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「チキンラーメン」への道

 【大阪本社】旧暦8月25日、七十二候では秋分の末侯、水始めて涸(か)れる。田から水を抜き,稲刈りに取りかかる頃。
 NHK朝の連続小説「まんぷく」が始まった。日清食品の創業者安藤百福氏は、1910年(明治43年)台湾台南県東石郡朴子街に生まれ、幼くして父母と死別し、繊維織物業を営む祖父に育てられた。その後、繊維会社を経営することになるのは祖父の影響である。
 「日本経済新聞」で2001年9月に掲載された「私の履歴書」によると、同氏は、23歳の時に和歌山、大阪、東京にあるメリヤスメーカーのどこへでも足を運び、モノ作りの方法を勉強させてもらったという。素材の特徴や糸の太さを表す番手などを覚え、メーカーに対して糸の太さ、編み方を指図して特注品を発注し、他社製品との差別化を図った。そのため得意先の評判は非常に良かった。さらに当時、日本一のメリヤスメーカーだった丸松との取引を始め、ますます業容を拡大することになる。
 その後、泉大津で製塩業を立ち上げ、信用組合の経営を経て、1958年池田でチキンラーメンの開発にこぎつける。元々の繊維からの発想と行動力に応用を利かせ、あらゆることに関心を持つ探究心が成功を導いたと言える。(博)
2018年10月04日(木)  10:00  / この記事のURL