想いが止まらなくて、もはや切ないのです。

「働きアリのなかの○割のアリは、実は働かずにサボっている。人間社会もこのように、すべての人をサボらせないことは困難であり、かならずサボる人が存在する。しかしサボるアリばかり集めると働き始めるアリもでてくる、逆も然りである。」
このような感じの話を、ずっと前からたびたび目にしてきました。自分の口から人に話したこともあるかもしれません。
元祖の出典元はくわしく知りませんが、このくらい平易にこなされた文章がよいネタとして、ものを書く人によく利用されているのは事実かとおもいます。わたしも「三本の矢」くらい聞き飽いています。

それが、ふと、2016年の3月か4月かに目に入ったときには印象が変わったのでした。

「はたらかないアリって、何をもってして
『働かない』と決められているんだろうか。」

入社したくらいのわたしは、パソコンを使わないで仕事をしていた世代の人(定年直前)が、パソコンを使って経理仕事をしている人(もちろんだいぶ年少)に向かって「パソコン仕事など遊んでいるようなものだ。」と言っているのを発見したことがあります。ジェネレーションギャップです。
立派に働いているのに、「働いていない」と判別されることはよくあることです。働いていないように見えても、実はとても重要な事をしている人も物も機械の機構もあります。
休日によくやすんで栄養をとって、体調管理をするのも仕事の一部だと言えます。まあ、なんとでも表現できるし誤解も納得もできることです。

ということで、元を明らかにしたらすっきりするだろうと、連休にこつこつアリの本を読みすすめました。
273ページある「アリの社会 小さな虫の大きな知恵」と180ページある「虫の虫」を読了しました。
結果、はたらかないアリについては何一つ情報がありませんでしたが、アリの体表炭化水素や、アルゼンチンアリのコロニー、アリに寄生する生物の多様性には詳しくなりました。
得られたものとしては、アリの写真にあまり怖がらなくなり、彼のことを少し好きになりました。

決まりきった慣用句って、ことばの中に氾濫しています。うまいへたではなく、胃の奥の方から搾り出しようなことばと、どこかから窃盗してきた重さのないことばは音感が違います。
借りてくるのがだめなのではありません。ぴったり合うような、選択に想いのはいったことばはきれいです。枕詞にあるような「あをによし」とか、「ぬばたまの」とか。
自分では作っていないけど、素敵な贈り物を選んできましたよ。というセンスと愛情があります。

わたしの読んだコラムの「はたらかないアリ」はほんとに働いてませんでした。だらーっとした、どこかから さらわれてきたことばでした。とても悲しい。悲しくて腹が立ってきて、調べて、結果的にわたしはアリに好意をもってしまいました。
もはや見ず知らずのライターさんありがとうです。

アリはフェロモンで情報を伝達すると読みました。「ここは危ないぞ」「おいしいもの発見」「手伝いに来て」とか。
揮発性の香りだから、消えていくそうです。おいしいものがいつまででも残ってるわけないから、合理的ですね。

アリは、フェロモンをどう受容するのでしようか。
アリの感性はアリにしかわからないので、想像します。きっと反射的に理解できるくらい感覚的な 喜怒哀楽みたいな感情ではないかと、わたしは考えています。
「恐怖」「怒り」「いつくしみ」「眠たさ」「空腹」
なんか、心が埋め尽くされるような受容なんではないかなと思うのです。感情が支配されたら、血が上ったように、一つのことしか考えられなくなったりするし。アリに感情はないとしても追体験にはそれが近いかなと。

はたらかないアリは何をしているのか。作戦会議しているとか、流行のファッションを作っているとか、アリの巣の設計図を見直しているとか、雨の防水対策とかしてるかも。
それにしてもはたらかないアリってどういう状態なんだ!! 一度見てみたいです。


はたらかないアリは わたしの世界を地中側にすこし広げてくれました。
気持ちわるいなとしか思っていなかったのに、いまやぬばたまの闇のような外観だと表現しそうになっています。楽しくて、あまずっぱいような。
こういう気持ちになるフェロモンもあるのかしら。あったらアリも楽しいだろうな。


2016年05月08日(日)  18:55  / みどりえっせい  / この記事のURL

ささやかな光をコントロールすること。
ささやかなものにこそ、
光と真実がやどる。


わたしは、たくさんの人と同時に話すのが得意ではない。
(舞台上のパフオーマンスである、トークショーや講師業は、別物なので
なんとか大丈夫なのだけど)


