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“モスリンものの哀れ”だけでいいのか

 大阪泉州タオル産地の取材で、よく泉佐野へ出かける。南海本線泉佐野駅から海側へ伸びる商店街を¥30メートルほど歩くと、店先の上に○○モスリン店と書いたかなり古い大看板が掛かっている。「まだモスリンを売っている店があるんだ」と、いつも気になっていたが、寄ることもなく今日まできた。
 その店を現在、日本で唯一、モスリンを製造販売するコマテキスタイルの小松博さんが訪ねた。「2年前に来ていただいておれば…」と店の人。2年前に扱いをやめていた。今は店名として残しているだけ。昔はモスリンを冠した店が多かった。今日ではほとんどない。
 なくなったのは、モスリンの需要が年々減少、ほとんど市場から消えたからだ。いまや袢纏(はんてん)と祭りのたすきに使われるくらい。たすきは他素材に需要を奪われ減少が続く。はんてんも着る人が減り、東北地方などの北国の一部で使用される程度。量の拡大など夢のまた夢。このままだと、生産量が少ないのでメーカーが生産しなくなり、滅んでしまう日が近い。
 モスリンは海外で生まれ日本の生活文化のなかで育った独特の素材だ。48番単糸使いのウールの平織り生地で、最もシンプルな織物の一つだ。素朴さと文化の香りを感じる。ウールが持つ機能のほか、結ぶと緩むことがないとか結び目がシワにならないなどの特徴もある。用途開発で何とか残して行きたい素材の一つだ。
 実用呉服の生地として1938年までの40〜50年の短い期間だったが、繊維の素材として一時代を築いた。繊維の街、大阪船場の発展にも貢献した。戦時色が濃くなった38年、国家総動員法が発布され生産は禁止された。戦後復活したが、衣服が着物から洋服へ変化するとともに、素材もより洋服に適した素材に移っていった。そして2年前の07年に市田が撤退して、販売業者はコマテキスタイル1社になってしまった。
 日本の繊維産業を支えた素材がなくなってしまうのはなんとも寂しいし、惜しい。ガンバレ、モスリン。(H・S)
写真は全盛期は実用呉服素材として旺盛な需要があったモスリン(新生!モスリン展で)
2009年04月08日(水)  06:57  / この記事のURL