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“本物”は永遠――映画「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」に寄せて

 先日、このブログでも紹介した映画「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」の上映会が22日から24日にまでの3日間、りそな銀行本社地下講堂で開催された。3日間の動員延べ人数は、なんと2159人に達した。
 商業資本の手を借りず、純粋にボランティアだけの素人集団による自主上映会が、これだけの観客を集めたのも、実行委員とサポーターのがんばりに加え、十三代目片岡仁左衛門という役者の人望の賜物だと思う。
 全6部の大作ドキュメンタリー映画だが、スクリーンに映る仁左衛門の姿には圧倒される。緑内障が悪化し、ほとんど失明状態で日常生活では家族に手を引かれて歩く仁左衛門が、一度舞台に立てば、義太夫の調子に合わせて華麗な動きを見せる。それは芸に生き、舞台の上でしか人生の意義を見出そうとしなかった名人だけが持つ「求道者の凄み」だ。
 とくに「孫右衛門の巻」は圧巻。「恋飛脚大和往来 新口村」で、孝夫(現仁左衛門)の忠兵衛、秀太郎の梅川を相手に仁左衛門が孫右衛門を勤める稽古の様子と舞台の一部が収録されているが、芝居の最後で、愛するわが子・忠兵衛を心中の道行きに送り出した後、雪の振るなか、ひとり咆哮する孫右衛門の姿に、激しく心を揺り動かされる。
 そして「登仙の巻」では、90歳で無くなる直前に演じ、最後の舞台となった「八陣守護城」の佐藤正清が映る。ほとんど動かないその姿に、なんとも言えない美しさを感じた。それは、役者の生の身体性が消去され、身体があたかも文楽の人形のような、純粋な魂の器と化した美しさである。
 映画を見てしみじみ感じたのは、やっぱり“本物”は永遠だということだ。そしてこれは、繊維やモノ作りも同じだろう。いま売れることは無意味とは言わないが、それがすべてではない。永遠を信じて、打ち込むことの価値は、“売れる・売れない”といった表層的なことを越えるものである。
 記者も今回、実行委員の一員として上映会のお手伝いをさせていただいた。また、上映会のオフィシャルブログ(http://geinous.exblog.jp/)で「銀杏の落葉拾い――片岡仁左衛門『役者七十年』を読む」を連載した。それだけに、この「“本物”は永遠」という思いが強い。どこまで実行できるか分からないが、記者としても、このことを心がけたいと思う。(M.U)
2008年08月27日(水)  07:39  / この記事のURL