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リアルとデジタルの接点

 【東京本社】「今秋のイチ押しはふわモコのブルゾン、ベロアパンツ、チェック柄のドレス」。25日に新宿ミロード2階(東京都新宿区)にオープンしたフランドルの新業態ショップ「プリーム ド トワル」。鈴木李奈店長は、同社の複数のブランドの中から、比較的安価な価格帯のものをセレクトして若い顧客の獲得に力を注ぐ。
 百貨店に比べ、ファッションビルやショッピングセンターの若い顧客層は、トレンドと価格に敏感だ。このため、同店も「常にトレンドを捉えつつも、背伸びしすぎない自分らしさを追求する女性」をターゲットに、「クリア・インプレッション」を中心に品ぞろえする。
 10代後半から20代の女性は雑貨への関心度も高い。約82平方bの店舗はインポートを含めた雑貨が20%を占め、「雑貨比率は今後も増やしていきたい」と話す。「インスタを開始。新宿ミロードのブログも始めた」と、店頭以外の顧客接点も広げていく。(康)
2017年08月31日(木)  10:00  / この記事のURL

もう一つの名物

 【中国・四国支社】デニムの産地として知られる岡山県井原市だが、その他にも名物はある。そのうちの一つがブドウで、産地となる青野地区には葡萄浪漫館という産直市場がある。
 ちょうど今がシーズンらしく、筆者が訪問した際には、市街地から離れた山の頂上という立地にかかわらず多くの人でにぎわっていた。
 正直、ブドウの値段が高いのか安いのかといったことが分からなかったのだが、見る限り、かなりの量が売れているところを見るとお買い得なのだと思われる。中には台車で車まで運ぶ人もいた。
 ブドウに興味がなくても周辺はちょっとした高原気分が味わえる環境で、残暑の中でも若干の涼しさが感じられた。
 10月いっぱいまでは無休とのことなので、デニム関連の観光と合わせて訪れてみてはいかがでしょう。なお、ブドウは試食も豊富にあった。(酒)
2017年08月30日(水)  10:00  / この記事のURL

色へのこだわり

 【大阪本社】染色加工のシンドー(大阪市都島区)はグループ会社のITパートナーズで色合わせ用のツール「カラーアクセス」を販売している。
綿の生地を使ったの「コットンブック」に加え、今年からポリエステル生地の「ポリエステルボックス」を発売。コットンブックは2339色の綿生地を収録。ポリエステルボックスは2250色にそれぞれ光沢面と無光沢面を設けた。「染色加工場でないとできない」と言う色数の多さで、細かい色のニュアンスを伝えるためにはこれだけが必要だという。(行)
2017年08月29日(火)  10:00  / この記事のURL

くまモン人気衰えず

 【東京本社】9日から11日まで東京国際フォーラムで開かれた「ものづくり・匠の技の祭典2017」は、伝統と革新をテーマに日本を支えてきた伝統的な匠の技と最先端のモノ作り技術の魅力を発信した。
 繊維分野では紳士服や洋裁、和裁、日本刺しゅう、ミシン、染色工業、工芸染織、寝具などの団体がブースを出展した。日本全国の伝統的な匠の技を紹介するコーナーもあり、京都の西陣織などもブースを出していた。
 その中で一時、来場者がひしめいたのが熊本市のブース。熊本の伝統工芸品を紹介していたが、それを人気キャラクターのくまモンが手伝っていたのが原因。ひと目見て、写真を撮ろうという来場者が集まった。
 くまモンは九州新幹線開業に向けて2010年に登場し、11年には「ゆるキャラグランプリ」で優勝も果たした。そこが人気のピークではなく、6年を経た今も人気を保っているのは、素直にすごいことと言えるのでは……。(幸)
2017年08月28日(月)  10:00  / この記事のURL

語り継がれるインパール作戦

 【大阪本社】終戦記念日に放送されたNHKスペシャル「インパール作戦」を見た。旧日本陸軍が大戦中の1944年3月に実行したこの作戦は、陸路でビルマから英国領インドの主要拠点インパールを攻略するものだった。結果は総兵力8万人のうち3万人以上の死傷者を出す大敗で、その実行までの過程は旧日本軍の組織体質を象徴するものとして語り継がれている。
 行軍距離は片道400`、途中には川幅600bにも及ぶ大河と2千b級の山々が連なるインドとミャンマーの国境地帯を越えなくてはならなかった。
 なぜこのような無謀な作戦を実行するに至ったか。番組では、無謀さを指摘する人間がいたにもかかわらず、上層部の人間関係と当時の敗戦色が濃くなる大本営内の雰囲気から実行するに至ったと紹介していた。
 いったん、動き出した作戦は無理が生じても止められず、戦況の悪化にもかかわらず精神論で作戦が続行され戦死者、病死者を増大させた。戦死者の7割はイギリス軍との交戦中ではなく、作戦中止後の飢餓や病気によるものだったという。
 こうした向こう見ずな作戦によって莫大な損失を出すことは決して過去のものではない。現代の日本のどの組織で起きてもおかしくないと思った。(学)
2017年08月25日(金)  10:00  / この記事のURL