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「みずほ絹」と米沢の関係

 【東京本社】「進む時代の テンポにあはす 柄の流行の プレザン錦紗 『時代の花形 お、尖端を行く プレザン〜花形プレザン』」。これは山形県天童市出身で日本の女性歌手第1号である佐藤千夜子さんが歌った「プレザン行進曲」の一節である。歌詞中に登場する“プレザン錦紗”とはレーヨン絹巻の壁生地「みずほ絹」を指しており、「日本人絹(レーヨン)工業発祥の地」で知られる山形県・米沢産地と深い関係にある。
 大正時代に米沢高等工業学校(現在の山形大学工学部)の秦逸三教授が日本初となるレーヨン開発に成功。そのため、米沢産地では人絹糸の普及が進み、織物だけでなく風呂敷などに応用されるなど身近な存在であった。その後昭和に入ると壁生地に活用しようと試みる動きがあり、壁生地向けに織り上げ出したものがみずほ絹である。これを問屋が「プレザン錦紗」と命名した。
 長々と説明してきたが、実際に昨冬、米沢に出張した際に同曲に耳を傾けることができた。感想を言えば、何とも時代を感じる音色といったところ。
 同曲が発売された昭和初頭は、画期的な新商品の不足で繊維業界が不況に陥っていた時期であった。同曲は言わば、業界振興と発展に期待を込めたみずほ絹のPRだったと言える。当時国民的歌手が繊維をPRすることは、消費者にとって当時の繊維は現在よりも身近で必要不可欠な存在だったことがうかがえる。(栢)
2016年02月10日(水)  10:00  / この記事のURL