せっかく人とお話しするときには、
目の奥や、まつ毛の動くのを見て、
声で空気が揺れる その潮流を感じながら、
ゆっくり話がしたいなぁと思う。


そういった時に 人によく 投げかけられる台詞がある。
「他人は あなたがが思うほど、あなたのことを気にしていないから」

これは、もう、本当に、
かなしい言葉だと思った。
とっても違和感があって、やりきれない気持ちになった。


興味のあるなしや、ひとによって視点が異なることや、
その出会いが運命であったかどうか、など様々だとしても。

みんなそれぞれ、自分の視点でもって気になるところを、
とっても気にかけて生きているのではないのか。
それは服だったり、顔だったり、言葉だったり、
声だったり、その人のまとう空気だったり。


すべての人をこまやかに見ることはできないとしても、
縁があったもの、手のひらに乗せたものくらいは、
掴めるものくらいは、自分なりに気にかけていたいと思っている。

わたしが発した言葉のすべては、あの人の中核には届いていないし、
あの人が向けている視線の全てを、わたしは預かり知らない。
でもその中で、たまに交錯する奇跡があって、

きらきらした滴がついているけど、雨にも降られたのかしら。
と思ってはたいたら、それがその人の気づかないで
内から輝いているものであったりして、
きっかけなんて ものすごくささいなものだから、
神経質なほど、こまかいところを注視していたいのだ。

そして、わたしと相対する誰かも、
きっと 他にはわからない 
細かい目線でわたしや世界を追っていて
驚くような出会いと 引き合おうとしている。



大雨がふって、その雨が体を濡らしたり、川を溢れさせたり
電車を止めたりして、不利益なことがあったとしても、
フェンスの網にしたたる雨の しずくの中には
きらきら光る世界があって。
虫眼鏡のように、意外な生き物を大きく見せたりして、
トンボ玉のように転がっていくのを
ささいな世界にある きれいなものを見逃さないように、
ずっと見ている。

雪は積もれば、
かたくつめたく動かし難くなっていくけれど、
それぞれの結晶はこまかくて美しくて、
いまにも壊れそうであって。

濁流の中でも、硝子をくだいた小石は
すこし削られながら流れていく。
水がひいたら、乾いた砂の中でまた
ひっそり埋もれている。

輝きというのは、舞台の上で照明を効率よく 
反射させるだけのものではなくって。
絢爛豪華に、自己主張するものではなく。

窓から穏やかに指す光であって、
つめたい朝露でもあって、
きれいに洗った白いお皿にも光は湛えられ、
ハンカチで磨いた林檎のおいしそうな表面にもあるもの。
鳴かない 蛍。


つまるところ、世界のすべてが
濃淡の光によって構成されているのであり
それをながめる あなたとわたしの瞳も、
ぬれたようにかがやいている。


わたしは、金や銀や、真珠のような光に
日々かこまれて仕事しているけれど。
それらから離れても、日常のなにをしても、
ことごとく世界は光っている。

わたしの仕事は、キラキラのないところに
キラキラを添加するのではなく、
世界の光沢の量を調整して、
いちばん魅力的にみえるように することである。

いつか、光と仲良くなって、
コントロールして 瞳にうつるけれど気づかない光を
もっともっと気づくようになりたい。


わたしはたぶん、かなりたくさんの信号を見逃して気にしないで生きているけど、
発光しているものなのか、瞬いているものなのか、
はたまた反射しているものなのか、燃えてゆらめいているものなのか。
ささやかで よくわからないもの目がけて生きている。

そうするうちに、目が合った人から意外な質問をされて
これからの世界が どんどん広がっていく、
「あなたは、そんなところを気にしていてくださったんですね」って。


山田命音


2014年08月10日(日)  18:19  / ラメピスト_ミドリ  / この記事のURL

機械の部品たちがつながって持つ熱と、関係の無いような文字。
わたしが働いているところは工場で

でも役割として、わたしは工場での作業をしていなくて
外に出ていたり 電話をしたり、
パソコンに向かったり お絵かきをしたり、
文字を書いたり 緑色になったりしている。

