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古い建物が残る桐生産地

 【東京本社】昨年は戦後70年で天皇皇后両陛下がパラオご訪問など太平洋戦争で激戦を繰り広げた戦地に赴き、戦没者に哀悼の意を捧げるニュースをよく耳にした。先月、群馬県・桐生産地に出張した際に戦争についてはっとさせられることがあった。
 かつては「西の西陣、東の桐生」と言われたように、桐生市は織物の街として知られる。同時に古い建物も少なくない土地でもある。同産地特有の「のこぎり屋根の織物工場」はギザギザに続いた三角屋根の木造建物で古さが伝わってくる。ほかにも今から300年ほど前の江戸時代に建てられた桐生三越はその後改装があったものの、歴史を感じさせる建築物として残る。
 こうした古い建物が残存する理由に太平洋戦争時に桐生は空爆の被害が無かったことが遠因だったようだ。先月、着物地や帯地の製造を手掛ける1870年(明治3年)創業の後藤織物に訪れた。登録有形文化財に認定されるほど立派なのこぎり屋根工場(写真)が建っていたが、後藤隆造社長は「太平洋戦争が近づくにつれて織機や機械の供出、空爆の標的にされないよう自社内の付設工場の解体を余儀なくされた」とつらい過去を振り返る。
 当時の群馬県は航空機を作る中島飛行機があったことから敵軍の標的となっており、実際に多くの地で戦火が広がっていた。桐生近隣の街も徐々に空爆の被害を受け始め、桐生にも黒い影が刻々と近づいていた。「覚悟を決めつつあったところに玉音放送が流れたと聞いている」(後藤社長)
 この話は次の取材先への移動中の一コマだったが、身近で聞いたため戦争の恐ろしさに身をすくめてしまった。平和の尊さに改めて感謝したい。(栢)
2016年03月17日(木)  10:00  / この記事のURL