事務所と工場は隣接しているので
工場で 一斗缶を潰す音が響いてくる

機械が同時に電力を使うタイミングには
デマンド値の警報が鳴って、
エアコンや机の上の電気を切ったり

打ち合わせをしに工場に入ると
とんでもなく寒かったり熱かったりする。

機械が止まったり一部壊れた時には
じぶんは何もできないのだけれど 
そこはかとなくドキドキしている。



たまに、機械にさわれることもあって
展示会のために カセ枠にラメ糸を取ってもらっていたら

「ちょっと山田さん ガイドになっといて」
って言われ

糸が変な方向に行かないように
一定に動くような ガイド(糸道) 
兼 ボビンを押さえる
かんたんなお手伝いをさせてもらった。
機械にさわれると 少しでも、うれしい。

糸にも色んな種類があって
しっかりした強さを持ったこの糸が
暴れないように
糸を巻いたボビンを軽くゆびで押さえて
摩擦を加える。

うまく調子が合うと 
ボビンは順調に回ってくれる。

工場は足元から冷えてきていたけれど、
押さえている指が熱くなってきた。
機械って 熱を持つんだなぁと
改めて思った。

一部になることは、とてもあたたくて
工場にはたくさんの機械があるけれど
みんな互いに関わりながら、
こんなに熱くなっていたのか。

糸道の気持ちになって
ぼおっとしてしまったら何回か
ボビンが弾けて飛んで行ってしまった
本物には勝てない。


ある日、なかなか難しい作業が
必要な糸がいて
撚糸機のまえで、工場長から改善策を聞いていたら
順調に回っていたはずの糸の紙管が
突如、わたし目がけて飛びかかってきた。

イキがいいのは良いけれど
わたし何か悪いことしたかしらと案じていた時

別のひとから
「その糸、山田さんのことが好きだったんだね」
って返してもらったから
「それなら仕方ないなぁ、もうっ!!」
って 思っている。



工場は好きだし楽しいけれど
最近は見学に来てくれる人も増えて
みんな目をきらきらさせてくれるけれど

わたしが自分の手で作っているわけではなくて
作ってもらっていて、
ただ、良いところでしょう伝えて
終わってしまってはいけないだろう。

雰囲気を伝えただけで、
良いですねって言ってもらって
満足してしまったらいけない。
これから先も、
もっとこの工場が続いてほしいのなら。


ということで「文字」がたくさん必要になった。

もうすぐ始まる展示会のためには
文字をたくさん考えて
たくさん書いた。

それは、作り手側は当たり前に分かっている
糸の基本のことであったり、
普段の売買には必要ないような
化学変化や素材の成り立ちについてであったり、
ラメ糸を使ってもらった生地についての説明だったり、
おおよそ 
「絶対必要」では無い説明を
たくさん書いた。

繊維業界は、それぞれの道の
ものづくりのプロばかりだから

あまりにも簡単なことや基本的なことや、
学問的にすぎることは
説明されないことが多い。
特にラメ糸の業界では。

それでも 私は意味を感じるので書いた。
工場が音を立てて熱をもって、
良い商品を作るのと同じくらい
大切なことにちがいない。

作っている糸たちのことを、知ってもらったり
起きてしまう事故について、自ら考えたり
基本を確認しあって、みんなで共有していくのは
それを 
一見熱を持たない、
文字にするのは。

学も、文章力も足りないけれど。
いま下手なものは 
次上手くなったらいいんだし。


社内ではしょっちゅう
改善策が話し合われている。
ということは失敗もたくさんしている。
失敗をするってどういうことかって
新しいことをたくさん始めているっていうことだろう。

もうすぐ50年になる工場なのに
びっくりするほど知らないことばかり始めて
毎日見たことないものが工場にかかっていて。
機械の持ち前の設備ではカバーしきれなくて、
天井に糸道がついたり、
一斗缶に加工がされて
ボビン台になったりして 日々、
工場のかたちがかわっている。

わたしが迷っている暇なんてたぶん無くて
とりあえず
どんどん文字にして絵にして
糸の拡大写真をばしゃばしゃ撮って
記録して発信していくことだけが
きっとなんとかなっていく 近道なんだと思う。

入社の面接に来た時、
あんまり深いことは考えてなかったけど
会社概要に たくさんの保有機械が書いてあったから
実家が工場で、「機械=高価なもの」と
認識していたわたしは 
迷いながら着いた
この城陽の工場をみて

「このトタン屋根の下に、たくさんの宝物が眠ってるんだなぁ」
って思った。
外観が京都駅前のビルみたいじゃなくっても、
中にはすごい財産があるんだ。

今は、「機械」だけが大事なものでないって知っているので
それが文字に表れたらいい。
工場のできることで わたしでもやれることを 
もっと広げられたらいい。

動くものが好きだから動かないことをするなんて
回りくどいことしかできないけれど。


片想いは叶わないことが多いような気がする
だから、片想いじゃないはずだって信じるしかない。
信じて書き続けたらまた、糸が飛び込んでくるかもしれない
わたしめがけて。

山田命音

 




2014年02月12日(水)  19:06  / ラメピスト_ミドリ  / この記事のURL

流れ星と、服の周辺のながれないなみだ。
ながれないなみだを見た。

忘年会の一幕だったんだけど
午前4時ごろまで
服をつくるデザイナーと
服を考える批評家が

時がとまったようにむかいあっていて
質問と応答をくりかえしていて
でもせきがきられたような発見が
ぼろぼろと
時のかわりにながれていた。

こうこうと燃える
キャンプファイヤーの炎を
みつめるように
服の周辺のひとたちが
炎が消えないようにみまもって
そのまわりを囲んでいた。

デザイナーは時おり 
めがしらを指でぐっと伸ばす。
目の白い部分が充血してゆく。
ことばとことばの空白に
力学的に出てくることはなかった涙が
ながれているようだった。

そのデザイナーの服を
着ている女性が居て
批評家の指示でおもむろにたちあがった。
きれいな黒いワンピースや
ふかふかとしたピンクのコートが
ひりひりするような舞台の上で
かわいらしく注目を浴びていた。

彼女のつけたオーロラのネックレスが
黒いワンピースに合うなぁと
ぼおっと思っていたのは
そのとき戦っていないわたし。

服のシルエットをたしかめるために
むけられた背中の襟がかわいいなぁとも。
服をうつくしくみせるために
姿勢をただしくする彼女をみて
まだ見たことのない
コレクションのステージのようだとも。


なみだをながせない
たたかいの中では
降りそそぐ言葉のあめがすこしでも
実をむすぶようにと
いろいろなブランド名が発せられたので
後からしらべようと
わすれないようにメールを書いていたら
40件もじぶんあてに届いていた。

この40件のメールの内容は
批評家のきもちの一部でしかなく
あれだけの言葉をつくしても
それは厳選された一節なんだろう。

わたしも最近
ながながとした大切な手紙をかいたけれど
つたえたいことなんてほんのすこししか
紙にのせることはできなかった。

その後もこころに
言葉がせりあがってきてとまらないのは
伝えたい想いをもったひと
きっと皆おなじはず。

奇跡のような討論会だった。
その場所に自分がいることができて
びっくりすることだった。

世の中のいろいろなことが
気づかないうちに着実にまわっているように
服のまわりのできごとも
確かな想いを持ったひとたちが
着実に一歩一歩せかいをすすめている。

その服が生まれた意図は
デザインの必然性は
素材の選定は
ブランドのメッセージは
着て欲しい人は誰か


わたしは、皆が憧れたような有名な服は
勉強不足でまだ知らないけれど。

「いくら過去はよかった」って言い方はできても
どれだけ景色が近未来的になっても
昔より酸素が少なくなっても
景気がわるいんだとしても
情報化の網がはりめぐらされて
身動きがとれなくなっったとしても
よかった過去より、
今のほうがぜったい良いと思う。

だって、そんな「よかった時代」
に生きてきたひとたちが悩んで考えて実験して
すすめていってくれた今日がきているんだから。

もっと良い服だって
これから生まれるに違いないんだよ。






願いごとをつぶやきながら
ぼおっと帰り道を歩いていたら、
流れ星がながれた。

それだけで、
もう叶ってしまった気になってしまった。

わたしの知らないところでも
着実に世界は動いているし
ゆめもほしもながれている。

もっと目がよくなったら
夜の星だけじゃなく
服の上にながれるなみだも
見ることができるはず
きっと。


山田命音
2013年12月31日(火)  21:32  / ラメピスト_ミドリ  / この記事のURL

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